精神医学 63巻7号 (2021年7月)

特集 自殺の現状と予防対策—COVID-19の影響も含めて

特集にあたって 明智 龍男
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 自殺対策基本法では,「自殺対策は,生きることの包括的な支援として,全ての人がかけがいのない個人として尊重されるとともに,生きる力を基礎として生きがいや希望を持って暮らすことができるよう,その妨げとなる諸要因の解消に資するための支援とそれを支えかつ促進するための環境の整備充実が幅広くかつ適切に図られることを旨として,実施されなければならない」,「自殺対策は,保健,医療,福祉,教育,労働その他の関連施策との有機的な連携が図られ,総合的に実施されなければならない」とされている。

 よく知られているように国内の自殺者数は1997年まで2万人台で推移していたが,98年から14年連続で3万人を超え,2003年には過去最多の3万4427人となった。最悪の時期と比べると,現在の自殺者数は少なくみえるが,世界的にみると日本の自殺率は決して低くなく,先進7か国の中では98年以降ずっとトップである。このような状況の中,政府は2017年に自殺総合対策大綱を策定し,国としてもさまざまな対策に取り組んでいる。

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抄録 本稿では,コロナ禍前(プレコロナ),コロナ禍中(ウィズコロナ)にわけて日本と世界の自殺者数の推移や現況を各種統計から概観した。プレコロナでは,1998年以後14年にわたり年間自殺者数3万人以上の状態が続いていたが,2009年より減少傾向となった。それでも世界と比較すれば,日本はOECD加盟国では6位,G7では1位の自殺率であり,年次推移も世界の自殺率減少のトレンドに及ばなかった。ウィズコロナの2020年,日本の自殺率は11年ぶりに増加し,特に女性,若年層,医療従事者,飲食店関係者など,コロナ禍に関連して社会経済生活にストレスが生じた層の自殺者数が増加した。現在までにコロナ禍と直接関係づけられる自殺者数増加が報告されているのは,日本の他世界的に少ない。ポストコロナにおいて自殺者数増加を抑止するためには,精神保健福祉システムの強化やレジリエンスを高める教育システムの強化が喫緊の課題と思われる。

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抄録 WHOは2004年9月に「自殺は非常に大きな,しかし防ぐことのできる公衆衛生の問題」と規定し,以後,自殺予防戦略に関する多くの文書を公表してきた。「自殺予防のために取るべき公衆衛生の行動—そのフレームワーク」(2012),「自殺対策—この緊急課題に対して世界が果たすべき責務」(2014),「自殺対策を推進するためにメディア関係者に知ってもらいたい基礎知識2017年最新版」(2017),「コミュニティーが自殺対策に主体的に関与するための手引きとツール集」(2018),「国家自殺対策戦略—進捗,各国の事例,指標」(2018)などである。WHOの自殺予防戦略は,地域の場において精神保健のみならず包括的・総合的なニーズに応える形で取り組むべきといった,日本のコロナ禍における自殺対策を推進する上でも示唆的なものだった。

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抄録 歴史的なCOVID-19の感染拡大は,メンタルヘルス危機を多くの人にもたらしている。日本では2020年7月より自殺の増加を認め,特に女性と児童・思春期の自殺の増加が顕著である。精神疾患は,自殺関連行動のほとんどに関与するが,今般の感染拡大の精神疾患と自殺のプロセスへの関与,および地域メンタルヘルス問題への影響の精査は非常に重要な課題である。精神疾患の自殺関連行動への関与は,精神科医療者が自殺予防対策に従事する根拠となっている。自殺総合対策大綱の公表以来,精神科医療者の意識は変わりつつあり,自殺未遂者医療,病院内の自殺予防対策,そして,がん患者の自殺予防のための介入方略の開発などが行われている。しかしながら,精神科医療者における自殺予防教育の卒前・生涯教育の基盤は,まだ整備されていない。精神科医療者は,自らが組織や地域のメンタルヘルス支援や自殺予防対策に果たすべき役割を自覚し,知識と技術を向上させていかなければならない。

子どもの自殺 山田 敦朗
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抄録 子どもの自殺は,15歳以降に急激に増大し,死因においても1〜2位,「15〜19歳」で第1位である。日本の自殺者数全体は減少傾向にあるものの,若年層の自殺者数の減少は他の年代と比べて減少幅が小さい。2020年にはCOVID-19感染症の流行に関連して自殺者数が増大し小中高生の自殺者数が最多の499人に上った。子どもの自殺は,年齢によって大きく特徴が異なる。15歳未満では頻度は少ないものの,学童前の子どもでも自殺行動をとることがある。若年の子どもでは,自殺念慮の表出が少ない,自殺企図や自殺に先行するイベントが少ない,事故なのか自殺なのかの判別が困難な例も少なくない,注意欠如・多動症の合併の割合が高いといった特徴がある。原因としては家庭問題,学校問題,精神疾患の合併が主であるが,要因は複数にわたり特定が難しい。予防においては家庭や学校が中心となる。学校における予防教育,家庭での致死的手段のアクセスの制限なども重要である。

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抄録 自殺予防がグローバルに精神医学の重要な課題となる中で,自殺の背景にある「生きづらさ」がいかにローカルな歴史・政治・経済的状況の中で形成されるのかがあらためて問われている。本論では医療人類学の視点から,第一に自殺予防のために台頭しつつあるデジタル精神医学の現状と,そこで問題となる共感の困難さについて論じる。第二に医療人類学的視点から,カナダ北部,南米チリ,そして日本で行われている自殺・うつ病予防プロジェクトのエスノグラフィーを紹介し,何がローカルな生きづらさと感じられ,どのような社会的・医学的介入こそが配慮的(ケアリング)として経験されるのかを問う。第三に,オランダで議論となっている認知症と安楽死の問題を論じ,自殺をめぐる精神医学において新たに浮上している課題について人類学の視点から考察する。

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抄録 コロナ禍の影響もあってか,若者の自殺者が急増している。自殺という行為を選択する過程において,「ウェルテル効果」など,マス・メディアの影響を指摘する声は古くからあった。ただ,マス・コミュニケーション過程において,受け手がどのようにメディア・メッセージを受容し,その影響を受けるかについては,マス・コミュニケーションの効果研究として,多くの知見,研究成果が示されているとともに,メディア環境の変化とそれに伴う,メディア利用行動の変化を踏まえた上で議論すべきであろう。

 本論考では,「皮下注射モデル」「限界効果モデル」「強力効果モデル」といったマス・コミュニケーションの効果研究の蓄積を踏まえた上で,現代の日本社会において,10代,20代の若者の自殺が急増することの背景を考える。特に2020年5月に起こったリアリティショーとされるテレビ番組「テラスハウス」の出演者がSNS上での誹謗中傷を苦にして自殺に至ったとされる事件を踏まえ,ネット環境への依存度を強める現代社会においては,マス・メディアに求められてきたメディア・メッセージへの自己規制が効かないネット上での誹謗中傷を含む書き込み,情報が,若者たちを直撃している状況にある。

 若者の自殺防止策は,そのようなメディア環境の変化を踏まえた自殺に至るまでの実態のデータ収集とその総合的な分析を進めることで,現代日本社会が抱える重要な問題として対策を図るときにきている。

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抄録 がん患者は自殺の危険性が高いことが国内外で報告されており,がん医療における自殺対策が急務となっている。全国がん登録制度の開始により,わが国のすべてのがん患者を対象とした自殺の実態調査が可能となった。初回の調査では,がん診断6か月以内のがん患者の自殺の危険性が一般人口と比較して有意に高く,特にがん診断1か月以内の自殺の危険性が最も高いことが明らかになった。また,がん医療における自殺対策を強化する目的で「がん医療における自殺対策の手引き(2019年度版)」を作成した。がん医療における自殺対策のエビデンスは乏しい状況であるが,わが国におけるがん患者の自殺の危険因子などを今後の実態調査でさらに明らかにし,その知見に基づきがん医療における自殺対策を推進していく必要がある。

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抄録 日本では,医療機関における患者の自殺事故の現状に関するデータが報告・収集され,自殺対策の有効性評価の指標が構築されつつある。ところが自殺事故の発生件数が減ることはなく,患者の自殺を減らす取り組みが医療機関には求められている。そこで,方策の1つとして,医療安全管理部門を活用した患者の自殺を減らす取り組みを紹介する。

 自殺,自殺未遂をインシデント報告対象と定めることによりリスクを認知することができる。また,医療法で求められている職員向けの医療安全の研修において,自殺予防対策を取り上げることも効果的である。さらに発展的な方法として,精神科リエゾンチームの設置や公認心理師の雇用が挙げられる。その場合も,専門家だけが対応するのではなく,院内での横の連携が重要である。医療安全管理部門は,患者安全を目的として活動しているので,患者安全のための新たな組織やシステム作りにかかわることができる。

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抄録 医師による自殺幇助(physician-assisted suicide:PAS)は,意思決定能力を有する患者の自己決定に基づいて,医師が致死薬を処方し,患者が自ら選択したタイミングで服薬したり点滴のストッパーを開けたりして最期を迎える方法である。「自律尊重原則」を重視し,医師が患者を支援して実現する自死の選択であり,世界のごく一部で行われている。PASは安楽死と類縁関係にあるが,この2者では実施のあり方と医師の関与の程度に違いがあり,医師が致死薬を注射して最期を迎えさせる安楽死のほうが,医師の心理的な負担ははるかに大きいといえる。精神疾患患者をPASと安楽死の対象とすべきか否かはいっそう複雑かつ深刻な問題である。オランダとベルギーのようにそれを許容している国もあるが,精神疾患の特徴を踏まえれば,容認されるべきではないという議論もあり,論争が継続している。これは医学的な課題としてよりも人権問題として捉えられるべきであり,精神疾患患者を差別すべきではないという見解もある。

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抄録 COVID-19の流行により,感染者やその治療に当たる医療従事者だけでなく社会全体が急激な変化にさらされた。わが国の自殺率は,それまで数年間みられた低下のトレンドから急に上昇に転じた。その背景には,心理社会的な要因として経済的困窮などの生活上の問題,感染予防のために生じた孤立,感染やその後の不確実さからくる不安などがこれまでも議論されている。感染者やその家族への影響,医療従事者の燃え尽き,脆弱な立場に追いやられている人々の困窮,社会全体の不安など,さまざまな側面がある。COVID-19の流行以前のSARSやインフルエンザ,エボラ出血熱などの流行において自殺との関係がこれまでにも議論され,孤立や感染の不安との関連が考察されており,今回のCOVID-19流行でも孤立が大きな問題となっている。感染予防に注意を要する中で,自殺のリスクを早期に発見し適切な介入法を確立,実施するために必要な視点について考察した。

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抄録 COVID-19流行下における自粛生活中に飲酒量が増えていたアルコール使用障害の40代女性が,家庭内感染によりCOVID-19を発症した。ホテル療養の指示に伴う急激な飲酒の中止により,せん妄を伴うアルコール離脱が生じ,精神科病院の身体合併症病棟へ入院した。せん妄状態は激しく,治療協力が得られなかったため,感染防護が困難となった。

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はじめに

 米国で1950年頃から始まった精神障害者の脱施設化と対照的に,日本ではごく近年まで入院中心のケアが中心で,米国と比べて日本は精神病棟数が多く在院が長期であり,回復しても地域社会に帰る場所がないことにおける社会的入院および入退院の繰り返しが問題である。精神科医の間でも,精神障害者が地域で一人の人間として障害のない一般市民と同様に生活していくには退院後の地域生活や社会参加の支援を通した地域インクルージョンを実現する必要があると考えられている1)

 地域インクルージョンに関連する日本での実践については2004年に厚生労働省精神保健福祉対策本部が提示した「精神保健医療福祉の改革ビジョン」やその後の障害者自立支援法における自立生活の支援,地域体制整備コーディネーターと地域移行推進員などの取り組みをはじめとして次々となされている。現在に至るまで厚生労働省は地域生活中心の方策を推し進めており,地域生活の重要性は徐々に浸透してきている。たとえば,2009年に今後の精神保健医療福祉のあり方についての検討会において地域生活中心方策に基づく施策の立案・実施への提言や,2013年に成立した精神保健福祉法改正法の施行への指針発表,そして2014年の「長期入院精神障害者の地域移行に向けた具体的方策の今後の方向性」である。これらの文書では医療者たちが長期の入院を余儀なくされていた精神障害者の地域生活を支えるための基本理念,たとえば「退院に向けた意欲の喚起」,「本人の意向に沿った移行支援」,「地域生活の支援」が明記されている。これらの理念で謳われている「意欲」や「意向」への注目は特に,精神障害者が地域で生きがいをもって暮らしていくことの重要性を示しており,地域インクルージョンと深く関連していると考えられる。

 地域インクルージョンの考え方は精神医学の領域を超え,看護,社会福祉,地域生活などを含むさまざまな職種や立場の人々に浸透してきており1〜4)特に当事者一個人の尊重について考えが深まっている。また,ピアサポートやACT(assertive community treatment:包括型地域生活支援プログラム)などや他の地域インクルージョンを実現するための方法論についても議論が始まってきている3,5)。医療関係者による精神障害者の地域生活への支援に関する研究では,「リカバリー」の概念,つまり症状や障害が続いたとしても人生の新しい意味や目的を創り出し希望を持って生きていくプロセスが精神障害者の地域生活支援において重要であることが知られている6)。また,精神障害者のスポーツ振興に関する取り組みや4),べてるの家の実践7)にみられるような先進的な地域インクルージョンの取り組みもある。このように,現在までに在宅精神障害者の健康維持やクライシス・プラン作成支援などに代表されるような医療支援,そして就労支援などの地域生活を継続させる基礎的事項の支援は充実してきている。しかし,地域生活を生きがいを持って送るために必要な心の居場所づくりや夢・目標・希望づくりなどに対する支援,つまり地域インクルージョンは,いまだ十分になされていないことが示されている1,3,8)

 米国では,脱施設化に続いて精神障害者の地域インクルージョン研究が盛んに行われてきている。その1つの理由としては,米国の地域インクルージョンの研究に関する政府機関である米国保健福祉省(HHS)傘下のAdministration for Community Living(ACL)が地域インクルージョンに関する大規模な研究助成金事業を出していることが挙げられる。Rehabilitation Research and Training Center(RRTC)と呼ばれるその助成金プログラムは地域インクルージョンに関する研究・訓練機関の設立・運営に使われ,一機関に年間100万ドル(日本円に換算すると1億円程度)の予算が付与される。筆者の所属するCollaborative on Community Inclusion for Individuals with Psychiatric Disabilities(以下Collaborative)は,2003年より現在まで継続してこのRRTC資金を獲得し研究を続けている,米国でも有数の精神障害者の地域インクルージョンに関する学際的研究機関である。本稿は筆者であるCollaborativeの研究者らが,精神障害者の地域インクルージョンという学問の見方を今までに明らかになっているエビデンスを基に紹介する。

私のカルテから

児童精神医学症例の長期経過 田宮 聡
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はじめに

 児童精神科医は,長期診療の中で子どもの成長を見守る。本稿では約17年間フォローしている女性A子を紹介する。症例記述に際しては,A子の臨床像に焦点を当てるため,治療的介入の記述を最小限に留める。本人,保護者より口頭および書面で症例提示の同意を得た上で,個人を特定できないように変更を加えた。

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精神医学
63巻7号 (2021年7月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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