精神医学 60巻3号 (2018年3月)

特集 せん妄をめぐる最近の動向

  • 文献概要を表示

 高齢者の増加やコンサルテーション・リエゾン分野の拡大により精神科医の活躍の場が広がるなか,せん妄は古くて新しい重要なテーマである。せん妄の理解は,科学としての精神医学の視点にとどまらない。適切な対処がなされなければ医療現場への負の影響は大きく,生物学的視点からは身体疾患の円滑な治療の妨げとなり,医療事故など安全管理のリスクにもなる。心理面に着目すれば,患者本人のみならず家族の苦痛にも大きく関与し,医療従事者自身の疲弊にも直結する。社会的側面としては,入院の長期化に関与し,医療経済への影響も大きい。

 本特集では「せん妄をめぐる最近の動向」をいくつかのキーワードから多面的に捉え,臨床実践の場で役立つ内容の原稿をまとめていただいた。「病態生理と治療」については和田健先生が,最新の知見を含めた生物学的機序を中心に,分かりやすい総論にまとめてくださっている。「予防」については松本晃明先生が,高齢者入院患者の不眠対応に着目した実践を中心に,予防のポイントを詳しく解説されている。「アルコール離脱せん妄」については木村充先生が,一般的なせん妄とは異なるアルコール離脱特有の対処法を詳しく解説されている。「高齢者」との関連では宮永和夫先生が,老年精神医学の視点から事例を提示し,その評価や意識障害そのものの持つ意味について論じられている。「がん患者」との関連では間島竹彦先生が,緩和ケアや精神腫瘍学の視点から,本人・家族・医療者へのケア的応対も含めて論じられている。「鑑別」については吉村匡史先生が,非けいれん性てんかん重積や睡眠随伴症,うつ病性昏迷,解離性障害などを取り上げ,具体的な鑑別ポイントを詳しく解説されている。「社会的問題」については吉岡充先生が,法律や倫理面などの歴史的変遷にも触れながら,臨床現場におけるあるべき姿や姿勢について論考を述べられている。いずれもそれぞれの分野にご造詣の深い,臨床経験豊富な先生方からのご寄稿である。

せん妄の病態と治療 和田 健
  • 文献概要を表示

はじめに

 せん妄は軽度の意識混濁に種々の程度の意識変容を伴う意識障害の一型である。それに加えて認知機能障害や注意障害,睡眠覚醒リズムの障害,幻覚妄想,精神運動興奮,情動不安定などの精神症状を呈する。せん妄の病態においては,これら諸症状の出現に関与する神経ネットワークが機能不全を来していると考えられる。具体的には意識の維持に関与するとされている脳幹網様体賦活系や,認知機能や情動コントロールに関与する大脳辺縁系を含む大脳皮質の機能不全が想定されている。これら神経ネットワークの機能不全は,老化に伴う神経細胞の脆弱性を基盤に,神経炎症,酸化的ストレス,神経内分泌異常などにより惹起された神経伝達物質の異常に基づくと考えられる(図1)8,17)

 Lipowski16)が提唱したせん妄の3型,過活動型,低活動型,混合型は相互に移行することもあり,一連の病態と理解されているが,特に前2者では異なった臨床症状を呈する。したがってその病態においては共通する機序の上に異なる機序が重畳していると考えられる。脳幹網様体賦活系の機能低下による意識障害が共通の機序となり,過活動型せん妄では大脳辺縁系などの機能亢進が,低活動型せん妄ではより広範な大脳機能の低下が想定される。

 せん妄への治療は,直接因子への治療が本質的であり,平行して誘発因子への非薬物療法的介入と症状コントロールのための薬物療法を組み合わせて行う。本稿では,せん妄の病態について概観した後,せん妄の治療について簡潔に述べたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 総合病院精神科において,せん妄はコンサルテーション・リエゾンで最も多く診察依頼を受ける病態であるが,その対応には難渋することも多い。

 せん妄はさまざまな要因で引き起こされるが,医薬品誘発性せん妄については,せん妄誘発リスクの高い薬剤を特定し,その切り替えや減量・中止を図ることで予防できる可能性がある。

 医薬品誘発性せん妄の原因となる代表的な薬剤には,オピオイド,ステロイド,ベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下,BZ)などがある。この中で,BZは睡眠薬・抗不安薬として総合病院でも頻用されており,トリアゾラム,ゾルピデム,エチゾラム,ブロチゾラムなどのBZに影響を受けたせん妄の発生には,多くの医療スタッフが悩まされている。

 「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」(日本老年医学会)においては,不眠症の治療薬として,ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬,非ベンゾジアゼピン系睡眠薬ともに「特に慎重な投与を要する薬物リスト」に挙げられ,認知機能低下,転倒・骨折などのリスクから,高齢者の使用に警鐘が鳴らされるようになった5)。特に入院場面においては,全身状態が不安定な高齢患者にとって薬剤の副作用は顕在化しやすく,BZ使用によるせん妄や転倒・骨折などのリスクはさらに高まる。

 一方,BZ以外の不眠症治療薬については,鎮静系抗うつ薬(ミアンセリン・トラゾドン)のせん妄抑制作用は広く知られていたが,新規睡眠薬(ラメルテオン,スボレキサント)についても抑制系に働くことが,八田らにより相次いで報告された2〜4)。せん妄発生頻度の高い高齢入院患者において,不眠症治療薬のせん妄誘発系の薬剤から抑制系への薬剤への切り替えは,予防につながる可能性がある。

 特にせん妄が発生しやすい高齢者は,睡眠薬の使用頻度が高いこともあり,安全性を考慮した睡眠薬の選択が重要となる。

 筆者は,前任地の静岡がんセンターにおいて,「せん妄リスクを考慮した高齢入院患者への不眠対応」を基本方針として,病棟スタッフと協働し,BZ睡眠薬からの切り替えを主体としたせん妄予防活動に取り組んだ。特に激しいせん妄が頻発している病棟をモデル病棟とし,せん妄カンファレンスを定期開催して予防のための工夫を重ね,その内容を「睡眠マネジメント」(表1)として取りまとめた。これは,がんに罹患した高齢入院患者を対象とし,主に術後せん妄の予防を念頭に置いた対応であるが,化学療法など他の治療,さらには緩和医療領域にも適応している。

 「睡眠マネジメント」は,当初はBZ誘発性せん妄の予防を目指していたが,途中からBZの離脱せん妄への対応も課題となり,最終的には“誘発性”と“離脱”の両者を意識した予防対応となった。

 本稿での筆者の役割は,総合病院におけるせん妄予防の実践活動を紹介することである。「睡眠マネジメント」の取りまとめの経過を示しながら,院内にどのように予防活動を普及させてきたのか,約3年間の活動を段階を追って報告する。なお,本稿は「せん妄予防のコツ—静岡がんセンターの実践」6)で報告した内容をまとめたものである。

アルコール離脱せん妄 木村 充
  • 文献概要を表示

はじめに

 2013年に行われた疫学調査によれば,アルコール依存症疑いの患者は全国に108万人いると推定されている。アルコールはさまざまな身体疾患を引き起こし,また転倒,転落などの事故のリスクも高いため,救急受診につながりやすい。そのため,アルコール離脱はさまざまな科で遭遇することの多い病態である。

 アルコール離脱によるせん妄は振戦せん妄とも呼ばれ,アルコール離脱てんかんと並んでアルコール離脱の最も重症な形態である。振戦せん妄は,救急医療や集中治療室での対応困難を引き起こすだけではなく,致死的となる可能性もあるため,的確な診断とマネジメントの必要性は高い。本稿では,アルコール離脱せん妄の病態,治療についての概要を述べたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 DSM-5では,せん妄と認知症の診断基準が明確に書かれているため,鑑別診断は簡単そうにみえるが,臨床現場では鑑別に難渋することが多い6)。特にせん妄は身体疾患を持つ高齢者や認知症に多くみられるが,これらはせん妄自体の準備因子にもなっている。DSM-5によると,病院に入院する際のせん妄有病率は14〜24%,入院中の発生6〜56%,高齢者の術後15〜53%,ICUでは70〜87%にみられるとしている。ここでは,認知症に間違えられる意識障害とともに,認知症に合併する意識障害の症例などを提示しながら,意識障害の持つ意味を考えたい。なお,意識発現の機序や自意識についての基本的な議論は,他の執筆者が論じるかもしれないためここでは行わない。

  • 文献概要を表示

はじめに

 厚生労働省の人口動態統計によれば,わが国ではがんによる死亡が2016年には年間37万人を超え,2013年に新たに診断されたがんは86万例を超えた。がんはわが国における死因の1位になっており,今後高齢化がさらに進むことから,がん医療のいっそうの充実が望まれているのは言うまでもない。このような中で,がんに罹患された患者・家族からは,身体的な苦痛の軽減のみならず,精神的な苦痛への対応が強く望まれており,がん医療に精神科医が積極的に参画していくことが求められている。

 緩和ケアとは,生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して,痛みやその他の身体的問題,心理社会的問題,スピリチュアルな問題を早期に発見し,的確なアセスメントと対処(治療・処置)を行うことによって,苦しみを予防し,和らげることで,クオリティー・オブ・ライフ(QOL:生活の質)を改善するアプローチである。がん患者とその家族が,可能な限り質の高い治療・療養生活を送れるように,身体的症状の緩和や精神心理的な問題などへの援助が,終末期だけでなく,がんと診断された時からがん治療と同時に行われることが求められており,緩和医療は決して終末期に限った医療ではないことが示されている。

 せん妄は不安・抑うつとならんでがん医療において多くみられる病態である。せん妄は身体的な問題を背景とした脳機能障害としてみられる精神症状であるが,高齢化社会の進行した昨今,がん患者もおのずと高齢化してきていることで,せん妄のリスクはますます高まっていると考えられ,その対応は重要であると考える。

 総合病院精神科のコンサルテーションリエゾンの業務において,せん妄を診療する割合は高く,とりわけ筆者らの所属する病院で行っている緩和ケアチームの活動や,緩和ケア病棟でのコンサルテーション業務においてかかわる患者は,進行・終末期がんの症例が占める割合が高いため,比較的回復可能性の高い術後のせん妄や,単一要因によるせん妄とは違い,こうした進行・終末期がんに生じたせん妄への対応には悩むことも多く,答えのない問題に日々直面し苦悩している。

 本稿では,がん治療の初期ではなく,病状が進行した場面や,緩和ケア病棟でみられるがん終末期の場面においてみられるせん妄を対象にして論じたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 総合病院における精神科医のコンサルテーション・リエゾン活動において,せん妄の依頼は非常に多い。せん妄は急性の脳機能不全を来す意識障害が本体であり,その原因としては身体要因と薬剤要因があることから,心身のアラームとして捉えるべきであり,早期発見,早期介入が求められる。一方,医療現場では一見せん妄に類似してみえるが,「せん妄の臨床症状としてはどこか異なる」と思える病態に遭遇することも意外と多く,その鑑別に苦慮することもある。

 本稿ではせん妄(意識障害)との鑑別が必要と思われる病態として,非けいれん性てんかん重積,睡眠随伴症,うつ病性昏迷,解離性障害を取り上げ,その病態,せん妄との鑑別点,注意点,治療のポイントについて,疾患ごとに概説する。

せん妄の社会的問題 吉岡 充
  • 文献概要を表示

はじめに

 「せん妄」というありふれた症状は医療現場ではよく起きる。大脳の脆弱性に起因するものであろうが,高齢者だけではない。私が最初に体験したのは50歳の現役の商社員であった。骨折入院時に生じた。入院,安静臥床を強いられる。痛みや不安などのストレスで容易に誘発される。問題は一度生じたせん妄に対して有効な向精神薬もなく,せん妄に対しては皆ある厄介さを感じているわけである。介護施設でも日常的に起きており,介護福祉士たちが予防的なケアプランを立てている。病院ではまだ安易に縛っているところが多いのではないかと思われる。入院時に家族から承諾書を取り付けているとも聞く。編集室から私にこの原稿依頼が来たのは,30年以上認知症の人達を病院や施設で縛らないためにはどうしたらよいかを主張し続けている私に医療倫理,社会的立場から発言しろということであるようだ。各論はそれぞれの先生方にお任せし,せん妄に対してあるべき姿,あるべき姿勢について日頃思っていることをまとめたいと思う。

  • 文献概要を表示

はじめに

 統合失調症は19世紀末にドイツのEmil Kraepelinがすでに提唱されていた早発性痴呆や緊張病,妄想症,破瓜病などを症状と経過に着目して概念化した早発性痴呆に始まる10)。彼は,早発性痴呆は知的機能の障害であり,悪化の経過を辿り,予後不良なものであるとしている。一方で,20世紀半ばに登場したクロルプロマジンやハロペリドールなどの抗精神病薬により,幻覚妄想や興奮などの精神病症状の改善が望めるようになった。このことから欧米では統合失調症患者への医療は長期入院から地域での医療やケアに大きくシフトした。

 さらに近年では第二世代抗精神病薬(SGA)が登場したことにより,統合失調症の急性期医療は大きく改善した。たとえば,Agidら1)は,初発エピソードはオランザピンまたはリスペリドンという代表的なSGAによって80%弱が著明に改善すると報告している。このように著明な改善が得られるようになったため,近年における統合失調症治療の目標は陽性症状や陰性症状,解体症状を軽度とする寛解を得て,それを維持させてさらに機能的な回復を目指すものとなっている2)。その際,抗精神病薬の継続的な投与は寛解維持,機能的な回復に重要とされている14)

  • 文献概要を表示

抄録 たこつぼ心筋症は,突然発症する左室心尖部の一過性収縮低下を来す疾患である。閉経後の女性に多く,心身のストレス状況を背景に発症し,一般には自然軽快するものが多いが,時に種々の合併症を来し,心原性ショックに至るものもあるため,軽視はできない。今回,統合失調症の昏迷状態にある60歳台女性患者に対し,自科麻酔で電気けいれん療法(ECT)を2回行ったところ,心電図異常(Ⅱ,Ⅲ,aVF,V3-6にて陰性T)を発見し,たこつぼ心筋症による心原性ショックと診断された一回復例を経験した。昏迷状態においてはECT以外の選択肢は乏しく,その際は,生じうる合併症として,たこつぼ心筋症にも留意を要する。

  • 文献概要を表示

はじめに

 音楽性幻聴とは外部からの音刺激がないにもかかわらず,歌や旋律が自然に外部から聞こえてくる臨床像をいい7),薬物療法に抵抗性であることが多い4)。筆者は,quetiapineにより改善のみられた音楽性幻聴を伴ううつ病の1例を経験したので報告する。なお症例が特定されないようにするため,文脈を損なわない範囲内で一部改変して記載している。また症例の記載については患者の同意を得ている。

学会告知板

第15回日本うつ病学会総会

論文公募のお知らせ

  • 文献概要を表示

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

--------------------

次号予告

編集後記
  • 文献概要を表示

 高齢化が進む中で,医療現場でせん妄が問題になり,精神科医の関与が求められることが増えていると思われます。また,高齢者に限らず身体疾患に伴うせん妄への対処を精神科医が問われることも少なくないでしょう。本号では,この古くて新しい問題ともいえるせん妄を取り上げて,間島竹彦先生,藤平和吉先生,松川幸英先生,福田正人先生が特集を組んでいます。せん妄を多側面から照らし出すことによって,理解が深まると同時に,臨床実践への有益な示唆が得られるようになっていると思います。たとえば,高齢者に関連したものとしても,認知症と鑑別を要する意識障害に加えて,認知症に合併する意識障害も検討したり,睡眠薬を中心とする不眠への対応を論じたりしています。また,せん妄を通してアルコール依存や緩和治療についての再考が促される面もあると思います。

 本号には,この特集に加えて,伊豫雅臣先生による「治療抵抗性統合失調症とドパミン過感受性精神病—病態と予防および治療法」という展望が掲載されています。一般的な抗精神病薬治療では反応性不良または耐容性不良なために状態が改善しない統合失調症を治療抵抗性とすると,その一部がドパミン過感受性精神病となります。日本での抗精神病薬の使用状況からすると,治療抵抗性統合失調症におけるドパミン過感受性精神病の割合が高いだろうとの指摘がされています。ドパミン過感受性精神病の発現機序が図も含めて分かりやすく示されており,薬物の種類や量による受容体占拠率の相違を念頭に置くことによって,ドパミン過感受性精神病の予防や治療に関する理解が進むようになっています。

基本情報

04881281.60.3.jpg
精神医学
60巻3号 (2018年3月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

文献閲覧数ランキング(
2月17日~2月23日
)