精神医学 53巻10号 (2011年10月)

特集 裁判員制度と精神鑑定

  • 文献概要を表示

はじめに

 裁判員制度とは,一定の刑事裁判において,国民から事件ごとに選ばれた裁判員が裁判官とともに審理に参加する制度である。司法制度改革の一環として,2004年5月21日「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」(以下,「裁判員法」あるいは単に「法」と略記する)が成立し,2009年5月21日から施行され,実際の裁判員裁判が開始された。本稿の掲載される2011年10月には施行後約2年半が経過することになる。

 裁判員制度については,施行開始前から現在に至るまで制度そのものの是非のような根源的なレベルの問題についても批判が存在している。しかし,最高裁判所の行った調査やマスメディアの報道などによれば,特に裁判員経験者を中心に,よい経験になったという意見も多い。一般国民から縁遠い存在となっていた刑事裁判を,身近な存在に変え,司法に対する国民の理解の増進を図るという目的は,ある程度は達成されているように思われる。

 最高裁判所の統計(速報値)8)によれば,裁判員制度が開始された2009年5月から2011年3月31日の間に裁判員裁判の対象となる事件で起訴された人員は3,377人であり,罪名としては強盗致傷847人,殺人701人,現住建造物等放火311人,覚せい剤取締法違反281人などであった。調査時点で終局していた人員は2,099人で,有罪2,053人,有罪・一部無罪2人,無罪5人,その他(公訴棄却・移送)39人と圧倒的に有罪が多かった。無罪となった5人の罪名は殺人1人,覚せい剤取締法違反3人,強盗致死(強盗殺人)1人であった。

 マスメディアの報道をみても,制度開始直後は,裁判員裁判の事件ということだけで地方の比較的小さな事件でも全国的に報道されていたが,最近では,全国的に報道される事件は,世間の耳目を集めるような重大な事件や無罪判決がでた事例など判決結果が特に注目される事件に限られている。こうした状況をみても,裁判員裁判が行われること自体は,もはや珍しいことではなくなっており,制度自体は定着していると考えられる。

  • 文献概要を表示

はじめに

 裁判員制度が始まり,法廷に呼び出される鑑定人には裁判員に理解してもらえるように鑑定結果を提示することが求められるようになった。もっとも,このように精神医学の専門知識を専門外の人たちにわかりやすく提供するということは,裁判員制度以前であっても,弁護人,検察官,裁判官に対して求められていたはずであるし,そもそもそれこそが鑑定の目的である。

 しかし,精神医学と法学というように領域は異なっていても,“専門家同士”の間では互いに,責任能力判断は相手方の専門だとして,あるいは相手方は理解しているという前提をした“暗黙の了解”をもって話が進められてきた。そうして結果的に,その判断の仕方は“専門”というブラックボックスの中に隠されてきた。法廷が長年にわたってこの“暗黙の了解”によって成立し続け,結局,お互いにどこまでを了解し合えているのかすらわからなくしてしまったといえるかもしれない。

 裁判員制度では,一般人である裁判員が有罪か無罪か,そして有罪の場合の量刑を能動的に判断する。そのためには裁判員は示された証拠や弁護人,検察官の主張を理解し,判断の仕方も理解し,そうして判断をする,ということになっている。主張を示す弁護人,検察官は“暗黙の了解”に頼ることはできない。自分の側の主張を認めてもらうためには,判断のための材料,その材料から自分の側の主張に沿った判断を導く過程を裁判員に理解させなければならない。精神医学の専門家である鑑定人の証言も,その結論に至るまでの構造を示すことができるようでなければならないというわけである。

 本論では,裁判員にわかりやすい報告の方法についてまとめる。筆者らは裁判員制度における精神鑑定についてこれまでにも論じてきたが5~7),本稿では法廷での鑑定の経過と結果の報告に焦点をしぼり,鑑定人がこれに向けてどのように準備するかについて,そして“何を説明するか”よりも“どう説明するか”を中心にしてまとめる。

  • 文献概要を表示

 精神の障害により,犯行時,「良いことか悪いことかを判断する能力」「自分の行動をコントロールする能力」が全くなかったか,または,著しく減退していたか。

 「責任能力」という言葉を初めて聞くかもしれない裁判員に,法廷で呈示される文章の1例である。上記,「全くなかった」であれば,心神喪失で責任能力なし,よって無罪。「著しく減退していた」であれば心神耗弱で限定責任能力,よって減刑。このように説明されるのが通例である。

  • 文献概要を表示

はじめに

 近年,少年問題の深刻化と低年齢化がよく話題にのぼることは周知の通りである。そのうち,広く報道され,社会にインパクトを与えた事件の一部について,被疑者の少年が広汎性発達障害pervasive developmental disorder(PDD)と診断されるケースが散見されるようになった。広汎性発達障害は教育界においては特別支援教育の中心的テーマとして広く知られるようになったが,司法関係者の間では上記のような事件を契機としてPDDという障害が認識されはじめた。また,刑事事件の中にも被告人がPDDと診断されるケースも現れるようになったが,少年事件の場合と同様,通常とは異なる奇異な動機や犯行の態様がしばしば認められている2,3)。さらに最近では,家庭裁判所の扱う家事事件でも本障害を考慮すべき事例の存在に気づかれるようになり1),精神科医,捜査関係者,弁護人にとどまらず社会が注目するようになった。

 その一方,精神鑑定が行われた事例では,広汎性発達障害を持つ被告人の非行・犯行の動機や,その時の精神状態を見きわめ,裁判官に対して障害の特性とともにわかりやすく説明するのは困難なことが多い。また,社会性の障害の影響により,捜査段階や法廷の言動が“反省の情がない”などの誤解を受けやすい。本障害の影響により,裁判上の有利不利を意に介しない供述をすることが多く,調書の内容も事実とは異なり,捜査側の誘導(意図的か否かを問わず)に沿った供述となっているケースが少なくない。このような状況にあるため,適正な司法判断がなされるためには,精神鑑定において精神科医がPDDの障害特性を踏まえ,非行・犯行に至る経緯について合理的で説得力のある説明や解釈をすることが不可欠となる。本論では,この目的にとって重要と思われる問題や関連事項を中心に取り上げた。

  • 文献概要を表示

はじめに

 物質使用障害の精神鑑定で対象となる病態は①急性中毒,②離脱せん妄,③精神病性障害,④健忘症候群,⑤残遺性および遅発性精神病性障害である。また実際に鑑定で遭遇する薬物はICD-10に沿って挙げると,アルコール(F10),大麻(F11),覚せい剤(F15),揮発性溶剤(F18),多剤使用(F19)が多い。これらの薬物によって病態の現れ方は多様で特徴があり,物質使用障害として一括して論じることは困難である。ここではアルコール関連障害の精神鑑定を中心に論じる。

 物質使用障害の責任能力を検討する際に問題となる事項は,これらが自招性,すなわち自らが使用したために,精神病状態や意識障害を惹起しているということであり,「原因において自由なる行為actio libera in causa」という法律概念を持ち出すまでもなく,使用そのものに関しての責任を認めるべきとする一般市民の意識は高い6)。泥酔して運転をして死亡事故を起こした場合に,飲酒運転や危険運転致死罪の適用を「記憶がないから」といってためらうことはない。同様に複雑酩酊による興奮を伴い,些細なことで衝動的に殺人を犯したとしても,記憶がないということで免責するという判断を一般市民は受け入れないであろう。また精神病状態は「意図的な」乱用の結果であり,それが覚せい剤の場合のように幻覚に基づく犯行でも,責任能力を減じることにただちに賛成はしないだろう。

 「原因において自由なる行為」の法律構成は難解であるが,簡略にすれば「違法行為を行うこと予定して自らそのような状態を招く」として故意犯として見立てるのか,違法行為を予見はできたにもかかわらず予見しなかった場合の過失犯とするかである2)。一般的に酩酊前における「違法行為の予見可能性」の証明を必要とする。酩酊前に具体的な違法行為を予見できるかを論じるには仮定が多く,犯行が起こった結果を解釈した説明によるために客観性や妥当性を欠き,実際の認定は困難である。

 酩酊など自ら招いた物質の摂取による結果として生じているとしても,高度に判断能力が障害された酩酊,すなわち精神病状態と等価の酩酊は行為者の弁識能力,制御能力を失ったものとして責任無能力とする。病的酩酊がそれにあたる。また複雑酩酊で意識障害が存在する場合には判断能力が減弱し,責任能力が著しく障害されていると考え,心神耗弱とする判例が存在してきた。一般市民たる裁判員が参加することで,物質使用した者の責任を厳しく問うという流れが底流にあるとしても,異常酩酊に関しての定義を明確にし,犯行と異常酩酊の関係を裁判員に理解を得る必要がある。

 物質使用の鑑定で問題となるのは,たとえば酩酊が時々刻々と変化し,移ろいやすい場合である。単純酩酊や複雑酩酊にある時に,口論などで激昂して情動反応が生じ,病的酩酊化した激しい興奮が生じることがあるが,一過性で経過するために,短時間の弁識能力や制御能力を失っているとしても,行為のすべてを免責することを裁判員が納得するだろうか。加えて証言における虚言の可能性を排除しなければならず,曖昧になっている記憶をたどって客観的に証明することは困難である。

 記憶の欠損(健忘)のあり方も裁判員には伝わりにくい。特に酩酊して比較的普段の行動や合目的的な行動,人格より推定される行動を行っているとすれば,健忘があるからといって弁識・制御能力がないとは認められないだろう。

 このように裁判員が参加する裁判において,一般常識による判断に資するような鑑定が求められる。具体的に検討を行っていく。

  • 文献概要を表示

はじめに

 裁判員制度のもとでの精神鑑定については,一般国民である裁判員に精神障害や責任能力に関する専門知識をいかに「わかりやすく」伝えるかという点にもっぱら関心が集まっている。そのことの重要性を否定するわけではないが,より根本的な問題が置き忘れられている。それは刑事訴訟という場での精神鑑定のあり方,あるいは鑑定人の立ち位置の問題である。一般臨床とは異なり,鑑定人たる精神科医は訴訟という争いの舞台で否応なくプレーヤーの1人となる。その中で公正性あるいは科学的な客観性をどのように維持するかは難しい課題である。鑑定人は中立であるべきだといわれるが,中立性の実質やその条件については掘り下げた議論がなされていない。中立性は司法精神医学の倫理の核心にある。小論では,裁判員制度下での精神鑑定を取り巻く司法環境の動きという側面から論じてみたい。

 なお,英語圏の司法精神医学ではneutralityではなくimpartialityの語が一般的に用いられる。Impartialityに対応する日本語として「公正性」,「不偏不党」があるが,ここでは「中立性」の語を用いることにする。

  • 文献概要を表示

はじめに―刑事裁判で弁護人が目指していること注1)  弁護人は,被疑者ないし被告人注2)の最善の利益のために活動する。

 このことは裁判員裁判でもその他の裁判でも変わらない。

 弁護人には守秘義務および誠実義務があり,被告人が不利益な事実を告白したとしても,同意なく,これを明らかにすることは許されない4)。もちろん,証拠をねつ造したり,事実を積極的にねじ曲げたりすることは許されない。ただ,消極的な意味において,真実を明らかにしないことはあり得る。弁護人にとって意味を持つ「真実」とは,法廷で証拠により認定される事実だけである。

 被告人になんらかの精神の障害があると疑われる場合でも,弁護人の基本的な視点は変わらない。

 時には,鑑定人注3)にあらゆる角度から尋問を行うこともある。弁護人は,尋問においては,被告人に有利な事項しか訊かない。また,鑑定人にオープンな説明を求めるのではなく,特定の「事実」を切り出すための反対尋問をする。反対尋問では誘導尋問が多用される。そこで切り出された「事実」は,最終弁論の場面で,弁護人なりの解釈・仮説を交えて論じられる。

 検察官の立証に合理的疑問が生じないか,弁護人が全く異なる方向から光を当てることで,被告人の権利を保障しつつ,真実を発見することが可能になるのである。

 これが,憲法や刑事訴訟法が期待している弁護人の役割でもある。

 もちろん,鑑定人と弁護人は常に利益が反するわけではない。

 弁護人が扱う多くの事件は,量刑だけが問題となる事件であり,被告人にいかなる刑がふさわしいのか,その説得的な論拠を探求する必要がある。

 もちろん,量刑の傾向や示談なども,刑を決めるにあたり重要な要素であるが,それだけではない。弁護人は,鑑定書,主治医およびその他の医療関係者の意見などを参考にしながら,被告人の治療継続や社会復帰のために何を行うべきなのか検討し,時には環境調整に向けた活動を行う。裁判員は,職業裁判官以上に社会復帰後の更生や治療に興味を持つことが多く,これらの点を踏まえた弁論活動が必要である。弁護人が,鑑定人や主治医から,症状,障害の犯行への影響の有無・程度,治療反応性および必要な治療内容などを聞くことは必須である。そのうえで,弁護人は,法廷で裁判員に対し,被告人の障害の特性,事件の背景や経緯,社会復帰後の治療プランや再犯リスクの有無などについてていねいに主張・立証して,適切な量刑を求めることが必要である。

 こうした場合,弁護人は主治医や鑑定人と協力関係にある。

  • 文献概要を表示

 2011年3月11日に東日本を襲った未曾有の大地震発生から4か月が過ぎ,改めて被害に遭われた方々に,心よりお見舞いとお悔やみを申し上げるとともに,これからの復興と健康な生活の回復に向けての道のりに1日も早く希望の光が見えてくることをお祈り申し上げたい。被災地では復興へ向けての立て直しに懸命に取り組まれているところであるが,阪神・淡路大震災や新潟県中越地震の際に,被災者を対象とした健康診断や健康相談活動が住民の心のケアに役立ったという例が報告されており,今,子どものメンタルヘルス対策が優先的に取り組まれようとしていることは,喜ばしいことである。その際,過去の災害支援の経験から,柔軟で個別的な支援を心がけ,この時期にはっきりしてくる個人格差や問題の個別化に対応していくべきである。この個人差に注目した発達についての研究では,レジリエンス,あるいはposttraumatic growthという逆境の中でもポジティブに成長していく人々がいることが指摘されており,このような発達的観点からは,個別性と発達段階を考慮した地域サポートが鍵となる。個人差を拡大するリスク要因は,被害の程度などの環境要因から,年齢,身体的・精神的・知的障害の有無,そしてパーソナリティに至る個体要因までさまざまである。もちろん,これらの要因が確実に予測できるとは限らないが,今回のようにとてつもなく大きな災害では,リスク要因を持つ,いわゆる災害弱者をきちんとケアしていかなければならない。そのために,地域では組織的な取り組みが必要である。

 今回の東日本大震災の被災地域は,医療全般に医師不足の地域であり,子どものメンタルヘルスについても空白地帯であった。これからの中長期的な災害後のメンタルケアは,日本児童青年精神医学会や日本小児科学会など関連学会が自治体と共同して計画している専門医の派遣なども意義が大きいが,これまで欠けていた,地域内の子どものメンタルケアの体制整備とサポートの継続性こそ必要不可欠である。このような実情を踏まえて,国や被災自治体,大学などが連携して,先例のない大規模かつ長期的なメンタルヘルス・サービス体制の構築に取り組もうとしているが,この大事業の成功を心から願うとともに,これまでなかなか克服できなかったバリアを越える,新しい地域モデルとなることを期待する。ここでいうバリアとは,まず,保健医療と教育の縦割り体制であり,第二に,一般小児科医と(児童)精神科医の協力体制の不足であり,第三に,児童精神科医と成人精神科医の連携の不足,などを指す。

論文公募のお知らせ

  • 文献概要を表示

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

  • 文献概要を表示

 身体性,精神性,霊性など動物と異なる側面をもつ人間を全体的視野から捉える人間学は,臨床精神医学の基本をなすものです。しかし今日の精神医学は大きく生物学に傾斜し,大学医学部における研究の大半を脳科学が占めています。本アカデミーは精神科医に本来あるべき人間学的なみかたを取り戻し,バランスのとれた臨床技術を育くむ目的から設立されました。原則として年1回,群馬県高崎市で開催し,講演とケースカンファレンスを組み合わせて,少人数の親しい雰囲気のなかで精神病理学,心理学,哲学,宗教,歴史,社会,芸術などの教養や症候学,診断学を学ぶ場を提供することを目指しています。

日時 2011年11月26日(土)10:00~18:00

会場 群馬病院カンファレンスルーム(群馬県高崎市稲荷台136)

  • 文献概要を表示

日時 2011年12月18日(日)13:00~15:00(開場12:30)

会場 新宿明治安田生命ホール

    東京都新宿区西新宿1-9-1明治安田生命新宿ビルB1F(新宿駅西口正面)

   無料・参加自由

第7回日本統合失調症学会
  • 文献概要を表示

テーマ 統合失調症患者・家族のニーズを適える研究成果を目指して

会期 2012年3月16日(金)~17日(土)

会場 愛知県産業労働センター(ウインクあいち)

   名古屋市中村区名駅4丁目4-38

第5回レビー小体型認知症研究会
  • 文献概要を表示

開催日 2011年11月5日(土)

場所 新横浜プリンスホテル(〠222-8533 神奈川県横浜市港北区新横浜3-4)

  • 文献概要を表示

日時 2011年11月4日(金)10:00~16:50

場所 千里ライフサイエンスセンター5F ライフホール

  • 文献概要を表示

抄録

 2009年中における自殺者の総数は32,845名で,年齢別自殺者数では60~69歳は5,958名と第2位であり,自殺者に占める高齢者の割合は高い状態が続いている。本研究では自殺企図で当院救命救急センターに入院となった患者を対象として,高齢者の自殺企図の臨床的な特徴について後方視的に調査を行った。その結果,高齢者群は自殺企図時には気分障害の合併が多く,自殺企図の理由としては健康問題,家族問題が多かった。また,高齢者自殺企図のリスク因子として気分障害の合併,身体疾患の既往が考えられた。今後は高齢者の自殺企図の臨床的特徴をさらに明確にし,そのうえで高齢者の自殺再企図防止のための介入研究を行う必要がある。

  • 文献概要を表示

はじめに

 自殺関連行動(suicidal behavior,以下SBと略)とは,De Leoら5)によると自殺未遂や自傷行為などの意図的な自己破壊的行動を包含する行動の総称である。これは,入院を含む緊急の精神科的介入開始の契機となることが多い,その患者の自殺リスクが高いといった点で臨床的に重要な症状である。SBに適切に対応するためには,さまざまな医療機関におけるSB患者の特徴についての知見を集積する必要がある。

 我々は,精神科病院に入院するSB患者の臨床的特徴を明らかにすることを目的として,都立松沢病院にSBを呈して入院した精神科患者の診療録調査を行った。都立松沢病院は,精神科救急診療を行っていることなどから,SB患者を多く扱っている医療機関である。従来から,自殺未遂を中心とするSB患者の調査は,救急医療機関や総合病院において多く行われてきたけれども,精神科病院における報告はきわめて乏しいのが実情である。我々はすでに,本調査の対象の一部を対象としてSB入院患者の構造化面接によって診断・評価を行った研究の結果を発表している11)。本調査のような診療録調査には,構造化面接によって診断・評価の信頼性を高め,SB関連症状を包括的に確実にとらえることは期待できないものの,多くの患者の情報が集められる,臨床診断に基づく他の調査との比較が容易であるといった利点がある。本調査は先の報告とは別の意味で,精神科SB患者の実態を明らかにするための貢献となると考えられる。

  • 文献概要を表示

はじめに

 反社会性パーソナリティ障害(以下,APD)は,本人が医学的治療を希望することは少なく,さまざまな問題行動を起こすため,医療の場で治療を受けることが困難である1)。地域で問題行動を繰り返していたAPDが,交通事故の後単身生活が送れなくなり,入院を継続せざるを得ない状況となった。入院後も職員に対する暴言,暴力,嫌がらせなどの問題行動が繰り返され対応に苦慮していたが,リスペリドン持続性注射薬(以下,RLAI)の導入により問題行動が改善するという経過を経験したので報告する。なお,考察に支障のない範囲で,プライバシー保護のため症例の内容を変更した。

  • 文献概要を表示

はじめに

 Tourette症候群(TS)は,若年に発症し多彩な運動チック,および1つまたはそれ以上の音声チックが長期間にわたって持続し,慢性に経過する重症のチック障害の1つである。Haloperidol,pimozide,risperidoneなどの抗精神病薬の投与により改善が期待できるものの,忍容性が低いため継続できず,十分な治療が行えない場合も少なくない。

 今回,我々は,病院を転々とし,治療に困難をきわめたTSに対してaripiprazoleを単剤投与し,奏効した症例を経験したので報告する。なお,本報告の投稿に際し,患者本人から口頭で同意を得ている。

  • 文献概要を表示

はじめに

 全生活史健忘は,自己に関する一切の記憶を想起しない一方,一般的知識は保たれ日常生活には支障を来さない。Jaspers2)が報告し,本邦では谷4)の報告が最初である。ICD-10ではF44.1解離性遁走の部分症状と考えられ,数年に及ぶ場合や再遁走も多い。筆者らは,全生活史健忘で入院し,精神療法を中心に2か月半経過後,麻酔面接を契機に生活史を知り得た例を経験した。葛藤状況を含んだ来歴へ直面後も病状悪化なく軽快退院し,本病態経過の一類型が示唆されたため報告する。個人情報保護のため症例には若干の変更を加え,学術報告を文書で説明し,同意を得た。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

祈祷性精神症(病) 中山 和彦 , 小野 和哉
  • 文献概要を表示

諸言

 祈祷性精神症は,東京慈恵会医科大学初代主任教授森田正馬が,「余の所謂祈祷性精神症に就いて」(1915(大正4)年,「神経学雑誌」第3巻2号)によって世界で最初に報告した。その論文の中で,迷信,まじない,祈祷などに基づいて発症する心因性でありながら精神病性症状を呈する疾患群に対して名づけた呼称である1)。その論文では「祈祷性精神症」とされ,後に名称は祈祷性精神病と改められている。心因性である疾患に病は好ましくなく,さらに少なくとも,当時宗教的行為に際して生じる心身における症状を「病」と表現することはできなかったと思われる。

 現在のわが国の精神医学の教科書にもあまり記載されなくなっている。操作的診断基準を基にした疾患分類が普及した結果,このような原因による呼称は過去のものとなったこと,また実際に,このような病態に我々が遭遇することがまれになってきたのも事実である。一方,現代では,経過中の病態の変化が激しく,症候のみの分類では疾患の本質がどこにあり,治療をどのように進めるべきか明確になりにくくなっている。その意味では,伝統的な疾患概念ではあるが,もう一度原因論に立ち戻って精神疾患を考える意義を伝えてくれているといえるかもしれない。

  • 文献概要を表示

 国内のパルス波の無けいれん性電気けいれん療法(ECT)の施行方法は,施設によってまちまちである。あるいは,「方法」そのものへの意識が十分ではないということもできる。それも無理はない。サイン波の時代には,けいれん発作を一定時間認めるだけで臨床効果があったからである。極端にいえば,サイン波に方法というほどの方法はないに等しかった。電圧を設定して通電し,けいれんを確認するだけである。「とにかく電気をかければ治せた」のであり,「ECTをやった」といえばそれで話が済み,精神科医同士も共通認識が成立した。

 しかしながら,パルス波では事情は大いに異なる。これまでの研究成果3,10)によれば,初回の適切な刺激用量(%)設定,主に発作時脳波による発作の有効性の評価,それに基づく2回目以降の刺激用量(「治療閾値7)」を超える刺激用量)設定,有効発作を抑制しかねない麻酔薬の種類・用量と併用薬(特にベンゾジアゼピン系薬剤)への配慮,発作増強の考慮8,9)などが不可欠であり,それらによって,パルス波ECTの治療の成否は決まるのである。

  • 文献概要を表示

退院支援実践例が充実した,理解と実感を助けてくれる1冊

 日本の精神科医療は,重症化した精神疾患患者に入院医療を提供すること,そのための医療施設を私立の精神科病院に求めることを,国が施策の中心としてきた歴史がある。そのために精神科病床が全病床の20%以上を占め,しかも長期入院や社会的入院の患者が多いという,世界の中で例外的な状況にある。退院を支援するためのハンドブックとしてガイドラインと実践的アプローチを示した本書は,そうした日本の精神科医療の残念な現状を反映している。

 本書は,「退院支援ガイドライン」と「ガイドラインに基づく退院支援の実践」の2部から構成されている。第1部は,厚生労働省精神・神経疾患研究委託費の研究成果を基にまとめられた,46ページからなるガイドラインの紹介が中心である(主任研究者:安西信雄「精神科在院患者の地域移行,定着,再入院防止のための技術開発と普及に関する研究」)。第2部ではガイドラインの具体化として,前半で退院支援の実践について8つの側面を詳説したうえで,後半で「特色ある取り組み」として8つの実例が紹介されている。

--------------------

次号予告

投稿規定

著作財産権譲渡同意書

編集後記
  • 文献概要を表示

 2年前に施行された裁判員制度の現状の問題点と今後の課題をテーマとした特集「裁判員制度と精神鑑定」に,裁判員制度に直接かかわっておられる先生方から珠玉の論文をお寄せいただき,こころから感謝申し上げたい。裁判員の方々が職業裁判官以上に被告人の社会復帰後の更生や治療に興味を持たれているという報告や,一般の方々が妄想などの用語を誤ったイメージで受け止める可能性が高いという指摘,検察側の鑑定留置と違って弁護側からの当事者鑑定は一般面会と同じ扱いであるという現実,責任能力判定の前倒し判断を検察だけで実施しているとの問題提起など,非常に示唆に富む情報に溢れている。編集子も含めて精神科医療従事者は,もっと司法精神医療と刑事訴訟についての正確な法律知識を持つこと,ならびに日常的に司法関係者と情報交換することの重要性を,本特集を通読し痛感している。加えて,進行中の司法改革に精神医学界が精神科医療改革の一環として取り組むべきであるとの思いを新たにした次第である。

 一方,わが国の重点医療施策として2004年に閣議決定された,がん,心疾患,脳血管障害,糖尿病の4疾病に,来年度から精神疾患が加えられる可能性がきわめて高くなり,これらの5疾病が各都道府県の医療計画にも反映されることになる。十数年に及ぶ超高水準の自死既遂をみても,東日本大震災での経験でも,人々のこころに巨大なマグニチュードで襲い掛かる心的負荷をケアできるような地域の絆とアウトリーチの必要性が広く認識されているので,この決定は当然であり,WHOは十数年前からがん,循環器疾患,うつ病を政策提言しているので,遅きに失したといえる。しかし,医療計画に精神科が提言できる機会はこれまで皆無であったことを考えると,good practiceや求められる精神科医療水準について提言できるチャンスが来たことになる。本号の巻頭言では,東日本大震災に関連し,児童のメンタルヘルス体制の構築と乳幼児健診時の自閉症のスクリーニングの実施などの必要性が指摘され,研究と報告では自死の実態調査から,高齢男性のうつ病で自死未遂歴のある方々や自死関連行動を示したケースのフォローアップ体制の構築の必要性が報告されており,これらの指摘が今後の精神科医療計画に反映されるように関係各位にお願いしたい。その媒体として本誌が活用されることをこころから祈念し,ご投稿をお待ちしている。

基本情報

04881281.53.10.jpg
精神医学
53巻10号 (2011年10月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

文献閲覧数ランキング(
5月20日~5月26日
)