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はじめに
物質使用障害の精神鑑定で対象となる病態は①急性中毒,②離脱せん妄,③精神病性障害,④健忘症候群,⑤残遺性および遅発性精神病性障害である。また実際に鑑定で遭遇する薬物はICD-10に沿って挙げると,アルコール(F10),大麻(F11),覚せい剤(F15),揮発性溶剤(F18),多剤使用(F19)が多い。これらの薬物によって病態の現れ方は多様で特徴があり,物質使用障害として一括して論じることは困難である。ここではアルコール関連障害の精神鑑定を中心に論じる。
物質使用障害の責任能力を検討する際に問題となる事項は,これらが自招性,すなわち自らが使用したために,精神病状態や意識障害を惹起しているということであり,「原因において自由なる行為actio libera in causa」という法律概念を持ち出すまでもなく,使用そのものに関しての責任を認めるべきとする一般市民の意識は高い6)。泥酔して運転をして死亡事故を起こした場合に,飲酒運転や危険運転致死罪の適用を「記憶がないから」といってためらうことはない。同様に複雑酩酊による興奮を伴い,些細なことで衝動的に殺人を犯したとしても,記憶がないということで免責するという判断を一般市民は受け入れないであろう。また精神病状態は「意図的な」乱用の結果であり,それが覚せい剤の場合のように幻覚に基づく犯行でも,責任能力を減じることにただちに賛成はしないだろう。
「原因において自由なる行為」の法律構成は難解であるが,簡略にすれば「違法行為を行うこと予定して自らそのような状態を招く」として故意犯として見立てるのか,違法行為を予見はできたにもかかわらず予見しなかった場合の過失犯とするかである2)。一般的に酩酊前における「違法行為の予見可能性」の証明を必要とする。酩酊前に具体的な違法行為を予見できるかを論じるには仮定が多く,犯行が起こった結果を解釈した説明によるために客観性や妥当性を欠き,実際の認定は困難である。
酩酊など自ら招いた物質の摂取による結果として生じているとしても,高度に判断能力が障害された酩酊,すなわち精神病状態と等価の酩酊は行為者の弁識能力,制御能力を失ったものとして責任無能力とする。病的酩酊がそれにあたる。また複雑酩酊で意識障害が存在する場合には判断能力が減弱し,責任能力が著しく障害されていると考え,心神耗弱とする判例が存在してきた。一般市民たる裁判員が参加することで,物質使用した者の責任を厳しく問うという流れが底流にあるとしても,異常酩酊に関しての定義を明確にし,犯行と異常酩酊の関係を裁判員に理解を得る必要がある。
物質使用の鑑定で問題となるのは,たとえば酩酊が時々刻々と変化し,移ろいやすい場合である。単純酩酊や複雑酩酊にある時に,口論などで激昂して情動反応が生じ,病的酩酊化した激しい興奮が生じることがあるが,一過性で経過するために,短時間の弁識能力や制御能力を失っているとしても,行為のすべてを免責することを裁判員が納得するだろうか。加えて証言における虚言の可能性を排除しなければならず,曖昧になっている記憶をたどって客観的に証明することは困難である。
記憶の欠損(健忘)のあり方も裁判員には伝わりにくい。特に酩酊して比較的普段の行動や合目的的な行動,人格より推定される行動を行っているとすれば,健忘があるからといって弁識・制御能力がないとは認められないだろう。
このように裁判員が参加する裁判において,一般常識による判断に資するような鑑定が求められる。具体的に検討を行っていく。
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