臨床検査 48巻2号 (2004年2月)

今月の主題 薬物代謝酵素の遺伝的多型―特に個別化薬物治療を目ざして

巻頭言

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この数年間というもの,Pharmacogenomics(ゲノム創薬)やPharmacogenetics(遺伝薬理学)というような新しい言葉が流行っていて読者にもとまどいがあると思われる.本特集では,このような現状をわかりやすく解説して読者に上記の分野に馴染んでもらい,新しい知識を得ていただくことを目標にして編集した.

 薬物代謝酵素やトランスポーターの遺伝子に変異があって,これらの蛋白質のアミノ酸の置換が起こると,これらの蛋白質の機能が異常になり,一般的には機能低下をもたらす.これらの蛋白質の機能が低下した結果,薬の体内動態が異常になる.薬の体内動態が異常になると,普通の投与量を投与したにもかかわらず,ある患者では効き過ぎによる副作用がみられることがある.多くの努力により,遺伝子診断によって薬の体内動態を予測できる可能性がでてきた.このような薬の効きすぎを予測するような遺伝子診断が近い将来大きな分野になって来るであろうと予想されている.

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〔SUMMARY〕 薬物の応答性,副作用には大きな個人差が存在する.近年薬物代謝能と遺伝的素因が研究され,酸化的薬物代謝酵素の遺伝的多型,人種較差が研究され,多くの薬物の代謝酵素(特にチトクロームP450)で遺伝的変異が発見され,応答性および副作用発現において薬物代謝酵素の遺伝的多型が一部起因すると考えられるようになった.日本人においてこの遺伝的多型が表現型(代謝活性)の低下に結びつく遺伝子変異はそれほど多くない.本稿に記載された遺伝的多型を習熟し,臨床で検査しやすい簡便な表現型検査を行うことで,よりpatient orientedな薬物治療が可能となる.〔臨床検査 48:121-127,2004〕

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〔SUMMARY〕 第Ⅱ相酵素の中には,遺伝的多型が比較的多く認められるものがあり,薬物応答の個人差や代謝異常の一因となっている.酵素活性の著しい変化をもたらす遺伝子型のタイピングは,いずれ臨床検査の一部として定着するものと予想される.本稿では,いくつかの第Ⅱ相酵素,特に,UDP-グルクロン酸転移酵素(UGT),N-アセチル転移酵素(NAT),硫酸転移酵素(SULT)等の抱合酵素を中心に,これらの酵素をコードする遺伝子の多型およびそれらの臨床的意義を解説したい.〔臨床検査48:129-137,2004〕

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〔SUMMARY〕 薬物の吸収,分布,排泄を規定する薬物トランスポーターが数多くクローニングされ,その発現部位,輸送方向性,基質薬物が明らかとされつつある.同時に遺伝子多型によるヒト生体中での機能評価ならびに個人差の解明が急ピッチで進んでいる.その結果,薬物トランスポーターは相互作用などを含む薬物療法全般に重要な役割を果たすことが指摘されるに至っている.薬物代謝酵素に加え薬物トランスポーターの遺伝子多型情報は個別適正化使用―オーダーメイド医療―を一歩前進させる情報と期待される.〔臨床検査 48:139-147,2004〕

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〔SUMMARY〕 近年の遺伝子診断技術の進歩は目覚しく,遺伝子解析の革命的技術であった遺伝子増幅さえもPCR以外の方法論が登場し,さらには増幅を行わずとも少量のゲノムDNAで遺伝子多型が判定できる方法も現れた.これらにより,疾患感受性や,薬物応答性などを規定する遺伝的要因の解明が飛躍的に進展するものと期待されている.本稿では,日進月歩の遺伝子診断技術のうち,遺伝子多型診断に焦点を当て,近年汎用されている比較的新しい方法論と機器について概説する.〔臨床検査 48:149-156,2004〕

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〔SUMMARY〕 CYP2C9およびCYP2C19は比較的古くから遺伝子多型が存在することが明らかにされたCYP分子種で,その多型性が医薬品の体内動態や薬効/副作用の発現に大きな影響を与えることが明らかとなっている.本稿ではCYP2Cサブファミリーを構成するこれらの分子種について多型性が見いだされた経緯,原因となる遺伝子変異,遺伝子解析の意義などについて概説し,CYP2C19遺伝子については多型解析の具体的な操作法および判定法を示した.〔臨床検査 48:157-162,2004〕

CYP2D6の遺伝子多型の検出法 横井 毅
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〔SUMMARY〕 CYP2D6はヒト肝臓での発現量が総P450含量の約3~5%程度と少ないが,抗うつ薬,抗精神病薬,抗不整脈薬,β-遮断薬や抗ヒスタミン薬など臨床上重要な多くの薬を,特異的に代謝する酵素である.日本人における代謝欠損型のヒトの頻度は1%未満であるが,代謝能が低いヒトの頻度は15~20%と高い.また,代謝能が極めて高いヒトも知られている.CYP2D6は遺伝子多型と代謝能の相関の研究が進展している分子種である.CYP2D6遺伝子にはこれまで73種類以上の変異型が発見されており,全欠損型や複数のCYP2D6遺伝子を有する型をはじめ様々な変異が報告されている.変異遺伝子の種類と頻度には大きな人種差が存在するために,日本人における主たる変異遺伝子型を検出する必要がある.〔臨床検査 48:163-169,2004〕

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〔SUMMARY〕 N-アセチルトランスフェラーゼは薬物をアセチル化して代謝する酵素である.これまでに,さまざまな薬物について,この酵素の遺伝子多型が薬物動態に影響を及ぼすことが報告されている.本稿では,N-アセチルトランスフェラーゼ2の遺伝子型判定法として最もよく用いられているPCR-RFLP法を概説するとともに,今後臨床への応用が期待される判定法を紹介する.〔臨床検査 48:171-176,2004〕

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〔SUMMARY〕 塩酸イリノテカンは,臨床上極めて重要な抗癌剤である.グルクロン酸転移酵素(UGT)遺伝子多型は,塩酸イリノテカンによる重篤な副作用発症と深く関わっている.本稿では,インベーダー法を用いたUGT遺伝子多型のタイピング法について紹介する.この簡便なタイピング法は,個別化医療の実現に大きく貢献する可能性を持っている.〔臨床検査 48:177-182,2004〕

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〔SUMMARY〕 薬物代謝酵素の遺伝子多型と体内動態との関連に関しては,これまで多くの酵素について報告されてきた.本稿で取り上げるカルボキシルエステラーゼ(エステラーゼ)は,プロドラッグの代謝活性化過程で重要な役割を果たしている薬物代謝酵素であるが,本酵素の個人差の原因などについては,あまり検討が行われていないのが現状である.本稿では,筆者らの研究を中心にエステラーゼの遺伝子構造および発現調節機構について概説する.〔臨床検査 48:183-193,2004〕

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 1.はじめに

 ヘリコバクターピロリ(Helicobacter pylori;H. pylori)感染者は我が国で約6千万人,全世界では20億人以上(人口の約50%)と推定されている.H. pyloriは胃・十二指腸潰瘍や胃癌などの上部消化管疾患に関連することが明らかになってきており,H. pyloriの除菌は上記疾患の治療における重要な戦略の1つである1,2).近年のH. pylori除菌法としては,プロトンポンプ阻害剤(proton pump inhibitors;PPIs)1剤に抗生物質2剤(アモキシシリン,クラリスロマイシン)を合わせた3剤療法が主流である.一方,医薬品の薬効,副作用には個体差が存在し,その大きな要因としてチトクロームP450(CYP)をはじめとする薬物代謝酵素の遺伝子多型に伴う薬物代謝能の個体差が重要である3,4).PPIsもその薬物動態がCYP2C19の遺伝子多型の影響を受けることで治療効果に個体差を生じる.H. pyloriは一度除菌が完了してしまえば再感染がほとんど起こらないこと,上記のごとく世界的に高い感染率を示すことから,本菌を効率的に除菌することは,長期の薬剤投与を防ぎ,世界的な医療費削減につながると考えられる.本稿ではCYP2C19遺伝子多型解析のH. pylori除菌療法における有用性および医療経済への効果について筆者らの私的見解を述べる.

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 1. はじめに

 「癌」は遺伝子の病気といわれている.遺伝子を損傷する原因,すなわち,癌の原因には多数の因子が考えられている.例えば,紫外線や放射線,ウイルスによる遺伝子の損傷による癌が知られている.さらに,遺伝的な癌の存在も知られている.遺伝的な家族性に発症する癌は,発癌遺伝子の変異がもたらす癌といえる.このような多様な癌の原因が存在する中で,環境中の化学物質がヒトにおける全癌の原因の90~95%あるいはそれ以上を占めると提唱されてから久しい.環境中の化学物質とは環境汚染物質だけではなく,食物由来の物質など,要するにわれわれの口,鼻および皮膚から摂取され吸収されたものすべてを含む.その後,反論がないので,癌の原因のほとんどは化学物質によるという仮説は「当たらずとも遠からず」なのであろう.

 ところで,化学物質がそのまま吸収され遺伝子を損傷して癌を起こすという例は極めて少ない.多くの癌原物質は体内でチトクロームP450(以下P450またはCYP)などの薬物代謝酵素によって代謝され,化学的に反応性の高い代謝産物(活性中間体)に変換される.これらの活性中間体は,その名のとおり,化学的な反応性が高い.そのため,これら活性中間体の多くは生成すると,すぐ近傍に存在するDNAなどの生体成分に結合してしまう.この過程は発癌のイニシエーションあるいは発癌の初発段階といわれている.損傷された遺伝子の多くは次いで修復酵素によってほぼ完全に修復されてしまうので,通常は活性中間体の生成イコール発癌とはならない.しかし一方,万が一,発癌にかかわる遺伝子が損傷され修復されずに残ってしまうと,これが発癌を導くことになる.

 以上から空想すると,癌原物質を活性化するP450などの酵素が存在しなければ発癌せず,また修復酵素がなければたちまち発癌してしまうことになる.事実,マウスのP450の遺伝子を人工的にノックアウトして潰してしまうと,癌原物質を投与しても発癌しなかったと報告されている1)

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1. 薬物代謝酵素:チトクロームP450

 経口投与され,消化管から吸収された薬剤は肝臓に運ばれ,主として肝臓に存在している薬物代謝酵素チトクロームP450(CYP)によって代謝を受ける.CYP分子は相同性の違いにより数十種類の分子種を有しており,一般に基質特異性は低いとされている.つまり1つのCYP分子種は多くの薬剤を代謝することができ,また,1つの薬剤は複数種のCYPによって代謝を受ける場合もあるわけである.とは言っても,投与される多くの薬剤はいずれかの分子種によって主として代謝されるメインルートを有している.臨床で投与される薬剤は肝臓でCYPによる代謝を受け消失される分が考慮され,投与量を多くすることで血中薬物濃度が適切に維持される.またCYPによる代謝産物自体が薬理活性を有する場合もあるので,代謝がすなわち薬理効果を下げるとも言えない.このように経口投与された薬物動態は個人のCYPの代謝能力の差異に良くも悪くも影響を受けることがわかってきた.

 CYP分子種は総CYP蛋白中の40%をCYP3Aが占め,CYP2Cが25%,CYP1A2が18%の割合で分布している1).また臨床的に使用される薬剤の代謝に関わる分子種はCYP3Aが55%,CYP2D6が15%,CYP2Cが10%の順である2).CYPの表現型である酵素活性能はそれぞれのCYP遺伝子のsingle nucleotide polymorphism(SNP)によって大きく影響を受けるものがある.この影響は複数の分子種で代謝される薬剤より単一の分子種でのみ代謝を受ける薬剤において著明であり,個体間差に大きく関与する.したがってこのような薬剤の投与に際しては個々の薬物代謝能力に応じて適正投薬量を設定することが薬理効果のみならず,副作用防止としても重要な要素となる.しかし,遺伝子のSNPが必ずしも表現型に影響を及ぼすわけではなく,CYP3A4やCYP1A2などは遺伝子型で表現型を説明するには環境因子などによる活性への影響が大きくて適切ではない.実際に多型が活性に影響を及ぼすSNPは全体の1%以下とも言われている.ただし,CYP2D6やCYP2C19などは遺伝子型と表現型の関係が比較的直接的であるため,遺伝子型から酵素活性の予測がつきやすい.なかでもCYP2C19は遺伝子多型によってその活性を大きく変動させる分子種である.CYP2C19はジアゼパムやプロトンポンプ阻害剤(proton pump inhibitor;PPI)のオメプラゾール,ランソプラゾールなどの代謝に関わることが知られており,特にオメプラゾールに関する薬物動態についてはよく研究がなされている3,4).CYP2C19の遺伝的多型は日本人では低代謝能を示すpoor metabolizer(PM)が20%も存在しており5),欧米人の2~4%に比べ高頻度である6~9).正常活性を有するextensive metabolizer(EM)患者と比べると,PM患者は代謝薬剤の血漿薬物濃度曲線下面積(area under the curve;AUC)が12倍にも及ぶといわれる10).また日本人を含むアジア人系のCYP2C19の多型は2つのSNPsで表現型の説明ができる.その1つはexon5の変異であるCYP2C19m1(*2A)で,もう1つはexon2の変異でCYP2C19m2(*3)と呼ばれている.この2つの変異のalleleの組み合わせにより酵素活性型(phenotype)が決定され,CYP2C19の遺伝子多型の判定はほぼ100%可能となる.つまり,野生型(*1)のhomozygote*1/*1がEM,*1/*2A,*1/*3などのheterozygoteがintermediate metabolizer(IM:PMとEMの中間活性を示す),*2A/*2A,*2A/*3,*3/*3がPMに相当する.このことより,probeを投与し血中薬物濃度を測定してphenotypingをしなくても遺伝子型からphenotypeの推定が可能となる11)

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 1. はじめに

 患者個々の特異的な遺伝的要因や病態などに基づく個別化薬物治療は,患者ごとに医薬品を適正に使用することができ,個別化医療の実現に大きく寄与するものである.

 近年の分子生物学や診断機器などにおける飛躍的な技術進歩のおかげで,個別化薬物治療を行うためのツールとして,遺伝子診断技術が広まってきている.

 特に医薬品を患者に投薬したとき,患者ごとに薬効・副作用が大きく異なる主原因として薬物動態の個体差が挙げられる.この薬物動態の個体差を測るために,薬物代謝酵素,特にチトクロームP450の多型を遺伝子診断する研究が最も進んでいる.

 本稿では,このP450の遺伝子診断を行うための基礎情報として有用なデータベースをいくつか紹介し,これらのデータをうまく連携させることで,より効果的に遺伝子診断を行えるためのバイオインフォマティクスの活用について述べる.

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 1. はじめに

 近年になって薬物トランスポーターの薬剤応答性における重要性が注目されている.ヒトゲノム解析によって,これまでにヒトABCトランスポーターおよび有機アニオン・有機カチオントランスポーターの遺伝子が多数発見され,薬物の消化管吸収,組織への分布,肝臓腎臓からの排泄など,薬物とその代謝物の輸送と密接に結びついていることが明らかになった.また,ヒトゲノム一塩基多型(single nucleotide polymorphism; SNP)の網羅的解析により,薬物トランスポーターの遺伝子多型の情報が蓄積している.ヒト薬物トランスポーター遺伝子群のcSNPと基質特異性の差異との関係を解明し,さらにプロモーター領域のSNPの遺伝子発現への影響をin vitro実験で検証する必要がある.また,その研究結果を速やかに統合して,薬物トランスポーター遺伝子群のSNP機能解析のデータベースを構築し,薬剤応答性予測に役立つ測定技術を開発することが重要である.

今月の表紙 臨床生理検査・画像検査・2

超音波のアーチファクト2 谷口 信行
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 超音波のアーチファクトは,Bモード断層像だけでなくカラードプラ法,パルスドプラ法でも見られる.その中には,反射,屈折などのようにBモード断層像と同じ原理で見られるものと,ドプラ法特有の原理で起こるものに区別できる.

 カラードプラ法で,前者に含まれるアーチファクトに,ミラーイメージがある.前号でも説明したごとく,超音波が強い反射体に当たって反射することが原因であり,カラードプラ法の信号でも同様にその後方にアーチファクトが観察される(図1).このアーチファクトは,頸動脈でみられる場合は血管後壁などが反射面になると考えられる.なお,カラードプラ法のアーチファクトが,断層像で観察できない部分でも見られるのは,ドプラ信号は前者と異なり位相の変化を表示していることと,より弱い信号が表現可能なためである.屈折によるアーチファクトも観察され,断層像で見られるものと同様二重の血管として観察される(図2).

コーヒーブレイク

浜松の人 屋形 稔
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 1967年に米国内を旅した時,すすめられてグランドキャニオンに立ち寄った.まずラスベガスに一泊して翌朝バスで行くことになった.出発の時,玄関に出ている筈の旅行かばんが影も形もないのに気付いた.時間がないのでフロントに翌日もう一度戻るから探しておいて欲しいと頼んで乗りこんだ.隣席の中年の日本人と親しくなり行けども一本道の砂漠をまる一日走って目的地へ着いた.

 この日本人は浜松の工科系大学助教授で田中という方であった.太古の峡谷で一夜もともにしたが浜松という見知らぬ街の話が心に残った.さて翌夕ホテルに舞い戻ったが大切なかばんは見つからないという話でポリスを呼んでハッパをかけた.日本のドクターと聞いて麻薬でも所持していると思ったのかえらくはりきって出かけたが真夜中に起こされた.空港の倉庫の隅で見つけたということでボーイが空港のほうに誤まって運んだらしい.

シリーズ最新医学講座・I 転写因子・2

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はじめに

 転写研究の進展,およびポジショナルクローニング法による疾患原因遺伝子の単離によって,転写因子の異常が多くの疾患の原因となることが明らかとなってきた.転写因子の異常に起因する疾患は転写因子病と呼ばれるが,その中には基礎レベルの転写にあずかる基本転写因子およびそれと関連した因子の異常によって発症するものも存在することが判明し,そのような疾患は転写症候群(Transcription syndrome)という概念でまとめられつつある.本稿では,ここ10年ほどの間に明らかにされた転写症候群の範疇に入る疾患について,最近の知見を含めて概説したい.

シリーズ最新医学講座・Ⅱ 病理診断に役立つ分子病理学・2

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はじめに

 形態学的観察に基づいた病理診断は,消化管癌の臨床において決定的な意義を有している.生検組織における病変の質的診断はもちろんのこと,EMR(endoscopic mucosal resection)標本における病変の広がり,脈管内侵襲および断端浸潤の有無の診断は,後治療の選択・決定に不可欠である.しかし,病理組織診断には,いくつかの限界が存在する.すなわち,良性と悪性の中間的な形態を示す境界領域病変の存在,生物学的悪性度や予後の類推における限界などであり,また,遺伝性腫瘍の可能性や発癌リスク,薬剤感受性に関する情報を形態変化から得ることはほとんど不可能である.

 これまでの分子病理学の最大の使命は,様々な新知見の病態における普遍性の検証であり,その精力的な研究を通じて,消化管癌の発生・進展機構の概略を明らかにしてきた.そこから得られた成果を診断に応用した分子病理診断も一部では実践されている.一方,マイクロアレイをはじめとする最新技術の応用により,消化管癌の発生・進展の分子基盤についてもより詳細で膨大な情報が得られるようになってきた.「病理学」が「病気の本態を究める総合の医科学」であるという視点に立つと,ポストゲノム時代といわれる今,遺伝子解析と形態学的観察を包括した分子病理学的アプローチにより個々の腫瘍の病態を把握し,ゲノム医療に直結する診断を行う必要がある.

 本稿では,「病理診断」を消化管病変の生検あるいは切除組織に対する包括的診断と捉え,診断に役立つ古典的分子・遺伝子マーカーの解説に加え,組織検体を用いた発癌リスクや薬剤感受性などに関する新しい分子病理診断の展開について,われわれの胃癌における知見を含めて概説する.

基本情報

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臨床検査
48巻2号 (2004年2月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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