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1. はじめに
「癌」は遺伝子の病気といわれている.遺伝子を損傷する原因,すなわち,癌の原因には多数の因子が考えられている.例えば,紫外線や放射線,ウイルスによる遺伝子の損傷による癌が知られている.さらに,遺伝的な癌の存在も知られている.遺伝的な家族性に発症する癌は,発癌遺伝子の変異がもたらす癌といえる.このような多様な癌の原因が存在する中で,環境中の化学物質がヒトにおける全癌の原因の90~95%あるいはそれ以上を占めると提唱されてから久しい.環境中の化学物質とは環境汚染物質だけではなく,食物由来の物質など,要するにわれわれの口,鼻および皮膚から摂取され吸収されたものすべてを含む.その後,反論がないので,癌の原因のほとんどは化学物質によるという仮説は「当たらずとも遠からず」なのであろう.
ところで,化学物質がそのまま吸収され遺伝子を損傷して癌を起こすという例は極めて少ない.多くの癌原物質は体内でチトクロームP450(以下P450またはCYP)などの薬物代謝酵素によって代謝され,化学的に反応性の高い代謝産物(活性中間体)に変換される.これらの活性中間体は,その名のとおり,化学的な反応性が高い.そのため,これら活性中間体の多くは生成すると,すぐ近傍に存在するDNAなどの生体成分に結合してしまう.この過程は発癌のイニシエーションあるいは発癌の初発段階といわれている.損傷された遺伝子の多くは次いで修復酵素によってほぼ完全に修復されてしまうので,通常は活性中間体の生成イコール発癌とはならない.しかし一方,万が一,発癌にかかわる遺伝子が損傷され修復されずに残ってしまうと,これが発癌を導くことになる.
以上から空想すると,癌原物質を活性化するP450などの酵素が存在しなければ発癌せず,また修復酵素がなければたちまち発癌してしまうことになる.事実,マウスのP450の遺伝子を人工的にノックアウトして潰してしまうと,癌原物質を投与しても発癌しなかったと報告されている1).
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