呼吸と循環 50巻12号 (2002年12月)

特集 心筋リモデリング

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 はじめに

 従来から,慢性の圧・容量負荷や心筋梗塞後の状態において,心臓が血行力学的負荷に対応して循環動態を一定に保っためにその構造と形態を変化させることが明らかにされてきている.この現象は,近年“心筋リモデリング”と呼称されるようになり,その病理組織学的,細胞学的,および分子生物学的知見は飛躍的に進歩してきている.心筋リモデリングは,本質的には負荷に対する適応現象であるが,長期にわたり過剰な負荷がかかった場合はこの代償的適応機構が破綻し,その結果,種々の心臓病の病態形成に影響を及ぼすこととなる.

 本稿では,“心筋リモデリング”のなかで,特に心筋梗塞後リモデリングの病理・病態を中心に概説することとしたい.

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 心室リモデリングという用語は広範囲の心筋梗塞後にみられる非梗塞部位も含めた左室の拡大と収縮の低下に対して用いられることが多い.しかし,心筋梗塞後のみならず拡張型心筋症や左心系の逆流性弁膜症においても同様の左室の進行性の拡大と収縮の低下がみられ,これらも左室リモデリングと呼ばれる.また,高血圧患者や大動脈弁狭窄症においてみられる左室の求心性の肥大も広い意味でリモデリングということができる.このように左室リモデリングは何らかの負荷や心筋機能低下に伴って左室自体の構築が変化する場合に広く用いられ,したがってそれぞれのリモデリングの形態に伴って起きる心機能の変化も様々であるが,その分子生物学的,生化学的あるいは機械的機序には共通点がある1)

 本稿では種々のタイプのリモデリングと,それに伴って起きる心機能の異常について解説する.

心室リモデリングの分子病態 倉林 正彦
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 はじめに

 心不全の原因は多様であるが,心不全の進行には共通して心室リモデリングが主要な役割をもつ.したがって,心不全の病態理解や有効な治療法の開発にとって心室リモデリングの分子機構を明らかにし,その過程を抑制ないし正常化するメカニズムを解明することは非常に重要である.これまでにアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)やアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB),β—交感神経遮断薬などを用いることによって,拡張した心臓は小さくなり,より正常に近い形になることで心臓メカニックスがより効率のよいものとなるが,その詳細な機構については不明である.

 一般に,心室リモデリングは機械的,神経体液性因子,あるいは遺伝的要因によって心室が大きさ,形,機能を変える過程である1).リモデリングには,①正常な個体発生の段階に起こる生理的あるいは適応現象として起こるものと,②心筋梗塞,心筋症,高血圧あるいは弁膜症によって起こる病的なものを含む.本稿では,特に心筋梗塞後や拡張型心筋症のリモデリングの分子病態について述べる.

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 はじめに

 心臓は,心筋梗塞,高血圧,弁膜症などの虚血や圧・容量負荷によって心筋が傷害されると,心筋細胞の肥大,間質細胞の増殖,結合組織の増生から次第に心筋組織の立体構造が変化する.この負荷による心臓の立体構造の変化を心筋リモデリングと呼んでいる.心筋リモデリングは初期には負荷に対する代償的適応機構として働いているが,長期にわたり過剰な負荷が心筋にかかるとその代償的適応機構が破綻し,心臓の収縮,拡張機能の障害が引き起こされ心不全へと至る.そのため心筋リモデリングの形成機序を理解し,予防・治療につなげることは重要である.

 本稿では心筋リモデリングに関わる因子について概説した後,それらに基づいた予防・治療を記述する.また,まだ研究レベルではあるが細胞治療,細胞移植についても最後にふれる.

心筋リモデリングの外科治療 須磨 久善
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 心筋梗塞後に心筋リモデリングが進行して心機能が低下し,慢性心不全に対する内科的治療が限界に達した場合,心臓移植あるいは補助人工心臓が最後の外科的治療とされてきた.しかし近年,これら心筋梗塞の末期状態といえる虚血性心筋症(Ischemic Cardiornyopathy:ICM)に対して,自己の心臓を何らかの外科的手術で修復することによって,心機能の改善をはかろうとする試みが行われつつある.左室形成術は,内科治療と臓器置換というかけ離れた大きなギャップを埋める一つの新しい治療法として注目されている.

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 電気的リモデリング(electrical remodeling)とは,心疾患や不整脈によって引き起こされる心臓の電気生理学的機能変化を意味する.最近の分子生物学・電気生理学の進歩により,病態心における電気的リモデリングが,イオンチャネルの機能・発現変化によるものであることが明らかになってきており,チャネル病(channelopathy)という概念も定着してきた.遺伝性QT延長症候群に代表される遺伝性チャネル病に対して,病態心に伴う電気的リモデリングは,後天性チャネル病とも呼ばれている.

 このような電気的リモデリングは,種々の病態下での不整脈発生の其質となっていることが注目されており,心不全での致死性不整脈発生や慢性心房細動の成立を決定する因子にもなっている.本稿では心不全と心房細動の電気的リモデリングを取り上げて述べる.

巻頭言

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 「睡眠呼吸循環障害は21世紀の国民病だ」とは梅田博道名誉教授(藤田保健衛生大学)の言葉である(Home Care Today, vol 2,1998).その根拠を補足しておきたい.

 米国の調査では,1時間に5回以上の睡眠呼吸障害(sleep disordered breathing:SDB,そのほとんどは咽頭部分での窒息による閉塞型)をもつのは30〜60歳の男性の24%,女性の9%にも達する.診断基準を厳しくして無呼吸—低呼吸指数(AHI)≧10としても,その頻度は男性で15%,女性で5%である(Young T, et al:N Engl J Med328:1230,1993).これらの頻度は予想外に高いものであったが,その後各国で行われた比較的よくコントロールされた疫学調査でほぼ同様かこれ以上の有病率が得られている.Guilleminault(1976)によるオリジナルの(古典的な)定義に従えば,中高年の男性の1/4,女性の1/10は睡眠時無呼吸症候群(SAS)と診断されることになる.ICSD(International Classification of Sleep Dis—orders,1997)やAASM(American Academy ofSleep Medicine,1999)の診断基準に従い,このうち日中の眠気などの症状を伴うもののみをSASと診断すると,男性の4%,女性の2%となる(ほとんどは閉塞型睡眠時無呼吸症候群,OSASである).それでも気管支喘息に匹敵する高い有病率である.

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 わが国では高齢化社会を背景とし,種々の動脈硬化性疾患が増加している.その代表が急性心筋梗塞症(acute myocardial infarction;AMI)である.AMIを発症すると,30〜40%の患者は発症直後に心室細動により死亡し,病院に搬送された患者の約10%が院内で死亡する.また生存退院しても,かなりの患者が心不全や不整脈,狭心症発作に苦しみ,死亡する例も多い.このようにAMIは死亡率が高く,また退院後もQOLを著しく損なう疾患であり,循環器疾患のなかでもっとも重要である.

 本邦の循環器疾患の特徴や医療の実情に即した標準的な診療基準を設定する必要から,日本循環器学会は1998年に「循環器病の診断・治療ガイドライン作成のための研究班」を発足させた.日本人と欧米人では虚血性心疾患の病態や予後が異なり,また治療法の選択にも違いがあるため,わが国独自のガイドライン作成の意義は大きい1,2)

Bedside Teaching

術後の嘆声 田中 義文 , 尾崎 容子
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 はじめに

 気管内挿管による手術の結果,咽頭痛や嗄声,嚥下困難などが翌日まで続くことは多い.しかし,術後3日経過しても嗄声や発声不能の症状が継続すれば器質的な障害が発生したと判断すべきであって,速やかな耳鼻科医の診断のもとに適正な処置が必要である.特に近年は肺,食道の手術が増加し,分離肺換気のためのdouble-lumentubeが使用されることも多く,気管内挿管による喉頭,気管損傷の割合も増加していると思われる.声帯の診察は3mm径ファイバースコープで容易にできるため,ぜひ習得したい診察技術の一つである.

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 はじめに

 レニン・アンジオテンシン系(以下RA系)は,体液や電解質バランスを保ち血圧を調節する重要な生理的調節系であるばかりでなく,心肥大や動脈硬化といった心血管リモデリングにも重要な役割を担っている.それら作用の多くは,RA系の最終産物であるアンジオテンシンII(以下AngII)がその受容体を介して発揮するものと考えられている.AngII受容体には,いくつかのサブタイプが存在し,それらのうちタイプ1(以下AT1)受容体が1991年に11,2),タイプ2(以下AT2)受容体が1993年に3,4),クローニングされた.

 AT1受容体拮抗薬が臨床の場で日常的に使用されるようになった現在,アンジオテンシン変換酵素阻害薬と比べその有用性に明らかな差が認められないことを考えると,少なくともヒトにおいてはAngIIの作用の多くはAT1受容体を介すと考えられ,AT2受容体の重要性は未だ不明であると言わざるを得ない.

 本稿では,表1に示すように,循環器領域において既知のATl受容体の生理機能について述べるとともに,最近明らかになりつつあるAT2受容体の生理機能についても言及する.

Current Opinion

肺癌の分子標的療法 西尾 和人
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 肺癌の分子標的治療をめぐる最近1年間の話題

 分子標的治療は標的となる分子を設定し,それに対する創薬や治療法を開発していく治療戦略である.その戦略に基づいて,実際に分子標的薬,抗体,細胞療法などの新しい治療法の有効性が臨床の場で検討されるようになってきた.この1年間の話題としては,分子標的薬の肺癌における臨床効果が明らかとなってきたことである.

 特に非小細胞肺癌に有効性を示す経口の上皮成長因子受容体(EGFR)特異的チロシンキナーゼ阻害剤ZD1839(Iressa®)は,わが国において世界に先駆けて有効性が見出され,迅速に上市された.同薬におけるこの一連の流れは特記すべき話題となっている.ZD1839の開発を観察してくると,従来の抗癌剤の開発の流れと異なる点に気づく.例えば,患者およびその家族などの知識が増え,期待度が増し,患者からの使用要望が高いことを聞き及ぶ.その原因としては,有害事象が従来と異なり,また軽微であることが予想されること,また経口薬であることなどが想像できる.それと同時に臨床家にとっては,分子標的治療の「分子」に対する生物学的興味が増してきたように感じられる.Iressa®が臨床で使用され得る現在,分子標的薬の舞台はますます実地臨床の場に移ってくる.わが国における肺癌治療における分子標的薬の動向は世界の注目するところとなっている.抗悪性腫瘍薬の場合,わが国においては端的にいうと,抗腫瘍効果の頻度と安全性の確保により認可されるわけであるが,本当の有効性(生存率の改善など)が証明されていない場合がある.Iressa®を世界に先駆け上市したわが国の責任は大きい.

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 冠動脈疾患のインターベンションをめぐる最近1年間の話題

 冠動脈インターベンション(PCI)ではGruent—zigの時代のBalloon angioplasty に加えてステント,回転性粥腫切除術(Rotablator),方向性粥腫切除術(DCA)などの新しいデバイスの効果が確認され広く普及した.その結果,PCIの有効性が増すとともにそのリスクが低減したことにより,その適応禁忌は少しずつ減少していった.それでもなお適応禁忌は存在するが,ここでは比較的最近の傾向として日本循環器学会の「冠動脈疾患におけるインターベンション治療の適応ガイドライン」1)における適応禁忌とACC/AHAガイドラインとを取り上げておく.

 日循のガイドラインによると,PTCAの原則禁忌として以下の6つが挙げられている.

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 19歳,女性.生後5カ月にてんかん発作で発症し,結節性硬化症と診断された.当時は心エコー図検査にて心臓腫瘤を認めたが,その後自然退縮し,心不全症状も認めていなかった.19歳時に心不全を発症し,僧帽弁逸脱と高度僧帽弁逆流がみられ,当科入院となった.入院時の心エコー図検査にて左房と右室の拡大と心?液の貯留を認めた.さらに僧帽弁は前尖に広範囲の肥厚と逸脱を認め,カラードプラエコー図では高度の僧帽弁逆流を認めた.結節性硬化症では幼児期の横紋筋腫に伴う心不全や不整脈の報告は多いが,青年期に僧帽弁逸脱による高度僧帽弁逆流を合併し,心不全を発症したとの報告はなく,興味ある症例と考えられた.

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 患者は48歳,女性で,母親(詳細不明)と妹(房室ブロック)がペースメーカ植込みをうけている.I度房室ブロックと心室内伝導障害で通院していたが,失神発作で入院した際,刺激伝導系の広範な障害と左室収縮能の低下がみられ,右室心内膜心筋生検で心筋細胞の変性が認められた.ペースメーカを植込み,外来通院していたが,1年後,心室細動にて心肺停止となり,電気的除細動で救命された.本症例は左心機能低下,右室心筋生検での有意病変を伴い,心室細動を来した家族性房室ブロック(FAVB)の1例と考えられた.また,本例は,不整脈と伝導障害を主徴とする電気的障害型心筋症(ECD)の概念にもあてはまり,ECDとFAVBの関連性について,きわめて興味深い症例といえる.

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 34歳,男性.幼少時よりアトピー性皮膚炎,32歳の時,肝膿瘍の既往あり.今回入院前には抜歯など観血的処置の既往なし.40℃の発熱,全身倦怠感,筋肉痛にて発症.両側足底のJaneway皮疹より感染性心内膜炎を疑われ,心臓超音波検査にて僧帽弁後尖に疣贅を認めた.血液培養では黄色ブドウ球菌を検出し感染性心内膜炎と診断した.セファゾリン,バンコマイシンの投与にて解熱,疣贅の縮小,炎症所見の消失をみた.後日施行した皮膚擦過培養でも黄色ブドウ球菌が検出された.健常者に比し,アトピー性皮膚炎患者の皮膚培養からは高率に黄色ブドウ球菌が検出されるといわれている.本例では過去に黄色ブドウ球菌の関連した肝膿瘍の既往を有することより,擦過により皮膚に存在する黄色ブドウ球菌が血液内に入ることで,容易に菌血症を生じ,感染性心内膜炎を発症したものと推定された.アトピー性皮膚炎患者では観血的な処置が先行しなくても菌血症から感染性心内膜炎を発症する可能性があり注意が必要である.

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 患者は52歳,女性.2001年8月,突然胸背部痛を自覚し当院救急外来を受診した.胸部CTにてバルサルバ洞から総腸骨動脈に至る広範な解離を認め,Stanford A型大動脈解離と診断した.上行大動脈の解離腔は血腫化していた.大動脈起始部後壁の血腫による無冠尖の逸脱を心エコーにて認め,軽度の大動脈弁閉鎖不全を生じていた.集中治療室に収容し内科的治療を開始した.第6病日に大動脈起始部後壁の血腫増大により,大動脈径の拡大と大動脈弁閉鎖不全の増悪を認めた.しかし,第9病日に上行大動脈後壁の血腫は縮小傾向を示し,大動脈弁閉鎖不全も消失した.Stanford A型大動脈解離で血腫が増大して大動脈弁閉鎖不全が増悪したにもかかわらず,血腫の縮小とともにこれが消失したという報告はこれまでになく,貴重な症例であると考えられるため報告する.

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基本情報

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呼吸と循環
50巻12号 (2002年12月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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