生体の科学 49巻3号 (1998年6月)

特集 幹細胞研究の新展開

幹細胞概説 帯刀 益夫
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 ヒトの個体を構成する分化した組織細胞の種類は200以上あるといわれている。これらの細胞は胚発生から個体形成過程で増殖と分化を繰り返した結果として集積される。1個体の細胞の総数がおよそ千個である線虫(C. elegans)の,Sulstonによってまとめられた個体形成過程の細胞系譜(図1)を見ると,個体形成が1個の卵からスタートして細胞分裂を繰り返しつつ分化して成体を造っていることがわかる。この過程では段階的に分化のポテンシャルが変わり,最終的な分化した細胞のセットができ上がる。そして,ヒトのように1014-15個にも及ぶ細胞数で個体を形成していても,その基本設計図は同じことである。1種類の細胞から出発して,多様に分化した細胞種を産み出すためには,細胞増殖の過程で質の違う細胞を生ずることが必要となってくる。そのためには,細胞分裂の際に不均等分裂を起こす必要がある。この不均等分裂には,二つの方法が採られると考えられる(図2)。その一つは細胞分裂が構造的に不均等分配を起こす仕組みを備えている場合である(自己決定)。もう一つは,いったん等価な分裂を起こすが,でき上がった二つの細胞同士がお互いに相互作用をすることでお互いが質を変える場合,もしくはどちらかの細胞に増殖因子や分化因子などが作用して質を変える場合(外的因子による決定)がある。一般にこのどちらか,あるいは両方の機構を利用して分化した細胞が産み出されてくる。

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 有性生殖をする多細胞生物の命の永続性は,生殖細胞により保証されている。つまり生殖細胞のみが,受精を介して次の世代を作り出すことができる。発生の進行に伴い,すべての体細胞が基本的に死ぬべく運命づけられているのに対して,生殖細胞だけが個体発生のスタート地点に戻れることは大変不思議に思える。体細胞とは異なるこのような特別な性質を持った生殖細胞が個体発生の初期過程で現れ,その性質を保ったまま増殖・分化する機構は興味深いが謎の部分が多い。本稿では,哺乳動物のうち比較的研究の進んでいるマウスについて,まず個体発生過程で最初に現れる生殖系列細胞である始原生殖細胞と,その元になる胚性幹細胞の性質および両者の関連について述べる。次に,始原生殖細胞が初期発生過程でどのように運命づけられるかについて,われわれの最近の研究結果を含めて紹介する。

テラトカルシノーマ幹細胞 村松 喬
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 テラトカルシノーマの幹細胞であるembryonal carcinoma細胞(胚性腫瘍細胞,略称EC細胞)は初期胚の多分化能を持つ細胞に類似していて,培養系で分化を誘導することができるので,初期発生の分子機能を研究するためには格好の系である。本稿ではテラトカルシノーマとEC細胞について基本的事項を述べた後で,最近のトピックスを紹介したい。

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 血液中には顆粒球,リンパ球,赤血球など種々の血球細胞が存在するが,これらすべての血球成分を産生するのが造血幹細胞とよばれる一種類の細胞群である。造血幹細胞は種々の血球細胞に分化できる能力(多分化能)と分化せずに多分化能を保ったまま自己複製できる能力(自己複製能)を兼ね備えた細胞と定義され,骨髄中で分化と自己複製をくり返すことによって,一生に亙って枯渇することなく血液細胞を末梢へと供給し,恒常性を維持していると考えられている。つまり,造血幹細胞は血液細胞分化系の頂点にあって,造血分化コントロールの中心的役割を担っているといえる(図1)。したがって造血幹細胞こそ骨髄移植の本質であり,多能性と自己複製能を持つ造血幹細胞を同定し,その分化と自己複製の制御機構を明らかにすることができれば,骨髄移植のみならず,輸血や遺伝子治療など臨床医学へも極めて大きなインパクトを与えると考えられる。本稿では,われわれが同定分離することに成功したマウス造血幹細胞を中心に最近の知見を概説する。

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 結合組織は線維芽細胞,脂肪細胞,筋細胞,骨,軟骨など多彩な細胞からなる。これら結合組織を構成する細胞は,すべて単一の結合組織幹細胞(conective tissue stem cell),あるいは間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell)と呼ばれる細胞に由来すると考えられているが,その実態は現在でも解明されていない。しかし,最近結合組織幹細胞に近い未分化な細胞を単離する手法が開発されはじめ,骨格筋や心筋,骨髄など全身のあらゆる部位,さらに創傷治癒の際に形成される肉芽組織にも結合組織幹細胞が存在することが示唆された。創傷治癒の後には高度な線維化を伴うはん痕が形成されることが多いが,はん痕化を抑制し,機能的な本来の組織の再生をうながすために,結合組織幹細胞を移植する試みがなされており,結合組織幹細胞をめぐる研究は基礎的研究から臨床応用まで幅広く活発に行われはじめている。

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 骨髄には造血系細胞へ分化する幹細胞があるのはよく知られているが,骨組織を形成する骨芽細胞や軟骨組織に含まれる軟骨細胞へ分化する幹細胞も存在する。この分野において先駆的な業績を残したのはロシアのFriedensteinやイギリスのOwenらである1-3)。これらの幹細胞はstromal stem cellあるいはmesenchymal stem cellとも呼ばれ4),骨芽細胞や軟骨細胞のみならず,線維芽細胞,筋芽細胞,脂肪細胞へも分化しうる。また,このような幹細胞は骨組織を取り囲んでいる薄い組織の骨膜にも含まれ5-7),骨軟骨傷害に対する修復をこれら骨髄や骨膜を用いて行うことが考えられる。この臨床応用を考える場合,骨髄細胞は比較的容易に採取できるので本稿では骨髄由来幹細胞について述べる。

 骨髄そのものを既存の骨軟骨組織の存在しない異所性の場,例えば筋肉内や皮下に移植すると骨軟骨組織へ分化することが知られている1-3)。しかし,その効率は低く不確実である。また,骨髄細胞を蛋白などの分子は通過するが細胞を通さないチャンバー(diffusion chamber)内に閉じこめて異所性骨軟骨形成をおこす実験系がある3,4,8)。しかし,このチャンバーを実際の臨床に用いることはできない。

中枢神経系幹細胞 桜川 宣男
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 中枢神経系の発達,機能および可塑性についての研究にとっては,脳移植術は極めて有効な手段となってきている。過去には,末梢神経組織の脳内移植術から得られた成績が,神経成長に関係する成長因子の概念を構築するのに役立った。近年,移植術は神経系の分化,遊走,シナプス形成に関わる種々の因子の解明に大きな役割を演じるようになってきている1)。中枢神経系移植術に関する最も注目すべき研究は,移植された神経組織は損傷部位の脳に取り込まれ,損傷された神経機能を有効に代償することができるとの証明である2)。さらに移植研究に分子細胞学的技術が導入されたことにより,中枢神経系の修復機転に関与する因子の同定が進んできた。ちなみに中枢神経系への“ex vivo”遺伝子伝搬に関する大部分の研究にはin vitroで増殖し,操作が容易である非ニューロン組織が多く用いられてきた3)。臨床的にはパーキンソン病に対する副腎髄質の尾状核への移植や交感神経節移植手術が行われている4)。しかし脳移植と遺伝子操作にとっては,神経細胞のほうがより優れた利点を持つことはいうまでもない。実際,外国では胎児腹側中脳を用いた脳内移植術がパーキンソン病の治療に用いられてきている5-7)。倫理上の問題より,胎児組織の使用には必ずしもコンセンサスが得られる訳ではない。

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 重層扁平上皮である表皮は最下層の基底細胞層で分裂後,分化しながら上方へ移動し,終末角化とよばれる細胞死と連動したドラスチックな変動を経て角質細胞になる。角質細胞層は死んだ組織であるが,外界の様々な物理的刺激から生体の内部環境を守っている。表皮細胞は下から補充されるため,最も古い角質細胞は常に最上層にあり,これが順番に垢となって剥がれ落ちる。表皮はこのような形で定常状態を保っており,剥離する細胞に見合う形で自己再生が不断に続いている。したがって表皮基底細胞層においては半永久的な分裂能を持った細胞が想定され,これを幹細胞と名づける。幹細胞は,造血幹細胞のように多分化能を持つ細胞として存在することもあるが,表皮においては単一分化能しかなく,もっぱら分裂の母細胞としてのみ定義される。なお,本稿では主に正常表皮に議論をしぼる。

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 消化管上皮は生理的に新生,分化・成熟,剥脱の過程を繰り返しており,Leblondらによる3H-チミジン・ラジオオートグラフィ(3H-TdR-RAG)の開発以来,renewing populationの典型として,多くの研究者がその細胞動態を研究してきた1)。そして幹細胞の概念が生まれた2-4)。しかし幹細胞の定義は,組織の一定の位置にあり,高い自己複製能力と分化すべき細胞を生み出す能力をもち,それ自身は分化した形態や機能をもたない細胞という共通認識はあるものの,必ずしも一定ではない。幹細胞は一種のヒエラルキーをなし,多分化能性幹細胞と単分化能性幹細胞,determinedstem cellとcommitted stem cellに分けて考えることができる。幹細胞から直接に生み出されて高い増殖能をもつ細胞は,progenitor cell,transitamplifying cellなどと呼ばれる。これらの概念は対象となる組織や研究方法によって使い分けられており,相互関係を明確に整理することはできない。

精祖細胞 永野 俊雄
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 哺乳動物の原始(始原)生殖細胞は卵黄嚢上皮に発生し,生殖堤に達し雄では精細管が形成されると胚性および幼若精祖細胞となり,セルトリ細胞と区別できる(図2)。この時期の精細管には内腔がない。性成熟期前はこのような状態を保って徐々に発達する。チミジン放射能写真による研究の結果,一般に成熟哺乳動物では精祖細胞から精子細胞が形成されるまで約50-60日かかる(図1)1)。したがって,実験動物であるマウス,ラットでは生後7-8週で性成熟するので,出生後すぐに精子形成の準備段階に入る。ヒトでは,幼若精祖細胞は生後から思春期発動まで十数年続く。幼若精祖細胞増殖の形態変化は十分に研究されていない。精祖細胞は分裂し,一部は幹細胞としてとどまり,一部は分化を始める。

多分化能を有する細胞株 小島 至
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 分化能を有する培養細胞株は増殖・分化過程の解析,さらにはその制御機構を検討する上できわめて有用である。一方向の分化だけでなく多分化能を有する細胞となれば,その有用性はなおさらである。ES細胞やエンブリオカルチノーマ細胞P19などはこの目的で頻用されているが,それらについては他項で詳しく述べられてあるのでそちらを参照していただきたい。本稿では比較的簡単に扱える代表的な「多分化能をもつ細胞株」についてその概要を述べることにしたい。これらは腫瘍由来の細胞株であり,通常の培養条件下では腫瘍細胞としての特徴を示す。しかし,適当な分化誘導因子の作用により増殖が停止し,様々な分化機能を発現するようになる。多くの点で正常組織での分化過程と類似した現象を培養系で簡便に再現できるため,分化過程の解析に有用であると考えられている。「多分化能をもつ」というためには,一つのクローンから異なった分化マーカーを発現する細胞が分化することを示す必要があるが,以下に紹介する二つの細胞株ではその点が明快に示されている。

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 生体を構成する多種多様な細胞はただ一つの受精卵に由来する。この受精卵が有する分化能は,全能性(totipotency)と呼ばれ,成体内においても生殖細胞はこの能力を温存し,次世代の個体形成に備えている。このように,個体形成過程における全能性細胞の維持は,種の存続に必須の現象であるが,その機構は殆ど解明されていない。

 胚幹細胞(embryonic stem cells:ES細胞)は,胚盤胞(blastocyst)内に存在する未分化細胞集団である内部細胞塊(inner cell mass)に由来する細胞株1)である。この細胞は体外で長期間培養後も,宿主胚盤胞の腔内に注入されるとキメラ個体の形成に寄与し,この中で生殖細胞を含むすべての細胞種に分化する2)。これより,ES細胞は全能性を有していることが保証されており,ES細胞が未分化状態を維持する機構は,生体内における生殖細胞系列の維持機構のモデルにもなりうると考えられる。以下,ES細胞の未分化状態維持機構に関するこれまでの知見を,われわれの検討結果も含めつつ概説する。

連載講座 個体の生と死・8

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 中胚葉は卵から幼生への動物の体づくりに大きな役割を果たしており,その形成過程が誘導と呼ばれる細胞間の相互作用によって起こるなど,極めて興味深い研究対象である。これは受精後に起こる最初の誘導現象であり,その後に続く神経誘導とともに多くの研究が行われてきている。現在でも,中胚葉の形成のメカニズムに関する論文が,毎号のようにジャーナル上を賑わせている。

 本稿では中胚葉の初期形成のメカニズムを,両生類胚を使った研究を解説することにより概観し,この分野の研究の流れから研究の現状までをまとめてみたいと思う。

解説

管の発生のメカニズム 八杉 貞雄
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I.生体における管の機能と意義

 生体を見渡してみると,いわゆる管構造の多いことに驚く。われわれの体の中にある管と名のつくものを列挙してみると,その数はおそらく数百に上るであろう。腸管,血管,輸尿管,卵管,輸精管,涙管,などなど枚挙にいとまがない。また,管という名称がなくても,尿道のように明らかな管があり,また脳室や脊髄の中心管のような,閉じた空間も管といって差し支えがないであろう。生体にこのように多数の管が存在することの意味は何であろうか。

 管のもっとも主要な働きは,いうまでもなく,その中空の部分を通して物質や液体を輸送することである。輸送される液体や物質は多くの場合その終末に存在する分泌腺に由来する。唾液や汗や乳汁などである。これらの分泌腺はそれが体表(腸管の内腔表面も含めて)に直接開口することはまれで,多くの場合に何らかの管を経由して分泌物を放出する。

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 筆者はこれまでに筋収縮の分子的機構に関する国際シンポジウムを4回(1978年東京,1982年シアトル,1986年および1991年箱根)開催してきた。この研究分野ではA.F.HuxleyおよびA.F.Huxley and Simmonsの収縮模型がセントラルドグマであり続けてきたが,筆者はこの模型が提出された当時からこの妥当性に疑問を持ち,過去4回のシンポジウムで繰り返しこのドグマに対して否定的な実験事実を重点的にとり上げ続けてきた。しかし事態は,筆者が予想した通りに,筋フィラメント間の滑りがミオシン頭部の首ふり運動によるとするこの模型がほぼ否定されるには約20年を要したのである。この理由については,本シンポジウムのおわりにH.E.Huxleyが後で述べるような考察を行っている。

基本情報

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生体の科学
49巻3号 (1998年6月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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