公衆衛生 81巻8号 (2017年8月)

特集 衛生監視・指導行政の現状と課題

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 わが国において専門知識を有する衛生監視員を配置した監視指導が始まったのは,1947年に制定された食品衛生法の成立によります.食品衛生法は近代的,科学的な衛生行政の基礎をなす重要な法律といえます.衛生監視員は専門職が担うものとされ,主として保健所を拠点として配置される職種とされました.

 現在,衛生監視は,腸管出血性大腸菌O157やBSEの流行,農産物・食品市場のグローバル化,食品偽装問題などを経て食品安全基本法が制定され,食品安全という観点から進められる時代となっています.フードチェーンの観点から食品流通の川上から川下まで監視を進めるべきとされたことから,川上を担当する農林水産省にも消費安全局が設けられました.また,科学に基づいて食品のリスク分析を行う体制として,内閣府に食品安全委員会が設けられています.食品のリスク分析や評価をもとにして,一層,科学的な知見と国際的な基準と則って監視を進める必要があります.

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はじめに—コーデックス委員会とFAO/WHOによるリスクアナリシス

 まず,食品安全リスクの国際的な枠組みを考えてみる.国際的なリスク評価は,FAO(Food and Agriculture Organization)とWHO(World Health Organization)が合同で開催するJECFA(The Joint FAO/WHO Expert Committeon Food Additives),JMPR(Joint FAO/WHO Meeting on Pesticide Residues),JEMRA(The Joint FAO/WHO Expert Meetings on Microbiological Risk Assesment)が担っている.コーデックス(Codex)委員会はこれらの専門家会合から提供される科学的アドバイスに基づいて食品規格,衛生規範,ガイドライン等を作成する食品安全に関する国際政府間組織であり,リスク管理者でもある.

 コーデックス委員会におけるリスクアナリシスの歴史を述べる.1991年にローマで開催された食品規格,食品中の化学物資および食品貿易に関するFAO/WHO合同会議において,JECFAやJMPRのような健全な科学およびリスク評価の原則に基づいた,評価を提供する科学的委員会の重要性が強調され,まず,これらの原則の認知度を上げるため,FAOとWHOが対策を講じるよう勧告した.

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生活衛生課の概要

 筆者が所属する生活衛生課は,理容業,美容業,クリーニング業,旅館業等のいわゆる生活衛生関係営業に対する指導や振興,建築物に関する衛生,墓地・埋葬等に関する衛生を所掌しています.組織としては,2001年1月の中央省庁再編時に,旧厚生省時代の環境衛生局,後に生活衛生局の指導課(生活衛生関係営業の運営の適正化及び振興に関する法律及び興行場法,旅館業法等のいわゆる生活衛生営業六法を所管)と企画課(建築物における衛生的環境の確保に関する法律,墓地,埋葬等に関する法律を所管)の業務を引き継ぐかたちで“健康局生活衛生課”として誕生しました.

 2015年10月に省内の組織再編が行われ,生活衛生課は,同じ健康局の水道課とともに,従前の食品安全行政と併せて“医薬・生活衛生局生活衛生・食品安全部生活衛生課”(以下,当課)となりました.この組織再編は国民の生活に関連しており,公衆衛生の維持・向上を一体的に実施する組織体制を構築し,業務間の連携を強化することによって,行政のより一層の効率的・効果的な推進を図ることを目的としたものです.

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はじめに—検討の背景および経緯

 HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)による食品衛生管理は,1993年にコーデックス委員会(国際連合食糧農業機関(Food and Agriculture Organization:FAO)及び世界保健機関(World Health Organization:WHO)によって設置された国際的な政府間組織)が定めた国際標準である1).わが国の政府は,1995年の食品衛生法改正で制定された総合衛生管理製造過程承認制度,1998年に制定されたHACCP支援法(食品の製造過程の管理の高度化に関する臨時措置法)などによってHACCPの普及を図ってきた.大企業には普及したものの,中小企業における導入が伸び悩んでいる2)

 厚生労働省はHACCPモデル事業の実施や,食品等事業者や都道府県等の担当者などから構成される普及推進連絡協議会の開催などの取り組みを進めているが,現行の任意の制度による普及の限界が指摘されており,義務化への具体的なロードマップを示すべきという多くの指摘がなされている.一方,欧米等においては先進国を中心にHACCPの義務化が進められ,輸出入食品にもHACCPを要件とする国が増加している.

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はじめに

 わが国の食料自給率は,カロリーベースで1965年度の73%から50年間で39%(2015年度)にまで低下しており,消費する食料の61%を海外からの輸入に依存している状況である.輸入食品が増加する中で,その安全問題は常に注目を集め,厚生労働省では輸入食品の安全対策を最重要課題のひとつとして強化を図ってきた.

 今後も経済連携の進展などに伴って輸入食品の増加が見込まれる.本稿では,その安全対策の現状と課題について述べる.

自治体における生活衛生監視指導体制の現状と課題

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はじめに

 2016年3月末現在の東京都(以下,都)内における食品関係の営業許可施設数は,飲食店営業(自動販売機を除く)で約19万5千件に上る1).また,その他の許可・届け出施設を合わせた総計は約50万件となっており,都道府県の中では最大の規模を有している.これらの施設の監視指導は,東京都が単独で所管しているわけではない.都内には,特別区に加え,八王子市,町田市がそれぞれ保健所を設置する自治体としての業務を所管しており,食品衛生法に基づく監視指導などを行っている(図1).

 都は世界有数の大都市であるとともに,特別区という全国で唯一の自治体との連携など,他にはない地域での特徴を踏まえた対応が求められる.本稿では,都における食品衛生行政の課題や取り組みについて述べる.

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はじめに

 2003年5月の食品衛生法(以下,法)の改正によって,従来の食品等事業者に対する政令規定監視回数が廃止され,法第22条に国が示した「食品衛生に関する監視指導の実施に関する指針」1)に基づいて,法第24条によって都道府県知事等は毎年度,翌年度の監視指導の実施に係る計画を定めることが規定された.

 兵庫県(以下,本県)においては2004年4月から「兵庫県食品衛生監視指導計画」(以下,監視指導計画)2)を策定し,県内〔神戸市,姫路市,西宮市,尼崎市(以下,保健所設置市)を除く〕の食品営業施設等の監視指導を実施している.

 また,本県では,2006年に制定した「食の安全安心と食育に関する条例」のもと,食の安全安心の確保を推進するため,「食の安全安心推進計画」(以下,推進計画)3)を策定し,生産から消費に至る各段階における食の安全安心に関する施策を総合的かつ計画的に取り組んでいる.推進計画においては指標と数値目標を定め,重点的・効率的な監視指導を行うことで,飲食に起因する健康被害の発生防止に向けた様々な取り組みを講じている.

 本稿では,本県における監視指導計画と推進計画の概要,また,推進計画に基づく,これまでの食の安全安心に向けた取組について報告する.なお,監視指導計画には,と畜場法,食鳥処理の事業の規制および食鳥検査に関する法律(以下,食鳥検査法)に基づく検査も含まれるが,本稿では省略する.

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はじめに

 横浜市の人口は373万人を超え,政令指定都市の中で最も多く,2位の大阪市を100万人以上,上回っています.面積は約435km2で,人口密度は大阪市の12,000人/km2に次ぐ8,569人/km2となっています.

 東京都,川崎市および神奈川県下の5市と境を接しており,東には一部で海水浴もできる東京湾の海浜部があり,中央部から西部にかけては農業地帯が広がっています.もともとは丘陵地帯が市域のほとんどを占めていましたが,海浜部の埋め立てによって平地を造成し,現在の横浜市の中心部である,中華街や伊勢佐木町などの関内地区や,横浜駅周辺のみなとみらい地区が,また,製造および流通産業が集中する鶴見地区や金沢地区の京浜工業地帯が形成されました.

 1859年の開港以来,横浜は成長を続け,1889年に市制が敷かれ,1956年には,京都市,大阪市,名古屋市,神戸市とともに最初の政令指定都市となりました.

 横浜には“ものの初め”が数多くあり,ビール,ガス灯,鉄道,パン,アイスクリーム,水道,理容所などが国内で初めて登場しています.ちなみに,1909年に制定された横浜市歌の作詞は森林太郎(鷗外)によるもので,歌詞では,寂しい港が開港によって急速に発展し,50年ほど経た今(1909年当時)では横浜に勝る港はないと詠っています.風情のある歌詞と,情緒ある旋律は,今でも多くのハマっ子(市民)に愛されています.

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はじめに

 鹿児島市は,1871(明治4)年に廃藩置県とともに鹿児島県の県庁所在地となり,1889(明治22)年4月から市制が施行された.第二次世界大戦の戦火で市街地の約9割を焼失したが,市民のたくましい建設意欲のなかで思い切った都市計画が策定され,将来の躍進に備える礎が築かれた.戦後は観光・商工業の発展とともに市域も拡大し,1967(昭和42)年4月29日には隣接する谷山市と合併して人口38万人の新鹿児島市が誕生,1980(昭和55)年7月には人口50万人を突破した.

 その後,2004(平成16)年11月1日には吉田町,桜島町,喜入町,松元町および郡山町と合併し,政治・経済・社会・文化等高次な都市機能が集積した南九州の中核都市として発展を続けている1)

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はじめに

 近代社会における公衆衛生と衛生監視の制度はヴェネチア,フィレンツェなどの北イタリアの都市国家で16世紀頃で芽生えていた.それが19世紀の英国において今日的なかたちができあがった1).18世紀に英国は世界で最初に産業革命を経験し国内外の物流の活発化と商工業中心の社会へと移行し始めていた2).急激な農業人口の都市への移動は,ロンドンやリバプールなどの都市を貧困,不衛生,疾病の悪循環に陥らせた3).その結果,既存の統治体制では対応できない深刻な状況に至った.英国は資本主義経済の負の深刻な現実に直面し,近代社会の公衆衛生を世界で最初に産み出すことになったものと思われる.

 本稿では,英国の公衆衛生のなかでも衛生監視を中心にして,その制度とそれを支えるプロフェッション(専門職)について記述する.

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 私が“住民が地域生活を継続するには,医療を自分のものとして主体的に使ってほしい”という思いから公衆衛生行政に飛びこんで,四半世紀になる.その間,地域保健法の施行からしばらくは地方分権の推進や行財政改善等があり,保健所では広域化,福祉との統合,サービスの見直し,専門職の分散配置などが進み,自らのアイデンティティが問われる場面もあった.しかし今日,私はあらためて“公衆衛生が熱い”と実感をしている.釈迦に説法であるが,公衆衛生は,科学であると同時に社会医学の一分野でもある.個のリスクに焦点を当て,疾病を予防し治す“医療モデル”のみでは,対象であり主役である住民との接点が保てず,健康格差も解消しない.地域の歴史や文化,経済,住民の街への愛着感,ヘルスリテラシーなどを押さえたうえで,街づくりと政策から人々の健康課題にアプローチする社会モデルと,ソーシャルキャピタルとの協働,粘り強い住民との対話が必要である.

 今後,都市部においても加速化が進む“少子高齢社会”では,家族や地域の形態,世帯の構成などが変遷する.この変化に対応するため,全国の市町村は,その規模にかかわらず,地域包括ケアシステムの“ご当地モデル”の創出に試行錯誤を始めている.

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はじめに—退職後も社会とつながっていきたい!団塊世代保健師職がNPO設立!

 NPO法人スマートらいふネットは長年,大阪府の保健行政を担ってきた団塊世代の保健師が中心となって約10年前に設立したNPO法人である.保健行政で培った知識と経験,ネットワークを活用し,退職後にも,地域住民の“こころと体の健康問題”に関する分野で,もっと身近に,もっと幅広く,ピア的役割を果たしながら社会につながっていきたいと集まったプロボノ(Pro bono)である.

連載 ポジデビを探せ!・9

ケース7:難病患者会の運営

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困難な患者会の運営

 難病の経過は慢性的である.患者は生活の中で多面的な調整をしなければならない.とりわけ病気と付き合うために,疾患に応じた保健行動を実践していく必要がある.そんな難病患者のための生活支援は非常に重要であり,公的な支援のひとつとして,国も“セルフヘルプグループ(以下,患者会とする)の充実”を推進している1)

 患者会とは,一言で言えば,共通の悩みを抱えた患者やその家族の集まりである.そこで問題を共有し,共感と連帯感を基盤にして相互援助を行う.難病と向き合いながら地域で生活を送る患者にとって,地域包括ケアの考え方からみても,患者会の活動は欠かせない資源である.ただし,患者会の運営は難しい.患者自身で行っているため,活動がうまくいっていない患者会が多くあり,全国的にみても,患者会の運営は厳しいと報告されている2)

予防と臨床のはざまで

主治医と産業医の連携 福田 洋
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 東京での第90回日本産業衛生学会の興奮冷めやらない2017年5月14日に,高松で開催された第8回日本プライマリ・ケア連合学会学術大会へ参加し,インタレストグループ「主治医と産業医とのより良い協力関係を目指して」において話題提供を行いました.学会場には,香川名物の讃岐うどんの屋台コーナーもありました.今回の企画は,三重大学の北村大先生,市川周平先生にお声がけいただき,厚生労働省労災研究(横山班)の成果を元にして,プライマリケア(主治医)と産業保健(産業医)の連携について議論を行いました.

 最初に,三重大学の北村,市川両先生から,三重大学での研究成果を基にして作成されたプライマリ・ケア医向けのマンガ入りの教育媒体「主治医と産業医のよりよい協力関係をめざして」が紹介されました.主治医と産業医の連携の必要性の認識について,主治医側での認定産業医資格の有無や嘱託産業医経験に左右されること,疾病について連携に差があることなどが報告されました.疾患別の連携の認識の高さは,メンタルヘルス疾患>脳血管障害・虚血性心疾患>周産期>腰痛>がん>糖尿病・高血圧・脂質異常症などの生活習慣病の順となっており,本来,連携が必要な疾患でも連携が不十分な現状が示されました.また,教育パッケージからの“take home message”として,個人情報の取り扱い,外来での職歴聴取の重要性,診療情報提供の方法,連携の最大のキーパーソンは患者であり,会社を離れた立場で説得できる主治医の強み,が話されました.

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 芸術家を主人公にした映画というと,偉人伝や一代記のような作品もありますが,今月ご紹介する「静かなる情熱」は,生前はあまり認められることのなかったアメリカの詩人,エミリ・ディキンスンの内面に鋭く迫る,深い余韻を残す作品です.

 映画のファーストシーン,ミッションスクールの女子校で,厳格そうな校長の教えにひとり反抗する学生がいます.彼女が主人公のエミリ・ディキンスンです.

お知らせ

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 医療現場でクスリの副作用ケースが増えています.高齢化,マルチモビディティ,ポリファーマシー,新薬開発,ガイドラインによる推奨などが要因です.それでも,処方した医師には副作用を早期に発見し対処する責任があるといえます.そのためには処方する医師には「特別」な学習が必要です.なぜ特別かというと,悲しいかな,薬の副作用についての臨床的に役立つ実践的な知識は薬のパンフレットや添付文書を熟読しても習得できないからです.

 本書はそのような実践的な知識をコンパクトにまとめてエビデンスを提供してくれる新しいタイプのリソースです.著者は総合診療エビデンス界のプリンス,上田剛士先生(洛和会丸太町病院救急・総合診療科).本書では,得意技である円グラフを駆使して,徹底的な科学的エビデンスを提供してくれています.

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次号予告

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 本号の特集は,2015年10月に厚生労働省が健康局に置いていた生活衛生課と水道課を医薬・生活衛生局に組み替えたという報道に触れたことが契機となり企画しました.衛生監視体制の確立が公衆衛生の基本と考えていたからです.

 さて,2003年に食品衛生法は第1条が「この法律は,食品の安全性を確保するために」で始まり,「国民の健康の保護を図ることを目的とする」と終わるように改正されました.また,「健康の保護」という言葉が追加されました.改正前は「公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とする」としか書いてありませんでした.健康保護という言葉は,長与専齋が晩年に書き残した随想録「松香私史」に登場します.その中に,「健康保護の事に至りては東洋には尚は其名称さえもなく全く創新の事業なれば,其経営洵に容易のわざにはあらず」とあります.その仕組みについては「極めて錯綜したる仕組みにて,或は警察の事務に聯がり,或いは地方行政に繋がり,日常百般の人事に渉りて,其の範囲極て広く茫漠としてこれが要領を補足すること難く」と書いています.長与は,公衆衛生を人間の健康の保護を図る文明国の大切な仕組みと理解していたようで,その仕組みは,警察でも地方行政でもないと書いています.そのことは,後年,保健所という組織をつくられることによって,わが国で具現化されたとみることができます.

基本情報

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公衆衛生
81巻8号 (2017年8月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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