公衆衛生 81巻9号 (2017年9月)

特集 アルコール健康障害対策の推進

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 わが国にはこれまで,多岐にわたるアルコール関連問題への包括的な対策を定めた法律はありませんでしたが,世界保健機関総会における「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」の採択を契機にして法制定を求める動きが活発化し,2013年に「アルコール健康障害対策基本法」(以下,基本法)が制定されました.

 基本法は超党派議員連盟による議員立法で,2014年6月に施行され,2016年5月には「アルコール健康障害対策推進基本計画」(以下,基本計画)が閣議決定されました.

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はじめに

 2013年12月7日に国会において全会一致で成立した「アルコール健康障害対策基本法」(以下,基本法)は2014年6月1日に施行され,内閣府に「アルコール健康障害対策推進室」が設置された.同年10月に「アルコール健康障害対策関係者会議」が招集され,12回のワーキンググループと14回の本会議を経て,2016年2月に「アルコール健康障害対策推進基本計画」の案がまとまり,5月31日に閣議決定された.

 本稿では,まず基本法について解説し,また,基本計画策定までの経緯とその内容をご紹介したうえで,現状の課題を述べる.

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はじめに—アルコール依存症の回復支援の基本的理解

 アルコールや薬物の依存症とは,ヒトが自ら求めて物質を摂取しているうちに,自らの意志では摂取量や摂取行為を適正に制御できなくなった病的状態である.この病態には,強烈な摂取欲求が出現しやすいという特徴がある.ヒトのアルコール依存症でいえば,酒を飲むことにおいて,その“飲酒量や飲酒機会・飲酒行動をコントロールできない”(loss of control)ことと,些細な契機で“強烈な飲酒欲求”(craving)が反復出現することが病態の中核症状である.これはアルコール・薬物の継続的使用が招いた病的変化と考えられており,依存は,依存性のある薬物を使用したオペラント条件付けの動物実験でも行動薬理学的に実証されてきた1).ICD(International Classification of Diseases)分類にしろ,DSM(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)分類にしろ,依存症の診断基準の諸項目は,その時代の理論の趨勢によって変化するが,依存症の病態における中核的病理は本質的に変わらない.

 アルコールの急性中毒は飲酒後の短時間でも成立し得るが,アルコール依存症の病理は年単位で大量・多量の飲酒を継続しないと成立しない.依存が成立するほどにまで飲み続けてきたのは,エチルアルコールの薬理効果,すなわち“酔い”が本人の感情状態や生活遂行に陽性の報酬効果を持っていたからである.アルコール依存症者は誰しも酒との“蜜月期間”を持っており,しばしば「酒を取り上げたら,自分の人生には何も残らない」とか「酒が唯一の友」などという.彼・彼女らの人生の遂行に必要不可欠の存在となったアルコールから真に長期に離脱するには,酔いを必要とした自分の人生の振り返り,内省,自己洞察などが必要になる.それゆえ,回復のためには,それらが得られる心理療法的なプロセスの提供が不可欠である.

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はじめに

 不適切な飲酒はアルコール健康障害の原因となる.本人の健康問題だけなく,飲酒運転,暴力,虐待,自殺などの様々な問題にも密接に関係している.2013年12月にアルコール健康障害対策基本法が成立し,2016年5月にはアルコール健康障害対策推進基本計画が策定された.アルコール関連問題に関して,国を挙げての具体的な取り組みが始まろうとしている.

 一方で,アルコール関連問題を巡ってはさまざまな変化も起きている.例えば,①中年男性から女性・高齢者への広がり,②健康・就労・暴力問題から飲酒運転・自殺・虐待などへの広がり,③発達障害などの併存症の多様化,④「アルコール使用障害」(DSM-5)1)診断の登場,⑤“断酒至上主義”から“飲酒量低減”への広がり,⑥“一律の治療”から“個別の治療”への移行,⑦“自助グループ至上主義”から“認知行動療法”などへの広がり,⑧“重症群・入院治療”から“軽症群・外来治療”への移行,⑨“対決・直面化”から“受容・動機づけ”への移行,⑩“抗酒薬”から“抗渇望薬”導入への広がり,などが挙げられる.

 アルコール関連問題は複雑化しており,支援は多様化している.本稿では,上記のような現状において,アルコール依存症患者に対して,どのように治療を提供すればよいのかを検討する.

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はじめに

 今回,執筆の依頼を受けたテーマについては,本来,現代のアクチュアルな問題から踏む込むべきであるかもしれないが,今回,以前に翻訳した書籍1)をベースにして解説を行う.AA(alcoholics anonymous)が誕生する前の米国の歴史に多く比重を置いての内容となる.しかし,そこには今日にも通じる問題がすでに現れており,多くの示唆と教訓が得られると考えている.

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はじめに

 筆者は2006年に薬物依存症の治療プログラムとして「せりがや覚せい剤再発防止プログラム」(Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program:以下,SMARPP)の開発に着手し,以後,今日まで普及に努めてきた.その甲斐あって,このプログラムは,2016年度の診療報酬改定において「依存症集団療法」として診療報酬の新規加算項目に追加された.これは画期的なことであった.というのも,薬物依存症に特化した医療技術が診療報酬加算の対象となったことは,わが国の保健医療史上,初めてのことだったからである.要するに,これまで医療における薬物依存症の位置付けは,病気や健康問題ではなく“犯罪”であったのである.

 そもそも,筆者がSMARPPの開発を始めた理由は,わが国における薬物依存症に対する医療的資源があまりに乏しかったからである.専門医療機関にしても,専門医にしても,それらの数は両手の指でも余るほどの数しかなく,一般の精神科医療機関にとって薬物依存症患者は,いわば“招かれざる客”であった.こうした事態を打開するには,専門医でなくとも,また,薬物依存症に対する援助経験が乏しくとも,“これがあれば患者と薬物について話し合うことができる”という,一種のコミュニケーション・ツールが必要である,と考えたのであった.しかし,いざ普及を始めてみると,いつの間にか多くの医療機関でアルコール依存症の治療にもこのSMARPPが使われるようになっており,これには正直,驚いている.

 本稿では,SMARPPの概要と理念,ならびに治療効果について解説し,最後にアルコール依存症治療ツールとしての可能性に触れる.

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はじめに

 アルコールなどの依存症には気分障害や精神病性障害などさまざまな精神障害の合併が多く,慣例的に“重複障害”と呼称されている.重複障害は依存症単独のケースに比べて,依存症症状や精神疾患の症状の増悪,治療成績低下,治療脱落などのリスクを高める.一方で,重複障害の治療手法についてはまだ手探り状態であり,臨床現場でも大きな課題となっている.

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はじめに

 公益社団法人全日本断酒連盟1)(以下,全断連)は1963年に結成された.アルコール依存症当事者の自助組織として,全国の各地域に断酒会を創設し,あるいは既存の断酒・禁酒グループを糾合しながら順調な拡大基調をたどり,2000年代初頭の時点で正規登録会員数が12,000人,家族などを含めると20,000人を擁する全国最大の自助組織にまで発展した.しかしながら,近年,その会員数は増加から減少に転じ,それにつれて組織としての活動にも停滞現象が現われている.

 本稿では,まず,全断連の結成以来の足取りを振り返りつつ,その間,断酒会がアルコール依存症治療の現場とアルコール関連問題の社会啓発に果たした役割を簡単に説明する.次いで,2013年に成立したアルコール健康障害対策基本法2)(以下,基本法)の制定活動における断酒会の活動を概説する.また,基本法に基づく多機関の連携の中で,断酒会はどのような役割を果たすことができるのか,そのために行うべき自己改革と今後の発展に向けた方向性について述べる.

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はじめに

 2014年6月にアルコール健康障害対策基本法(以下,基本法)が施行され,2016年5月には,国のアルコール健康障害対策推進基本計画が策定されました.鳥取県(以下,当県)では,これに先駆けて,2016年3月に「鳥取県アルコール健康障害対策推進計画」(以下,推進計画)を策定しました.

 本稿では,現在に至るまでの経過について報告したいと思います.

視点

地域保健法と調査研究 氏平 高敏
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 2016年秋の全国保健所長会の懇親会の挨拶で,ある方から,最近,保健所の調査研究が少なくなってきているというお話がありました.地域保健法で保健所は“地域住民の健康の保持および増進を図るため,所管区域に関わるる地域保健に関する調査および研究を行うこと”とされており,調査研究は保健所の業務であるとしています.また「地域保健対策の推進に関する基本指針」(以下,基本指針)では2000年の基本指針の改定で,“都道府県及び市町村は,地域における健康問題について,住民の健康を阻害する要因を科学的に明らかにするとともに,疫学的な手法等を用いて地域保健対策の評価等の調査研究を行うことにより,科学的根拠に基づく地域保健の企画及びその実施に努める必要がある”としています.基本指針にあるように,調査研究を行うことは住民の公衆衛生の向上のために重要であると思います.

 調査研究の状況を,保健所の調査研究の件数が公表されている「地域保健・健康増進事業報告(地域保健編)」で見てみました(図1).保健所の調査研究数は2001年では3,678件でしたが,徐々に減少し,2015年には約半分の1,888件になっていました.また,別の保健所の研究の状況として,日本公衆衛生学会総会の抄録集から保健所関係者の発表した件数を見てみました.2001年は309件でしたが,2015年は176件と約4割減少していました.また,総会の全演題数に対する保健所関係者の割合は20%から10%に減少していました(図1).やはり,保健所の調査研究数は減少していました.

連載 衛生行政キーワード・120

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はじめに—依存症に関する施策

 アルコール,薬物,ギャンブルの依存症は,適切な治療と支援によって十分に回復することが可能な疾患である.一方で,従来から,依存症の治療を行う医療機関が少ないことや,治療を行っている医療機関の情報が乏しいことなどの理由によって,依存症者が必要な治療を受けられないことがある,という指摘がなされていた.そのような課題を踏まえ,厚生労働省は,有識者や当事者などによる「依存症者に対する医療及びその回復支援に関する検討会」を開催し,依存症対策についての議論を行い,2013年3月に依存症対策の方向性について報告書1)をとりまとめた.

 2013年12月に,アルコール依存症その他の不適切な飲酒の影響による心身の健康障害に関わる対策を総合的・計画的に推進することを目的とした「アルコール健康障害対策基本法」,同年6月に薬物使用などの罪を犯した者に対して執行猶予中に保護観察に付すことができる「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」,2016年12月にカジノ施設を含む特定複合観光施設区域の整備の推進について定めた「特定複合観光施設区域の整備の推進に関する法律」がそれぞれ成立し,アルコールのみならず,薬物およびギャンブルなどの依存症対策が広く求められることとなった.

連載 リレー連載・列島ランナー・102

今こそ,地域の力を! 鑓溝 和子
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はじめに

 81巻8号に執筆をされた毛受矩子先生(四天王寺大学教育学部)から,ソーシャル・キャピタルの醸成,特に母子保健分野における地域組織活動について紹介するように,とバトンを受けた.本稿では母子保健推進員等の活動の概要を中心に紹介するとともに,その今後の展望について考える.

連載 ポジデビを探せ!・10

ケース8:ネパールの学校保健

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はじめに

 栄養不良は公衆衛生上の大きな課題である.多くの国々では,栄養不良による低身長,低体重,微量栄養素欠乏に加え,新たに肥満が大きな課題となってきている.

 国際連合による持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals;SDGs)1)の17目標のうち,12目標は栄養改善が関連しており,中でもBox 1に挙げた3つの目標は重要である.

 本誌で既に紹介されたベトナムの例(第2回)に限らず,ポジデビは特に5歳未満児を対象とした栄養改善プロジェクトに多く用いられてきた.今回はネパールで実施している学童の栄養改善に関するポジデビ・アプローチを紹介する.

予防と臨床のはざまで

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 第26回日本健康教育学会学術大会が2017年6月24・25日に,荒尾孝学術大会長のもと,早稲田大学で行われました.私も企画委員長として学術大会の企画から運営まで関わり,前日企画を含めると,大変,感慨深い3日間となりました.今回は,同月23日に行われた前日企画「若手によるアジアの研究交流を目指して!」を振り返ります.

 前日企画は,私が委員長を務める国際交流委員会と学術大会の共催で,3部構成で行いました.健康教育・ヘルスプロモーション領域の国際学会は,前回はブラジルで大会が行われたIUHPE(ヘルスプロモーション健康教育国際連合)ですが,欧米に比べて,日本が属するNPWP(北部西太平洋地域)の交流は活発とは言えません.今回は特別講演に招聘したNutbeam教授(シドニー大学)も交え,NPWPの若手研究者が発表・議論・交流をする機会をつくりたいという荒尾学術大会長と国際交流委員会の意図で企画されました.

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 ロンドンのコヴェント・ガーデン,主人公ジェームスはストリート・ミュージシャンとして生計を立てているホームレスです.あまり実入りはなく,その日の宿や食べ物にも困っています.

 ホームレス仲間のバズに誘われて薬物に手を出してしまうジェームスですが,彼は薬物依存症からの更生プログラムを実行中で,更生薬メタドンを服薬中にヘロインを摂取して副反応を起こし,救急搬送されます.更生プログラムの担当ワーカーであるヴァルは,そんな彼が落ち着いて薬物依存から抜け出せるように,反対を押し切ってアパート付きの更生プログラムを準備します.

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 上田剛士先生(洛和会丸田町病院救急・総合診療科)は数多くの文献から重要なメッセージを抽出し,わかりやすい表やグラフにして説明してくれる.評者と同様,『ジェネラリストのための内科診断リファレンス』(医学書院,2014年)を座右の参考書としている臨床医は多いであろう.これは臨床上の問題点に遭遇したとき,そのエビデンスを調べる際に非常に重宝している.

 『日常診療に潜むクスリのリスク』は薬の副作用に関する本である.高齢者はたくさんの薬を飲んでいる.私たちは気が付いていないのだが,薬の副作用により患者を苦しめていることは多い.「100人の患者を診療すれば10人に薬物有害反応が出現する」(序より),「高齢者の入院の1/6は薬物副作用によるもので,75歳以上では入院の1/3に及ぶ」(p.5より)という事実は決して看過すべからざることである.「Beers基準」や「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015」は存在するが,高齢者への適切な処方への応用は不十分だ.

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次号予告

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 本号の特集は,2016年にアルコール健康障害対策推進基本計画(以下,基本計画)が策定されたことを受けて企画しました.執筆をいただいた先生方の多くが,“大多数を占める真の「中核群(=軽症群)」”に光を当てることと,“一般医療での早期介入,軽症者への対処の拡がり”によってアルコール依存症「進行群」である「重症群」を減少させることの必要性を訴えていました.そして,そのために,基本計画と「アルコール健康障害対策基本法」(以下,基本法)とに大きな期待をしていらっしゃることが深く印象に残りました.

 保健所や精神保健福祉センターなどにとってアルコール関連問題は昔からの重要な問題であり,今も支援に取り組み続けています.しかし,現場の支援者である私たちに「偏見」は本当にないのでしょうか.本特集内での成瀬暢也先生の「治療者の依存症に対する意識の在り方が大きなカギである」というご指摘には,考えさせられました.というのも,私は慢性疾患の患者であり,35年近く治療を続けていますが,治療がうまくいかない時は,特に自分自身に対する陰性感情(あるいは忌避意識)が強くなりがちだと実感しているからです.患者自身が最も自分を責めているのに,支援する側まで患者を尊重できなかったら,治療がよい方向に進むはずがありません.私自身の陰性感情は,治療者などからの尊重・信頼という「意識」が伝わることによって,徐々に回復してきたような気がしています.

基本情報

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公衆衛生
81巻9号 (2017年9月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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