公衆衛生 26巻9号 (1962年9月)

特集 母子衛生

総説

わが国の母子衛生の歴史 斎藤 文雄
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I.はじめに

 わが国の現在の母子衛生は,たとえとかくの批判はあっても,とにかく過去を通じて最も優秀な状態にあるということは否定できない。もともと母子衛生というものは,世界どこの国でもあまり古い歴史は持っていない。現在わが国より優れた母子衛生を誇る国々でも,それが緒につき始めたのは18世紀の後半からといって過言ではない。その点わが国では19世紀の終りごろから,ぼつぼつ発足しているので,まだ先進国に及ばないのも当然かも知れない。しかし母子衛生などという問題は少しその積りになって努力すれば半世紀や1世紀のおくれを取戻すことは何でもない。これからの日本の母子衛生をいかに発展させていくべきか,その指針を探る意味でも過去の歴史をふりかえってみることも無駄ではなかろう。

乳児栄養指導の問題点 今村 栄一
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 乳児栄養は,乳児保健の根底をなしているものであるが,経験と学問の積み重ねにより絶えず進歩をしている。しかしその進歩ははなばなしいものではなく,目立たないものであるだけに,見のがされることもある。ここでは理論でなく栄養指導の実地にあたって気をつけるべき点について,述べることとする。

幼児期における問題点 宇留野 勝正
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 日本の衛生状態は小児の問題に限らず,凡ての分野において先進国に比して20年は遅れているといわれていた。先年英国に留学して,ロンドンの公衆衛生大学の学長Prof.Dr.W.S.Waltonと会ったとき「英国ではジフテリアの予防接種は法によって強制されてはいないためか,うけるものは60%に過ぎない。それにもかかわらずジフテリアによる死亡数は年に数名に留まっている。それにひきかえ日本では強制接種の法があり,英国以上に接種率があると考えているにかかわらず年々数百名が死亡している。この両国の相違はどこにあるのだろうか」と意見を求めたことがあった。その時Dr.Waltonは「貴君の国は我々よりも全般的衛生状態が遅れているので,単なる予防接種だけの問題ではないのではないか」と答えたのである,この言葉こそ先進国のそのような保健状態の改善は決して一朝一夕に出来上ったものではないことを示されているようでよく味ってみるべき言葉と言えよう。

 このような見解から日本の現在の幼児の問題を考えてみると,特に何をとりあぐべきかに迷うのであるが,一応思いつくままに2〜3の点につき述べてみようかと考える。すなわち発育と栄養,罹病と死亡,保健管理,心身障害児,養護等についてである。

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はじめに

 妊娠中毒症といえば妊娠前半期の悪阻や急性肝障害なども含める場合があるが,一般の通念としては妊娠後半期の中毒症すなわち晩期妊娠中毒症に絞ったもののことである。

 ここでも晩期の妊娠中毒症について述べることにするが,それは以下に述べる如く,産科臨床的にも公衆衛生的にも著しく重要なものだからである。

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はじめに

 乳幼児の精神衛生にとって最も重要なことは,精神発達にたいする理解である。精神発達にたいする理解が乏しくては,乳幼児の指導を誤り,保育を混乱させる。乳幼児の指導に当るものは,精神発達についてじゅうぶんに理解している必要があり,その点で両親の啓蒙にも当らなければならない。両親は,子どもにたいする教育の義務がありながら,その義務を実現するための勉強をしていない。それ故,乳幼児の発達を無視した保育を行っている。そのために,乳幼児が異常行動を示し,やがては人格の歪みを呈することも少くない。母親学級又は両親学級において,乳幼児の精神発達にたいする理解をじゅうぶんにしてもらうよう,努力を重ねていきたい。3歳児の検診又は幼児検診において,精神衛生が考慮されるようになったのは,そうした意味があると思う。

 乳幼児期は,人格形成の基礎を作っているときといっても過言ではない。知的発達のみならず,情緒的発達の基礎は,乳幼児期において一つの方向が打ち出される。特に,暖い人格の持ち主にするためには,この時期における暖い保育が必要である。このことは,Spiz,Bowlbyなど欧米の精神医学者が,ホスピタリズムの研究から強調しているところである。すなわち,乳幼児の精神衛生にとって最も重要なことは,情緒の発達が順調に営まれるように指導することである。それには先ず,情緒の発達がどのように行われていくのか,よく現解していなければならない。

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I.はじめに

 昭和27年,本県で最初の児童福祉法による公立助産所が黒石村(現在水沢市)に設置されてから10年の歳月が流れた。事のおこりは,たしか昭和25年頃,当時の田波厚生省母子衛生課長(現科学技術参事官)から岩手県は乳児死亡率が高いがその対策の一つとして助産施設を作ってみてはどうか,施設分娩を通じて妊産婦乳幼児の保健指導をやってみてはどうか,若し希望するならば児童福祉法による助産施設の設置について補助金を交付してもよいという厚意ある助言を頂いた。しかし,母子衛生担当の筆者としては公立助産施設を運営した経験もなく,また因習の根強い岩手県の農村地帯で果して地域住民にアッピールして充分活用されるかどうか,或いはまた開業助産婦との摩擦が生じないかどうか等の心配の種は数々あったが,当時の斉藤衛生部長(現広島県衛生部長),鈴木公衆衛生課長(現岩手県厚生部長)両氏の強力な推進のお蔭で,黒石村立助産所が日の目を見ることになったわけである。本県ではその後昭和30年児童福祉法による助産施設の補助金が打切りになるまで,合計7カ所設置した。

 その後昭和33年から助産施設に保健指導部門を附置した母子健康センターの構想が若松母子衛生課長,山中技官等の努力で実現されて以来,昭和36年までに6カ所の母子健康センターを設置し,37年度には2カ所の新設を予定している。

発育状態評価について 高石 昌弘
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I.序

 この数十年の間に,小児発育の問題は極めて大きな変革を示したといえよう。質的にみれば,多くの疾病の減少に伴って発育現象は小児科学の基礎知識としての課題から積極的な健康増進を目的とした小児保健の大きな命題として発展している。また,量的にみれば,戦争などにより一時的な影響をうけたものの大変な体位向上をみせている。

 このような小児発育の重要性の増加は当然母子衛生の実際面において益々大きな意義を生じてくる。受精から胎児期,新生児期,乳児期,幼児期,学童期とそれぞれの時期において,種々の変化を示しながらすすんでいく発育現象は,母性衛生,乳幼児保健,学校保健のそれぞれの場で常に考究されねばならない一貫した問題であるといえよう。

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I.消化不良にこわ飯

 如何に消化不良を起していようと,とにかく口の中へつっこめば,いくらかは消化もする,栄養にもならないわけではなかろう。しかし,それでは本元の体がもたない。どこの保健所でも乳幼児クリニックというと,おすなおすなの盛況である。毎日毎日その盛況のためにおしまくられて考える暇もない。乳児健康診査にしてみても,毎年毎年繰返して,ただ何となく年中行事としてやっておる。そしてその中から健康優良児を選び出し,表彰をする。ただそれだけで終っているところが大部分である。最近になって,ようやく,クリニックにしても,乳健にしても,もっと基本的に考えなおさなければいけないという兆が出てきたところである。そこへ,新生児家庭訪問指導,3歳児健康診査,妊娠中毒症家庭訪問指導と矢つぎ早やに新事業をおしつけられて,その事務処理だけでも大変なことになってしまった。といって私はこれらの事業の不要論者では決してない。何れも重要な,そして是非やりたい,やらなければならないことばかりである。従来乳児に偏していた対策を幼児まで手をのばしてきたこと,母子衛生対策の基本でありながら,その活動が一番弱かった妊婦対策の第一歩として妊中訪問をとりあげたのは何れも大賛成である。それだけに,どうしても立派にやってのけ,成果を挙げなければならない。そのためにはひよわな体力ではどうにもならない。

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 数日前,中央児童福祉審議会は,去る3月下旬灘尾前厚相から諮問された「児章の健全育成および能力開発による資質向上対策」についての答中案を検討し,新厚相に答申している。それによると今後国のとるべき対策として,次の8点をあげている。1.家庭対策,2,妊産婦,乳幼児の一貫した保健サービス制度の確立,3.事故防止対策,4.家庭で保育できない児童の保育強化,5.脳性マヒ児等新しい要保護児童対策,6.地域活動の強化,7.社会環境の整備,8.保健福祉専問職員の養成と児童問題研究の推進。

 これらの対策はどれをみてもすぐにも取り上げてほしいものばかりであり,児童と母親にもたらす幸せはどれほど大きいか分らない。しかし,今日までの「母子衛生」をみると,次々と流れてくる新しい事業にたいして予算面の裏付けや実施に至るまでの準備,実施体の受入れ態勢等についていろいろな角度から充分研究や検討がされないままで第一線の保健所や市町村に流され否応なしに走り出しているものが多いように思う。本年度から実施される助産婦による妊娠中毒症患者の家庭訪問指導にしても,現在の状態では妊娠中毒症であるという情報を把握する方法がむずかしいし,開業助産婦と主治医である産婦人科医師との間の調整に保健所長は皆労することと思う。現に新生児訪問でも,これで苦しんでいる所長が如何に多いことか?

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 不慮の事故の研究のなかで,乳幼児期のそれが一番おくれている。

 乳児死亡中で約3%が不慮の事故死であるが,幼児期になると30%以上になり,どの年齢をとつても死因の首位を占めている。死亡には至らないが,重大な機能障害を残す不慮の事故が,死亡事故の100〜150倍あるといわれている1)。乳幼児保護の諸問題の中で,数の点からいって最も上重視されなければならぬ問題であるにもかかわらず,わが国では最近までほとんど手がつけられていなかった。

母子衛生研究の動向 辻 達彦
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 母子衛生の分野はこれを予防医学的な面と,すでに結果として生じた後始末というべきものに分けられる。前者としては母性死亡及び周産期死亡対策の如きものであり,他は未熟児やその他のハンデキャップ児の養護の改善というようなものである。さらにこの両者にまたがるものとして,母子衛生の地域的評価の検討確立が急務である,以上の各項について私見をのべてみたい。

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 わたくしに課せられた問題は「母子衛生研究の動向」てあったが,同じ問題は他の方にも出ているようなので,わたくしには定石的な記述でなく,母子保健の実際と研究の両面にわたって,従来比較的なおざりにされていると考えられる問題をとりあげて,今後の研究の方向を考えてみることを許していただきたい。

 この特集にもられたテーマをみて強く感ずることは「あまりにも臨床医学的な」ということである,この内容は小児科の臨床雑誌が企画してもちっともおかしくない,というよりむしろその方がふさわしいくらいで,この企画のどこに公衆衛生の専門誌の特徴があるのであろうか。この疑問がわたくしとしてこのあまのじゃくな一文を草せしめる原因となったのだが,これは企画者の罪ではなくて,この内容はそのまま今日の母子保健活動と母子保健研究の実態をあらわしているのである。

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はしがき

 わが国の母子衛生活動は,昭和23年の児童福祉法の施行以来,逐次その内容が充実し,それに伴なつて母子衛生の状態も著しく改善された。第1表は戦後の母子衛生に関する人口動態の動向であるが,死産を除いて,人口動態の諸率はいずれも改善をみている。しかし,これをもって満足すべきであるとはいい難く,まだ多くの改善の余地があることは明かである。これらの推移,問題点を統計資料を中心として明かにしてみよう。

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 血清疫学とは1950年にPaulとRiordan1)が提唱したSerologic epidemiologyに対して私が与えた訳語であって,要約すれば血清抗体を指標として感染症の疫学を研究するものである。このような研究はそれ以前から諸種の疾患について行われているので,必ずしもPaulらの創意とはいえないが,感染症の疫学を理解する上に抗体の知識が重要なことを実証した功績は認むべきであろう。この方式の研究はMelnickら2)によって発展拡大され,現在では各種の感染性疾患の疫学的研究に広く応用されるようになった。感染症の研究に抗体測定を行うのは当然のことで,それをこと新しく血清疫学などと呼ぶことに批判的な人もあるかも知れない。抗体の知識がその疾患に関する在来の記述疫学の内容を補足するだけならば,その批判は正しい。これまで行われてきた血清疫学の研究の殆んどはこの類のものであったから,そのような批判を受けるのも尤もなことである。これはひとり血清疫学のみでなく,疫学の本質にも関係することのように思うので,それについて私が考えていることを簡単に述べたい。

 時代の経過と共に疫学の研究範囲が拡大し,それに伴って疫学に対する考え方も変遷してきたが,諸分野の知識を有機的に統合し,これを高い次元から理解するという態度は変らない。

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 社会医学をどのように規定するか,あるいは社会医学をどのように理解するか,現状は人によってさまざまで上あるが,この際諸家による混乱した概念を整理しておくことは,歴史的にみて必要である。そういった意味あいをもって1962年7月京都で開催される予定の社会医学研究会において,「社会医学をどう理解するか」のシムポジウムを開くことが,昨年の第2回社会医学研究会において定められた。そこでこのシムポジウムにそなえて,東京において研究をすすめることになり,約十数回にわたって研究討議が行なわれた。この討議をつうじて,社会医学の理解は形式上表現上においては,各人により想像以上に多様で,不一致であることが認められたとともに,しかし一方では健康に関連する相互作用の因子としての社会的諸条件を重要視する点においては,参加者の間で基本的に意見の一致が認められた。また,固有の学として,例えば集団の健康を社会科学の方法でとり扱う学として体系づけられるものであるのかどうかについては,なお意見が一致しないままで終った。

 以下の討議記録のうち,曽田長宗・小宮義隆・原島進・黒子武道・籾山政子の意見は別に社会医学研究会記録に掲載される予定になっており,この討議記録においては特に簡単に述べてあるので,その分については研究会記録の当該記述とあわせて読まれたい。

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 ソ連では一般に鉱山労働における労働は機械化によって重労働の負担が軽減されるようになった。炭坑においては,機械による自動採炭,就中最近においてはジェット「水流噴射式採炭および露天掘りが広く行なわれている。

 地下の坑道で働く人々の健康保護は炭鉱経営の第一義的責任となっている。

文献

発展する保健婦の役割り 芦沢
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 保健婦業務に対して保健当局のわくの外からこれに影響をおよぼし,叢務を変容する外的因子として次の3つの事柄があげられよう。1)自然科学,医学上の新知見,2)社会資源のあらたな開発,3)大衆の要望。

 1)の例では結核化学療法剤の発見,ポリナワクチンの創製等で保健婦業務がどう変わったかはあまりにも周知のことである。2)についてはU. S. Public Heaith Serviceが1959年に発炎した調査結果によれば「患者―看護婦コンタクト」の内容の大部分は医療生活相談に属するものであることは社会資源との協力業務が保健婦業務の中にしめる位置の重要性を示唆している。これまで肢体障害児(者),先天性心障害児,精薄児精神障害者等に対するレハビリテーション施設が少なからぬ州で開発されつつある。保健事業は指導助言を行なったことがすぐ実行にうつせる状況になってこそ効果が一段とあがる。たとえば,個々の結核患者にそれぞれの医療機関でX線診断をうけるようにしむけるのに平均1患者あたり6回の患者コンタクトが必要だったのに,衛生局にX線施設をそなえてからは平均2回のコンタクト,それも手紙による通知が主で目的が達せられたというある州の事例がある。

基本情報

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公衆衛生
26巻9号 (1962年9月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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