保健婦雑誌 27巻12号 (1971年12月)

特集 保健婦にとって住民とは何か

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 "住民主体の公衆衛生活動"1971年の第30回日本公衆衛生学会総会シンポジウムは,このように高らかにうたいあげた。"住民主体"ということは行政の基本的な姿勢のはずであるが,この基本的なことがいまさらのように強調されなければならないということのなかに,この領域における事態の深刻さをよみとらざるをえない。本特集は,全般的なムードの高まりのなかで,保健婦自身は"住民主体"ということをどのようにとらえているか,現場の保健婦の生の声を集めたものである。

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 はじめに

 人口10,000,年々増加の一途をたどるこじんまりしたこの町に就職して7年,保健婦のひよこでピヨピヨ鳴くことしか知らなかったはじめの2〜3年,結婚して子供が生まれて,母とか,夫婦とか,嫁とか,姑とか,そういった人間のもろもろの表と裏をかい間見て,それらに圧倒されそうになったその後の3年,そしていま,1歳と3歳のちびっこを育てながら働くことに,なんとか自分の生きている証を求めたいなどときざなことを考えながら,毎日交通戦争をくぐり抜けて14km離れたこの町へ通っている。そしてそういう私自身,実は自分の住む村の若妻会の会員であるし,自治体に対してもいろいろな要求をもっているひとりの住民である。

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 世帯数1,500戸,人口7,500人,就業人口の70%を農業従事者が占め,水田・畑作中心の経営を行なっている。また陸奥湾沿岸での漁業もホタテ貝の養殖に主力を注ぎ,近年の沿岸漁業の不振を盛り返そうとしている。

 ところで,青森県では珍しくもなくなった問題だが,昨年から続いた米の減反政策で今年もまた出稼者が多く,その数は就業人口の20%を上回る800人に達している。

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 臨床で1年経験し,故郷に定着しようと決心してはや9年になろうとしている。働きだして1か月間なにもできずに,あせりと不安でイライラしていた。ついに課長に見破られ「君の保健婦としての仕事を,思うように書いてみなさい」といわれ,町村保健婦はこうあるべきだということを細かく書いて訴えたことを覚えている。そのためか課長は,私が働きやすい環境を整えてくれた。そのチャンスがなかったら現在の私はなかったといっても過言ではない。

 なんでもことをせっかちに運ぶくせのある私であるが,30歳を過ぎたためか,最近は少し気長になってきたと自分では思っている。そのような性格が保健婦業務にもかなり影響し,よしと思ってしたことが裏目に出ることも少なくない。

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 東京のベッドータウンとしての過密化現象

 いま,コミュニティーの崩壊から引き起こされる過密とか過疎の問題が出てきているが,習志野市の場合には過密ということでとらえてみたい。

 習志野市では,昭和37年ごろ内陸部に工場が誘致された。これははっきりした都市計画のもとで誘致されたのではないが,これが過密化の始まりである。さらに42年に住宅公団の袖ケ浦団地ができ,いっきょに3,300世帯もふえた。そのころの袖ケ浦地区の出生率が,なんと59ぐらいはね上がった。

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 保健婦が安易にいう,何々管理という言葉は,僕はあまり好きでない。

 もともと,健康管理に例をとってみても,これは住民個人のものであり,自分の健康管理は個人でなされなければらないものである(なかには自分でできない者もいるが)。

仕事と人生

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 私が保母になってから13年になります。わが家は,国家公務員の夫と,小学2年生の娘と,4歳の保育所に行っている息子の4人暮らしです。娘は色白で,小さいときからかわいいといわれてきたせいか,自分では美人だと思い込んでいるようで,このごろ私の友だちから,「お母さんに似てきたわね」などと言われると,ひどく不満な様子を示します。なにしろ夫が私のことをからかって,「お母さんは美人だなあ」などと言うと,「違うよね,お母さん」。こういう調子です。息子のほうはいたってのんびり屋,保育所でも女の子と遊んでいることが多いようです。

 私の勤務は,普通の日は8時半から5時までですが,長時間保育の要求で,朝は7時半から8時半まで,夕方は5時から6時までを交替でやっています。2歳から6歳まで(就学前)の子が60人で,所長を含めて保母が4人,給食婦が1人,清掃用務員が1人,これが職員構成です。

資料 健康管理論 序論1

健康管理と公衆衛生 田中 恒男
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 昭和46年度から改訂された保健婦養成所指定規則中のカリキュラムについては,多くの賛成と批判がある。カリキュラムの全貌については,すでに大方の諸姉が了解されていると思うが,法治国であり官僚制機構のなかにがんじがらめにしばられたわが国の教育制度では,保助看法が改変されぬかぎり,逐年進行に伴うカリキュラムの改訂は,必要やむなき仕儀であった。私見としては,この改訂に少なからぬ問題点を感じ,また,改訂の多くの部分に検討を加える必要も感じているが,カリキュラム研究会の委員として参加したたてまえから,それらについて語ることはさしひかえたい。またカリキュラムの全体について,解説を加えることも,委員会全委員の了解を得ていないので,本論では省略する。本論は,カリキュラムの重要なパートとして取り上げられた健康管理論が,どのような意味をもち,また公衆衛生看護論とどのようにつながるかを考察することが目的である。しかし,これもまた私見の域を出ず,絶対のものでないことをご了解いただきたい。

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 序文

 人口4,703名あたり1名の保健婦,そして学校の児童・生徒2,586名につき1名の教育委員会採用看護婦がいる割合であり,これら両者ともに,人口に対する看護婦の数の割合はかつてない比率となっている。公衆衛生分野で本務として勤務している正規看護婦の数は,過去30年間に2倍以上となっており,一方公私立大学において公衆衛生看護を教えるために雇われている看護婦の数は,15倍に増加している。

 アメリカ合衆国公衆衛生局看護部は,公衆衛生看護教育に関する最近の傾向を明らかにしている。

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 はじめに

 医療社会事業という専門職業が行政の軌道にのりはじめたのは昭和22年,新保健所法が施行されたときである。すなわちGHQ公衆衛生福祉局の要請によって,他のサブ-メディカル分野が推進されたあとで,この仕事が取り上げられたのである。

 医療ソーシャルワークMedical Social Workは1905年マサチューセッツ総合病院外来部長のキャボット博士(Dr.Richard C.Cabot)によって始められた。彼のようにすぐれた臨床医が生まれたのは,病人を人間として正しく理解して治療するうえでの科学的要求からである。アメリカで40年間高度に発達したものが,聖徳太子以来の慈善的色彩の濃い日本の風土のなかに移され,欧米における発達経路とは反対にGHQ→国(厚生省)→都道府県→保健所→病院という過程をふんで,早急にアメリカ的技法(主としてソーシャル-ケースーワーク)が紹介され,とまどいつつ現在に及んでいる。

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 1.はじめに

 当院公衆衛生看護部の活動内容はいろいろあるが,そのなかの一つに乳幼児保健指導がある。これは新生児訪問・Well Baby Clinicという手段をとおして行なっているが,そのほかに電話による相談もかなりあり,これに答えている。

 乳幼児の保健指導のねらいは,それぞれの母親が不安なく,情緒的に安定して育児にあたるように,側面から援助することである。

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 1.はじめに

 わが国では人口抑制策あるいは母性保護対策として,受胎調節・家族計画が行政のなかで樹立されて20余年になり,かなりの成功をおさめてきた。しかし出生率の低下には,人工妊娠中絶の影響もはなはだ大といわねばならず,現在でも年々報告だけでも70〜80万もの中絶があり,その母性保健に及ぼす影響ははなはだ憂慮されており,この減少対策を真に検討しなければならない。筆者は前任地の京都府宮津保健所管内で,人口対策としてはきわめて特異な方法である避妊手術が非常に普及していたので,その状況などを第28回日本公衆衛生学会総会で報告した。

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 1.はじめに

 臨床医療の場や一般健康診断の場にあっては,被検査および検査者の待時間を考慮して診療・健診が計画されることは少ない。しかし高い利潤を常に追求する企業にあっては,客へのサービスとそれへの必要経費という関係で,オペレーションズーリサーチの考えを導入した科学的検討がなされている。たとえば,スーパー-マーケットを利用するお客の数に対して,何台のレジと何人のレジ係を用意するのが最も経済効率として高いかを,待ち行列シミュレーション(数学の待ち行列を使ったモデル実験)で考えるしかたなどである。

 学校の健康診断では検査者の待時間は0,検査所要時間の分布は,どの検査もほぼポアソン分布と考えられる。したがって学生の待時間を最少にするには,各検査の所要時間をできるだけ一定にし,学生に来所を求める時間の間隔を細かくすることが要点であろうと思われる。

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 目的

 本調査の目的は,現在行なっている保健所活動が住民にどの程度認識され浸透しているか,さらにまたどんな保健問題をもっているかを知り,今後地域に密着した効果的な保健活動を展開していく指標とするためである。今回は地区組織との関連について報告する。

保健所実習に出て 中元 牧子
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 私たち2人の保健婦学生を迎えてくれたのは,A工場の発するくさったようなにおい。保健婦活動とは"住民の側に立った活動"でなければならないと考え,意気ようようと翌日から保健所実習に出かけた私たちに,まず言われたことは,"限られた金と人のなかでいかにしたらよいか"を考えるということだった。クリニック・家庭問題・集団健診に追いまくられながらも,いっしょうけんめいそのワクのなかでもがいている保健婦。3週間という実習期間をどう過ごすべきか考えていた私たちは,現実の困難さにぶつかりながら,そのなかでどのような展望がみいだせるかという難問題にもぶつかったのだ。

実態をさぐる

母乳BHC汚染を考える
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 昨年4月,牛乳のBHC汚染が新聞・雑誌などで大きく報道されたことは多くの人びとの記憶に新しい。昭和45年8月号の本欄にもその実態が報告されている。その後,農薬による食品汚染——残留毒性の問題や食品添加物の発癌性なども明らかにされ,国民の薬品公害に対する関心も日に日に高まってきている。

 ところが,このようないろいろな問題に対する決着がつかないまま,昨年,新たにまた一つ大きな問題が明らかにされた。本号で取り上げようとしている母乳のBHC汚染の問題がそれである。

Medical Topics

オーストラリア抗原 藤沢 洌
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 1.はじめに

 伝染性肝炎や血清肝炎の病原因子がウイルスとしての性格をすべて備えていることは,すでに20年も前から明らかにされていながら,肝炎ウイルスの分離同定は多くの研究者の努力にもかかわらず,いまだに成功していない。ところが,1963年,フィラデルフィアの癌センターのBlumbergによってオーストラリア抗原が発見され,この抗原が肝炎ウイルスときわめて密接な存在であることが明らかにされるに及んで,久しく幻のウイルスといわれてきた肝炎ウイルスの研究に新生面が開かれた。

 Blumbergは血清β-リポプロティンの抗原性について系統的な研究をすすめていたが,頻回の輸血を受けた血友病患者の血清とオーストラリア原住民の血清を反応させたところ,いままで見つかっていなかった抗原性を原住民血清中に発見して,これをオーストラリア抗原(Au抗原)と名づけた1)。その後の検索によってこの抗原の人種間分布は,欧米白人0.1%,アフリカ黒人1〜2%,東南アジア諸国民5%,オーストラリア原住民,ポリネシア人2〜7%,日本人1〜2%であって2),陽性率の高い地域にウイルス肝炎の流行が常在している点が注目された。

ニュース診断

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 情報化社会だとか。私には何のことだかよくわからない。自称言語学専攻の友人いわく「Post-Industrial Societyということ,つまり脱工業化社会のこと。エレクトロニクス社会といってもいい。もっともアメリカ語にぴったりすることばはないがね……」。脱工業化社会といったって工業がなくなるものでもあるまいに,と私はますます不可解。「そのよくわからんところが情報化社会というヤツよ」と別の友人。これはまた人をバカにしたような言い草だ。3人めの男が慰め顔に「音と活字とことばの洪水の時代ということヨ,いってみりゃあ情報・ニュース公害ということさネ。あれもあります,これもあります。読んでちょうだい,聞いてちょうだい,見ておくれということなんだが実際ウンザリだ」。

 この"第三の男"のいうことなら,私にもいくらか受け入れることができる。この男,音と活字とことばといったが一つ足りないと思う。それは絵(写真)だ。最近はやりのポルノだ。昨秋たいへん有名な大学の文化祭でこれをテーマにいろいろな催しをやって好評だったというから(プログラムもこれをテーマにりっぱなものが作られた)ことしは高校あたりにも普及しそうだという。

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基本情報

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保健婦雑誌
27巻12号 (1971年12月)
電子版ISSN:2185-4041 印刷版ISSN:0047-1844 医学書院

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