看護研究 52巻6号 (2019年10月)

特集 実践と結びついた看護理論をつくる—状況特定理論をヒントに

坂下 玲子
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 大学生時代はもっぱら睡眠学習をしていた私は,理論は「絵にかいた餅」だと思っていた。また,日本における看護理論教育は「偉人伝」のようでもあり,昔の人々のアイディアが明日の実践に不可欠なものとも思えなかった。

 2001年に兵庫県立看護大学(現兵庫県立大学)に赴任し,博士課程の研究に携わるようになり,私の看護学は一変する。理論構築と研究が看護学を推進する車の両輪であることがわかり,衝撃を受けた。学生時代の私は,理論は創るものであること,すなわち理論構築に方法があるということすら知らなかった。看護理論の学びを深めることで,看護現象の中に,キラキラ輝く看護独自の専門性が垣間見える瞬間に魅了された。そしてそれはいまも続いている。看護現象の中から看護のコア概念を抽出し,実践に還元したい! その思いで私たちは臨床看護研究支援センターをつくり,Phenomena in Nursingという機関誌を発行した。

1.実践の知を看護理論へと導くために—状況特定理論の構築から考える

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抽象化レベルによる理論の種類

Types of Theories by Level of Abstraction

 看護理論は,抽象化のレベルにより,大理論(Grand Theories),中範囲理論(Mid-Range Theories),状況特定理論(Situation-Specific Theories)・小理論(Micro Theories)・実践理論(Practice Theories)の大きく3つに分類される。抽象化のレベルとは,言い換えれば,その理論が扱うことができる現象の範囲である。

 最も古い歴史をもつ大理論は,「看護の本質」「看護の使命」「看護ケアの目標」といった,看護の概念的な領域を体系的に構築する最も抽象度の高い理論である。次に生まれた中範囲理論は,大理論に比べ適応範囲が限られ,抽象度は低く,特定の現象や概念を扱うため,より実践を反映しやすい。大理論に比べて抽象度が低いとはいえ,中範囲理論で扱う現象や概念は,異なる看護領域を横断し,さまざまな看護ケアの状況を反映するものであるため,一般化可能な知識体系が存在する。つまり,中範囲理論が扱う概念は,研究レベルで精錬され一般化されるが,その概念の数が大理論に比べて少なく明確であるため,実証可能性が高い代わりに,一部の多様性も保障するといった性質がある。そして,この3つの分類の中で,最も抽象度の低い理論の1つが,今回取り上げる状況特定理論である。状況特定理論は,臨床での実践を反映し,特定の対象または特定領域の看護実践に限定された看護現象に焦点を当てた理論であり,Im, & Meleis(1999)により体系化されていった。同じく抽象度の低い理論として,小理論や実践理論と呼ばれるものもある。実践理論とは,看護目標達成のための必要な行為を説明する理論であり,実践を導く理論であるという点で,状況特定理論はこの実践理論(小理論)に分類することも可能である。実際,Peterson(2017, p.28)は,状況特定理論を,実践理論および小理論と同じカテゴリーに分類している。このように,状況特定理論は,研究者の考え方や場所の違いによって,さまざまな呼称が用いられている。アメリカの西海岸および東海岸においては状況特定理論と呼ばれているが,中西部や南部で学んだ人たちは小理論,もしくは実践理論という言葉を使用することが多い。

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 Dr. Eun-Ok Imは,「実践と結びついた看護理論をつくる—状況特定理論の構築について」の講演の中で,状況特定理論の構築の例として,「米国におけるアジア系移民女性の閉経期の症状体験についての状況特定理論:A Situation-Specific Theory of Asian Immigrant Women's Menopausal Symptom Experience in the United States」(以下,AIMS理論)を挙げ,実際の状況特定理論の構築過程を説明された。

 本稿では,Dr. Imの講演内容をもとにAIMS理論の構築過程について解説し,状況特定理論の構築の実際について理解を深めたい。執筆にあたっては,Advances in Nursing Scienceに掲載されたDr. Imの論文「A Situation-Specific Theory of Asian Immigrant Women's Menopausal Symptom Experience in the United States」(Im, 2010)および,その理論構築に用いられた中範囲理論であるDr. Afaf I. Meleisの「トランジション理論(Transitions Theory)」の概略について昨年本誌で紹介した粟村,坂本(2018)の解説を参考とした。

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Q:現象に適応する理論をどう探すのがよいのか?

Im まず私の場合は,Dr.Afaf I. Meleisという指導者がいましたので,博士論文を執筆する際にも自ずとトランジション理論の枠組みで研究を行なうことになりました。ただ,そのような指導者がいないこともありますね。その場合はまず,自分が現在研究をしたいと思っている「現象」について,既存の理論を文献検索することをお勧めします。まずは,PubMedなどで文献検索を行なってください。そうすると,現在研究したいと考えている現象について,複数の文献がリストアップされると思います。そして,リストアップされた論文がどのような理論に基づいて行なわれた研究なのかを調べることにより,自分の研究ではどの理論を用いるべきなのかが浮かんでくるでしょう。もしも,十分な文献検索を行なった結果,1つの理論しか使われていなかった場合はその理論を使う以外の選択肢はないと思いますが,多くの場合は,複数の理論を使った研究がリストアップされると思います。Dr. Meleisの著作の中には,理論の評価基準について解説した『Theoretical Nursing』という重要な書籍があります(Meleis, 2017)。例えば,その評価を参考にして1つひとつの理論の評価を行ない,最も高く評価された理論を自分の研究で使うとよいと思います。通常,「この現象の研究はこの理論を使う」と決まっているわけではありません。どの理論を使うのかという判断は,個々の研究者に委ねられるところが大きいと思います。いってみれば,「私はこの理論家の名前が好きだな」と思って,まずその理論を使ってみるというようなところから始めてもよいのです。理論の選択に関するテキストはいくつかありますが,それらの本にも同じように書かれていると思います。

坂下 確かに,複数ある理論からどの理論を選択するのかという判断は研究者に任されています。しかし,気をつけなければならないのは,特に日本の研究者はその過程を,自分の頭の中だけで曖昧に終わらせてしまうことがある点です。それでは,学問は進みません。複数の理論の中で,なぜ特定の理論を自分は選択するのかということを,エビデンスに基づいて示していく必要があります。そのためのエビデンスとして,文献レビューや経験を書き上げていくこと,またはリサーチが必要になるのだと思います。

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さまざまな状況特定理論

 本特集では,Dr. Eun-Ok Imの講演をもとにそのエッセンスを解説しているが,その講演の終わりにDr. Imは,Dr. Afaf I. Meleisが開発した中範囲理論であるトランジション理論(Transitions Theory)の理論枠組みを活用した「状況特定理論(Situation-Specific Theories;SST)」は現在のところ30程度存在していることを述べ,その中から,研究者や理論家が開発した代表的な5つの状況特定理論を紹介された。時間的な都合でその具体的な説明までには至らなかったが,ここ20年間においては,大理論よりも,状況特定理論のほうが数多く開発されている現状についても触れられた。将来,看護理論を発展させていくためには,臨床や実践をより色濃く反映させた状況特定理論の開発が鍵となることを力強く説明し,講演を締めくくられた。

 本稿では,その5つの状況特定理論のうち,「A Situation-Specific Theory of Migration Transition for Migrant Farmworker Women」(Clingerman, 2007),「Seeking What's Best During the Transition to Adult Day Health Services」(Bull, & McShane, 2008),「Care Transitions: Integrating Transition Theory and Complexity Science Concepts」(Geary, & Schumacher, 2012)の3つの研究論文を例に,状況特定理論の多様な構築方法を説明する。

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状況特定理論の必要性

 状況特定理論は,研究および実践とより密接にリンクする理論が必要であるという看護界の要請に応え,Im, & Meleis(1999a)が,新しいタイプの理論として提案したものである。

 例えば,移行に関連した現象はトランジション理論によって説明することができるだろう。しかし,実際の移行にはさまざまな状況があり,例えば,閉経後の更年期障害(Im, & Meleis, 1999b)もあれば,脳血管障害により身体の麻痺が発生するという状況もあるだろう。概念枠組みとしてトランジション理論は使えるが,更年期障害と脳血管障害では,移行の過程に影響を及ぼす具体的要因は異なり,また人々が示す反応も異なる。実際に看護を提供するには,より対象者の状況に即した細かな「促進と障害」要因の検討が必要であり,それに即したアウトカムを確実にする効果的な看護介入が検討されるべきである。特に,理論を実践に活かすには,具体的な看護介入の内容を導けるレベルまで,理論の抽象度を下げることが必要である。

2.実践の現象を捉えるために—「できごとリフレクション」から考える

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はじめに

 状況特定理論の構築は進んでいるが,看護実践から構築される知識を理論へと反映する取り組みはあまり進んでいない(Im, 2014)。では,看護実践を通して得られる知(実践知)を知識として構築し,理論へと反映していくためにはどのような取り組みが必要なのであろうか? 筆者は,臨床で看護師が実際に経験した実践内容を的確に言語化し,取り扱い,探究するための仕組みをつくることが必要なのではないかと考えている。

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はじめに

 臨床の看護師が引っかかっていることは,もちろん実践の現象の中にある。だが,現象の本質はカメレオンのようにジャングルの中に潜んでいるので,それを取り出し,適切な言葉(概念)を与えるのは難しい。実際,それ自体がライフワークになることも多いと思われるのだが,そこまでいかなくても,今日の実践の中で重要であることは何か,日々積み上げられる経験の中にある小さなエビデンスは何か,それを正確に捉えることから始められればと思う。そのための1つの工夫が,自分の看護実践から生じたできごとを振り返ること(「できごとリフレクション」)である(詳細は前稿参照)。

 しかし,私たちは皆,「自分」という思い込みにとらわれた檻の中で生きており,自分ひとりでは,生じたできごとを振り返ることは難しい。そのため,当事者である自身の言葉を投げ返し,問い,当事者の自己理解を促す相手が必要となる。本稿ではその当事者を臨床看護師,相手をファシリテーターとし,ある事例に基づく両者の対話を通して,「何が起こっていたのか」を明らかにしていく具体的なプロセスを示し,実践の中で起こった「できごと」を捉え,それをエビデンスとしていくためのヒントを得たい。

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実践に基づくエビデンスとは何か

Practice Based Evidence(PBE)

 エビデンスに基づく医療実践(Evidence-based Practice;EBP)が提唱されて久しい。それは,経験や直感で医療実践を行なうのではなく,科学的根拠に基づき有効な医療を行なおうということである。この考え方は,1980年代後半に提唱され広まった。しかし,エビデンスに基づくガイドラインに従った実践は,「煩雑で失望させるもの」ともいわれ,実践には十分反映されていない(Abraham/坂下訳,2008)。その理由の1つに,臨床家は研究成果を重要視していないという点がある(Abraham/坂下訳,2008)。エビデンスを産む研究デザインとして,RCT(randomized control trial;以下,RCT)は最も信頼性が高いものと考えられている。それは,均質な2集団(実験群とコントロール群)をつくることによって,すなわち,介入以外はすべて同じ(と理論的に仮定できる)2群をつくることによって,新しい介入の効果を明らかにできるからである。RCTは,論理的に内的妥当性(介入の効果)を示すには最強の研究デザインであるが,一方で,外的妥当性が低いという課題がある(Black, 1996)。すなわち,RCTは,現実世界を必ずしも反映していないといえる。RCTは,実際の利用者を反映せず(対象者は多くの疾患をもたず,高齢でもない),医療者は水準以上の技術をもったものが揃えられ,介入にたっぷり時間を使うことができ,介入は整備された施設で行なわれる(Black, 1996)。複雑な要因が絡み,偶発的に事が進んでいくこともある現場をよく知っている臨床家は,直感的にRCTの結果を信頼していないのかもしれない。科学を支配してきた実証主義の認識論は,複雑に絡み合って起こるさまざまな現実問題を解決するには限界がきているということでもあろう。

 それならば,複雑な実践の現実世界をまるごと捉え,日々の臨床実践からエビデンスを生み出そうという目的から,Practice Based Evidence(PBE)という考え方が提唱された(Tunis, Stryer, & Clancy, 2003; Westfall, Mold, & Faqnan, 2007)。Chinn, & Kramer(2015)は,看護が取り扱うエビデンスは,実際に臨床で実施(実験)され,実際に健康関連の目標の実現を促進することが認められたアプローチや技能などの「実践」の検証から得られた,「Practice Based Evidence」だと主張する。また,Abraham(坂下訳,2008)は,研究から生まれ一般化される知としての「マクロエビデンス」に対して,臨床家の個人の経験の中で起こるトライアルと評価(自分の目で見て確認する)から生まれるエビデンスを「マイクロエビデンス」と呼び,マイクロエビデンスを積み重ねることが共通の知(マクロエビデンス)へとつながると述べている。

連載 集まる つながる 広がる 若手研究者のバトン・8

教員生活10年間のTrajectory 水田 明子
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若手研究者は,今日も看護の未来に向けて疾走中。

ここはそんな同じ目標を抱く者同士が,ぷらっと立ち寄り語り合う場所。

誌面をフィールドに,思いをバトンに乗せて語り継いでいきます。

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看護研究
52巻6号 (2019年10月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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