看護研究 51巻2号 (2018年4月)

特集 未来語りのダイアローグとオープンダイアローグ─看護研究における「開かれた対話」

『看護研究』編集室
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 オープンダイアローグが初めて日本に紹介されて以来,瞬く間に浸透し,医療界・看護界を席巻しています。その画期的かつ革新的な取り組みは,これまでの医療・看護に大きな一石を投じ,いまもなお,ますますの広がりをみせています。

 そうした中,オープンダイアローグの提唱者J. Seikkula氏の盟友で,共著者でもあるT.E. Arnkil氏の開発した「未来語りのダイアローグ」にも,現在,徐々に関心が集められてきています。未来語りのダイアローグは主に社会的なネットワークに着目しており,オープンダイアローグと比較して適用の幅が広く,医療・看護分野以外にも,その射程は地域や組織のありかた,組織間のコミュニケーション,さらには教育などにまで及ぶ可能性をもち,日本にも定着しやすいのではないかといわれています。ただ,それが実際にどのような考え方なのか,どのような形で取り組むものなのか,具体的にはまだよく知られていないと思われます。

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 2016年,兵庫県立大学看護学部では,精神科医の斎藤環氏(筑波大学教授)と5名の指定発言者を招き,「オープンダイアローグを通して対話の可能性を考える」というテーマでセミナーが開かれた(川田,2016)。続いて2017年には,オープンダイアローグ(以下,OD)とならび,新たな「対話」の形として今後注目を集めるであろう未来語りのダイアローグ(Anticipation Dialogues;以下,AD)の開発者であり,ODの開発者J. Seikkula氏(ユヴァスキュラ大学心理学部教授)の盟友でもあるT.E. Arnkil氏(前フィンランド国立健康・福祉研究所教授)らを招き,「未来語りのダイアローグのワークショップ」(2017年11月27日)を行なった。そして今年1月には,OD・ADともに造詣が深い竹端寛氏(兵庫県立大学環境人間学部,当時は山梨学院大学法学部)を招聘し,「ダイアローグの可能性─竹端さんと共に考え合う一日」(2018年1月28日)というセミナーが行なわれた。これらはいずれも,「ひょうごオープンダイアローグを学ぶ会」主催のもとで開かれ,兵庫県立大学臨床看護研究支援センターも協力させていただいた。セミナーの詳細等は本特集の別稿に譲るが,一連のセミナーは,私にコペルニクス的転回を突きつけた。それは,カント(1787/原訳,2005)が論じたように,客体として私たちが思っているものは,自らの認識形式がつくりあげた主観であるという哲学的転回でもあるが,私個人としては,世界の絶対的中心であった自分から,他者との水平な関係性の中で存在する相対的な自分への転回でもあった。

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対話(ダイアローグ)との出会い

 筆者が,自身の所属する兵庫県立大学看護学部近隣の支援者仲間と一緒に「ひょうごオープンダイアローグを学ぶ会」を立ち上げたのは,2015年の秋頃である。精神科病院や訪問看護ステーション,グループホーム,就労支援機関などで実践している看護師や精神保健福祉士の仲間たちと,働く場や職種を超えて共に学び合い,語り合う場となることをめざしてスタートした。

 オープンダイアローグ(以下,OD)は,フィンランドで開発された,急性期の統合失調症患者に対する対話による治療的アプローチである。筆者が会を立ち上げたのは,ちょうど精神科医の斎藤環氏(筑波大学教授)の著書『オープンダイアローグとは何か』(2015)が出版され,精神科医療界全体から注目され始めた頃だった。本稿では,ODに関する詳細は省かせていただくので,ご興味のある方は,ぜひ成書を参考にしていただきたい(斎藤,2015;Seikkula, & Arnkil, 2006/高木,岡田訳,2016など)。

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 2018年1月28日(日)、兵庫県立大学において「ダイアローグの可能性」〔講師:竹端寛先生(兵庫県立大学環境人間学部、当時は山梨学院大学法学部)〕と題するセミナーが行なわれました。前半は講演、後半がワークショップの形式で構成され、前稿では講演をご紹介しました。

 このセミナーでは、竹端先生と参加者との間でさまざまな問いや語りが生まれました。講演後、竹端先生とお話をする中で、これらの問いや語りについてメールでやり取りをするのはどうでしょう? というとても興味深い提案をいただきました。そこで、セミナーでの問いや、編集室として感じたことなどを率直に投げかけ、“開かれた対話”を考える上で貴重なヒントをいただきました。本稿は、そのメールの往復書簡です。

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はじめに

 オープンダイアローグ(以下,OD)への関心が近年急速に高まるなかで,未来語りのダイアローグ(Anticipation Dialogues;以下,AD)は多機関・多職種が連携して行なう対人支援活動をうまく展開する上での有効な方法として注目され,フィンランドでの研修や講師を招いてのさまざまな研修会の開催など,学ぶ機会が増えている。

 筆者はこのたび,「ひょうごオープンダイアローグを学ぶ会(以下,学ぶ会)」の一員として,「『未来語りのダイアローグ』ワークショップ」と「ダイアローグの可能性─竹端さんと共に考え合う一日」の2つの研修会に相次いで参加する機会を得た。前者ではADの開発者であるT.E. Arnkil氏(前フィンランド国立健康・福祉研究所教授)の講演とそれに続くセミナーにおいて,白木孝二氏(Nagoya Connect & Share代表,臨床心理士)のファシリテートにより相互理解と連携が生まれるADの展開を目の当たりにして感銘を受けた。折しも自身の事例検討会の実践上,困難なチームに遭遇し,打開策を思案していたため大きな示唆を得て,ADのアプローチを試みることとなり,その実践を通して学びを深めることができた。さらに,後者においては,ファシリテーター竹端寛氏(兵庫県立大学環境人間学部,当時は山梨学院大学法学部)による参加者とのダイアローグと自らの内なる対話が響き合う中で,新たな気づきを得た。

 本稿では,この一連の学びを踏まえて,ADによって支援者とチームの力が生み出される現象とその意義,および実践の可能性について考察したい。

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はじめに

 本稿では,私たちが現在取り組んでいるオープンダイアローグ(以下,OD)研究について紹介する。私たちは,特にODを子ども虐待の現場に取り入れることをめざしてきた。取り組んでからまだ2年弱と短く,準備段階に近い状況ではあるが,これまで経験してきたことを可能な範囲でお伝えしたい。

 本稿では,まず研究の着想と経緯から起こし,続いて「対話」や「オープンダイアローグ」に関する研究論文の動向,研究計画の立案や研究倫理審査の課題,フィールド探しとフィールドとの関係づくり,そして私たちが感じているOD研究の特徴について述べ,最後に,OD研究の手応えと可能性で締めくくる。研究活動については「私たち」の経験を踏まえて述べるが,時折「私」が登場するのは,筆頭著者の門間のことである。子育てにおける生きづらさに関心をもち,対話に基づいて子育てのことを理解しようとしてきた私は,ナラティヴの学習を通してODに出会い,惹かれ,迷いながらもフィールドに入っていくこととした。そんな初学者としての戸惑いを,さまざまな領域の共同研究者やスーパーバイザーに支えられながらどう過ごしてきたのかということも含めて,ご紹介することとしたい。

講演

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 本日は,私の考えを発表させていただく機会を与えてくださりありがとうございます。私はこれまで30年間,ダイアローグの開発や構築に取り組み,フィンランド国立健康・福祉研究所の責任者をつとめながら,未来語りのダイアローグ(Anticipation Dialogues;以下AD)を開発するための研究者をしておりました。ADの取り組みにおいては,自治体などの実践家と協働していますが,研究者と実践家とが乖離してしまわないよう,ADの場を一緒につくることを主な仕事としておりました。まずは私がこれまで考えてきたことについて,簡単に説明させていただきたいと思います。

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学びって何だろう?

自己紹介を兼ねて

 僕は講演の冒頭ではいつも,「学びって何だろう?」ということを先にお話しします。学びは,一般に「人の伝えようとしていることを聞く」こととされますが,実はそれは,学びの第二段階です。その前にしなければいけないことがあります。それは,「自分の行為のすべてを注意深く観察せよ」,別の言葉でいえば,「内省」です。皆さんが僕の話を聞くこと,また皆さん同士が言葉をやり取りすることを「水平の対話」と位置づけるなら,同時にそのときに皆さんの心の中で生まれる思いや,あるいはモヤモヤ感などは,「垂直の対話」として位置づけられます。すなわち,自分との対話です。話を聞き,知識をもって帰ることよりも,話を聞いてどんなことを体感するか,あるいは,自分は何をわかっていないのかに気づくことができるかということにこそ,大きな価値があります。

 僕は大阪で学生時代を過ごし,NPO大阪精神医療人権センターで病院訪問ボランティアをしたりするなかで,精神病院と出会いました。大学院時代には,『ルポ・精神病棟』の著者で知られ,いまも現役のジャーナリストである大熊一夫に師事し,脱施設化についてずっと考えてきました。

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 大学病院の外来化学療法室は朝10時をまわると繁忙時間帯となる。すべてのベッドに患者が横たわり,ベッドのカーテンが引かれ視界が狭くなる。抗がん剤曝露対策のために防護服を着用した看護師が,点滴静脈注射をするための血管確保を開始する。あちらこちらのベッドから点滴アラームが頻繁に鳴り続け,騒々しさをかき立てる。看護師たちはアラームの場所はどこかと耳をそばだて眉間にしわを寄せて無言のまま足早に動きまわる。

 1日に外来で治療を受ける約50人の患者のレジメンを終了するために,まるで戦場のような緊張とあわただしさのなかで,がん看護CNSは,患者Aの「治療後の嘔気のつらさ」を想う。そして患者と向き合い,共感し,医師への不信感を解き,薬剤師と話し合い,「嘔気の対処」法を確認して,療法室から送り出す。そこにはがん看護CNSの一貫してピンと張った患者への冷静な視線がある。 (井部俊子)

連載 理論構築を学ぶ─看護現象から知を生むために・8

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理論のレベル

 理論は,看護学のための枠組みを提供するのに役立つ。また,看護学を構築し進展させるための探求において,検討すべき問いの範囲を示してくれる。

 理論は,その適用範囲において通常3つのレベルに分類される。すなわち,「大理論(grand theories)」「中範囲理論(middle range theories)」「小理論(small theories)/実践理論(practice theories)/状況特定理論(situation specific theories)」である。

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 本書の発刊を知り,すぐに頭に浮かんだ言葉は,「待っていました!」です。すでに,研究室の本棚には多変量解析に関するテキストブックが複数並んでいますが,どれもきれいなままで,複雑な数式やピンと来ない例題にギブアップした形跡があります。本書は看護研究を学ぶものにとって,かゆいところに手の届く格好のテキストブックといえます。私のお気に入りの点を挙げながら,特徴を紹介します。

 第1は,看護研究のもどかしさを紐解く統計手法を,わかりやすく解説している点です。統計学のイロハといえるデータ,変数,仮説,分布といった統計学の基本的知識を,看護研究の観点からわかりやすく積み上げ式で学べます。長年,看護学生や看護研究者に統計学を教えている著者だからこその解説,例示が満載です。難しい統計学が「わかった!」となっていくので,どんどん読み進めることができます。

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Dialogue with BOOKs/JOURNALs

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基本情報

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看護研究
51巻2号 (2018年4月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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