看護研究 44巻4号 (2011年7月)

焦点 C.T. Beck氏の研究から考える 看護における研究と方法

黒田 裕子
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 きたる2011(平成23)年8月7日(日),8日(月)の2日間,パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)において,第37回一般社団法人日本看護研究学会学術集会が開催される予定となっている。この学術集会では,Cheryl Tatano Beck博士によるご講演を予定している。Beck氏は,わが国でも名高い『看護研究─原理と方法(第2版)』(2010,医学書院)〔原書『Nurisng Research : Principles and Methods』(7th ed.),2004, Lippincott Williams & Wilkins〕の執筆者の1人としても著名である。ご講演では,メタ・シンセシスに関するテーマと,質的研究と量的研究の研究方法に関するテーマの2つをお話しいただくこととなっている。これを記念し,本号にてBeck氏に関連する焦点を組むこととなった。

 Beck氏は,米国ストーズ市にあるコネティカット大学看護学部産科学・女性学部門の教授である。1990年代初等から今日にかけて,Beck氏は膨大な業績をおさめている。中でもとりわけ,出産後うつ状態,もしくは外傷性出産を体験している女性に関する質的研究が数多いが,同時に,出産後うつ状態のチェックリストやスクリーニング尺度の開発もされている。その一方で最近では,出産後うつ状態に関する研究,外傷性出産に関する研究それぞれのメタ・アナリシスやメタ・シンセシスも精力的に行なっている。専門領域以外でも,上述書で同じく執筆者を務めるDenise F. Polit博士とともに,看護研究方法論に関する論文にも取り組まれており,質的研究のみならず量的研究の方法論の解説にも積極的である。

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 With the ever increasing pressure to deliver evidence based practice, nurse researchers are turning to qualitative meta-synthesis to provide our discipline with the highest level of evidence obtained from qualitative research studies. Meta-synthesis will help qualitative research take its rightful place and elevate it within the hierarchy of evidence. We have an obligation to “produce knowledge that is accessible to researchers, clinicians, and the general public that can be translated for practice”(Thorne, Jensen, Kearney, Noblit, & Sandelowski, 2004, p.1360). Systematic reviews have been likened to a pre-flight instrument check which helps to ensure that a plane is airworthy prior to it taking off(Pawson, 2006). A systematic review such as a meta-synthesis follows a rigorous sequence of steps to help ensure the trustworthiness of its results prior to being utilized in clinical practice or to inform health policy.

 Forty years ago Glaser and Strauss(1971) warned that findings from separate qualitative studies would stay as “respected little islands of knowledge separated from others”(p.181) only to be sporadically visited by other researchers unless a method to build a cumulative body of knowledge is used. Meta-synthesis is one such approach. Sandelowski, Docherty, and Emden(1997) also stressed to qualitative researchers not to contribute to “analytic interruptus” where we work in isolation from others.

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 「エビデンスに基づく実践(Evidence-Based Practice ; EBP)」を提供しようとする強い外圧により,私たちの学問に質的研究から得られた最高レベルのエビデンスをもたらすために,看護研究者たちは質的研究のメタ・シンセシス訳註1の方向に目を向けるようになった。メタ・シンセシスは,質的研究をエビデンス階層のふさわしいレベルに位置づけ,エビデンス階層のレベルを高めるのに役立つ。私たちには,「実践に移植することができるように,研究者,臨床家,そして一般の人々に利用可能な知識を生みだす」責務がある(Thorne, Jensen, Kearney, Noblet, & Sandelowski, 2004, p.1360)。システマティック・レビュー訳註2は,例えば,航空機が離陸する前に,耐空性能が十分であることを確認する飛行前検査に匹敵するものである(Pawson, 2006)。メタ・シンセシスのようなシステマティック・レビューは,臨床実践に利用される前に,あるいは保健政策を形づくるのに先だって,その結果の信頼性を確かなものとするために,厳格な一連のステップを踏む。

 いまから40年前,Glaser & Strauss(1971)は,もし蓄積された知識の体系を構築するための方法が使用されなければ,研究者たちがばらばらに訪問するために,その個別の質的研究からの結果は「他から切り離されている全く関係のない知識の島(p.181)」としてとどまるに過ぎないと警告した。メタ・シンセシスはそのような1つのアプローチである。Sandelowski, Docherty, & Emden(1997)は,他者から孤立して作業する「分析的マスタベーション(分析だけに没頭してしまう視野狭窄)」に質的研究者たちが貢献しないように強調した。

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【解説─再掲にあたって】

 看護研究の動向をみていると,一時のように看護の提供方式や看護学生の心理状態のように,どこかに看護は絡んでいるけれども患者そのものにあまり関係しない,というような研究が減り,研究者が明らかにしたいテーマを経験した患者の体験を聞き取り,逐語録を作成し,それを分析することによって生じるデータクラスターからカテゴリーを作成する質的研究が増えてきている。

 そのことによって,看護学によって患者そのものが明らかになってきたかというとそうでもない。矮小化された患者現象が羅列されているだけで,そこからは理論を感じることができない。理論はステートメント(立言)の集合体であり,ステートメントは概念の関係を説明する。矮小化された患者現象が発見されたことのない概念を生み出しているのであれば,やがてはそれらが集合してステートメントとなり,理論に組み上げられるのだろうが,その気配が感じられないのである。

 その原因の1つとして思い浮かぶのは,研究者が自分を量的研究者,あるいは質的研究者と決めつけていることである。量的研究者は量的研究にしか興味をもたず,質的研究者も質的研究にしか興味をもたない。さらに,質的研究者も現象学的研究,グラウンデッド・セオリー・アプローチ等々,まるで流派の家元のようになってしまっているふしがある。こうした現象は,その研究者が本来探究したがっているテーマを狭めてしまう。あるいは,その研究者が指導する研究者のテーマを歪曲しかねない。

 本論文は,1999年にCheryl Tatano Beck博士によって書かれ,『Nursing Outlook』誌に掲載していたものを,当時,筆者や滋賀医科大学で教員をしていたものなどを中心に,抄読会で使用したものである。本論文は,私たちが追うべきは研究によって明らかにされる〈知〉であり,質的アプローチと量的アプローチはそのために奉仕する方法にすぎないということを明瞭に示している。

 最近になって,メタ・シンセシスやシステマティック・レビューなど,散らばってしまった看護の〈知〉を再構成する研究方法が開発されてきている。Beck博士の本論文はこのような時期の到来を予見している。私たちが追うべきは〈知〉であって,それは研究方法に限定されてはならないのである。(中木高夫)

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序論

 きたる2011(平成23)年8月7日(日)・8日(月)の2日間,パシフィコ横浜(神奈川県横浜市)において,第37回一般社団法人日本看護研究学会学術集会が開催される予定となっている。筆者は本学術集会長をつとめることになっているが,この学会では,『看護研究─原理と方法,第2版』(Polit&Beck,2004/近藤監訳,2010,医学書院)(邦訳第2版・原著第7版)を,Denise F. Polit博士(以下,Polit氏)とともに執筆されているCheryl Tatano Beck博士(以下,Beck氏)に,招聘講演をしていただくこととなっている。これを記念し,本号ではBeck氏に書き下ろしの形で寄稿いただくとともに,Beck氏の専門領域を中心として,看護研究にまつわるさまざまなトピックからなる焦点を企画することとなった。

 本稿では,Beck氏がこれまで歩まれてきた研究者としての足跡を文献レビューの形で検討しつつ,Beck氏の研究から何がみえてくるかを考察したい。

量的研究と質的研究

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量的研究の基礎

測定について

 ある現象について,量的研究を行なう場合,何はともあれ「数値によるデータ」を得る必要がある。当たり前すぎて,考えたことがない研究者も多いと思うので,まず「測定」ということについて考えてみたい。

 身長や体重を測るといった場合,身長ならば身長計で,体重ならば体重計で測ることができるのだが,実は,身長と体重では測定方法に大きな違いがある。身長の測定は,長さを測るための「ものさし」で,身体の最長の部分を測ることでデータを得ることができる。しかし,体重の測定は「重さ」を測らなければならないので,そのような方法で直接測ることはできない。例えば,天秤のように梃子の原理を使ったり,バネを使って重さを長さに変換して測っている。血圧などの生理学的な検査値も同様にして,すべて特定の反応などを利用して,一次元の長さに変換してデータを得ている。

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はじめに

 本稿のテーマは,質的研究方法についてである。一口に質的研究といっても,その範囲は広い。複雑に関連し合う諸学問が集まって1つの固有な研究領域をなしているが,それぞれに視点があり,研究方法がある。しかもそれぞれが多様性と複雑性を増しながら進化を続けており,これからさらにどのように進化していくのか定かではない。本稿を執筆するにあたり,幾冊かの本を読み直してみた。まさに,多様性と複雑性を増しながら,戻ることなく定方向に進化を続けるという,Martha Rogers(1970)の「統一体としての人間の科学(the science of unitary human beings)」の観を抱いた。この大物を前にしていまさらながら当惑している次第であるが,ここでは質的研究方法について,まず量的研究方法との比較による科学哲学的な意味,ならびに看護学における質的研究方法の現状の概略をおさえる。次いで,質的研究方法の進化のプロセスの先端を走るものと筆者が考えているMargaret Newman(1986/1994)の「拡張する意識としての健康(health as expanding consciousness)」の理論に基づく看護プラクシス(nursing praxis)について述べ,さらなる進化の可能性について考察することで,筆者の任を果たしたい。

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本稿の課題設定

 「dead horse」という英語の表現がある。死んだ馬という意味だが,辞書では「(死んだ馬のように)役に立たないもの,古臭い話題,つまらない問題」(新英和大辞典,2006)とある。馬力(horse power)という言葉は,もともと蒸気機関を発明したWattの用語(同,2006)とされているから,馬は動力源の象徴であった。辞書の意味にはそういう背景がある。私の印象では,この表現は具体的な物よりも理論や概念,考え方など,どちらかというと抽象的な内容に対して使われることが多く,「かつて一世を風靡したがいまでは…」といったニュアンスがあるように思われる。こうした書き出しをしたのはむろん,グラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,GTA註1)はdead horseか否かをとっかかりに,現時点におけるこの研究方法について考えてみたいからである。

 もっとも,この課題設定に対しては異論もあろう。ある人々にとっては,GTAは健在でありその有効性に変わりはないから,この問いの設定自体を容認できないかもしれない。他方では,GTAはすでに役割を終えたのであり,歴史的扱いの域に移行しているという見方に立つ人々もいるであろう。この立場ではすでに答えは出ているわけであるから,いまさらdead horseかどうかなど問いとして不要ということになろう。GTAの評価が両極化しているとすれば,そして,その健全性を主張する立場が後者の批判に十分応え切れていないのであれば,あるいは,後者の批判がGTAの適切な理解に基づいていない面があるとすれば,さらに言えば,両極間において独自にGTAの可能性を探求する立場をも含め,現状においてGTAを総合的に検討することには重要な意味があろう。

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はじめに

 産褥期のうつ病は,その出現頻度をメタ分析した調査(O’Hara & Swain, 1996)をみると,平均13%と高く,周産期のヘルスケアのなかでも看破できない疾患であるが,日常臨床の場面では半数しか見いだされていない(Thio, Oakley, Browne, Coverdale, & Argyle, 2006)。また,産褥期のうつ病は早期に治療されないと,母親自身のみならず,母子関係(Murray & Cooper, 1997),乳幼児の発育(Murray & Cooper, 1999),配偶者のうつ病(Paulson & Bazemore, 2010)などと家族に及ぼす影響が指摘されている。また,後発妊産婦死亡(late maternal death)を調べた,近年の英国の調査〔Confidential Enquiries into Mental Deaths(CEMACH), 2004〕では,母体死因に占める精神医学的要因(特に自殺)との関連が高いことが判明した。したがって,今日,産後うつ病の早期発見とケアは公衆衛生上の重要な課題の1つである。

 これまで,産褥期のうつ病は,(1)発病時期が特定されること,(2)医療機関を複数回受診することから,大規模スクリーニングの実行性が高い対象疾患と考えられた。そして,その検出のために,自己記述式調査票(Self-Rating Scale)による,診断学的妥当性のスクリーニング尺度の開発が検討されてきた。主に,BDI(The Beck Depression Inventory),CES─D(The Center for Epidemiological Studies Depression Scale),GHQ(The General Health Questionnaire),Zung SDS(The Zung Self-Rating Depression Scale)のような既存の評価尺度が,産褥期のうつ病に対しても有効であるかどうかが検証された(Boyd, Le, & Somberg, 2005)が,ほとんどの尺度が,産褥期の女性を対象とした使用では限界があることが指摘された。

 そして,産褥期という生理学的な変化を考慮して特別に開発された,EPDS(Edinburgh Postnatal Depression Scale;エディンバラ産後うつ病自己質問票)(Cox, Holden, & Sagovsky, 1987),BPDS(The Bromley Postnatal Depression Scale)(Stein & Van den Akker, 1992),The Postpartum Depression Screening Scale(PDSS)(Beck & Gable, 2000)などが登場した。

 そこで本稿では,臨床家および研究者を対象として,産褥期に使用されるスクリーニング尺度の開発について,前半ではEPDSを例示しながら,その手技,信頼性と妥当性について簡単に解説する。そして後半では,産褥期のうつ病の臨床実践の現場におけるスクリーニング・プログラムの現状と課題についても言及する。

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はじめに

 Cheryl Tatano Beck氏は20年ほど前に,出産後うつ状態の女性が味わっているつらさを目の当たりにして以来,出産後うつ状態患者をどのように支援するかについての研究に継続的に携わってきた。Beck氏は,出産後うつ状態患者との対話を大事にし,質的研究で対象者の経験を描いた。そして多くの出産後うつ状態患者が自分の経験していることを他者に相談できずに,悩みのなかにいることに驚き,妊娠期から出産後うつ状態のリスク要因を特定すること,さらに早期に支援が開始できることをめざした。日本における産後うつ病研究の流れが児童虐待対策の流れと合流し,妊娠期からの予防対策の重要性がクローズアップされつつあるなかで,本稿では,筆者らがBeck氏による出産後うつ状態予測尺度に注目した経緯を報告する。

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はじめに

 読者の方々のなかには,本誌44巻1号の中山和弘氏の記事(pp.86─93, 2011)をご覧になるまで,ソーシャルメディアという言葉をほとんど聞いたことがなかった方もいらっしゃるかもしれません。しかし,ソーシャルメディアは徐々に日本の社会のなかに浸透しつつあります。本稿の依頼を受け,執筆中の3月はじめ,立ち寄った書店「丸善」でも,ソーシャルメディアに関する書籍の特集が組まれていました(写真)。日常的にコンピュータを利用する研究者であれば,ほとんどの方は,ブログ,ツイッター,ミクシィ,フェイスブックなどソーシャルメディアに含まれるサービスのうち,いくつかの名称は聞いたことはあるのではないでしょうか。

 本年3月11日に発生した東日本大震災に際しても,ソーシャルメディアは多くの人によって利用されたようです。野村総合研究所は,震災発生後1週間強が経過した3月19日から3月20日にかけて,関東在住の20~59歳のインターネットユーザー3224名を対象に「東北地方太平洋沖地震に伴うメディア接触動向に関する調査」を行なっています。この調査によると,地震関連の情報で最も重視された情報源は「NHKのテレビ放送(80.5%)」でしたが,「ソーシャルメディアの情報(18.3%,7位)」も,「インターネットの新聞社の情報(18.6%,6位)」と同程度に重視されていたことが示されています。しかし一方で,情報発信主体への信頼度の変化について,「ソーシャルメディアで個人が発信する情報」については,信頼度が上がったとの回答(13.4%)と,下がったとの回答(9.0%)の両方が一定数みられていました。わが国におけるソーシャルメディアの活用の仕方や既存のメディアとの棲み分け,補完関係などは今後の課題といえそうです。

 本誌44巻1号では中山氏が,ソーシャルメディアの1つとして急速にユーザーを増やしているツイッターの経験を中心に,国内外の看護研究および保健医療分野でのソーシャルメディアの先進的な使用例を具体的に紹介されています。本稿はその論考を受けて,ソーシャルメディアやマーケティングに関する一般書の記述等を参考にしながら,ソーシャルメディアの普及が看護学領域に及ぼし得る影響について,ソーシャルメディアの特徴を踏まえて考察してみます。

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看護研究
44巻4号 (2011年7月)
電子版ISSN:1882-1405 印刷版ISSN:0022-8370 医学書院

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