臨床皮膚科 55巻8号 (2001年7月)

カラーアトラス

  • 文献概要を表示

 患者:14歳,女性.

 初診:1996年2月10日.

原著

  • 文献概要を表示

 臨床経過の異なるacquired reactive per—foratillg collagenosis(ARPC)の3例を報告する.症例1は51歳,女性.糖尿病あり.血液透析中.大型で,潰瘍を伴う結節が体幹に多発し,難治性であった.症例2は59歳,女性.糖尿病あり.頭部に限局して潰瘍を伴う結節が多発.糖尿病のコントロールにて皮疹も軽快した.症例3は37歳,女性.合併症なし.両下腿に角栓を伴う丘疹が多発.いずれも組織学的には,潰瘍部において好塩基性の塊状物質を満たし,排出される膠原線維を認めた.後天性に糖尿病,腎不全などの患者に生じる例については,他の穿孔性皮膚疾患とともにacquired perforating disorderとして包括すべきともされているが,ARPCはその組織学的特徴を表している疾患名と思われる.

  • 文献概要を表示

 26歳,女性.乾性咳,咽頭痛を生じた後,両下肢に軽度浸潤を触れ,圧痛を伴う紅斑出現.マイコプラズマ抗体価(IHA法)が320倍と上昇.胸部X線では肺炎の所見なし.組織像は,脂肪織に形質細胞,組織球,リンパ球からなる細胞浸潤,核破片を認めたが,血管炎の所見は認めなかった.マイコプラズマ感染症による結節性紅斑様皮疹と考えた.安静,抗生剤,非ステロイド系消炎鎮痛剤,ヨウ化カリウム投与にて治癒した.

  • 文献概要を表示

 72歳,男性.初診の2年前より陰嚢部の結節に気づいていた.1か月前より右大腿前面に地図状の紫紅色斑が出現.続いて右下肢全体が腫脹し,深浅さまざまな皮下硬結が多発してきた.陰嚢部は浸潤癌を伴うPaget病であり,右大腿の紫紅色斑はリンパ管内の腫瘍塞栓と周囲の出血であった.皮下結節部には腫瘍細胞は認められず,非乾酪性類上皮細胞性肉芽腫の像を呈していた.紫紅色斑と皮下結節はPaget病に対する化学療法に伴い,約1か月後に色素沈着となり軽快した.以上の結果から,下肢にみられた結節性病変は陰嚢部Paget病に合併したサルコイド反応であると考えた.このようなサルコイド反応は,腫瘍の存在による免疫機構の変調により生じる組織反応の一表現であると考えられている.

  • 文献概要を表示

 52歳,女性.右膝窩部の皮下腫瘤に対して医学的治療を受けず,民間療法の施設に入所し氷による冷却療法を継続していたところ,凍傷から二次感染を起こし,広範囲の右下肢壊死へと進展した,当院受診時,右下肢ほぼ全体は乾燥傾向の強い黒色壊死の状態であった.ガドリニウム造影MRIで右下腿は深部の筋肉まで壊死に陥っていることが判明したので,直ちに大腿骨膝上12cmでの下肢切断を施行した,最近,民間療法や新興カルト宗教団体の儀式的行為により持病が悪化したり,ひいては死亡に至った事例が報道され社会の関心を集めている.しかし,この背景には現代医療に対する不信,特に良好な医師—患者関係の欠如,医療事故の多発などが関係しており,われわれはこの点について再考し日常診療にあたる必要があると思われる.

  • 文献概要を表示

 感染性心内膜炎に敗血疹を認めた45歳,女性例を報告する.皮疹は前腕,腰部,臀部,大腿を中心に認められた膿疱で,細菌学的検査では皮疹よりγ—streptococciとStaphylococcus war—neriが検出された.諸検査で,敗血症より感染性心内膜炎を発症したことがわかり,その経過中に敗血疹が出現したと診断した.内科的治療および外科的治療が施行されるも約40病日目で死亡した.

  • 文献概要を表示

 61歳,女性のpiezogellic pedal papulesの1例を報告する.半年前より立位にて右足底弓に有痛性のほぼ常色の小豆大丘疹が数個出現するが,臥位では消失する.本症の本態は皮下脂肪織の真皮へのヘルニアとされているが,自験例でもそれを示唆する組織所見が得られた.自験例の発症の原因は肥満が考えられる.本症は本邦ではあまり知られていないようであるが,実際の発症頻度は高いといい,無要な検査を避けるためにも知っておくべき疾患である.

  • 文献概要を表示

 23歳,男性.急性痘瘡状苔癬状粃糠疹にてDDS 75 mg/日の内服を始めたところ,40日後に発熱や全身倦怠感などの全身症状,顔面の浮腫,表在リンパ節腫脹,全身の瘙痒を伴う紅斑が出現し,肝機能異常を認めた.しかし,リンパ球や単核球の増加は認められず,異型リンパ球の出現はみられなかった.本症をDDS症候群と診断し,ステロイドの全身投与で加療したところ,紅斑は2週間ほどで消退し,同時に急性痘瘡状苔癬状粃糠疹も瘢痕を残して治癒した.肝機能異常も1か月ほどで改善した.DDS症候群の治癒後に発汗低下と眉毛および頭髪の脱毛を訴えたが,合併しているアトピー性皮膚炎の影響が大きいと考えた.DDSの副作用は多彩であるが,DDS症候群は本邦では自験例を含めて21例が報告されているに過ぎない.DDS症候群の疾患概念と本邦報告例について考察する.

  • 文献概要を表示

 LE様皮疹に続いて多彩な臨床像を呈したテガフール・ウラシル(UFT®)薬疹の1例を報告する.症例は66歳,男性.慢性関節リウマチ(RA)の疑い,肺線維症,多発性神経炎,膜性腎症に対して,プレドニゾロン内服中.抗核抗体640倍,抗RNP抗体陽性.S状結腸癌の手術後よりUFT®400mg/日の内服を開始し,その3か月後より顔面,手指に浸潤を伴う紅斑,DLE様皮疹が出現した.左こめかみの紅斑の病理組織像では表皮基底層の液状変性を認め,蛍光抗体直接法にて同部位に軽度のIgG,C3の沈着をみた.その後,掌蹠に紫紅色斑が新生し,躯幹,上肢に多型紅斑様皮疹,眼瞼,口腔内にびらんが出現した.UFT®の内服中止にてすべての皮疹は軽快し,2か月後には略治した.

  • 文献概要を表示

 47歳,男性.背部の多数の不整形褐色斑と浸潤性紅斑,顔面の色素沈着と紅斑を主訴に受診した.肩および手指の関節痛,上肢の筋力低下あり.抗核抗体160倍陽性,抗DNA抗体陰性,RA test 230IU/ml.筋系酵素正常,筋電図,筋生検に異常なし.背部の皮疹の皮膚生検所見を合わせ皮膚筋炎の疑診で経過観察し,軽快傾向を示した.約1年4か月後,両手背に小水疱と痂皮,瘢痕が出現.尿中ウロポルフィリン高値.皮膚生検にて晩発性皮膚ポルフィリン症と診断した.さらに2年半後,背部の皮疹と関節痛,手のこわばり感が再燃し,晩発性皮膚ポルフィリン症に膠原病,特に皮膚筋炎が合併した例と考えられた.

  • 文献概要を表示

 68歳,女性.本態性血小板血症で5年前よりハイドロキシウレア(ハイドレア®)(以下,HU)を内服中.2年半前,左下腿をプラスチックの植木鉢で受傷後,同部に有痛性潰瘍が出現した.保存的治療に反応せず,分層植皮術で治癒.約1年後,両下腿に潰瘍が再発.HUの投与を中止したところ速やかに縮小した.しかし,原病の悪化による再投与で増悪したため,他剤に変更し治癒した.

  • 文献概要を表示

 63歳,男性.原発性マクログロブリン血症(以下PMG)に伴い,両下腿,両足の多発性潰瘍を認めた.組織学的に真皮中層までの血管腔内に好酸性無構造物質の沈着を認め,それらはPAS反応陽性で,蛍光抗体直接法で抗IgM抗体に陽性を示した.プラズマフェレーシス(以下PP)によりIgM値が低下を示すと同時に潰瘍も一時的に改善したが,IgMの再上昇に伴い潰瘍も再燃した.PMGに随伴する皮膚症状には,腫瘍細胞による丘疹,結節などの特異的皮膚病変,出血斑,紅斑,色素沈着などの非特異的皮疹に加えて,自験例のようなIgMの血管内沈着による潰瘍も存在する.

  • 文献概要を表示

 70歳,男性.10年前から尋常性乾癬のため副腎皮質ホルモン剤の外用とPUVA療法で加療中であった.皮疹の増悪傾向を認めたため,4か月前からPUVA bath療法に変更して経過観察中に膿疱性乾癬への移行を認め,さらに数日後には膿疱を伴う紅斑上に緊満性水疱の出現を伴うようになった.組織学的所見,免疫学的検索から水疱は水疱性類天疱瘡の合併と診断した.エトレチナート内服のみでは皮疹の軽快がみられなかったため,副腎皮質ホルモン剤の内服を併用したところ水疱の新生はなくなり,膿疱性乾癬も軽快し,以後,尋常性乾癬の発疹を軽度認めるものの,水疱の再発はみられていない.尋常性乾癬と水疱症の合併については以前から多数の報告がある.膿疱性乾癬に移行後,水疱症を合併した症例は稀とされていたが,最近,自験例と同様の報告が散見されるため,その臨床的特徴をまとめた.

  • 文献概要を表示

 54歳,男性.1996年頃より早朝に喘鳴あり,ときに喘息発作をみた.1998年9月中旬より四肢に軽度の瘙痒を伴う米粒大から小児頭大の比較的境界明瞭な浸潤性紅斑が出現し,大腿伸側に網状皮斑が出現した.著明な好酸球増多,肝障害があった.血沈充進,CRP陽性.抗核抗体(+),IgE 1,888 U/ml, ECPは249μg/mlと著:明に上昇していた.胸部X線では右下肺野に浸潤影(+).肝・脾腫もあった.浮腫性紅斑部の組織所見は,真皮上層,血管周囲に好酸球,一部リンパ球を混じる島嶼状の細胞浸潤がみられた.毛細血管の拡張と内皮細胞の腫大がみられたが,フィブリノイド変性や血管壁の壊死像は認めなかった.肝生検では好酸球浸潤を伴った肝脂肪変性がみられた.好酸球増多症候群と診断し,トシル酸スプラタスト投与,3週間後ECP 28.5μg/ml,好酸球25%へ低下し,皮疹も色素沈着を残して軽快した.

  • 文献概要を表示

 45歳,男性の左手掌小指球部に生じたpapillary eccrine adenomaの1例を報告する.組織学的に真皮上層から中層に大小多数の管腔様構造を認め,管腔壁は2〜数層の扁平,立方,あるいは円柱形の上皮細胞からなる.管腔内壁細胞は管腔内に乳頭状に突出・増殖する.表皮との連続性はなく,明らかな断頭分泌像はない.EMA染色とCEA染色で陽性を呈する.S−100染色は弱陽性部分と陰性部分がある.その起源はエクリン腺と考えた.本症と鑑別上問題になるアポクリン腺起源とされるtubular apocrine adenomaの2疾患について若干の考察を加える.

  • 文献概要を表示

 生後11か月の男児のHCV抗体偽陽性を示した肥満細胞症の1例を報告する.HCV感染のないHCV抗体偽陽性を示す症例の一部に,牛乳蛋白(大部分の組成はカゼイン)に対する抗体(牛乳特異IgG 4抗体)が交叉反応を示すという報告がある.自験例では,特異的IgE(シングルアレルゲン)にて卵白陽性であった.卵を食すと,色素性蕁麻疹の発作が誘発された.

  • 文献概要を表示

 1歳10か月の女児.初診の3か月前に右頸部および鎖骨下部に皮下腫瘤があるのを近医で指摘された.初診時,右頸部および鎖骨下部にそれぞれ直径3cmの比較的境界明瞭な軟らかく触れる皮下腫瘤を触知した.CT所見では腫瘤は連続しており,境界明瞭だが大部分の脂肪のden—sityの中にやや不均一な部位が混在していた.Liposarcomaも否定できなかったため,術中迅速診断を行い,lipoblastomaと診断し,摘出術を行った.組織学的には線維性隔壁を持つ明瞭な分葉構造を示し,種々の成熟段階の脂肪芽細胞が認められた.巨細胞や核の異型性は認められなかった.また,間質にムチンの沈着のみられる部位も存在した.術中迅速診断が診断に有用だったと考えられた.

  • 文献概要を表示

 62歳の女性の顔面と四肢に小丘疹が多発し,一部は環状の紅斑を呈した.ステロイド外用治療に抵抗性を示した.汎発型環状肉芽腫を疑って生検した病理組織においては,膠原線維の変性と,それを取り囲む細胞浸潤がみられ,それらの細胞は柵状の配列を示した.ところが同時に,annular elastolytic giant cell granuloma(AEGCG)の特徴といわれる弾性線維の消失と多数の多核巨細胞の出現もみられた.両疾患の異同についてはたびたび論じられてきたが,本症例からもAEGCGは環状肉芽腫の一亜型と考えるのが妥当と思われた.

  • 文献概要を表示

 70歳,男性の側頭部に生じた有棘細胞癌を報告する.角化傾向に乏しく,棘融解細胞,紡錘形細胞,ムチン沈着を混じ,多彩な組織像を呈していた.一部では内腔に腫瘍細胞や赤血球を容れる管腔様構造もみられ,血管肉腫も疑われたが,免疫組織化学染色にてサイトケラチンおよびビメンチン陽性,第VIII因子陰性,また電顕にてデスモゾームが認められたことより,有棘細胞癌と診断した.カドヘリンなど各種細胞問接着関連分子の発現について検討したところ,正常部表皮細胞に比べて腫瘍細胞では明らかに発現が低下していた.

  • 文献概要を表示

 73歳,女性.約2年前より右腰部に皮疹が存在し,半年前よりその上に腫瘤が出現した.病理組織学的に局面部はBowen病,腫瘤部はHE所見,免疫組織化学的所見,さらに電顕的に有芯顆粒を認めたことよりMerkel細胞癌と診断し,辺縁より3cm離して切除,分層植皮術を施行した.転移の可能性を疑い,予防的リンパ節郭清を行うにあたり,腫瘍が腰部に存在するため所属リンパ節を特定するのが困難と思われたので,最近,メラノーマに用いられているsentinel node techniqueを試行した.右鼠径部にsentinel lymph nodeを確認し,それを含むリンパ節郭清を行った.この方法は非メラノーマ皮膚腫瘍にも転移の有無を検討するうえで有用な手法と思われた.

連載

  • 文献概要を表示

199

薬剤性ループスエリテマトーデスの記載について正しいものはどれか.

①薬剤性SLEの原因薬剤としては,抗痙攣薬や不整脈用薬によるものが多い.

  • 文献概要を表示

ハーバード大学医学部皮膚科学講座のスタッフの紹介(その2)

 私が在籍した当時のハーバード大学での皮膚病理は,病理のレジデント3年目のDr M Mihmが責任者としてスライドを読んでいた.それ以前の1969年までは後にフィラデルフィアに移ったDr WH Clarkが皮膚病理を見ていた.Dr Mihmは,Dr Clarkの直弟子であった.Dr Clarkの前任者は当時タフト大学の皮膚科学講座の教授であったDr W Leverである.

 Dr Leverは,われわれ皮膚科医が皮膚病理のバイブルとして必ず読まなければならない教科書“Histopathology of the Skin”の著者である.彼は,従来完全に区別されていなかった類天疱瘡と尋常性天疱瘡との組織学的分類を明確にし,両者がまったく異なる疾患であることを明らかにした.また,これら水疱性疾患に対してはステロイドの大量療法が有効であることを示し,治療指針を確立した.これら2つのことが,皮膚病理の教科書の出版に加え,彼の学問的業績として挙げられている.彼の教科書は,われわれ日本人にとって読みやすく,理解しやすいこと,さらには記載が簡明で,診断に必要な要点が列挙されており,暗記しやすいという特徴を持っていた.

  • 文献概要を表示

 尋常性白斑の治療は,ステロイド外用,PUVA療法を主とする.しかし,しばしば難治性であり,治療も長期にわたることが多く,そのため副作用が問題となりやすい.特に女性,小児の病変に対しては,美容上,あるいは眼科的合併症につき,慎重にならざるを得ない.今回,筆者らは女性あるいは小児の顔面に発症した尋常性白斑に対し,活性型ビタミンD3の外用単独にて,7例中4例に良好な成績を得た.これは患者のQOLを考慮した治療法として新たなオプションになり得ると考える.

リサーチ・トレンド

  • 文献概要を表示

はじめに

 第4回国際会議が米国サンディエゴのリゾート地であるラ・ホーヤで2001年3月3日より5日まで開催された.この会は,コロンビア大学医学部内科外科と提携したVaricella-Zoster Virus(VZV)Research Foundationが主催し,日本,ドイツ,イギリス,ノルウェー,ネザーランド,スウェーデン,カナダ,ベルギー,イタリア,フランス,フィンランド,アルゼンチン,プエルトリコ,中国など73演題206名の参加があった.

 VZV Research FoundationはRichard T Per—kin氏が設立した財団であり,その設立にコロンビア大学のAnn A Gershon博士らも貢献した.Perkin氏の母親が重症の眼部帯状疱疹に罹患後,帯状疱疹後神経痛で悩まされ続けた.彼は世界のVZVの専門家に相談したが,統一した見解が得られず,またその研究も当時はほとんど行われていなかったために,彼の資産を提供して1991年に設立されるに至った財団である.財団の主な目的は,VZV研究(予防および治療)の支援,VZVに関する知識の交流と教育の育成,VZV研究の連邦機関と私的機関との橋渡し役であり,財団は私的な慈善事業よりなっている.また,この会の出席は,米国の医学生涯教育の単位にも加算される.

  • 文献概要を表示

 第100回日本皮膚科学会総会・学術大会が2001年4月6日から8日までの3日間,慶應義塾大学医学部皮膚科学教室・西川武二教授を会頭に東京・京王プラザホテルにて行われた.1901年以来開催されてきた日本皮膚科学会の100回目に当たり,多くの記念行事が企画されていた.学会2日目に行われた記念式典・講演会・祝賀会,100回記念特別シンポジウム「日本人の皮膚科学への貢献」,「先人たちの足跡」と銘打たれた記念特別展示,記念切手の発行などがそれであり,ポスター会場には記念ワインも用意された.

 今学会はまた,21世紀の最初を飾るものでもあった.会頭講演を皮切りに,土肥記念国際交換講座,7題の特別講演(IL),「2001年皮膚の旅」を統一テーマにした33題に及ぶ教育講演(EL),7つのシンポジウム(SY),16のワークショップ(WS),382題のポスター(P),8題のCPC,18のランチョンセミナー(LS),6つのイブニングセミナー(ES)などから構成された学会プログラムは,第100回の区切りとして日本人の皮膚科学におけるこれまでの貢献を検証するとともに,医療政策や保険診療上の諸問題を含む皮膚科および皮膚科学の現在を分析し,新世紀の皮膚科学を「地球時代の皮膚科学」と位置づけて皮膚科の未来を遠望するという壮大な内容になっていた.皮膚科領域を超えた内外の研究者による招待講演が行われ,海外からも第41回土肥記念国際交換講座のジュネーブ大学・Saurat教授をはじめ,特別講演の米国NIH・Katz教授やウイーン大学・Wolff教授など多くの研究者が参加された.また,シンポジウム「Pemphigus and pemphigoid 2001」は英語による国際シンポジウムであった.第100回記念特別講演の大阪大学・岸本忠三総長の「生命科学の世紀」,ゲノム解読計画で21番目と22番染色体の塩基配列に貢献された慶應義塾大学・清水信義教授の「ヒトゲノム解析の最前線と医療へのインパクト」,京都大学・月田承一郎教授の「上皮細胞の時代」などのILは生命科学の未来を見据えた内容であった.これらの一連の講演や企画内容は,これからの皮膚科学の有りようについて1つの方向性を指し示すとともに,日本の皮膚科学の未来への夢と自信と,果たすべき役割への決意といった西川会頭のメッセージを伝えるに十分であった.

基本情報

00214973.55.8.jpg
臨床皮膚科
55巻8号 (2001年7月)
電子版ISSN:1882-1324 印刷版ISSN:0021-4973 医学書院

文献閲覧数ランキング(
8月3日~8月9日
)