神経研究の進歩 19巻1号 (1975年2月)

特集 多発性硬化症

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I.はじめに

 多発性硬化症(multiple sclerosis,disseminated sclerosis,sclerose en plaque,以下MSと略)は中枢神経系の白質に主として(灰白質も時に侵される),散在性の脱髄斑(demyelinating plaque)を生じ,新旧混在し,大小さまざまで不整形をなし,肉眼では黄褐色半透明の病巣を示し,古くなるとグリオーシスのため硬度を増すので,多発性硬化症または斑状硬化症(sclerose en plaque,Charcot 1868)という。

 本症については,Charcot(1868)が臨床病理学的に一つの疾患単位としてまとめ,臨床的特徴を他の類似の疾患から区別し,Charcotの三徴候として,1)企図振戦,2)断続性言語,3)眼振をあげ(パーキンソニズムから鑑別するため),このほか視力障害,複視,めまい,球症状,四肢麻痺,情動の変化などをあげ,経過は緩解,再発する型と進行性の型を分けている。病理学的にもグリアが一次的に侵されるというすぐれた見解を出している。

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Ⅰ.緒言

 近年,多発性硬化症(MSとする)の研究が進み,かなり具体的な病因仮設が提起されている。本論文では,病因の解明に重点を置きつつ,集団レベルにおけるMSの研究を展望する。

 わが国のMSは種々の面で欧米と異なるといわれ,疫学的には,頻度が低く,その南北勾配が不明瞭なことが指摘されている。

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 多発性硬化症はGarrisonによれば1838年Carswell1)によって初めて記載された疾患で,ほぼ同時代にCruveilhier2)も4例の症例を報告しているという。しかしながら多発性硬化症の臨床を詳細に報告し,本症を確立したのは1868年Charcot3)が最初であるといわれている。本邦における多発性硬化症の報告は1954年冲中ら4)によって行なわれたものであるが,それまで本邦に多発性硬化症が存在しなかったか否かという点については多少疑問も残されている。しかしながら1954年以来本邦においても多発性硬化症を含めて脱髄の研究がきわめて活発となり,種々の報告がなされるようになった。最も興味あることはこれらの研究の過程において,1)本邦においては多発性硬化症が欧米に較べてきわめて低いということ,2)神経病理学的検索によれば視束脊髄炎,いわゆるDevic病の頻度がきわめて高く,このことが本邦における脱髄性疾患の特徴であるという意見である。

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はじめに

 多発性硬化症(以下MSと略す)は,その病因も病理発生もまだ不明である。病因を解く一つの手掛りは,本症の特有な疫学的パターンであり,もう一つは,髄液(以下CSFと略す)γ-globulinの増加,血清中の脱髄抗体,末梢血リンパ球にみられる中枢神経組織成分に対する遅延型過敏症,血清およびCSFのある種のウイルス抗体価の上昇など,免疫学的異常所見の存在である。これらの知見は,一方ではなんらかの感染因子,とくにウイルス感染の関与を示唆し,他方免疫学的諸成績は,あくまで間接的なものではあるが,その病理発生になんらかの自己免疫的プロセスが関与していることを推定させる。

 最近のMSの病因についての一般的な見解は,ウイルス感染か自己免疫かというような二者択一的なものではなく,ウイルス感染が引き金になり,それによって惹起された免疫学的異常反応がその病理発生にかかわっているのであろうとされている。

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I.はじめに

 1966年,Gajdusekがニューギニアのkuruをチンパンジーにtransmissionすることに成功してから,慢性進行性神経疾患の研究は飛躍的な進歩を遂げた。なかでも麻疹ウイルスの持続性感染による亜急性硬化性全脳脳炎(subacute sclerosing Panencephalitis,SSPE),papova virusによる多巣性進行性白質脳症(progressive multifocal leucoencephalitis,PML)のようにウイルスが分離され,病因が解明されたものもある。かかる趨勢のなかで多発性硬化症も"slow virus infection"としての可能性が検討されるようになって来た。その根拠として,次のような理由が挙げられる。

 1)疫学的研究によれば,多発性硬化症の患者は,思春期前に比較的普遍に存在する外因に曝露されている。2)多発性硬化症患者の血清中の麻疹ウイルス抗体価が,対照群に比し有意に上昇している。3)患者の脳組織中からparainfluenza virusが分離された。

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I.はじめに

 今日の欧米諸国においては,多発性硬化症(以下MS)の病理解剖所見を再検討するなどいうことは,おそらく奇異な感さえ持たれることであると思う。それは,本症がいわゆる一次性脱髄疾患,すなわち髄鞘のみがまず侵される中枢神経疾患の代表的なものである,というその基本的な性格を初めとし,本症の病理組織学的な諸特徴はすでに古くから,くまなく検討され,指摘しつくされた,という考えが欧米では常識であるためと思われる。事実,近年続々と出版され続けている多発性硬化症についてのモノグラフをみても,いまさら本症の肉眼像や光顕レベルの検討結果を述べているものはほとんど見当たらない。また,欧米の神経学,神経病理学関係の書も,本症が一次性脱髄疾患であるという基本的な性格を強調するにふさわしい,いわゆる"典型的"な所見や写真を載せている1,8,10,15)。しかもそれらの記載は統計データーなしにほとんど"印象"で書かれている。

 他方,本邦における本症の有病率は欧米に比して有意に低いという冲中ら9)の指摘は,最近では厚生省の本症調査研究班(班長,黒岩義五郎)の調査5,6)でも再確認され,臨床的に,日本におけるDevic typeの患者数は全MSグループ患者の7.6%と指摘された。

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はじめに

 中枢神経組織のホモジェネートをフロイントの完全アジュバント(CFA)とともに動物の皮内に接種すると約10日から2週間の潜伏期の後に,体重減少とともに運動失調,麻痺症状が現われ,下痢,失禁,ある場合には失明などを呈し,重篤時には間もなく死に至る。病理組織学的には,CNSの小静脈を中心にまず多型核白血球の浸潤がみられ,ついでリンパ球,単球,組織球,マクロファージなどの細胞浸潤がみられる炎症像を主体とし,時には脱髄像が認められる。実験的アレルギー性脳脊髄炎(Experimental Allergic Encephalomyelitis,EAE)と呼ばれるこの実験的神経疾患は,本来Pasteurによる狂犬病ワクチン創製時に発生した副作用としてのワクチン接種後脳炎に問題の端を発するのであるが,1947年に,Freundら1),Kabatら2),Morgan3)によって独立に,結核死菌を含むアジュバント法によって容易にEAEを惹き起し得ることが見出されて以来,多発性硬化症(MS)その他の脱髄性疾患のモデルとして実験医学的な関心を惹き今日に至っている。

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はじめに

 slow virus infection(以下SVIと略称)という概念が,ヒトの神経疾患に適用されるようになった最初のいきさつは,1957年以降,Gadjusekら1)を中心とするNIHグループの研究成果といえる。それはニューギニアのFore族に優発する進行性小脳変性症を中核とするKuruを,チンパンジーをはじめとする霊長類に継代的にtransmitでき,さらにその後,ヒトの初老期精神病のカテゴリーに属するCreutzfeldt-Jakob病(以下C-J-Dと略称)についても,同様の成功をおさめた諸業績が,その基盤となっている。しかしこの一見,奇異にもみえる動物実験への発想は,もともとヒツジのScrapieのそれに由来していた。なぜなら,進行性小脳症状と神経性内分泌異常を示すScrapieの脳を,健康なヒツジ脳に移植することによって,後老にも前者同様の疾患を再現させたSigurdssonの業績2)がそれで,1954年,かれ自身が,すでにSVIの概念を提唱していたからである。

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I.はじめに

 脳脊髄神経に発生する神経腫瘍の組織由来については現在なお定説がなく,さまざまな名称で呼ばれてきた。Masson20)(1932),Stout27)(1935)らはこの神経腫瘍の組織由来をSchwann細胞と考え"Schwannoma","Neurilemoma"とし,近年Russell & Rubinstein25)(1971)も同様の見解を示している。一方perineurial connective tissue由来と考えるMallory21)(1920),Penfield22)(1927),Tarlov29)(1940),らは"Perineurial fibroblastoma"と呼び,Zimmerman et al.32)(1956)は結合織染色の反応を示すこの腫瘍を便宜的にperineurial fibroblastomaと呼んでいる。最近,この腫瘍の電顕的観察が行なわれるようになったが,腫瘍細胞の起源についてはなお意見が分かれている。

 化学発癌物質による脳腫瘍の実験的研究は主として成熟動物の脳内にpellet状の発癌物質を挿入する方法で行なわれてきた。この方法によって形成された実験的膠腫は発癌物質を中心に形成されており,組織学的に悪性の成熟型膠腫であることが確かめられてきている13)

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I.はじめに

 最近,癌患者における"転移によらない"神経系病変,いわゆるcarcinomatous neuropathyの存在が問題にされている。1965年L. Brainら5)はそうした病変をnon-metastatic carcinomatous neurologic diseasesとして分類を試みた(Table 1)。その分類の中で,myelopathyの項に含まれ記載されているsubacute necrotic myelopathyは1964年Mancallら22)がnecrotizing myelopathy associated with visceral carcinoma(以下本症と記す)として報告したものから引用されたものである。Mancallらは2自験例と9文献例を検討し,その特異な脊髄病変を説明しうる有意な癌転移を認め得ないことから,癌による代謝障害の可能性を推測し,非常に稀な疾患であるとした。その後,剖検例の追加は見あたらない。

 われわれは本症と癌転移の関係を再検討する目的から,Mancallらの症例と,われわれが剖検後最終的には癌転移も認め得た脊髄病変例の臨床的および病理形態学的類似性を検討した。

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I.はじめに

 Kugelberg-Welander syndrome(以下K-W)は,Wohlfart40))およびKugelberg,Welander12)らによって筋ジストロフィー症から分離独立された,本来は常染色体性劣性遺伝,若年発症かつ近位筋優位の脊髄性筋萎縮症であるが,その後,数多くの症例,とくに成人発症例28,34),遺伝形式の異なる例11,13,35),錐体路徴候を有する例18,22,23),さらには,遠位筋に萎縮の強い例14,19,37)などの集積により,次第にその概念も拡大され,今日では,明瞭な概念をもつ疾患単位としてよりは,筋萎縮性側索硬化症(ALS),Aran-Duchenne型進行性筋萎縮症(SPMA),神経原性肩甲下腿筋萎縮症(NSPA),Werdnig-Hoffman病などと,それぞれ密接な関連を有する広範囲な病型を包含する1症候群として扱う考え方が強くなって来ており,上記の諸異型例を含めて,広義のK-W37),Atrophia musculorum spinalis pseudomyopathica3)あるいはchronic spinal muscular atrophy18,19,22)などとも称されている。

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I.はじめに

 近年,交通事故の激増に従い,小児頭部外傷例の脳波記録に接する機会が多くなってきている。ところが,これらの中にはきわめて軽度の頭部外傷例であるにもかかわらず,明らかな発作波が認められ,脳波所見と外傷との関係をどのように考えてよいのか苦慮する症例と遭遇することも稀ではない。

 一方,正常児童における発作波の発生率は,Gibbsら5)の0.1〜0.3%,Corbinら2)の5.6%,Kellawayら8)の9.9%とそれぞれの母集団の相違や記録条件の差もあって,その結果は一様ではない。また,この発作波の出現も同一症例において,かならずしも恒常的ではない事実が知られている8,13)。このように小児脳波に見られる発作波についてはなお多くの問題点が残されているといえよう。

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 失語症の発見とその研究は,19世紀のフランスで生まれた。革命から反動へ,そしてまた新たなる革命へと大きく揺れ動くフランスの複雑な国家情勢のうちで,学問の伝統がとぎれることなく続けられたということは,実に驚くべきことである。そして,一度精神の自由を身をもって経験したフランスの若い医学者たちは,従来の古い考え方にとらわれることなく,続々と医学史に残る大発見をなしとげていった。失語症の発見,そして大脳における機能局在論の展開も,このような流れの中でなしとげられていったものであり,この間の事情については,「失語症は左大脳半球に損傷がある」という破天荒な発見をめぐる歴史を扱った,杉下・豊倉両氏の最近の論文(科学,44:352-364,1974)に詳述されている通りである。

基本情報

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神経研究の進歩
19巻1号 (1975年2月)
電子版ISSN:1882-1243 印刷版ISSN:0001-8724 医学書院

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