胃と腸 41巻11号 (2006年10月)

今月の主題 早期胃癌に対するESDと腹腔鏡下手術の接点

序説

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低侵襲治療への流れ

 従来,早期胃癌に対する治療は外科手術が第一とされ,その根治切除は胃の3分の2以上の切除とD2リンパ節郭清が標準術式と定められ,画一的に行われてきた.どんなに小さな癌を発見しようとも,形態的にみてM癌やSM癌などと深達度診断しようとも,外科治療の領域ではあまり術式に関係のないことであった.1980年代に入り早期胃癌診断の充実に伴い,内科領域で多田ら1)が画期的な内視鏡的切除治療(endoscopic mucosal resection ; EMR)を発表,内視鏡医に支持され急速に拡がり,患者に大きな福音をもたらした.一方,外科サイドでもリンパ節郭清を伴う広範囲胃切除では,根治性は保てるが機能やQOLの面で問題が残るなどの点から縮小手術の方向が検討されるようになり,術後の機能温存を目的とした幽門保存胃切除術や迷走神経温存胃切除術,さらには腹腔鏡下局所切除が考案されるに至り,早期胃癌の治療法は “低侵襲” をキーワードに大きく変化した.

リンパ節転移の壁

 2000年代になると,内視鏡的治療はEMRからさらに進歩を遂げ,小野ら2)の ITナイフの開発に始まるESD(endoscopic submucosal dissection)が台頭し,その切除法の特性を生かして,2cm以下であった適応をさらに大きさの点からも深達度の点からも拡大する方向をめざし,早期胃癌の内視鏡的治療はますます大きく展開していく様相を呈している.しかし,手術のできる患者を対象にして根治をめざせば,いずれリンパ節転移の壁にぶつかる.すなわち,内視鏡的局所切除の限界に次第に近づき,リンパ節転移の可能性があるSM癌であった場合どうするのか,SM深部浸潤の程度が何%のリンパ節転移率までなら許されるのか,どのような形態のものまでをM癌として適応拡大範囲とするか,が検討課題となってくる.

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要旨 2000年から2003年までに,当センターにおいて根治目的にESDが施行された 1,033病変945症例の長期成績より適応拡大の可能性を検討した.治癒切除は857病変(83%)で得られ,そのうち649病変は半年以上当センターにおいて経過観察が行われていた(観察期間中央値 : 3.1年).ガイドライン治癒切除360病変では,現在まで遺残再発は認めていない.適応拡大治癒切除289病変では,分割切除であった1例でESD後9.2か月に局所のみの再発を認めたが,他の症例は遺残再発を認めていない.適応拡大病変を含め,一括切除され治癒切除と病理組織学的に証明された症例では,高い根治性があると考えられた.

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要旨 2000年1月から2003年5月までにフックナイフを用いてESDを施行した早期胃癌のうち適応内群 : 82例84病変,適応拡大群(分化型) : 51例53病変,適応拡大群(未分化型) : 3例3病変を対象とした.偶発症の発生に差はなかった.一括完全切除率は,それぞれ95.2%,86.8%,66.7%で3群間に有意差はなかった.局所再発率は3群ともに0%であった.3年生存率は3群ともに100%であった.以上より早期胃癌に対する内視鏡治療の適応拡大は可能と考えられた.ただし適応拡大群(未分化型)については症例が少ないため,今後,症例を重ね検討が必要である.

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要旨 早期胃癌患者の増加に伴い,治療後の生活の質がより重視される時代に入った.手術手技の進歩に伴い,従来からの幽門側胃切除術,胃全摘術の他に,様々な縮小手術が行われている.早期胃癌の約10%を占めるリンパ節転移陽性例をある程度の精度で除外できれば,内視鏡的粘膜切除(EMR)/粘膜下層剝離術(ESD)や機能温存手術(胃部分切除や幽門保存胃切除術)の適応は飛躍的に増加すると考えられる.そのためには,より精度の高いリンパ節転移診断法が求められる.リンパ流域の検索や術中センチネルリンパ節生検の検証と標準化が進み,近い将来,日常臨床に取り入れられることを期待したい.内視鏡治療と標準手術の間に位置づけられる機能温存手術を概説する.

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要旨 消化器内視鏡医の立場からすると,ESDの出現は,従来のスネアを用いたEMRと比べた場合に大きな一括標本が得られる点で画期的な出来事であった.すなわち一括切除によって,病変の全割が可能となり,深達度診断を中心とした正確な病理組織診断が可能となった.そもそもESDは,細川・小野らによって新しく開発されたITナイフを用いて,広範囲の粘膜切除に応用したものである.ESD完遂にあたっての技術的問題を克服したこと,そして後藤田らが,適応病変を臨床病理学的に報告したことは,国立がんセンターを中心としたESDグループの大きな業績の1つである.その一方でESDは技術的ハードルが決して低くなく,これまでの内視鏡治療の概念を超え,軟性鏡を用いた(内視鏡外科)手術とも考えられる.ESD対象症例は,そのほとんどが無症状あるいは検診内視鏡で拾い上げられた症例であり,いきなりの外科手術の適用の回避を希望される場合が多い.今後,ESD後のリンパ節再発症例に対して,サルベージ手術を施行して,その長期予後に問題がなければ,適応境界病変へのESDの適応は積極的になされるべきであるが,現在のところ十分なevidenceはない.一方,消化器外科医の立場からすると,ESDは局所切除の1つの手技に位置づけられ,従来から開腹手術による局所粘膜切除術(ただし胃の外側からアプローチする)や胃内手術などが報告されている.しかし今回のESDのような内腔側からの広範囲の粘膜の切除術は初めてである.早期癌が粘膜上皮から発生することを考えると,ESDは最も望ましい局所切除の方法であり,早期胃癌の新しいタイプの手術と言える.今後,センチネルリンパ節などを考慮に入れた縮小手術の展開が予測される.

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 予後の良い早期胃癌に対しては治療後のQOLの向上が求められるようになり,ESD(endoscopic submucosal dissection)や腹腔鏡下手術が急速に普及してきている1)2).ESDが治療後のQOL向上には最も良いが,治療法の選択においては,根治度,安全性,患者・医療者の負担や経済性などのバランスを考慮することが重要である.そこで早期胃癌に対するESDと腹腔鏡下手術の治療成績および問題点を評価し,早期胃癌の治療法選択についてわれわれの考えを述べる.

 これまでの詳細な臨床病理学的検討から早期胃癌のリンパ節転移状況は明らかとなり,リンパ節転移のない胃癌の条件として,①分化型M癌で潰瘍のないもの,②潰瘍のある分化型M癌では大きさ3cm以下のもの,③潰瘍のない未分化型M癌で大きさ2cm以下のもの,④3cm以下の分化型SM1癌で脈管侵襲のないもの,などが挙げられている3).これらの病変はEMR(endoscopic mucosal resection)で根治できる可能性があるが,胃癌治療ガイドラインでは一括切除をEMRの原則とし,日常診療におけるEMRの適応を2cm以下の分化型M癌で潰瘍のないものとしている4).しかし,大きな病変や潰瘍瘢痕合併例に対しても一括切除が可能なESDの出現により,その適応は徐々に拡大されつつある.

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はじめに

 内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)の進歩により機能温存腹腔鏡下手術の1つであった腹腔鏡下局所切除の適応症例は減少しつつある.その反面,腹腔鏡下リンパ節郭清技術の進歩により精度の高い神経温存胃切除や幽門保存胃切除,噴門側胃切除などのリンパ節郭清を伴う機能温存腹腔鏡下胃切除術の需要が増加している.そこで今回,いくつかの症例を提示し早期胃癌に対する機能温存腹腔鏡下手術の選択の考え方や手術成績を検討し,早期胃癌治療の将来展望を検討したい.

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はじめに

 早期胃癌はリンパ節転移頻度が低く,機能温存・縮小手術の導入が可能である.

 しかしながら,成績がよい,D2胃切除が安全に行われるわが国では,導入にあたり,根治性を損なうことは許されない.当施設では,根治性の検討を十分に行い,以下の機能温存・縮小手術を導入している.

 (1) 内視鏡治療

 ESD(endoscopic submucosal dissection) : 胃癌治療ガイドライン1)を超えた適応拡大2)

 (2) 外科手術

 ①M領域癌 : 幽門保存胃切除(pylorus preserving gastrectomy ; PPG)3)

 ②M,MU領域癌 : 幽門下動静脈を温存する分節胃切除

 ③U領域癌 : 噴門側胃切除(噴切)4)

 内視鏡切除は究極の機能温存・縮小・低侵襲手術である.腹腔鏡下手術そのものは胃の機能の温存に資するものはないが,開腹手術に比し,有意に出血量が少ない,蠕動開始が早い,離床が早い,疼痛が少ない,呼吸機能障害が少ない,と報告されている5).腹腔鏡下手術を,機能温存・縮小手術に付加することにより,通常開腹手術に低侵襲性の要素を加えることができ,その点では内視鏡治療と開腹機能温存・縮小手術の間に入るものと考える.当院では,上記手術のうちPPGと分節胃切除を腹腔鏡下に行っている.

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はじめに

 内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)は局所切除度の飛躍的な向上をもたらし,内視鏡治療の適応を大幅に拡大しうる治療手技として受け入れられつつある1).将来的には,ESD単独でかなりの部分の早期胃癌がその治療を完結できるようになることが推察される.一方,リンパ節転移が否定しきれない “真の内視鏡的切除適応外病変” に対しては,たとえ局所が内視鏡的に完全切除しえても,内視鏡治療のみで癌としての治療を完結することは許容されず,リンパ節郭清を伴った何らかの胃切除が標準治療である2).しかし,ESDにより高い局所切除度が得られるようになった現在,リンパ節転移に対するなんらかの戦略を講じれば(ESD+αで),この画一的な胃切除を回避できる場合は少なくないと考えられる.なぜなら,早期胃癌の多くはリンパ節転移陰性例であり3)~6),それらに対するリンパ節郭清の意義は不明だからである.

 われわれは,このような観点から,ESDと腹腔鏡下手術の併用療法を考案し,一部の “真の内視鏡的切除適応外病変” に対し,画一的な胃切除を回避する試みを行ってきた(Table 1)7)8).このESDと腹腔鏡下手術の併用療法は,先行するESDにより,局所完全切除と病理組織学的情報を得ることと,腹腔鏡下リンパ節郭清術(laparoscopic lymph node dissection)によって組織学的リンパ節転移の有無を確定することを目的としているが,究極の目的は全胃温存である.本法にあたっては,まずESDで局所が完全切除(一括切除で水平・垂直断端陰性)されていることを大前提としている.リンパ節郭清範囲に関しては,原発巣の腫瘍部位と,術中内視鏡下ICG(indocyanine green)粘膜下層局注による緑染リンパ管・リンパ節の肉眼的観察を参考として決定している.リンパ節転移の有無は,精度の低い術中迅速診断ではなく,永久標本による病理検索で判定している.リンパ節転移陰性が確認できた場合は経過観察(全胃温存),リンパ節転移陽性であった場合は追加手術(胃切除+追加リンパ節郭清)を基本方針としている.

 本法(ESD+腹腔鏡下リンパ節郭清術)は,内視鏡的切除と胃切除術の大きなギャップを埋める新しいオプションであり,リンパ節転移の有無の確率論のみから画一的な胃切除術が施行される現状のなか,その手術が本当に必要な患者を選別する方法として期待できると考えている.本稿では,症例を供覧するとともに,本法の実際と成績を述べ,本法の将来展望について考察する.

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当科におけるESDの現状

 当科では2002年6月,ITナイフとNeedleナイフを併用する方法でESD(endoscopic submucosal dissection)を導入し現在までに食道・胃・大腸合わせて約1,200例の切除経験を有している.その間2003年4月より筋層が正面に位置する際の剝離操作にHookナイフを,2003年12月より大腸ESDにFlexナイフを,2003年11月より自作ショートニードルナイフ1)を食道のマーキングおよび粘膜下層剝離に導入し,安全性・有用性の向上に努めてきた2)~5).さらにショートニードルナイフの製品化と多臓器への応用,より容易,安全かつ効率的にESDを施行する目的でナイフ先端から送水可能なショートニードルナイフ(FlushKnife)を開発し6),2005年3月から先発デバイスとして使用している.

切除成績

 胃のESDは2006年4月までに864病変を経験した.最終診断に基づくカテゴリー別の切除成績をTable 1に示す.遺残・再発病変はUL(+)とし腺腫も形態・腫瘍径から癌に準じて取り扱った.en-bloc切除でも病変に損傷があった場合は分割例とした.一括切除率/一括完全切除(一括かつ切除断端陰性)率はガイドライン病変 : 99.8%/99.8%,適応拡大病変 : 98.0%/96.9% と極めて良好であった.適応外病変では,垂直断端陽性例を中心に完全切除率の低下がみられたものの,一括切除率は97.7%と良好で正確な病理組織診断に基づく治療効果,追加治療の必要性の判定が可能であった.

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はじめに

 早期胃癌に対する内視鏡治療は,IT(insulation-tipped diathermic)ナイフ1)2)をはじめ種々の高周波ナイフが開発され,それらを用いた新しい手技,ESD(endoscopic submucosal dissection)が登場して以来大きく変化した.

 部位や大きさにもよるが,ほとんど後遺症がないことが最大の利点であり,治療後の患者の生活の質(QOL)は,外科切除に比べて明らかに優れている.最近は,胃癌学会のガイドラインの適応(Table 1,濃い青色部)を超える,いわゆる適応拡大病変に対してもESDが施行される傾向にある(Table 1,濃い青色部+薄い青色部)3).一方,腹腔鏡下手術は,開腹手術に比べて術後の回復が早いとされており,また,胃切除せずに,ESDを施行し,その後見張りリンパ節(センチネルリンパ節)のみ切除するなどのさらなる縮小手術も行われている.

 しかし,はじめに申し上げておかなければならない点が1つあり,それはESDの適応拡大も,胃癌の腹腔鏡手術も,どちらもその有効性と安全性が科学的に証明されていないということである.

 ESDの拡大適応はretrospectiveなリンパ節転移の検討からリスクが低いと思われる対象を抽出したものである.長期予後についてのデータと,現在進行中であるが,prospective研究の結果が必要である.

 また,早期胃癌に対する腹腔鏡下胃切除術も,治療効果,安全性,後遺症などについて大規模な研究は行われていない.

 センチネルリンパ節切除に関しても,現時点では,早期胃癌においてセンチネルリンパ節の郭清のみでよいかどうかについては確定していない.いくつかの臨床試験が進行中であるが,偽陰性(センチネルリンパ節以外のリンパ節への転移)のため,一時中断している試験もある.

 いずれも,retrospectiveな検討もしくは小規模の臨床研究と,臨床家の個人的な印象により,良好であると思われており,理論よりも現実が先行している.筆者もESDの適応拡大を進めている一人ではあるが,よかれと思って行ったことが誤りであったことは医学の歴史にもしばしばみられることである.早期胃癌は治癒可能な疾患であり,科学的に証明された適応を決めるように努力しなければならないと思う.

 早期胃癌に対するESDと腹腔鏡下手術の接点となると,①ESD後の病理組織結果により,リンパ節郭清の程度を決定,②ESD後,センチネルリンパ節郭清,などが挙げられる.先に述べた理由で,②のセンチネルリンパ節郭清は現時点では採用しがたいと考えている.

 ①のリンパ節郭清の程度の決定にESDと腹腔鏡手術の接点があると考える.治療方針決定に際して,当院では適応拡大病変に対して,患者にまず,われわれ内科から外科切除が標準治療であること,リンパ節転移のリスクは過去のデータからは適応病変と変わりないことを説明し,さらに外科医とも面談していただき,判断していただいている.ESDを施行後,追加切除が必要となった場合には,病理組織結果により外科医が術式を選択している.外科切除前に正確な病理診断がなされているわけであり,適切な判断が可能である.

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はじめに

 早期胃癌病変の多くは,リンパ節などの転移を伴わない病変であることが明らかになった.そのため,すべての早期胃癌に一定のリンパ節郭清を伴う胃切除を行う必要はなくなり,原発病変の局所病変のみで根治する可能性が指摘され,早期胃癌に対する内視鏡治療が始まった.

 また,それに対して,病変を一括で切除するために腹腔鏡下手術が始まる.そののち,一部のリンパ節郭清を伴った腹腔鏡下手術が行われるようになってきた.このように,早期胃癌の内視鏡治療(endoscopic mucosal resection ; EMR,endoscopic submucosal dissection ; ESD)は,胃粘膜の局所治療であり,リンパ節などの転移病変に対しては全く無力な治療法であることが,腹腔鏡下手術と本質的に異なる.

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はじめに

 早期胃癌に対するESD(endoscopic submucosal dissection)1)が急速に発展し,もはや早期胃癌の標準的治療になりつつあると言っても過言ではなく,2006年4月から保険適応となったことは非常に意義深いことである.ESDでは,従来の絶対適応病変はもとより,さらに大きな病変や潰瘍(UL)を伴う相対適応病変も完全一括切除が可能である2)~4).これにより早期胃癌の完全局所根治と切除病変の詳細な病理組織学的診断が可能となり,正確な根治度判定を行うことができる.ESD標本が根治基準を満たさない場合は,当然,リンパ節郭清を伴う追加手術を行うことになる.

 一方,腹腔鏡下手術の進歩もめざましく,従来の開腹手術と比べて,低侵襲な手技で “全層切除+1群所属リンパ節郭清” が可能となっている5)6).その結果,転移の可能性が極めて低い早期胃癌(M癌)に対して積極的に行われている.腹腔鏡下手術のESDに対する優位性は,リンパ節郭清ができるということであるが,全身麻酔を行う必要があるなど,やはり,ESDと比較するとその侵襲は大きい.ESDで大きな早期胃癌も完全一括切除できるようになった現在,われわれは,リンパ節郭清や全層切除の不要な早期胃癌には腹腔鏡下手術の必要性はないと考えている.

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 今は,癌の治療を可能な限り低侵襲な方法で行おうという時代である.早期胃癌の治療も然り.こうしたスタンスの普及を目の前にすると感無量となる.私が病理医として働き始めたころは,1cm,IIa,tub1,mの胃癌でも胃亜全摘・リンパ節郭清を行っていたのであるから.こうした極端な事例を思い出すと,低侵襲な治療法の普及は素晴らしいと思わざるを得ない.しかし,だからといって,いつの時代にも低侵襲な治療法が常に正しいとは限らない.

 早期胃癌に対して現在盛んに行われるようになっているESD(endoscopic submucosal dissection)は素晴らしい治療法だとは思う.しかし,ESDが何の問題も抱えていないというわけではない.ESDは常にある種の問題・危険を抱えた治療法であるということは誰もが知っているはずである.

 ここで,その,誰もが知っているESDの問題・危険の中から,病理医として強く実感していることを整理しておきたい.ESDでとられた検体を実際に鏡検して診断する立場の病理医として常日ごろ肌で感じていることである.

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 胃癌治療ガイドライン1)において内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection ; EMR)の適応基準(および拡大適応基準)が提唱されているが,ここではその基準に対する病理学的評価の問題点を挙げながら,ESD(endoscopic submucosal dissection)と腹腔鏡下手術の接点について考えてみたい.

 内視鏡的に切除する場合には,リンパ節転移がないものに対して行われるべきである.胃癌治療ガイドラインにおいては,M癌,2cm以下,分化型の3因子を満たすものがリンパ節転移の危険性がない病変として,EMRの適応病変とされている1).EMR の時代では完全切除可能な病変は2cm程度までなので,完全切除できる分化型M癌はEMR,それ以外の大きなM癌やSM~MP癌でリンパ節転移が画像的にないかその危険性が少ないものは腹腔鏡下手術,リンパ節転移を画像的に認めるもの,あるいはその危険が高いものは開腹手術という理解で十分であった.しかし,ESDが導入されるようになり病変の大きさの制限がなくなり,しかも潰瘍瘢痕があっても切除可能となってきたため,少なくとも腹腔鏡下手術の適応病変の一部は内視鏡的切除で十分根治できるようになってきた.実際は,腹腔鏡下手術ではリンパ節郭清も行っているので仮に結果的にリンパ転移が陽性でも根治は期待できるが,ESDを試行するにあたってはリンパ節転移があってはならないので,リンパ節転移の有無に対してより厳密な評価が必要である.

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 大谷(司会) 今日はご出席ありがとうございます.胃癌の治療といいますと,1881年にTheodor Billrothが初めてBillroth I 法の手術に成功してから,既に125年が経過しているわけですが,今でも胃の手術では,相変わらずBillroth I 法が行われたり,あるいはRoux-en-Y法など様々な再建術式の工夫がされたりしているわけです.わが国では1960年代から胃癌の手術が普及し,1980年代には早期胃癌が少しずつ増えてきたこともあり,外科的縮小手術あるいは内視鏡治療が始まりました.内視鏡を用いたstrip biopsyや,EMR(endoscopic mucosal resection)も登場しました.1990年代に入ると今度は腹腔鏡下手術が導入され,腹腔鏡を用いた局所切除,それから幽門側切除が徐々に行われるようになってきました.そして,1990年代後半からは ESD(endoscopic submucosal dissection)が,いよいよいくつかの施設で積極的に行われるようになりました.われわれ外科の立場から見ると,早期胃癌に外科的治療が行われるケースが,ここ1,2年やや減少している印象があります.つまり,手術に回らずに,内科の先生がESDなどで治療しているケースが増えていることがその背景にあると思います.最近の集計では,大体年間2万~3万件の内視鏡治療が行われ,そのうち6,000~7,000件がESDということですので相当治療体系が変わってきた感じがします.今日はそのあたりについて,エキスパートの先生方に議論いただき,現状や今後の展望を語っていただきたいと思います.

早期胃癌に対するEMR・ESDの歴史

 小山(司会) まず,内視鏡治療から話を始めたいと思います.今,お話がありましたようにEMRは1980年代に開発され,最初はERHSE(endoscopic resection with local injection of hypertonic saline-epinephrine solution)法,strip biopsy法の2つでしたが,その後1990年代に吸引法が登場し,1990年代後半からESDが開発されました.このあたりの歴史について,長南先生お願いします.

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 〔患 者〕 60歳代,男性.主訴は検診異常.既往歴は,心筋梗塞,糖尿病,高脂血症.現病歴として,2005年11月検診の上部消化管内視鏡検査で食道に病変を指摘され,生検組織で高分化型腺癌を認めたため精査目的で紹介された.

 〔内視鏡所見〕 食道胃接合部の右壁に,SCJ(squamocolumnar junction)から口側に舌状に伸びる発赤調の粘膜を認めた.不整形でやや陥凹し,内部に白色調の隆起を認めた.口側境界は扁平上皮との境界で明瞭だが,肛門側の境界は不明瞭であった(Fig.1 a~d).

Coffee Break

大腸学事始め―(4)London生活 武藤 徹一郎
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 今でこそLondonには日本人学校があるくらい日本人の住人が多いが,1970年ごろのLondonの住人は1,000人以下だったと思う.日本料理レストランが1店しかなく,多民族都市であるLondonでは日本人は少数民族に属していた.米はパサパサのカリフォルニア米しかなく,しかも高いので,わが家の常食はイギリス人と同じパンとジャガイモであった.月10万円で親子3人生活していたが,栄養失調にもならずにすんだのは主食,バター,肉などが安かったからだろう.野菜は煮るしかない代物がほとんどであった.何しろWHOの奨学金は旅費を入れて年5,000ドルで家族の分は出ないから,自慢じゃないが経済的には最低ランクの留学生だったと思う.車など買う金がないので,週末はレンタカーで旅行しまくった.オックスフォード,ケンブリッジ,ウェールズ,スコットランド,シャーウッド,湖水地方等々,貧乏だったにしてはよく遊びもした.人の車にはめったに乗らない土屋周二先生を乗せてシャーウッドの森に行き,汚いB & B(bed and breakfast)に泊ってガス漏れを心配した先生が一睡もできなかったことなど,珍道中も数々経験した.日本と同じ左側通行で,Londonを中心にmotor wayが真直ぐに何本も伸びている.小高い丘の上に達すると新しい景色が一望に広がる.イギリスには山はなく,丘また丘の連続でこれに菜の花が一面に咲いていたりすると息を飲むほど美しい.高速道路傍の小さな丘の上で,車に積んだテーブルと椅子を持ち出して,ティーを悠然と楽しむ老夫婦の姿がいかにもイギリスらしい.その後,何度も楽しんだが,イギリス郊外のドライブは心の洗濯になった.

 当時,イギリスに留学する者は極めて珍しく,おかげで1年に約50人のお客を迎えることになった.車もお金も時間もない貧乏留学生として,どう接待するかを考えた末に出した結論はこうである.昼間,大英博物館か国立絵画館(ナショナルギャラリー)に案内する.両方とも無料だから何人来ても心配はない.帰りに(2階建てバスや地下鉄が珍しい時代だからこれを利用)家の近くのパブでイギリスビールをご馳走する.ビターといってほろ苦く,冷やさないで飲むので日本人の口にはあまり合わないから,お代わりをする人はまずいない.当時1パイント(0.6 l)13ペンス(130円くらい)だったから,これも大した出費にはならない.ちなみに,最近は1パイントは1ポンド30ペンスくらいだから,物価は少なくとも10倍になっている.最後に自宅でお客と食事をするときには,普段食べられない米の飯とローストビーフなどで,接待側も一緒に楽しませていただくというわけである.

早期胃癌研究会

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第45 回「胃と腸」大会は5 月13 日(土)に京王プラザホテルで開催された.司会は馬場保昌(早期胃癌検診協会中央診療所)と工藤進英(昭和大学横浜市北部病院消化器センター)が担当した.

2006年6月の例会から 大谷 吉秀 , 田村 智
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 2006年6月の早期胃癌研究会は,6月21日(水)に東商ホールで開催された.司会は大谷吉秀(埼玉医科大学消化器・一般外科)と田村智(高知大学光学医療診療部)が担当した.また,mini lectureは野村昌史(手稲渓仁会病院消化器病センター)が「逆行性回腸造影の実際― Crohn病を中心に」について講演した.

 〔第1例〕 60歳代,男性.化膿性肉芽腫(pyogenic granuloma)(症例提供 : わたり病院消化器科 小沢俊文).

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 2006年9月20日(水),東商ホールで行われた早期胃癌研究会の席上,第12 回白壁賞と第31 回村上記念「胃と腸」賞の授賞式が行われた.第12 回白壁賞は門馬久美子・他「中・下咽頭癌の通常内視鏡観察」(胃と腸40:1239-1254,2005)に,第31回村上記念「胃と腸」賞は和田陽子・他「難治性潰瘍性大腸炎におけるサイトメガロウイルス感染症─その診断,治療と経過」(胃と腸40:1371-1382,2005)に贈られた.

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要旨 患者は39歳,女性.20歳代半ばに家族性大腸腺腫症(FAP)に対して全結腸切除術を施行されている.その後胃底腺ポリポーシスを経過観察していたが,今回上部消化管内視鏡検査において胃体上部大彎に潰瘍性病変を指摘され,精査加療目的に入院となった.上部消化管内視鏡検査では胃穹窿部から体部にびまん性の胃底腺ポリポーシスを認め,胃体上部大彎には境界明瞭な発赤調の潰瘍性病変およびその病変を取り囲むようにポリープの癒合および平坦化を伴う周囲よりやや褪色調の局面を認めた.以上よりFAPに伴う胃底腺ポリポーシスに発生した進行胃癌と診断し局所切除術を施行した.FAPに伴う胃底腺ポリープに関しては,ポリープの癒合傾向,平坦化,色調の変化(褪色化)といった変化に注目して腫瘍化の有無について観察する必要がある.

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要旨 患者は30歳の男性.他施設の人間ドックでの胃内視鏡検査にて胃体部小彎から前庭部に及ぶ大きな病変を見いだされ,当院に紹介となった.胃X線検査,胃内視鏡検査にて粘膜下腫瘍と壁外性病変の鑑別が問題となったが,超音波内視鏡検査にて第4層に主座を置く無から低エコーの均一な領域が観察される一方,囊胞壁に充実成分が認められた.CT検査,MRI検査を合わせて,囊胞形成を来した胃GISTの診断にて幽門側胃切除術を施行した.切除標本で同病巣は長径7.1cmに及ぶ球形を呈しており,腫瘍の大半は囊胞であるが,壁の充実成分は病理学的に棍棒状,紡錘形の核を有する長紡錘形細胞が束状に配列増殖し,免疫組織学的にc-kit陽性,CD34陽性,α-smooth muscle actin(α-SMA)陽性,S-100 陰性であった.胃GISTが囊胞化を来すことはまれであり報告した.

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欧文目次

編集後記 小山 恒男
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 ESD の開発により,占拠部位,形,大きさにかかわらず任意の範囲を一括切除することができるようになった.偶発症,処置時間という問題点も手技の向上にて解決され,局所再発もほぼなくなった.また,なにより適応拡大に必須である詳細な病理学的検索が可能となった.一方,腹腔鏡下胆囊摘出術に始まった腹腔鏡外科も,D2 郭清を伴う胃全摘術が可能になるまでに発展し,低侵襲化したとされる.本主題は EMR から進化した ESD と,低侵襲な外科手術として発展した腹腔鏡下手術の接点をさぐる目的で企画された.

 retrospective なデータではあるが,適応拡大病変の ESD 治療成績,予後は外科治療と遜色ない結果であった.また,ESD では病理学的に十分検索可能な切除標本を得ることができていた.したがって術前診断が適応外病変であれば腹腔鏡下手術で治療.適応拡大病変であればまず ESD で治療し,病理学的検索の結果,適応外と判定された場合は腹腔鏡下手術で治療,というフローチャートが成り立つ.

基本情報

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胃と腸
41巻11号 (2006年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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