胃と腸 41巻10号 (2006年9月)

今月の主題 食道m3・sm癌の最新の診断と治療戦略

序説

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はじめに

 食道癌では,粘膜癌(m癌)と粘膜下層癌(sm癌)とでは著しく病態が異なる.m癌ではリンパ節転移を有する症例は極めて少ないが,sm癌となると急激にリンパ節転移を有するものが増加する.深達度亜分類別に検討すると,粘膜上皮や粘膜固有層にとどまるm1・m2癌ではまずリンパ節転移を有するものはない.粘膜筋板や粘膜下層に浸潤するm3・sm1癌では10~15%の症例にリンパ節転移が認められ,粘膜下層中層以深のsm2・sm3癌では40~50%の症例がリンパ節転移を有している.すなわち,m1・m2癌,m3・sm1癌,sm2・sm3癌の3群では治療方針を変える必要がある1).すなわち,リンパ節転移診断が極めて重要であるが,最新の診断とは何であろうか.どれほどの進歩を示しているのか興味のあるところである.

 さて,その診断に基づいて治療戦略が立てられ,治療が行われる.治療の主体は外科的根治術であると思われるが,内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection ; EMR)に加えて内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)が開発された2).EMR・ESD後に化学療法や放射線療法,あるいは化学・放射線療法(chemoradiotherapy ; CRT)を加える向きも少なくないが効果はどうか.sentinel nodeの概念は生きてくるのか.切除可能食道癌に対してCRTだけで,すなわちsalvage surgeryなど外科医の力に頼らずどのくらいの患者を治癒させうるのか,などが明らかにされることを期待する.

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要旨 当科におけるm3以深食道表在癌52例の最深部X線所見について,最深部の形態により隆起型(19例)と陥凹平坦型(33例)に分けて検討し以下の結果を得た.①隆起型では正面像で,大きさ16mm以上,または10mm以上かつ高さ0-Iはsm2, 3癌であった.②隆起型のうち0-IIa+IIc型,m3a癌(粘膜筋板に接するのみ)5例では4例(80%)に側面所見で伸展性の保たれた偽硬化が認められ鑑別診断に有用な所見であった(感度80%,特異度93%).③特殊な形態の0-Isep,sm2, 3癌では側面変形の乏しい症例がみられた.④陥凹平坦型 m3癌では長径2mm以下の微小な浸潤部をX線で指摘するのは困難であった.⑤陥凹平坦型における側面変形では局所的な直線化がm3b癌(粘膜筋板に浸潤するもの),およびsm1癌の診断に有用であった(感度80%,特異度83.3%).⑥陥凹平坦型における側面変形では sm2, 3癌12例中9例(75%)が陰影欠損,不整硬化を示した(感度75%,特異度91%).以上,今回の検討から隆起型病変では隆起最大径と高さがsm2, 3癌の診断に,側面変形の偽硬化が粘膜筋板に接する程度のm3癌の診断に有用な所見であった.また,陥凹型病変では粘膜筋板に浸潤するm3およびsm1癌とsm2, 3癌の鑑別には,側面像が直線化までか,あるいは陰影欠損,不整硬化を示しているかを読影することで鑑別可能と考えられた.

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要旨 m3・sm1癌は,その治療においてEMR/ESDの相対適応病変となるために,その深達度診断は極めて重要である.m3・sm1癌の診断においては,拡大内視鏡所見は,通常の内視鏡観察所見に加えて,特徴的な所見を見い出すことができる.IPCLパターン分類では,m3・sm1癌に相当する所見はIPCL type V-3である.m2の変化(IPCL type V-2)がさらに深部に及び,隣同士のIPCLが手をつなぐような所見(IPCL type V-3a)を認める場合と,粘膜表層を横に走行する血管(IPCL type V-3b)を認める場合がある.これらの所見はm1やm2の癌では観察されることがなく,m3・sm1に特徴的な所見である.また,IPCL type V-3aと IPCL type V-3bの両方の所見を同時に認めることがあり,IPCL type V-3abとしている.いずれも,m3・sm1癌の典型的な拡大内視鏡像である.なお癌が上皮下に浸潤する場合は,拡大内視鏡の所見のみでの読影では浅読みしてしまうことがあり,その場合は,これまでの通常の内視鏡所見や超音波内視鏡での深達度診断が参考となる.sm2以深の癌では,IPCL type VNの所見を認め,外科手術〔鏡視下食道切除・再建術(HALS 併用)〕を中心とした治療を展開している.

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要旨 食道癌根治手術を回避するために,m3・sm癌に食道温存治療が選択される機会が増えているが,リンパ節転移診断や再発診断の成績,長期予後など解明しなければならない問題が多い.食道m3・sm癌132例を対象とし,食道温存治療の臨床経過,EUSの深達度・リンパ節転移診断および再発診断における精度と役割について検討した.EUSは心血管拍動の影響を受けずに頸胸腹の3領域を検索できるため,CTやUSよりリンパ節描出能が高かった.EUSによる深達度正診率は86.4%,リンパ節転移の正診率は82%であった.リンパ節再発例は,いずれもEUSで診断されていた.CRT例は3年近く経過してから増大リンパ節が出現することが多く,EMR例より再発の診断時期が遅くなる傾向がみられた.治療方針にかかわる場合には EUS-FNABを行うこともあるが,CRTを選択する際には,定期的かつ長期的にCT,US,EUSで経過観察することが重要である.再発をより早期に発見するためにはEUSが不可欠である.

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要旨 食道癌の進行度診断は壁深達度,リンパ節転移,遠隔転移に基づいて行われ,最適な治療を選択するうえで極めて重要である.特にリンパ節転移は食道癌の重要な予後規定因子であり,治療選択に大きな影響を与えている.従来は解剖学的な画像であるCTやMRIが主に用いられているが,腫瘍による解剖学的変化に依存した画像では食道癌の広がり,特にリンパ節転移診断に十分とは言い難い.近年,食道癌の進行度診断に対するFDG-PETの有用性が報告されている.これは非侵襲的検査であり,CTのような形態学的な腫瘍サイズによる診断ではなく,代謝機能イメージに基づいた精度の高い情報を提供する利点がある.ここでは食道癌のリンパ節転移診断について画像診断を中心に概説する.

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要旨 食道m3癌,sm癌の手術的切除例379例を臨床病理学的に検討した.m3癌およびsm癌ではリンパ節転移の危険性がみられ,5年生存率での成績においても手術的切除治療がEMRのみの治療よりも上回っての結果がみられ,リンパ節転移の危険度を知る手段の検討が必要であると思われた.5年生存率に大きな影響を与えるリンパ節転移と相関する独立因子としてリンパ管侵襲,腫瘍の深達度,smへ進展する部分の腫瘍の大きさ,matrilysinの発現の有無が関連していた.食道sm癌におけるmatrilysinの発現の有無は独立したリンパ節転移危険因子であるとともに,リンパ管侵襲などの従来からの危険因子に加え,matrilysinの発現の有無を検討することによって,より効率良く食道sm癌におけるリンパ節転移を予見できる可能性が示唆されたが,m癌におけるmatrilysinの発現性は予後判定には関与せず,これは進行癌におけるマーカーとしての役割と考えられた.今回の検討では,リンパ管侵襲の判定の精度を上げる意味でD2-40免疫染色が有効である成績が得られ,matrilysinの発現など分子生物学的な手法はリンパ節転移を予測する他の手段と組み合わせての利用が良いと思われる.

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要旨 深達度ごとのリンパ節転移の頻度およびリンパ節転移に関連する原発巣での病理組織像の特徴を明らかにする目的で,当院におけるm3・sm癌手術例95例を病理学的に検討した.リンパ節転移は,m3症例16例中1例(6.3%),sm1症例10例中2例(20.0%),sm2症例34例中12例(35.3%),sm3症例35例中23例(65.7%)にみられ,脈管侵襲率はそれぞれ43.8%,70.0%,91.2%,94.3%であった.原発巣においてリンパ節転移を示唆する所見は脈管(リンパ管・静脈)侵襲像と小型胞巣の浸潤性増殖像と考えられた.EMRによる治療の際には,EMR検体の深達度と脈管侵襲の病理学的評価が重要である.

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要旨 食道m3・sm癌において,特にリンパ節転移の有無は,選択すべき治療法,また治療成績にも影響する重要な因子である.胸部食道癌では,頸,胸,腹部の3領域へリンパ節転移する可能性が高く,初発転移の段階から同様の傾向が認められた.食道m3・sm1 癌では,多様性を持った治療法の選択が可能であり,適切な症例の選択により内視鏡治療(5年生存率91.4%)と外科手術(5年生存率93.0%)で同等の成績が得られている.sm2・3症例では,リンパ節転移頻度,転移領域からみても,3領域リンパ節郭清を伴う外科手術が標準治療と考えており,over allでのsm2,sm3の5年生存率はそれぞれ65.8%,63.3%であった.

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要旨 食道m3・sm癌では,cN0症例と言えども潜在的リンパ節転移の可能性が否定しえない.内視鏡的粘膜切除術(endoscopic mucosal resection ; EMR)や内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection ; ESD)で局所制御が可能な場合でも広範なリンパ節郭清を伴う根治術を施行することが原則とされてきた.われわれは,センチネルリンパ節(sentinel node ; SN)理論を応用して食道m3/sm1癌に対して個々の症例のリンパ流,また実際の微小転移の有無に応じた根治手術の個別化や集学的治療への応用に取り組んでいる.SNはリンパ節生検,限定的リンパ節郭清の標的となり,SN転移陰性例に対する内視鏡的治療や縮小手術の適応が将来可能になるものと考えられる.また,内視鏡的治療の結果,病理学的解析からリンパ節転移の危険があると判断された場合の重点的リンパ節郭清あるいは放射線治療の標的としてSNを利用できる可能性が期待される.

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要旨 1990年より2004年12月までにEMRを施行した臨床診断N0のm3・sm1食道癌81例(m3 : 58例,sm1 : 23 例)を検討対象とした,EMR後の追加治療は,全身状態と深達度,浸潤長径,脈管侵襲,浸潤様式,先進部の組織型などの組織所見を参考に施行した.①経過観察57例70%(m3 : 49例,sm1 : 8例),②放射線化学療法(CRT)または放射線治療(RT)17例21%(m3 : 7例,sm1 : 10例),③化学療法3例4%(m3 : 2例,sm1 : 1例),④手術療法4例5%(m3 : 0例,sm1 : 4例)であった.内視鏡病型は,経過観察m3癌の96%は凹凸が目立たない0-II型であったが,他は陥凹が目立ち,陥凹内あるいは陥凹周囲に盛り上がりを伴う0-IIc病変が大半を占めた.治療法別に脈管侵襲陽性率を見ると,経過観察m3癌19%,sm1癌50%,CRT/RT例m3癌42.9%,sm1癌70%,化学療法例m3・sm1癌は100%,手術例sm1癌75%であった.局所再発は,経過観察m3癌8例(16%)に認め,7例は再EMR,1例は再EMR+RTを行った.リンパ節転移は5例あり,①経過観察m3癌,0-IIa+IIc型の ly0,v0であり,EMR後3年目に 106rRに再発し,現在CRT中,②化学療法m3癌,0-IIa+IIc型のly(+),v(+)であり,EMR後4年目上縦隔リンパ節転移が診断され,再発後11か月目に原病死,③化学療法sm1癌,全周性の表層拡大型症例でly(+),v(+)であり,EMR後1.5年目に上縦隔のリンパ節転移が発見され,リンパ節摘出後CRTを施行し,追加治療後4年5か月CRを維持,④手術治療2例で106rRに転移を認めた.いずれも脈管侵襲陽性例であり,外科治療後,健在である.

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要旨 食道sm2・3癌は約50%にリンパ節転移を認めるため,食道癌治療ガイドラインでは外科切除を標準的治療としている.しかし,その約半数にはリンパ節転移がないため,食道温存治療の可能性も残されている.今回,1992年12月から2005年3月の間にEMR/ESD+α療法または外科切除を施行した32例の食道 sm2・3癌(EMR/ESD+α療法9例,外科切除23例)を対象とし,治療成績および予後をretrospectiveに検討した.EMR/ESD+α群では原病死を1例に認めたが,局所再発およびリンパ節転移はみられなかった.外科切除群では原病死2例,治療関連死1例を認めた.3年生存率はEMR/ESD群 88.9%,外科切除群80.4%であった.EMR/ESD+α療法は食道sm2・3癌に対する有効な治療法であると考えられた.

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要旨 内視鏡的治療の適応を超えたStage I食道癌に対する化学放射線療法(chemoradiotherapy ; CRT)の治療成績について検討した.当院のretrospectiveな解析では,1994年1月から2002年12月までに根治的CRTを行われたStage I食道扁平上皮癌は41例で,その効果はCR率87.8%,1年生存率97.5%,3年生存率79.4%,5年生存率66.9%であった.局所の遺残再発例に対しては,救済治療として内視鏡治療9例,外科切除3例が安全に実施できたが,CR36例中3例(8%)でCRT後の晩期毒性に起因すると思われる死亡が認められた.一方 Japan Clinical Oncology Group(JCOG)での多施設共同第II相試験(JCOG9708)でもCR率96%,2年生存率93%と外科切除に匹敵するCRTの有効性が示され,Stage I食道癌に対するCRTの有効性を標準治療である外科切除と比較する第III相試験JCOG0502が間もなく開始予定である.

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 〔患 者〕 76歳,女性.

 〔主 訴〕 貧血精査.

 〔家 族 歴〕 特記すべきことなし.

 〔既 往 歴〕 大動脈弁閉鎖不全,脊柱管狭窄症,多発性脳梗塞.

 〔現 病 歴〕 2004年10月,他院で貧血精査目的にて上部消化管内視鏡検査を受けたところ異常を認め,当科を紹介受診した.

 〔現 症〕 身長152cm,体重45kg,体温36.1℃,血圧140/80mmHg,脈拍64/min不整.表在リンパ節触知せず.結膜に貧血あり.黄疸なし.胸腹部異常なし.

Coffee Break

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 わが師,Dr. Basil C. Morsonの名は文献で少し知っていただけで,会ってみるまで大腸の大家であることはよく知らなかった.私がSMHに行ったころは40代の働き盛りで,始終外国や国内の学会,講演会に飛び廻っており,帰国すると仕事(主に診断を待つプレパラートの山)が待っているため機嫌が悪く,取りつくしまがない有様.秘かに “Dr. Storm” とアダ名を奉った.しかし,機嫌が良いときは,頭脳明晰で教わることが多かった.彼の代理でドイツの内視鏡学会に招ばれたときに,スライド選択と発表の仕方を徹底的に教えられたことが,その後の私の学会発表の基本になっている.発表の目的は単に自分のやったことを述べるのではなく,メッセージを伝えるのだということを初めて教わった.メッセージは内容が相手に伝わらなければ意味がないから,学会発表もそれなりの工夫が必要だということである.Morsonには “Did you get my message?” とよく問われたが,“わかったか?” という意味であると気付くにはしばらく時間がかかった.白か黒かをはっきり明言することも彼からの伝授で,灰色や玉虫色の表現に対して “Yes or no!” とよく問い直されたものである.学会における私の発言がキツイことの原点はこの辺にあるのである.

 Morsonは初めは臨床家(放射線科?)になろうと思っていたが,途中から病理に転向したらしく,父親も医者,親戚の中にカットグートを創った伯父がいるという医療関係一族である.頭の回転が速く,当時,世界の消化管病理のトップの座を占めていたと言っても過言ではない.国際会議の場では,日本勢は彼の理論的な論法と英語力で一方的に押しまくられたようで,日本の病理学者にはイマイチ人気がないが,英語力を差し引いても彼の実力が一段上であったことは認めざるを得ない.その気質は明治時代のガンコ親父タイプ,といったところで,どこか私の父親に似たところがあって付き合うのにあまり苦労はしなかった.私と同室にいたイタリア人のように,肝心なときに不在というのは彼の最も嫌うところで,“He is Italian!” と幾度も腹を立てていた.彼は毛沢東の信奉者でヒッピー的であったから馬が合わないのも当然であった.Morsonがあるとき “研究はギャンブルのようなものだ” と言ったのには少々面喰ったが,“両方とも金と時間がかかり,勝たなければおもしろくない” と聞かされて得心がいった.彼は確かに研究でも多くの業績を残していて,その意味では,ギャンブルに勝ったと言えるだろう.UC(ulcerative colitis)におけるdysplasiaの概念の確立,adenoma-carcinoma sequenceの提唱,大腸Crohn病の存在などなど,大腸疾患の領域で数々の重要な足跡を残している.Dawsonとの共著「Gastrointestinal Pathology」は当時唯一の GI(gastrointestinal)の病理専門書であり,多くの初学者の指針となった.

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欧文目次

編集後記 小山 恒男
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 かつて食道 sm 癌は幻の癌と言われ,食道癌の大部分は進行癌であった.しかし先人たちの努力の結果,現在では sm 癌のみならず微小 m 癌までもが発見可能となった.食道 m1, 2 癌には転移がまずないので,この時点で発見すると内視鏡的切除術で根治が可能である.一方,m3,sm1 癌にはリンパ節転移の危険がある.さらに深く sm2, 3 癌になるとリンパ節転移は 50 % 前後にまで上昇する.いかに発見し,どう治療すべきか? 本号はこれらの問題を解決するために企画された.

 まずは診断である.通常内視鏡,X 線のみならず拡大内視鏡,EUS や PET を用いた進行度診断を解説した.“達人が最新鋭の装置を用いるとここまで診断できる"という現時点での到達点が明らかにされた.治療面においては手術のみならず,放射線・化学療法の長期成績が明らかにされた.また,sentinel node 検索の現状,EMR・ESD+α療法の成績,残された課題も提示された.本号では現時点での食道 m3,sm 癌に対する最新の診断,治療法を網羅した.諸兄の診療にお役立ていただければ幸いである.

基本情報

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胃と腸
41巻10号 (2006年9月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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