胃と腸 33巻12号 (1998年11月)

今月の主題 胃癌EMRの完全切除の判定基準を求めて

序説

  • 文献概要を表示

 内視鏡的粘膜切除(endoscopic mucosal resection;EMR)は,粘膜内に限局する胃癌(m癌)の治療法として,従来の外科的治療に代わって全国で積極的に行われるようになってきた.胃癌研究会でもその取扱い規約が既に付記され,共通な切除標本の病理組織学的検索方法により症例が蓄積されているはずである.根治性を目指した内視鏡治療において最も大きな問題点は,完全切除の判定基準である.この根治可能な早期胃癌に対して中途半端な切除は許されない.せっかく早期のm癌が発見されてもEMR後の遺残再発で貴重な命を落とすリスクもあるからである.根治を得る条件として,①リンパ節転移が絶対ないこと,②術前の癌浸潤範囲の正確な把握,③EMRの手技の正確さ,④完全切除したと思われる切除標本のマクロ,ミクロでの判定基準の確立,などにおける問題点を整理し,一定の完全切除の判定基準をつくることが必要である.最近EMRの手技の確立とその安全性により20mmを超える大きい病変に対しても適応拡大される場合が少なくない.この際,分割切除されることが多いが,この分割切除された場合の完全切除の判定はより慎重に行わなければならない.これまでは胃癌EMRの完全切除の判定は個々に報告されてきたが,そろそろ全国レベルで統一する時期に来ている.

 そこで本号では,『胃癌EMRの完全切除の判定基準を求めて』を主題として取り上げることになった.本号では検討対象を外科的手術可能例を中心に論ずることを前提としている.まず早期胃癌に対する根治を目的としたEMRの完全切除の判定基準を決めるとき,最も大きなものとして浸潤範囲,すなわち癌の水平方向と垂直方向への拡がりの判定が問題となる。臨床的には術前診断の正確さ,色素内視鏡,拡大内視鏡,超音波内視鏡の所見などを動員し,癌の拡がりを把握したうえで癌境界への点墨,クリッピングなどがなされ完全切除へ向けて努力されている.しかしなかには,EMR切除標本の病理学的検索で断端陽性例もみられ,マクロとミクロとのギャップを知らされる症例も存在する.また辛うじて断端に癌陰性であっても1~2腺管のみでは十分とは言えまい.非連続性病巣の存在も考えられるからである.病理学的にみた場合,癌病巣から何腺管まであれば安全なのか? burn effectは期待できるのだろうか? など疑問が多い.この点については病理の立場から論じてもらう予定である.次に垂直方向への拡がり,いわゆる深達度が問題となる.分化型m癌でUl(-)の場合は問題はないとしても,Ul(+)の場合や微小な未分化型m癌の場合は適応外なのだろうか? 粘膜筋板や粘膜下層への微量浸潤の場合に更なる外科的手術が必要となるのだろうか? などの問題が提起されてくる.もし高分化型腺癌でもごく微量なsm浸潤であればリンパ節転移がみられないという報告も多い.わが国の過去の莫大な切除材料から一定の指針が得られるのではないかと期待している.

  • 文献概要を表示

要旨 内視鏡的治療における効果判定,特に不完全切除例に対する分割切除での効果判定について明らかにした.完全切除例においては,その評価ができた時点で局所根治が証明される.不完全切除例においては,1年目の内視鏡検査で遺残がみられないものは,局所根治が得られたと判定することができる.その時点で,遺残が証明された病変は,20mm以下のmにとどまる病変であるため,追加の内視鏡的治療で根治効果が得られる.

  • 文献概要を表示

要旨 1987年10月から1998年7月までに,国立がんセンター中央病院の適応基準に基づいて464病変に対して内視鏡的粘膜切除術(EMR)が施行された.301病変(65%)が一括切除された.一括切除された病変の水平切除断端の評価を4分類して,臨床経過との関係から検討した.一括切除された301病変中m癌は258病変(86%)で,このうち治癒切除と判定された180病変(70%)では再発は認められなかったが,追加治療されず経過観察された切除断端(+)病変は29%,判定不能病変では15%に再発が認められた.一方,切除断端(±)病変では34病変中29病変が経過観察され,2病変(7%)に再発が認められた.すなわち,治癒切除症例では再発は認められなかったが,断端(±)症例では断端(+)や判定不能の他の非治癒切除群と比べ再発率は低いながらも再発が認められ,外科切除で遺残癌も確認された.以上から,一括切除された病変であっても水平切除断端の正確な評価を行い,断端(-)病変のみを治癒切除とすべきである.更に,断端(±)病変では病理組織学的評価において断端(-)か断端(+)かを明確にすることが,その後の治療方針を決定するうえで極めて重要であることが示唆された.

  • 文献概要を表示

要旨 ERHSE(endoscopic resection with local injection of hypertonic saline-epinephrine:ERHSE)を施行した早期胃癌m癌346例について①一括切除率を部位・肉眼型・病変長径別(水平方向への拡がり)に,②完全切除率を一括・分割切除と部位・肉眼型・病変長径別に検討した.その結果,全349例の一括切除率は56.2%であり,肉眼型では陥凹型で,部位別では幽門側ほど,病変長径別では病変長径が短いほど一括切除率は高くなる.しかし完全切除率は全症例では95.7%であり一括切除では97.4%,分割切除で93.5%と両群間に有意差はない.完全切除率は一括切除と分割切除において肉眼型・部位・病変長径別で差はなかった.結論としてERHSEでは分割切除が治癒切除を阻害する要因とはならない.

  • 文献概要を表示

要旨 胃癌EMRの根治性について,sm浸潤を中心に検討した.胃癌外科的切除例における検討が,EMR後2mm間隔で細切された標本の精度と大きく差があるかについて,深切り標本を作製し検討した.誤差は浸潤がより深くなるものの平均が73μm,浅くなるものの平均が109μmであり,浸潤程度が深切りにより,深くなるものの平均が100μm以下であったため,外科的切除例の検討をもとにEMR切除例を評価して遜色ないものと考えられた.相対的評価sm1で大きさ20mm以下,高分化型腺癌,潰瘍の合併がないという条件ではリンパ節転移のある例は認めなかった.このときsm1は100μmから1,000μmまで分布していたが,80%は600μmまでに分布していた.脈管侵襲は200μmの浸潤からみられたが,同例はsm浸潤部で中分化型腺癌の像を混在していた,浸潤部が高分化型で脈管侵襲を認めた例は600μmの浸潤からみられた.EMRにおけるsm癌の根治性は,大きさが20mm以下,浸潤部の組織型が高分化型腺癌で潰瘍合併がなく,500μmまでの浸潤程度,E・V染色で脈管侵襲のないものと考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨 内視鏡的胃粘膜切除術(endoscopic mucosal resection;EMR)の材料で粘膜下浸潤を認めた23例のうち,8例ではEMR後に外科的切除術が,1例で追加EMRが施行され,14例では内視鏡的経過観察のみが行われた.外科的切除群のうち,3例には粘膜内(m)および粘膜下層(sm)に腫瘍の残存がみられたが,追加EMR施行例ではmのみに残存,5例では残存腫瘍はなかった.リンパ節転移は1例にのみ認めた.smに残存腫瘍を認めた3例には,非残存例と比較して,①長径が大きく(15mm以上),②脈管侵襲が明らかであり,③粘膜筋板から500μm以上のsm浸潤を認め,④低分化腺癌成分を含み,⑤切除断端からの距離が200μm以下で,⑥電気焼灼変性を示す例が多くみられた.肉眼的に隆起型を示す腫瘍には,深い浸潤を示す例でも腫瘍残存や再発を認めない例がみられた.上記の臨床病理学的所見を認めないsm癌は,EMRによって治癒的切除の可能性がある.

  • 文献概要を表示

要旨 教室で過去6年間に,EMRC法(endoscopic mucosal resection using a cap-fitted panendoscope)で内視鏡的粘膜切除を行った早期胃癌88病変,腺腫33病変を対象とした.68病変を一括切除,47病変を計画的分割切除,6病変を追加切除した.本法の治療効果,完全切除の判定,遺残・再発防止策などについて検討した.個々の切除標本の大きさは平均21mmと大型で,部位に関係なくほぼ一定であった.計画的分割切除における再構築は87%で可能であった.特に3分割切除までの30例すべてが再構築可能であった.分割切除例での完全切除の判定評価は,その組織構築性の可否から3分割程度までが妥当と考えられた.予後は5例にのみ遺残再発を認めたが,いずれも3か月以内に追加レーザー照射を行い,局所根治を得た.径15mm近傍以上の隆起性病変や境界不明瞭な平坦陥凹性病変に対するEMRの遺残防止策として,EMRC法による計画的分割切除は極めて有用な方法と考えられる.

  • 文献概要を表示

要旨 分割切除の成績を分析し,分割切除標本で完全切除の判定が可能かどうかを中心に検討した.1986年1月から1997年12月までに分割切除した早期胃癌は74例74病変あり,癌の大きさは平均14.7±7mm,対象が大きくなればなるほど多く分割切除される傾向があり,適応拡大により積極的に実施されていた.標本完全回収率は,多分割すればするほど低く,4分割以上の例では50%以下であり,組織構築は困難と考えられた.遺残再発率は2分割切除では10.5%,3分割切除では31.2%,4分割切除では0%,5分割切除では8.3%,6分割切除以上では25%であり,4~5分割切除のほうが遺残再発率が低い傾向がみられた.マーキングの有無による再発率は,施行した場合は8.5%,しない場合は29.6%であり,正確な切除範囲を設定して切除することが重要と考えられた.遺残再発例は,肉眼型ではⅡcが多く,部位ではM領域にあるもので,マーキング未施行例が多かった.症例での標本の病理学的シェーマからは完全切除の判定は不能で,切除後一定期問経過観察し,生検により遺残再発の率を判定していくしか方法はないと考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨 EMR切除標本の病理組織学的検索でm断端疑陽性または陽性,あるいはsm浸潤ありと判定され,外科手術に至った22例を用い,EMRの根治判定基準の拡大可能性について検討した.その結果,以下の結論を得た.①分化型癌では2mm間隔で検索された標本で断端疑陽性のもの,および,m断端陽性でも陽性断端部が1か所で,病変の中心部がEMR材料内に採取されていることが確認できた場合は外科手術材料で癌遺残を認めず,このような症例は根治と判定できる可能性が示唆された.一方,3か所以上の断端で癌陽性で,病変部の中心と切除標本の中心が明らかにずれている場合は例外なく癌遺残がみられた.②分化型癌のsm浸潤例においてはsm1で断端陰性のものは根治と判定できる可能性が示唆された.sm2症例でも水平断端,垂直断端ともに陰性のものは原発巣に癌遺残を認めなかったが,リンパ節転移陽性のものもあり,更に臨床病理学的検討を要すると思われた.③末分化型癌は内視鏡的に癌の範囲および深達度を正確に診断することが困難であることから,完全切除が確認しえない限り,手術適応とすべきであると思われた.

  • 文献概要を表示

要旨 EMR(endoscopic mucosal resection)を含めて胃癌の根治的局所治療における適応条件はリンパ節転移のないことであり,加えてEMRはその完全切除が得られることによって成立する治療法である.局所切除による治療法の最大の利点は,他の内視鏡的治療(組織破壊法)と異なり,外科手術と同様に切除標本の組織学的検索が可能なことである.EMRにおける切除標本の組織学的検索の目的は,本治療法の根治性の評価であり,①適応条件(リンパ節転移のないこと,つまり粘膜癌)の確認と②局所の完全切除の判定(切除断端における2mm以上の非癌粘膜の介在)である.したがって,根治を目的としたEMRでは適応をいかに厳密に規定しても,深達度やリンパ節転移の診断などの精度が必ずしも正確ではないために,適応外の症例を避けることができない.このような理由から,根治的EMRは切除標本の組織学的検索による根治性の判定によって初めて成立するものである.このような観点から,根治を目的とした(根治的)EMRは胃癌治療の第1選択となるが,あくまでも胃癌治療法の1つの手段(方法)であり,本治療法で根治が得られないと判断された場合には,次の,より確実に根治が期待できる治療法を追加する必要がある.つまり,局所治療で根治が得られなかった場合には躊躇することなく外科的切除を選択すべきであろう.

  • 文献概要を表示

 磨伊(司会) 本日はお忙しいところをお集まりいただきまして,ありがとうございます.ただいまから「胃癌EMRの完全切除の判定基準を求めて」の座談会を始めたいと思います.

 内視鏡的胃粘膜切除,EMR(endoscopic mucosal resection;EMR)と称しておりますが,早期癌,特にm癌の治療法として,外科的切除に代わってEMRが全国どの施設でも頻繁に行われるようになってきました.本日のテーマは完全切除,いわゆる根治性の判定基準を求めてということで,非常に時宜を得たテーマではないかと思います.根治可能な早期胃癌に対して,いわゆる完全切除の判定基準という命題を全国的に統一する時期にきているのではないかと思います.本日は胃癌EMRの完全切除の判定基準に絞ってお話していただいたうえで,それに関連する事項についていろいろご意見をお伺いしたいと思います.幸い本日の座談会にご出席の先生方は,この方面においてわが国のリーダー的存在としてご活躍されている方々でありますので,本日の座談会を通して,EMR完全切除の判定基準に対する一定のコンセンサスが得られるのではないか,と期待しております.一応順を追って話を進めますが,まず術前診断の実際と問題点という臨床の立場からお話しをお伺いしたいと思います.この司会は西元寺先生のほうから話を進めていただきたいと思います.

Coffee Break

忘れえぬ症例 多田 正大
  • 文献概要を表示

 現在,私は消化器科医として,特に大腸を中心に診療や学会活動をしているが,私にとって忘れられない症例は,何と言っても医者になって自分で最初に見つけた大腸癌症例である.昭和45年であるから,今から28年前の症例である.

 昭和43年に医学部を卒業したものの,大学紛争で2年間ブラブラしていたが,これではいけないと発奮して増田正典教授の主宰する京都府立医大第3内科に入局した.しかし紛争後の混乱の残る教室では,消化器診断学はおろか内科学全般の基礎も教えてもらえないまま,いきなり関連病院へ出張勤務に出されたものだから面食らった.当時は大腸ファイバースコープはまだ開発されておらず,大腸を研究する先輩も少なく,独学で注腸X線検査の手技を勉強して,おそるおそる第一線の診療に従事していた.早期大腸癌を発見できようものなら症例報告できたような時代である.

症例からみた読影と診断の基礎

  • 文献概要を表示

〔患 者〕61歳,男性.主訴:便秘および便潜血陽性の精査のため,東葛病院で大腸内視鏡検査が施行され病変を指摘される.加療目的で当院紹介となる.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は,72歳,男性.上腹部不快感を主訴に来院,上部消化管内視鏡検査でVater乳頭対側に白色絨毛状の丈の低いひだ状隆起を認めた.同部位からの生検で,悪性リンパ腫が疑われたため,膵頭十二指腸切除術を施行した.病理組織学的検索の結果,病変は2か所存在し,いずれも早期のfollicular lymphomaであった.十二指腸悪性リンパ腫は極めてまれであり,また本症例は,特徴的な内視鏡所見を有しており,若干の文献的考察を加え報告する.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は初診時81歳,男性.初回内視鏡検査ではS状結腸に8mm大のくびれを有す隆起性病変(Ⅰs型)を認めた.それから11か月後に施行した内視鏡検査では初回と異なり,病変全体が陥凹を主体としたⅡc+Ⅱa型の表面陥凹型腫瘍に形態を変えていた.内視鏡的に摘除された病変は直径10mmの病変で,実体顕微鏡観察では陥凹部は不整構造を示し,陥凹型由来とされるsm浸潤癌に一致するものであった.病理組織学的に間質の線維化の強い高分化腺癌で,癌は陥凹部の内側のみに存在し,non-polypoid growth(NPG)の形態を呈していた.本例は生検の既往がなく,Ⅰs型からⅡc+Ⅱa型へ形態変化を来した早期大腸癌としては最初の報告である.

--------------------

欧文目次

  • 文献概要を表示

 このたび医学書院より「マックでビデオ-医師のためのデスクトップビデオ編集(入門編)」が出版されましたので,推薦の言葉を一言述べさせていただきます.

 私の専門としております脳神経外科学の領域では,ほとんどの手術が手術顕微鏡下に行われております.臨床研究を主題とした学会や研究会では,当然ビデオによる手術の供覧がますます盛んになっております。スライドによる手術供覧よりも動画を用いたほうが,短時間に多くの情報を発表できることは当然のことで,また,聴衆にとっても百聞は一見にしかずで,動画を入れた発表から多くを学びとることが可能となります.

  • 文献概要を表示

 書店で「内科医の薬100-Minimum Requirement」を目にしたとき,“これだ”と思ったのには2つの理由があった.薬剤師として長い間医薬分業を主張してきたものにとって,薬の適正使用のキーは,医師の処方にあると強く感じていたことが1つ.それとWHOのエッセンシャル・ドラッグズの考え方に現れているように,ほんの数円の補液用薬剤があれば,何万人もの子供の命を救える開発途上国があるのに,日本では不必要な薬が使われすぎているのではないかと常日頃感じていたからである.

 従来の日本における繁用薬の中には,外国で副作用があるため開発を断念したものが含まれていたり,抗痴呆薬に代表されるように,とても先進国では許可にならない薬が入っていたりした.

  • 文献概要を表示

 自然科学の研究手法には3つのステップがある。“観察”“記録”そして“分析・検討”の3段階である.医学も自然科学の一分野である.ただし,臨床医学においては,“観察”の段階において対象が人間であり,単に観察対象として物理的に存在するのみならず,対象の能動的な情報提供がある点が他の自然科学とは異なる.すなわち生活歴や病歴などが現在の物理的存在体の観察に洞察力による解釈を与える.

 さて,自然科学における研究手法の第2のステップの“記録”であるが,現在では精巧な写真やビデオによる記録,身体の内部の画像の記録法は大きな進歩を遂げている。このような時代にあって自分の手を使ってイラストレーションを書く記録の仕方にどのような意義があるか? 私も学生には画像診断の画像,摘出標本の写真などを一度自分でスケッチさせる.記録の重要性を認識させる第一歩である.人間が物体を観察して存在する様態を明らかにするとき,その形状,色,動きなどは一度観察者の脳のフィルターにかかりそして理解される.観察の第一歩である.すなわち“心ここにあらざれば見れども見えず聞けども聞こえず”であり,そこに表現される対象の様態は記録者の理解で変わってくる.漫然と撮られた写真一枚は場合によっては全く意味をなさない,それに対し観察者が描いたスケッチはその観察者が何を見,何を理解したかを的確に表現する.

  • 文献概要を表示

 がん転移と聞くと,外科医になりたてのころ,がん手術の前立ちしたときに教えられた“no touch isolation”が反復される.お腹が開いたら,がんを“触るな,持つな,握るな”と口酸っぱく言われた.どのように気遣いをしても転移をするものはしたし,そのころ,がんが転移するメカニズムもほとんどわかっていなかった.今はどうだろう.本年度の日本癌学会(阿部薫会長)で「がんの浸潤・転移」のカテゴリーに分類された演題数は,総演題数2,811題のうち260題を占める.ちなみに,初めて癌学会に出席した1973年,第32回総会での転移の演題数は,645題のうち21題であった.“転移を制するものはがんを制する”の言葉通り,今,がんの制圧を目指す英知がここに集約されていると言ってもよい.

 臨床医はこれまで,ひたすらきめの細かい臨床研究を行い,外科手術,化学,放射線,免疫療法を駆使して臨床成績の向上に貢献してきた.加えて,原発巣からの離脱に始まり,定着,増殖に至るまでの複雑で長い過程を経て転移するメカニズムが解明されつつあるが,一方,成す術もなく,多くのがん患者を失うのも現実である,われわれ臨床家は,基礎研究に根差した画期的な治療指針の出現を一日千秋の思いで待っているが,何かの手掛かりをと思っても,正直に言って基礎研究と臨床の溝は余りにも幅が広すぎる.

  • 文献概要を表示

 本書は疾患の典型例をただ並べた教科書ではない.実際の診療の場でどのように所見をとらえ,どのように解釈し,どのように具体的に診断していくかを示す,いわば道しるべであり,そこに他書と違った価値がある.すなわち,大学病院で実際に医学生や研修医に消化管のX線診断について,教育し指導してきた齋田幸久博士の経験が,必要にせまられてこの単行本にしたものである.その間の事情は著者の「序」の文章に満ち溢れている.“これは何?”→“胃癌ですか”→“じゃあ,なぜ癌なのか?”→“沈黙”.この繰り返しから,著者の齋田先生は次のように考える.“これはたとえ病名や所見の知識はあっても,実際の診断の場で形態学としての画像診断の基礎的なトレーニングが欠けているためである.画像から診断する術を知らず,疾患名が示されたあとで画像を見ることに慣れすぎているのである”と.更に“実際の臨床の場で診断が既に確定している場合には,画像は単なるお飾りにしかすぎない.画像診断を独立して行い,内視鏡所見や組織学的診断との厳密な比較検討によって最終診断を確定して,その後の治療方針を決定するのが本来あるべき姿である”と再確認する.この序の文章には,本書を書くことを思い立った動機と精神が凝縮されており,この精神で書かれたこの単行本の価値が現れている.

 この本は実用書として書かれたものである.それは胃のX線診断の基礎である「胃の立位充盈像の診断」,「二重造影その他の造影像」,「癌の診断学」が中心の章となり,「立位充盈像の読影の実際」と「症例」の章で,胃癌,良性腫瘍,潰瘍性病変,悪性リンパ腫,ポリポーシス,カルチノイドなど20症例が,適時に順序よく配置されていることからわかる.それも各症例のX線写真で,“設問→所見→解説→診断→ポイント”の順でまとめられている.また必要な場合には,「NOTE」欄が設けられている.しかも,原理を理論とわかりやすい“たとえ”の言葉とわかりやすいシェーマを使って説いているから,理解しやすい.重要なところを,蛍光ペンで塗っていったところ,いつの間にかこの本は色だらけになった.これはそれだけ価値があり,重要なことに溢れた本であることを示している.

 私と齋田博士は,国立がんセンター放射線診断部で市川平三郎先生(国立がんセンター名誉病院長)を始めとする諸先輩のもとで,消化管の検査とともに多くのカンファレンスに出席した.齋田先生は消化管癌の術前・術後検討会,切除標本の切り出し会,胃ミクロデモで,常に平静で明晰な頭脳と理論にたった発言をされていた.それは長い間,消化管以外の多くの臓器で,画像診断と教育,指導に携わってこられたためであり,知識が豊富なことに感心したものであった.当時,九州からの研修医が多く,理論よりも感覚で,客観的よりも主観的になりがちなカンファレンスの中で,齋田博士は貴重な存在であった.また,がん中心になりがちな検討会で,がんと間違われやすい炎症性病変などのフィルムを持参し,放射線診断部グループのティーチングファイルとして重要な画像を提供してくれた.今回の本にはこのように,消化管の画像診断を愛着し続けた.また長い間教育者として後輩の指導に従事されてきた齋田幸久博士の思い入れが,随所ににじみ出ている.胃の画像診断に従事している,またこれから従事しようとしている研修医やレジデントの先生方には,必読の本である.

  • 文献概要を表示

 「内科医の薬100-Minimum Requirement」第2版が上梓された.“新しい診療よりもよい診療を”の哲学に基づいて,常用する薬剤の種類を制隈し,評価の確立した薬のみを使用するという初版の編集方針は第2版でも貫かれている.

 わが国では伝統的に,“医療者=くすし,薬を調合,処方するもの”というイメージが強く,医療者の側にも,多くの薬,それも,新薬,秘薬を他人に先駆けて使うのが名医という風潮があった.この習俗的伝統と保健行政策があいまってわが国の薬剤処方量は世界でも例外的に多い.本書は,この風潮を“誤解”と一刀両断にしており,その挑戦精神には拍手を送りたい.

編集後記 西元寺 克禮
  • 文献概要を表示

 内視鏡的粘膜切除術(EMR)は早期胃癌の治療法として確立されたものであり,その適応,方法,成績などについて活発に議論されてきた.外科手術でほぼ100%治癒が望める早期胃癌に対し,EMRがより普及するためには,相対例はともかく,絶対的適応例においては完全切除が達成されなければならない.この完全切除の判定基準が,今日なお施設によって異なるため,その相違点を明らかにするとともに,基準作成の一歩としたいというのが本号の趣旨である.水平方向,垂直方向の両面から見た完全切除についての論文が寄せられたが,その基準は執筆者によって異なっている.一致しているのはburn effectを期待してはならず,切除断端に正常組織が確認されたものという点であるが,sm癌の判定はやはり慎重でなければならない.水平方向に関しては,正常腺管がどの程度確認できるかという点でいろいろな意見があり,座談会でもこの点が議論されているので,参照されたい.最も大きな問題は分割切除の基準である.計画的分割切除でも,2~3分割であれば再構築が可能だとするものもあるが問題が残り,現時点では一括切除例で完全切除の判定基準を決めることが先決であろう.しかし全国的に分割切除が積極的に行われる傾向にあり,分割切除時の判定基準についても検討が必要である.

基本情報

05362180.33.12.jpg
胃と腸
33巻12号 (1998年11月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
3月18日~3月24日
)