胃と腸 32巻6号 (1997年5月)

今月の主題 早期胃癌から進行癌への進展

序説

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 主題の背景

 本号の主題「早期胃癌から進行癌への進展」は,ちまた間に流布している早期胃癌の“がんもどき”説を多少とも視野に入れて企画されたものである.もっとも,執筆を依頼された方々は,そのことを知らされてはいないから,本号の主題論文には,そのような珍説との関連を論じたものはないであろう,というのが筆者の推測である.

 筆者は,冒頭から“がんもどき”説を珍説とみなしたわけだが,その心境はと言えば,わが伝統ある雑誌「胃と腸」にこれを取り上げることさえ学問の品位を傷つけるもの,などという傲慢さは微塵もない.むしろ,“試みに見よ,古来文明の進歩,その初め皆,所謂異端妄説に起らざるものなし”という歴史の教訓を忘れてはいないし,また,“現在わたくしどもの共有する科学理論に対して致命的な反証となる「事実」をすでに数多く入手していながら,しかも,それに気づいていないことがあるかもしれない”という焦燥感もまた十分に持って事に臨んでいるつもりである.

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要旨 今回われわれは,胃癌の進展と癌細胞が発現する糖鎖の関連を,約400症例の胃癌について17種類のレクチンと8種類の単クーロン抗体を用い組織化学的に検討した.また2種類の抗p53蛋白単クローン抗体を用いた検索も同時に行った.その結果,胃癌の進展と糖鎖発現との間には,未熟糖鎖と関連する深達度→リンパ節転移のルートと,既存の糖鎖や新生糖鎖などの成熟型糖鎖が関連する肝転移,腹膜転移のルートがあると考えられた.前者に関わる代表的糖鎖はTn抗原で,ABH血液型糖鎖やLewis型糖鎖は後者に属した.Tn抗原発現とp53蛋白発現には統計学的に有意な関連がみられた.

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要旨 早期胃癌の転移の実態を多数例の集計から検討した.全国胃がん登録から5年分を集計すると,m癌13,951例,sm癌11,683例のリンパ節転移率はそれぞれ2.3%,16.7%であった.また,胃癌研究会の主題としてm癌およびsm癌が取り上げられた際の抄録からリンパ節転移について集計すると,m癌2.1%,sm癌17.7%という転移率となった.m癌では,潰瘍(瘢痕)を伴う陥凹型,未分化型,腫瘍径が大きい,の3点がリンパ節転移例の特徴として挙げられていた.早期胃癌の同時性血行性転移は極めてまれであった.病理検索方法により深部浸潤やリンパ節転移の検出に差が生じることを常に念頭に置くことが重要と思われた.

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要旨 高齢者における胃癌の発育経過を調べるため,1年以上追跡された58例を,高齢者(65歳以上)21例と対照者(65歳未満)37例に分け,更に,得られた画像からその経過を2群に分け,A群(23例)は病変が指摘できないかあるいは早期胃癌の形態から2年以内に進行癌に変化したもの,B群(35例)は初回検査で早期胃癌の形態を認め,2年以上観察され,なお早期癌の形態にとどまったものとした.①初期病変の形態,②組織型,③病変の占拠部位について検討した.その結果,高齢者では,初期病変が隆起型の癌は陥凹型に比較し形態変化の速度が有意に緩徐で,対照者と差がみられた.また,陥凹型の癌をUl(+)とUl(-)に分けて検討すると,高齢者のUl(-)群では有意差をもって形態変化が急速という結果が得られ,これは対照者でも同様の傾向があった.組織型,占拠部位には高齢者でも対照者でも特に有意差は認められなかった.

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要旨 経過観察例における内視鏡所見の変化,単発胃癌切除例(3,002例)における肉眼形態の統計学的検討により,早期胃癌から進行胃癌への進展過程を考察した.最終診断が進行癌であった経過観察例のうち,確診5年以内に良好な内視鏡写真が得られた26例の病変像をみると,Ⅱc類似進行癌では潰瘍所見を示すものが78%(7/9)を占めた.また,2~4型では潰瘍所見を示すものは24%(4/17)にすぎず,異常所見を認めなかったものと非潰瘍性のわずかな異常所見(小陥凹像や色調の異常など)を示すものが大部分で,これらの進行癌への進展は急激であった.また,prospectiveな経過観察となった2例ではいずれも短期間に顕著な増悪所見が認められ,早期癌から進行癌へ至る進展過程の一端を把握しえた.一方,多数例の胃癌切除例による多変量解析では,特に若年の陥凹型早期癌から3型,4型進行癌への進展が示唆された.以上の成績は早期癌から進行癌への進展は多種多様であるが,おおよそ潰瘍性と非潰瘍性の2つのパターンに大別可能であること,早期診断をより確実なものとするには非潰瘍性のわずかな異常所見に留意すべきであることを示している.

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要旨 1992~1994年度の当協会の胃集検受診者717,199名から発見された胃癌1,011例の中で集検受診前歴のある進行癌202例の,5年間の前歴フィルム延べ478件を見直すことにより胃癌の発育進展の検討を行った.検討にあたり,消化性潰瘍の有無と癌性隆起の有無により発見癌をⅠ型からⅥ型の6種類に分類した.年単位の期間別示現率を分析すると,ⅠA,ⅡA,ⅢAなどのUl(-)群で示現率が低く,形態変化の速い癌と考えられた.一方,ⅤA,ⅥAといったUl(+)の癌は示現率が高く,形態変化の遅い癌と考えられた.また,これらの進行癌の前身の早期癌の型としてはⅠAはⅠEから,ⅡAはⅡEとⅢE,ⅢAはⅢE,ⅤAはⅤEとⅥE,ⅥAはⅥEからの進展例が多く観察された.

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要旨 患者は71歳の女性.1988年11月心窩部不快感を訴え受診し,胃内視鏡検査で前庭部小彎に径約5×2mmの0′-Ⅱc型粘膜内癌を指摘され,生検でも高異型度分化型癌と診断された.その後患者との連絡がとれず,5年後の1993年11月に近医から紹介され再受診し,前庭部小彎に径19×16mmの3′型進行癌を認め胃亜全摘術が施行された.深達度はmpであった.初回生検時,本腫瘍(粘膜内癌)のKi-67 LIは26.5であったが,5年後の切除標本では更に異型度の高くなった腫瘍細胞から構成され,粘膜内腫瘍部と考えられる領域のKi-67 LIは83.7と増加していた.本例はⅡc型高異型度分化型癌が5年間に更に異型度を増しながらmp癌へと発育進展した1つのnatural historyが追えたものと考えられた.

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要旨 患者は64歳,男性.食道粘膜下腫瘍を6年間経過観察中にⅡa型早期胃癌を発見し,遡及的にX線・内視鏡所見を検討した.病変部は6年前のX線で既に顆粒状不整が認められた.その後5年間変化に乏しく,2年前に生検されているが診断に至らなかった.6年目にX線・内視鏡とも明らかなⅡa型早期胃癌に変化した.深達度m,高分化型管状腺癌であった.本症例は,癌が粘膜内にとどまったまま緩徐に発育し,最後の1年間で急激に形態変化を来したと考えられた.

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要旨 呼吸不全で発症し原因不明の肺高血圧症と右心不全を伴って発症後約8か月で死亡した症例を経験した.患者は29歳の女性で妊娠18週であった.剖検したところ,胃角部前壁の20×20mm大の粘膜内癌と広範囲なリンパ節,骨髄,卵巣に転移が認められた.肺転移はなかったが,両側全葉の小~細動脈に腫瘍塞栓の多発と血管内膜の著明な肥厚による高度の狭窄が認められ,いわゆるpulmonary tumor thrombotic microangiopathy(PTTM)が直接死因と考えられた.本症例はm癌の遠隔転移例である点,およびPTTMを合併している点で稀有な例であるが,転移とPTTMの責任因子を解明する目的で癌細胞のestrogen receptorとtissue factorの発現を免疫組織学的に検討した.しかし両者とも染色陰性であった.

早期胃癌放置例 奥井 勝二 , 原 久弥
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要旨 胃集団検診で発見された早期胃癌392例の中で,加療がなされない放置例16例の臨床経過,遠隔成績などについて報告する.治療がなされなかった理由は,患者の診療拒否,高齢,合併症などである.5年累積生存率は61.1%,10年累積生存率は27.9%である.早期胃癌の中には加療しないで放置していても長期間生存している症例もあることが判明した.

Coffee Break

近藤誠氏の著書に思う 市川 平三郎
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 1.はじめに

 近藤誠氏の著書「患者よ,がんと闘うな」「がん検診百害あって一利なし」などが,近ごろちまた間を騒がせている.

「胃と腸」の読者がこれらの著書に惑わされているとは思わないが,ひょっとすると,患者さんの中には迷わされていたり,なかには盲信する人もいて,その対応に困惑されている方もおられるかもしれない.そこで,これらの著書に書かれていることで,どこが世間に受け,どこが間違っているのかを指摘して,早くこの問題から脱脚するための参考になれば,と思って,貴重な本誌の一部をいただくことにした.

症例からみた読影と診断の基礎

【Case 3】 飯田 三雄 , 武田 昌治
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〔患者〕 68歳,男性.主訴:便潜血陽性.

【Case 4】 牛尾 恭輔
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〔患者〕 50歳,男性.主訴:悪心.

リフレッシュ講座 胃の検査手技の基本・1

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 はじめに

 筆者に与えられたテーマはより良いX線写真を撮るための工夫ということであるが,筆者が精密検査時,二重造影像をどのようにして撮影しているかについて述べることでその責を果たしたい.

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要旨 〔症例1〕は,70歳,女性.胃癌術後の検診目的で来院し,X線検査で胸部上部食道に棍棒状の隆起性病変を指摘された.〔症例2〕は,52歳,女性.嚥下時不快感を主訴に来院し,X線検査で胸部中部食道に亜有茎性隆起を指摘された.いずれの症例も内視鏡検査では頂部に白苔の付着した発赤調の表面平滑な隆起であり,生検でpyogenic granulomaと診断された.本症はポリープ状の易出血性腫瘤で,外傷を受けやすい皮膚や口腔粘膜に発生する良性肉芽腫性病変である.口腔粘膜以外の消化管での発生は極めてまれであり文献的考察を加えて報告した.

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欧文目次

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 著者はこの本を日本初の衛生学的死生学の教科書と位置づけている.個人および社会の健康増進をめざす衛生学の立場で死生学を解説しようとする著者のユニークな試みは,大成功したようにみえる.ちなみに山本俊一氏は6代目の東大衛生学教授で,1992年には医学書院から「死生学のすすめ」を出版している.

 副題が示すように,本書は第1部“他者の死”と,第2部“自己の死”から構成され,それぞれ130頁,174頁が当てられている.著者によると両者はまったく別物であり,死生学を始めるにあたってまずその区別をはっきりしなくてはならない.“自己の死”をどう理解するかによって,“他者の死”の理解が変わってくる.本書は,この2つを合成するために書かれた.

書評「胃外科」 安富 正幸
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 わが国では外科医の大部分は消化器外科に関係し,その中でも最も多いのが胃の外科である.その意味で胃外科は消化器外科の中心であり,基本だと言うことができる.日本の胃外科は国際的に見ても最も進んだ外科である.まさに胃外科に引っ張られて日本の消化器外科が発達してきたのである.このように胃外科が進歩した理由はわが国では胃外科の対象となる疾患,特に胃癌が多かったからであるが,胃外科の先達のたゆみない研鑽と,それを引き継いだ現在の指導者の研究の賜物であろう.これらの指導者の執筆による胃外科が上梓された.本書は胃外科の指導者による集大成である.

 胃外科の中心である胃癌は,診断・治療の進歩により根治率が著しく高くなり生存率が改善したが,依然として癌死亡の第1位である.また胃潰瘍は薬物療法の進歩により手術数は減少したにもかかわらず,穿孔・狭窄など最も重要な外科的疾患の1つである.胃癌の手術は消化器のみならず癌外科の基本であり,胃癌の外科の考え方や手技が癌外科全般の発展をもたらしてきた.したがって胃癌外科の歴史や手技を習得することから消化器外科ひいては外科一般の手術を理解することができる.

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 “例えば電話で相談を受けたとき,フィルムを直接見ることができなくても,何々サインがあると,言われたら,誰もが一定のパターンと鑑別診断が思い浮かべられるよう,サインを普及させよう”が,専門医試験に取り組んでいた先輩の言であった.Felsonが1950年に命名したシルエットサインはサインの有用性をわれわれに認識させ,また放射線専門医試験もサインを普及させる役を担ったように思える.人局後間もなく放射線専門医制度が設立され,それを受けようとしていた先輩たちは,不得意分野やあまり馴染みのない領域のサインを憶えてとりあえず知識を増やそうとしていた.筆者も,本書初版の序に記載されている西岡清春教授著の「Roentgen signs特定の呼び名のついたレントゲン・サイン」を随分活用させていただいた.この本は本邦で初めてサインをまとめたテキストブックであったが,今では若い人があまり興味を持たない単純写真,消化管造影検査,経静脈的尿路造影,血管造影におけるサインが記載されていた.

 今手元にある「画像診断のための知っておきたいサイン」は,先ほどのいわゆる古典的なX線診断のサインのほかに,最近のモダリティーを反映しCTやUS,核医学などの画像診断のサインがわずかではあるが加わっている.しかし画像を正確に診断するにはまず病変を拾い上げ,鑑別診断をリストアップできるようにという基本的な姿勢は西岡先生の著書もそうであったが,この本でも貫かれている.

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大腸拡大内視鏡検査におけるクレシール・バイオレット染色の使用法とその役割

(質問)拡大内視鏡検査で大腸のpit patternを見る場合,色素剤としてクレシール・バイオレットが効果的とされていますが,以下の点についてご教示下さい.

 ①クレシール・バイオレットは強い腎毒性があるとされていますが,安全に用いるためには,濃度,使用量はどの程度にすればよいのでしょうか?

「胃と腸」質問箱 多田 正大
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内視鏡治療後の大腸ポリープの回収方法

(質問)大腸ポリープを内視鏡治療した後の摘除ポリープの回収方法について質問します.今まではオリンパス光学製の三脚型把持鉗子で回収していましたが,滑ってうまく掴むことができないことがあるため,現在は五脚型把持鉗子を用いています.この鉗子ではずいぶん把持しやすくなりましたが,それでもスコープごと抜去する途中でポリープを落としてしまうことがあります.特に大きいポリープは肛門郎を通過できないこともありますし,組織の挫滅も少なくありません.何か良い方法,工夫があれば教えてください.

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“表層拡大型大腸腫瘍”と“結節集蔟様大腸腫瘍”

(質問)本誌31巻2号「いわゆる表層拡大型大腸腫瘍とは」について意見を述べさせていただきます.ここでは“表層拡大型腫瘍”の定義は,胃や食道と同様に,粘膜内を広く,主に水平方向に発育進展し,深部への浸潤を来しづらいものとされています.しかし,同号の多田論文にもありますように,“結節集蔟様”とどこが違うのか十分に理解できません.なぜ,“結節集蔟様”の用語が不適当であるのか明確にしていただきたいと思います.

 ちなみに,われわれは“結節集蔟様”大腸病変について既に,Gastroenterol Endosc 37: 739-744, 1995に発表していますが,その後の症例を加えて71例で検討しましたところ,5cm以上の病変は6例(8.5%)でありました.6例すべて癌で,2例がm癌,4例はsm2以深へ浸潤していました.したがって,ここで言われている厳密な意味での“水平発育型”は2/71(2.2%)となり,極めて数が少なくなります.

書評「臨床薬理学」 高久 史麿
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 今回,日本臨床薬理学会の編集により,「臨床薬理学」が刊行された.本書は臨床薬理学会が初めて学会編集として出版した本格的な臨床薬理学のハンドブックである.

 周知のごとく,ソリブジンと5FUとの併用による死亡事件に引き続いて,いわゆる薬害エイズ事件が大きな社会的な問題となり,医薬品の適正な使用法の徹底と医薬品に関する情報の伝達機構の整備の重要性が強く叫ばれるようになっている.このような世論に対応すべく,厚生省では医薬品安全性確保対策検討委員会(森亘委員長)を設置し,2年以上にわたってこの問題についての検討を行ってきた.この委員会の最終報告書は近いうちに公開されることになっているが,その中で強調されていることの1つが,医学の卒前・卒後教育における臨床薬理学教育の重要性である.また,最近,医薬品開発の国際化に対応した新しいGCPの基準が作られようとしている.

編集後記 牛尾 恭輔
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 腫瘍は細胞自身が多段階的に形質を獲得して,より悪性度が増し,臨床的な癌へと発育進展してゆく.この変化はprospectiveにまたはretrospectiveに,画像上で形態上の変化として認識される.本号はこの視点から胃癌の自然史を追求したものである.

 ところで最近,近藤誠氏の“がんもどき理論”という空論が医学の場にも,消化管癌の診断と検診の場にも入り込み,不安をあおり立てている.消化管癌に関して,その空論の間違いは,丸山が序説の中で文字の1つ1つに魂を込めて詳しく述べている.また,市川は多くのたとえ話を例に挙げ,胸がすくようによりわかりやすく説明している.読者の皆様は,熟読していただきたい.さて「胃と腸」は,時間学と形態学に合致した実証主義の下,過去30年余にわたり,多くの早期胃癌や早期大腸癌が個体や時間に差はあるにせよ,進行癌に推移してゆく事実を明らかにしてきた.これに対し極めてまれな例を代用して,あたかも大多数の癌に当てはまるかのごとく述べる近藤氏の“がんもどき理論”は,評論家の枠を越えない空論であると言えよう.本誌はあくまで実証主義に基づいた理論を打ち立て,医療の場に貢献しているからこそ高い評価を得ているのである.今後とも,その立場は堅持され続ける.それが科学としての使命である.

基本情報

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胃と腸
32巻6号 (1997年5月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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