胃と腸 28巻9号 (1993年8月)

今月の主題 虚血性腸病変の新しい捉え方

序説

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 多田,丸山,藤野編集「胃と腸ハンドブック」(医学書院,1992)の虚血性腸炎の項では,新しい診断学の各論には深入りしなかった.それは,すでに,オランダのReedersらが1981年,1982年の仕事をまとめたX線診断の大著(1984)があったが,その内容を吟味することも新しい研究であるし,本誌の構想もあったので,よく吟味してからと思い,あとで改めて検討しようという気持ちが,強かったからである.

 Reedersらの著書には,渡辺・堀向の病理所見をまとめた第一報(1982)の図が,出ている.そんなことには触れずに,「胃と腸ハンドブック」では,少し教科書風に,いわば官制の学風にのっとって書いた.本誌との接点をなすもの,という気持ちであった.本誌は違う.本格的なものである.

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要旨 虚血性腸病変の名称,定義,分類などについて,いくつかの問題点が浮き彫りになってきている.すなわち,①虚血性腸病変は単に血流障害のみによって発症するのではなく,さまざまな原因が複合して発生するものであり,広い疾患概念で見直されなければならない,②Marston分類における一過性型と狭窄型の違いは重症度の差にすぎず,病因別に分類するほうが本症の成り立ちを考えるうえでふさわしい,③ほとんどの腸疾患の発生と進展に,少なからず虚血が影響しており,多くの腸疾患は広義の虚血性腸病変とみなすべきである,④未知であった虚血の原因が次々と解明されるにつれて,狭義の虚血性腸病変(spontaneous ischaemic lesions)は次第に少なくなっている,などである.“虚血性腸病変”は疾患名ではなく,単に病状,現象を表しているにすぎず,本症は“虚血性腸病変症候群”として捉えられるべきである.その過程で,病因が判明している場合には,それを明記しておくことが望ましいし,既知の疾患の経過中に典型的な虚血性腸病変が合併した場合にも,その事実を記述しておくべきである.複雑であっても可能な限り詳細に病因,病態を記しておくことによって,本症の新しい疾患概念を考えるうえで,整理が容易になる.

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要旨 筆者らが経験した虚血性大腸炎82例の臨床像を分析した.その結果,①狭窄型(21例)と一過性型(61例)の比較では,年齢,下血の有無,併存疾患の有無,発病5日以内の血沈1時間値が有意に異なっていた,②若年者群(44歳以下の20例)と高齢者群(70歳以上の16例)の比較では,発症前の便秘の有無,病型,発病4日以内の血沈1時間値に有意差を認めた,③狭窄型21例中5例にX線上管状狭窄を認め,治癒が遷延した,④再発が5例(6.1%)にみられた.本症の診断に際しては,糞便あるいは生検組織の細菌培養(特に病原大腸菌感染の除外)が重要と考えられた.虚血性大腸炎以外の虚血性腸病変として,閉塞性大腸炎,虚血性小腸炎,経口避妊薬服用後の虚血性大腸炎,腹部外傷後の虚血性腸炎,静脈硬化症による虚血性腸病変,アミロイドーシス,膠原病,放射線腸炎,Schönlein-Henoch紫斑病,宿便性潰瘍,急性出血性直腸潰瘍が挙げられる.また,病原大腸菌(O157:H7)による感染性大腸炎,合成ペニシリン起因性大腸炎,潰瘍性大腸炎,Crohn病でも虚血性変化の関与が疑われている.虚血性腸病変の分類は,臨床像と病因を加味して行うことが重要である.

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要旨 種々の理由で切除された虚血性腸病変358症例(372病変)の病理形態分類を再検討した結果,肉眼型は,①うっ血・出血型,②多発びらん型,③潰瘍型,④壊死型(粘膜壊死型,全層壊死型)に大別され,各肉眼型は,活動期,治癒進行期,治癒期,難治期に病期分類された.また,虚血性腸病変の肉眼形態は発症初期の虚血の程度と虚血の原因によって決定され,特に潰瘍型のうち縦走型は末梢側の血管障害に,輪状型と帯状型は中枢側の血管(動脈)障害に,円~卵円型は末梢側の動脈障害に由来すると推定された.この分類により,観察時点で純形態学的に虚血性腸疾患のすべてが肉眼分類可能で,加えて虚血の程度や病変の時相が表現され,予後や原因の推定が可能である.

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要旨 虚血性腸病変96症例〔上腸間膜動脈血栓・閉塞症(SMA-EO)21例,上腸間膜静脈血栓症(SMV-E)6例,虚血性小腸炎20例,虚血性大腸炎46例,静脈硬化症3例〕の摘出材料を用いて,病理形態学的立場から検討した.SMA-EOとSMV-Eを比較すると前者は貧血性梗塞9例と混合型梗塞11例に分けられ,後者は全例出血性梗塞であった.組織学的にも後者で出血,うっ血,水腫が強い.虚血性小腸炎と虚血性大腸炎の肉眼像は,前者は全周性帯状潰瘍,後者は結腸紐に沿う2~3状の縦走性潰瘍,全周性帯状潰瘍,匍行状潰瘍および3者の混合型が特徴的であった.組織学的には両者ともに血管性肉芽組織,線維筋症,担鉄細胞,器質化血栓ないしアテローマ塞栓が注目された.静脈硬化症による腸病変は右半結腸のみに存在し,肉眼上暗紫色調,半月ひだ腫大・消失を伴う著明な壁肥厚が特徴的で,光顕的には静脈壁の線維性肥厚と石灰化,粘膜下層の高度線維化と粘膜の血管周囲性膠原線維の沈着,および粘膜下層の小血管壁への泡沫細胞の出現が特異的であった.以上の結果をもとに,SMA-EOとSMV-Eの鑑別は可能であることを指摘し,併せて静脈硬化症による虚血性腸病変はnew entityである可能性を考察した.

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要旨 虚血性大腸病変の臨床例では腸管の血流障害を証明することは困難である.そこで,実験的に血流障害を作製し,生じた病変の画像を点(P),線(L),面(A),深さ,更に経過(時間)を考慮して整理し,実験的虚血性大腸病変の画像の“ものさし”を作った.X線像でバリウム付着異常があり,肉眼像で浮腫,びらんがあるものは動脈系の障害の初期像,びらんがないものは静脈系の障害の初期像であった.X線像で管状狭小化がみられ,肉眼像で厚い白苔の付着する潰瘍性病変は,動脈系障害の時間が経過した像であった.X線像で屈曲,捻れがみられ,肉眼像で粘膜ひだ集中を伴う潰瘍を認めるものは,動脈系障害の治癒像で,コイル様外観などのloopの変形は主に腸間膜の病変による像であった.X線像で拡張がみられるものは,広い範囲の血流障害であった.実験で作った虚血性腸病変の“ものさし”を使って,臨床例にみられる虚血性大腸病変の画像を解析し,障害された主な血管および障害からの時間をある程度は推定できると考えられた.

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要旨 患者は44歳,女性.1日6行の粘血性の下痢,左下腹部痛を主訴に当科を受診.大腸内視鏡検査で横行結腸に線状潰瘍瘢痕と,下行結腸に縦走潰瘍を認め,虚血性大腸炎と診断した.同時に,直腸には,多発する線状の縦走びらんを認めた.更に同様の線状の縦走びらんを認めた8例も合わせて検討すると,この直腸からS状結腸に多発する線状の縦走びらんは虚血性大腸炎の軽微な像と思われた.この所見は若年者にも認められ,2週間から4週間の保存的治療により消失し,また再発例も認めた.直腸からS状結腸に多発する線状の縦走びらんは下血の鑑別診断上念頭に置く必要があると思われた.

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要旨 患者は57歳,男性.2年5か月前から右側腹部痛出現.注腸X線検査で横行結腸から上行結腸にかけて壁の硬化,管腔狭小化および偽憩室様変形を認めた.また,腹部単純X線像で上行結腸に一致して血管の著明な石灰化が存在した.大腸内視鏡検査では横行結腸粘膜に浮腫,発赤が認められ血管透見像は消失していた.また,一部に縦走傾向の潰瘍を有し,管腔は狭小化していた.以上からCrohn病を疑い中心静脈栄養を施行したが症状が消失せず,大腸亜全摘術を施行.病理組織学的所見から,静脈硬化症による虚血性腸病変と診断された.静脈硬化症による虚血性腸病変はまれで貴重な症例と考え報告した.

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要旨 患者は63歳,男性.18年間の糖尿病と高血圧の既往歴を認めた.閉塞性動脈硬化症に対して腎動脈下に大動脈を遮断し,大動脈の血栓内膜摘除術,大動脈~両側大腿動脈バイパス術を施行した.術後1病日に右下腹部痛,発熱,白血球増多がみられ,同時に心筋梗塞を発症した.腹部所見が比較的軽度であり,心筋梗塞急性期であったため禁食,抗生物質投与,輸液療法で保存的治療を行った.術後36病日の注腸造影で回腸~上行結腸瘻,回腸~回腸瘻が確認された.その後も経口摂取を開始すると消化管通過障害を訴え,炎症所見の増悪がみられたため,初回術後4か月目に回腸,上行結腸切除術を行った.病理組織学的所見で虚血性腸炎による粘膜の広範な脱落,再生と粘膜下の著明な線維化がみられた.また,粘膜下の小動脈にコレステリン結晶塞栓と漿膜下の中小動脈にも動脈硬化の所見を認めた.以上から動脈硬化症を基礎としたコレステリン結晶塞栓による虚血性腸炎が考えられた.患者は再術後2週間目に軽快退院した.

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 〔患者〕24歳,女性.1990年4月ごろから,ときどき右下腹部痛あり.9月から右下腹部痛増強.38℃台の発熱あり,急性虫垂炎の疑いを持たれた.10月30日入院.入院時,右下腹部に圧痛のある腫瘤を触知した.入院時検査成績では赤血球326×104/μl,ヘモグロビン9.0g/dl,白血球3,200/μl,血沈83mm(1時間値),CRP0.4mg/dl,血清総タンパク7.9mg/dl,アルブミン3.6mg/dl,CEA1.0ng/mlであった.

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 〔患者〕74歳,女性.1990年1月ごろから食欲不振出現,ときどき黒色便を認めるようになった.同年8月20日近医受診.貧血と胃病変を指摘され8月22日紹介入院となった.

用語の使い方・使われ方

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 内視鏡検査の際に,十二指腸球部で観察される小白苔を言う.小白苔が集簇する形で見られることが多く,その状態が霜降り肉に似ていることから,この病変名が付けられた.

 小白苔の部分は,当初,組織標本でUl-Ⅱ程度の浅い病変が認められたとされたが,その後の検討では小びらんの白苔または炎症による線維滲出などによる白苔であろうとされている.

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 胃前庭部や胃体部に,円形の山田Ⅱ型の立ち上がりを主とし,頂上部にびらんを伴い臍窩状に見える隆起を言う(Fig.1).前庭部に多い.

 最初に用いた青山は,タコの吸盤に似ていることから,“タコイボ”と記している(日本臨牀22:1925,1964).この隆起が皺襞上に連なって観察される所見が,タコの足の吸盤の連なり(Fig.2)のように見えることから,この名称が付されたという説もあるが,明確な記載はない.日常の検査では,内視鏡検査での送気,X線二重造影での送気や発泡剤の使用のため,皺襞が伸展され,散在性に観察されることが多い(Fig.3).空気を少量にすると,皺襞上に存在するのがわかる(Fig.4).

学会印象記

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 第39回大腸癌研究会は1993年7月17日(土)に福岡大学筑紫病院消化器科の八尾恒良教授のもとで開催された.前夜からの雨もようやくあがり,会場の福岡電気ホールには,早朝から多数の会員が参集した.今回の主題は「Ⅰ.表面型大腸腫瘍:定義,肉眼分類および病理組織診断について」と「Ⅱ.直腸癌に対する神経温存術式の功罪」の2つであり,両主題ともに口演・示説で多数の発表が行われ,活発な討論が繰り広げられた.

 「主題Ⅰ.表面型大腸腫瘍:定義,肉眼分類および病理組織診断について」では,まず「表面型とはなにか」という定義について各演者の考え方が示された.結論から言うと,現段階での表面型の定義は各人各様でバラバラという印象であった.

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欧文目次

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 武藤徹一郎教授がこのたび「大腸ポリープ・ポリポーシス―臨床と病理」という,まことに時宜を得た,内容の濃い専門書を出版した.同教授の同じ出版社からの「炎症性大腸疾患のスペクトル」(1986)の姉妹書ともなり,揃えて大腸疾患の座右の書としてお薦めしたい.

 時宜を得たと言うのは,1992年厚生省が,大腸集検を老健法第3次計画に導入したが,この集検で発見される多数のポリープ(腺腫性ポリープ)の扱いなどで新たな問題が起こっており,本書がこれに答えるうえでも重要な役割を果たすと考えるからである.また,発見癌についても以前から論議を呼んでいる早期m癌の取り扱いがあり,その臨床的,病理学的意義については種々意見の多いところである.著者はこの辺のところを,初めの章で頁を多く割き,概念の説明から用語の使い方まで,わかりやすく述べており,大腸ポリープや大腸癌を診療する消化器医には是非一度読んでもらいたい内容である.

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 Length of Barrett's esophagus: an important factor in the development of dysplasia and adenocarcinoma: Iftikhar SY, et al (Gut 33: 1155-1158, 1992)

 Barrett食道は,下部食道括約筋から口側へ3cm以上全周性にわたり,扁平上皮が円柱上皮に置換された病態で,逆流性食道炎患者の10~16%に認められる.腺癌の合併するリスクは高率と考えられ,諸家の報告によれば8~15%とされており,これは食道扁平上皮癌の発生率の350倍,胃腺癌の61倍に当たる.そこで著者らはBarrett食道における発癌の危険因子につき検討した.

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 今年で第18回を数える村上記念「胃と腸」賞の受賞論文が,海上雅光氏(虎の門病院病理)らの「肉眼像からみた食道表在癌の深達度の読み方」(本誌第27巻第2号139-155頁,1992年掲載)に決まり,その贈呈式が去る7月21日,早期胃癌研究会例会の席上で行われた.

 当日,あいにくの梅雨空にもかかわらず全国から参集した聴衆が見守るなか,研究会の司会を担当した吉田操氏(都立駒込病院外科)から受賞者代表として海上氏が紹介されると,「胃と腸」編集委員会代表の白壁彦夫氏(早期胃がん検診協会)が“いつも教えを請うている,私の恩師”との言葉を添えつつ賞状と賞牌を授与し,次いで,医学書院社長金原優から賞金50万円が贈呈された.

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 Colonosopy in patients with benign anorectal disease: Longe WE, et al (Dis Colon Rectum 36: 368-371, 1993)

 良性の肛門直腸病変を持つ患者に対して,大腸新生物と炎症性腸疾患の発生率を調べるために,prospective studyが行われた.痔核,裂肛,痔瘻,肛門膿瘍,肛門のコンジローマに罹患し,3年間以上経過観察された102人について検討された.対象は,消化器症状やそのほかの全身症状を伴わず,検査には大腸ファイバースコープが使用され,全例回盲部まで調べられた.全患者の平均年齢は53.5歳,男女比は1.6:1であった.

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 Sigmoidoscopy training for nurse and resident physicians: DiSario JA, Sanowski RA (Uastrointest Endosc 39: 29-32, 1993)

 目的:大腸癌早期発見を目的とした,S状結腸鏡検査の有効かつ安全な施行者に,ナースがなりうるか否かを検討した.

編集後記 渡辺 英伸
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 本号では,虚血性腸病変に対する各執筆者の強烈な意気込みが感じられる.名称,肉眼型分類,病期分類,原因別の虚血性病変の特徴,経時的変化,障害血管の種類とレベルからみた虚血性腸病変の特徴,などに新知見をみることができる.これは,白壁彦夫先生の序説にもあるような“新しい捉え方”が部分的に生かされたからでもあろう.

 BoleyやMarstonのischemic colitisが新しい概念として迎えられた.しかし,その定義,肉眼型分類,運用などに矛盾があることが指摘されて久しい.本号の新知見が次世代を担うものであってほしい.とはいえ,虚血性腸病変はまだ多くの問題点を抱えている.例えば,縦走潰瘍などを含む病変の形態形成機序,原因別の虚血性病変形成機序である.また,Escherichia coli,0157:H7や抗生剤による出血性虚血性病変は通常の虚血性腸病変と肉眼的ばかりでなく,組織学的にも近似する.これらの病変は,原因が異なっても,同一機序(血管攣縮など)で発生している可能性が強い.

基本情報

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胃と腸
28巻9号 (1993年8月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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