胃と腸 23巻11号 (1988年11月)

今月の主題 食道癌の発育進展―逆追跡症例を中心に

序説

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 食道癌の発育進展に関しては,1980年の第28回食道疾患研究会(白壁彦夫当番世話人)で“Retrospectiveにみた食道癌の経過”が主題として取り上げられた.次いで5年後の第38回食道疾患研究会(竹本忠良当番世話人)でも,“食道癌のNatural history”が主題となり多くの研究発表がなされた.だが雑誌の特集または単行本として,食道癌の発育進展が取り上げられたことはない.そこには食道における早期癌と表在癌の定義がこれでよいか否かという問題があり,また食道癌の発育進展が速いことは自明だ,という漠然とした認識が背景にあったように思える.

 本誌「胃と腸」でも胃癌,大腸癌,胆囊癌の発育進展に関する特集号は既に組まれている.だが食道癌の発育進展については,これまで避けられてきたきらいがある.一方,臨床医の間でも,胃や大腸の早期癌の診断に比べて,食道癌では安易に考え,自己満足とあきらめの気持が漫然とあったことは否めない.すなわち,①「食道癌を早期に発見することは困難なので,胃と大腸のようにsm癌の状態で発見すれば,それだけで意義がある.(自己満足)」,②「食道癌は発育と進展が速く,胃のスキルスみたいなものだ.これまでretrospectiveにみても,ほんのわずかな所見しかないのに,1年以内に狭窄を呈する進行癌になっている例が多い.ゆえに早期の状態で見つかるのは偶然で,まれである.(あきらめ)」の2つが臨床医にあったことは否定できない.

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要旨 retrospective studyを行う前に,まず,X線診断に必要な病理学的事項を調べた.過去14年10か月の間に得た術前未治療の食道癌239例300病変の原発性多発癌巣,および上皮内伸展(以下ie)について頻度,拡がり・大きさなどを深達度別に検討した.多発例が18.0%,ieは56.3%にみられ,拡がり・大きさに規則性はなかった.これらに対応するX線診断は今日ではまだない.したがって,retrospective study上,癌の進展を確実に論ずるのは不可能で,肉眼形態の変化を論ずるのがせいぜいである.隆起がはっきりしてきたとか,隆起中央の陥凹がはっきりしてきたことしか断言しえないという結論である.

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要旨 東京女子医科大学消化器病センターにおいて切除時あるいは診断確定時より5か月~2年2か月遡った時点でのX線像の中に癌と診断しうる所見を読み取ることのできた食道癌13例についてそのX線像を中心に発育形態を中心に検討した.初回のX線像が表在平坦型~びらん様陥凹型と判定された症例6例中2回目以後のX線像で表在平坦型にとどまる症例は1例のみであり,表在隆起型となった症例2例,表在陥凹型を示した症例1例,鋸歯型など潰瘍型を示した症例2例である.表在隆起型の2例は陥凹像が出現し,表在陥凹型~鋸歯型を示している.表在陥凹型の4例は1例は表在陥凹型にとどまっているが,3例は鋸歯型へと進展している.X線像による深達度診断基準に基づきm癌と推定された症例が,sm癌にまで進行したと診断されるまでの期間は短い症例で7か月,長い症例で10か月である.6か月以上という比較的長期間にわたり,smにとどまっているものと思われる.smから外膜に達するまでは8か月から2年2か月と症例により差があるようである.表在平坦型・びらん様陥凹型などを示し,主に表層性に進展した症例は脈管侵襲も少なく,リンパ節転移も認めない.これに対して径の増大よりも,像が明瞭となり,深部への進展が窺われる症例は,いずれも遠隔リンパ節転移が存在する.

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要旨 食道扁平上皮癌と診断した症例で,過去に撮影されたX線写真の得られたものについて検討を加えた.X線学的に逆追跡が可能であった症例について,癌発育速度を検討した.腫瘍容積倍増時間は草間による式を用いた(14症例).壁深達度進展期間は逆追跡可能であったX線写真(15病変)について深達度を推定し,切除後の組織学的深達度と対比検討した.その結果,腫瘍容積倍増時間は平均6.30か月であったが,1か月以内の短いもの,1年以上の長いものもあり差がみられた.深達度進展は,m癌からsm癌までは12か月とやや長かったが,sm癌からa2,a3の進行癌までは6か月と短く,急速に進展するように思われた.

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要旨 診断学の進歩により表在型食道癌の報告例が多くなってきた.しかし,いまだ切除例の8割近くは進行癌である.本稿では食道癌のnatural historyを逆追跡できた症例から食道癌の発育進展について考察した.検索対象は3か月以上の間の経過観察ができた14例である.食道造影写真から検討した食道癌のdoubling timeは切除時,表在癌であった症例(A群)で5.5±1.7か月,初回時は表在癌と推定されたが経過観察の問に粘膜下層を越えた進行癌に発育した症例(B群)では4.6±2.9か月であった.一方,初回時に既に進行癌であった症例(C群)では3.4±3.4か月であり,癌の深達度が深くなるにつれ,doubling timeは速くなる傾向がみられた.内視鏡形態からはA群ではⅡc内の表面の隆起,顆粒成分が明瞭になり,Ⅱbも陥凹が明らかになりⅡcへと変化した.また,Ⅱaはそのまま大きくなり,Ⅰ型に変わっていた.B群ではIIcが1型と3型に1例ずつ変化した.C群では内視鏡型は変化しなかったが,隆起の増大とそれにつれて狭窄が増強した.

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要旨 内視鏡的に自然経過が追跡可能であった食道癌3例(逆追跡例2例,順追跡例1例)を経験した.〔症例1〕はm癌が6か月間はm癌のままであったと考えられ,14か月後にsm癌として発見,切除された症例である.〔症例2〕はm癌が14か月後にはsmまで浸潤したと考えられ,更に11か月後にはa2の進行癌として発見,切除された症例である.〔症例3〕はm癌が11か月間,m癌のままかあるいは一部smまで浸潤したと考えられる症例である.また,X線的にretrospective studyが可能な16例を検討し,1例を除いた15例(94%)では,表在癌(大部分はsm癌と思われる)が1~3年で進行癌に発育していた.文献的考察を加えると,食道癌は深達度が,ep,mmの状態ではその発育は遅く,sm以下に浸潤すると,その発育は組織学的特異性のため急速に速くなると考えられた.

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要旨 食道癌11例のprospectiveおよびretrospective studyから次のようなことが推定された.①臨床的に診断しうるm癌の存在期間はかなり長く,数年を要する.②smあるいはそれ以上に進行した癌の発育・進展は急速である.sm癌を疑ったならば,できるだけ早く外科的処置を行うべきである.③X線診断からみると,一見急速に発育・進展するようにみえるが,早期の段階での発育経過を予側することは難しい.④m癌,特にep癌周辺の生検診断からみた発育・進展の分析には,dysplasiaあるいは食道炎との鑑別が難しいため慎重でなければならない.

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要旨 70歳,男性.1年2か月前よりつかえ感が出現,1か月前には上腹部痛も加わるようになった.食道X線検査で進行食道癌が発見され,食道全摘術が施行された.組織学的には高分化型扁平上皮癌であり,深達度はa1,上皮内伸展やリンパ節転移は認められなかった.食道X線写真を逆追跡すると,9年5か月前では病変を指摘できないが,4年1か月前では,わずかな大小不同の顆粒像と4cmにわたる壁の変形が認められた.壁の変形は2年3か月前では7cm,5か月前では10cmに達したが,表在癌と考えられる所見であった.これらのことより,食道癌の中には表在癌として長くとどまっているものがあると考えられた.

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要旨 retrospectiveにX線診断上経過観察可能であった2例と,内視鏡診断上経過観察可能であった1例について報告する,いずれも2年以内に表在型から進行癌へと進展しており,食道癌の進展の速さを改めて認識させられると共に初回時検査の重要性を感じた.また逆追跡のX線所見の微細所見を検討すると,われわれの経験した粘膜内癌と似た所見が認められた.逆追跡の内視鏡所見においても上皮内癌の内視鏡所見に類似した凹凸のほとんどない淡い発赤を呈していた.内視鏡検査で食道に軽微な変化のみられたときには必ずルゴール散布法を併用し,生検で癌陰性の場合でも内視鏡所見で強く癌が疑われるときには,厳重な経過観察を行い生検を繰り返すことが重要と考えられた.

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要旨 66歳の男性.1980年初旬,食思不振,腹部膨満感を主訴として来院し,血液生化学検査および上部消化管X線検査などが行われ,慢性胃炎および慢性肝炎とされた.初回検査より4年3か月後の1984年11月7日,肝機能悪化を機に行われた第2回上部消化管X線検査により中部食道に27×16mmの表在型食道癌が発見された.1984年12月13日に行われた第3回食道精密X線検査のX線写真から逆追跡したところ,4年3か月前に同じ部位に粘膜のわずかな腫大を示した症例を経験したので報告した.

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要旨 X線上逆追跡可能であった食道癌の2例を報告した.〔症例1〕はX線検査で中部食道に長さ2.8cmの不整な顆粒状粘膜を認め,16か月後には辺縁の欠損と不整な隆起性病変(4.3×2.0cm)に変化した.doubling time(DT)は8.6か月であり,経過中に長径を増し,発育は速かった.〔症例2〕では食道中部に辺縁不整のⅡa様隆起(長さ2.4cm)が認められ,21か月後には主病変部の長径は明らかな増加を示さず,横径が増加し,口側に2個の壁内転移を生じた.DTは31.4か月で,発育速度は緩やかであった.2例は共に隆起型であり,初期病変はX線上顆粒ないし結節様陰影として描出され,相似増大型の発育を呈した.

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要旨 患者は57歳,男性.3年3か月前に,下咽頭癌で手術.その手術の2か月前に第1回のX線検査をした.retrospectiveにみると,下部食道に陥凹性の病変を疑わせる所見がみられた.しかし,その後,約3年間にわたり3回のX線検査が行われたが,特に所見は指摘できなかった.ところが,嚥下困難を訴えてきたため,第5回のX線検査をしたところ,下部食道に約9cmにわたる全周性の食道癌を発見した.このような見逃し症例をなくすためには,X線装置や造影剤を改良すると共に,造影剤がよく付着し,適度に伸展した二重造影像を撮影することが必要である.

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要旨 〔症例1〕は55歳,男性.初診時胃体部多発潰瘍の診断で経過観察となり,7か月後のX線検査でIuに食道進行癌が発見されたが,retrospectiveな検討でも初診時のX線像に所見を見出すことは困難であった.〔症例2〕は64歳,男性.胃潰瘍の診断を受け経過観察となり,その後Im,Iuに進行癌が発見されるまで10か月を要したが,その間の病変部のX線上の所見,殊に伸展不良の程度はほとんど変わらなかった.X線上〔症例1〕は急速な,〔症例2〕は比較的緩徐な経過を呈したと思われ,食道癌の発育・進展という問題に対し,何らかの示唆を与えると思われたので報告した.

主題症例をみて

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 たとえ「胃と腸」のユニークな企画とはいえ,俗な言い方をすれば“ドジを踏んだ”例を絵にし,活字にすることは勇気のいることである.既に,胃や大腸の癌ではこのような試みは繰り返されてはいるものの,食道となると果たして企画を満足させる症例が集まるだろうか,との危惧があったことは事実である,これについての個人的な印象を先に言わせてもらえば,初めての企画にしては,よくも症例が集まったものだと思う.その意味でまず何をおいても,貴重な症例を提供していただいた各著者と,その施設に深甚の謝意を捧げる.

 自分の診断能力が向上し,診断に自信を持つに至ると,失敗例を他人の目に触れさせたくない,との心境になるし,ましてや,大家と称される人には恥を忍んでまで読者を啓蒙しようなどという親切心はないだろう.この話を続けると最後は自嘲的な怨みごとになるから本論に戻るが,「胃と腸」の存在理由は愛読者諸氏が,自己否定の限界とも言うべき状況にもかかわらず,恥をものともせず症例を提供してくれることであり,ここに他誌には類のない,「胃と腸」一家とも言うべき一体感があるということだけは本文の始めに書いておきたいことだ.

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 Schoenlein-Henoch紫斑病(以下SHP)は免疫学的機序による細小血管単位の血管炎が原因とされている.本症は紫斑,関節痛,腹痛などを主徴とし,消化器症状を高率に合併することはよく知られているが,消化管病変のX線・内視鏡像についての報告は少ない.最近われわれは著明な消化管病変を呈したSHPの1例を経験したので報告する.

 〔症 例〕患者は64歳男性(No. 8765),主訴は上腹部痛と黒色便.既往歴に気管支喘息,胃潰瘍.

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要旨 患者は67歳男性で,1972年に胃潰瘍で胃切除を受けた.1977年12月の術後X線検査中に上部食道内腔に下垂するポリープ状の腫瘤を指摘された.内視鏡検査では,門歯より19cmの所に存在する表面平滑で,食道粘膜と同じ色調の細長いポリープであった.生検組織学的検査では腫瘍性のない扁平上皮という判定であり,嚥下障害などの訴えもなかったので経過観察とした.その後,約1年ごとにX線と内視鏡検査をしたが,表面の凹凸が増加した以外は大きな変化がなかった.1982年に入り,喉につかえる感を訴え,生検を施行したところ,低分化扁平上皮癌の診断を得た.患者の状態と腫瘍の性状を考慮して,1982年5月に内視鏡的腫瘍切除を施行した.切除された腫瘍は3.0×1.4cmの親指様のポリープで,表面の一部が凸凹していた.組織学的には,内部はリンパ節様組織の大きな結節,脂肪組織,食道腺,食道腺導管の囊胞などで構成され,その表面粘膜と粘膜下部の大部分は扁平上皮癌で覆われていた.一方,表面粘膜の一部と腫瘍内部の一定の部分は低分化扁平上皮癌と混在する腺管構造部を認め,管腔内,腫瘍細胞の胞体内にアルシアンブルー,ムチカルミン染色陽性の物質が証明された.以上より食道のhamartomaに発生した腺扁平上皮癌と診断した。この腫瘍は粘表皮癌とも解釈され,発生様式と治療法について考察を加えた.術後4年6か月を経過したが再発はない.

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要旨 患者は28歳の男性.嚥下困難を主訴に来院した.既往歴として4歳時に,軟骨迷入を伴う噴門狭窄で下部食道・噴門切除術が施行されている.更に,12歳時に吻合部口側に全周性の食道潰瘍を指摘されていた.X線検査で気管分岐部より下方に螺旋型の陰影欠損を認め,内視鏡検査では,上門歯列より24cmで明らかな粘膜移行部を認め,36cmに腫瘍を認めた.生検で低分化型腺癌が証明され,右開胸開腹胸部食道亜全摘胸壁前頸部食道回盲部吻合術を施行した,切除標本により,円柱上皮化食道に発生した腺扁平上皮癌と診断され,組織学的進行度は, a2n2ly(+)v(+)のstage Ⅲであった.

早期胃癌研究会

1988年9月の例会から 小越 和栄
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 早期胃癌研究会9月例会は21日,国立がんセンター牛尾の司会で開催され,胃3例,大腸2例が提示された.

 〔第1例〕70歳,男性,Borrmann4型胃癌(症例提示:新居浜協立病院内科 松村).

初心者講座 食道検査法・11

内視鏡検査の実際 幕内 博康
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 食道内視鏡検査の実際について,前処置から挿入法,観察法,写真撮影,生検手技,マーキング,後処置,記録に至るまでを解説する.どうしたら,苦痛のない楽な内視鏡検査ができるか,手早く,見落としのない内視鏡検査を施行するにはどうしたらよいか,後に役立つ記録はどうすればよいか解説したい.

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Ⅵ.消化器疾患におけるCTの役割

 板井 消化器疾患におけるCTの役割ということをお話ししてみたいと思います.

 USとCTを比べた場合に,USは何と言っても手軽ですし,値段も安い.竹原先生はかなり大雑把なものだと言われますが,他の方法に比べれば小さい病変も出ますし,うまくいけば病変の中のより細かい構造がわかる.しかもリアルタイムでわかる,など数々の利点を持っているわけです.

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欧文目次

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 Decreased gastrin secretion in patients with late-onset hypogammaglobulinemia: Gijsbert den Hartag, et al (N Engl J Med 318: 1563-1567, 1988)

 胃癌発生のリスクが非常に高いことが知られているLOHではボンベシン刺激または食餌刺激に対するガストリンの分泌反応が低下している.LOH18名,LOH以外の低ガンマグロブリン血症(低G症)21名(X-linked無G症10名,early onset低G症5名,悪性リンパ腫による低G症6名)および正常対照群30名において,①合成ボンベシン60pmol/kgを20分間点滴静注し5分前より5分間隔で採血,②標準試験食を投与し15分間隔で採血し,血漿ガストリン濃度を測定した.

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 Perioperative blood transfusion does not increase the risk of colorectal cancer recurrence: Weiden PL, Bean MA, Schultz P (Cancer 60: 870-874, 1987)

 手術前後の輸血が,その後の癌の再発リスクを増大させることが,しばしば報告されている.

編集後記 西沢 護
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 食道癌の自然史がわからない.少なくとも胃癌や大腸癌に比べ臨床上,最も知りたいことがわからない.それはm癌の存在期間である.もし,m癌の存在期間が胃や大腸に比べ,はるかに短いということになれば,食道癌患者を救命しうる可能性はかなり限られてくる.m癌の診断が難しいからである.もし,比較的長く存在するとすれば,それだけm癌をチェックするチャンスが多くなるだけでなく,安心して微細な変化をチェックし追跡検査をすることができる.できれば後者であってほしい.

基本情報

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胃と腸
23巻11号 (1988年11月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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