胃と腸 18巻2号 (1983年2月)

今月の主題 急性腸炎(1)―主として抗生物質起因性大腸炎

主題

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 抗生剤投与中に,腹鳴,腹痛,軟便,下痢などの下部消化器症状が少なからずみられるが,その大部分は投薬中止により速やかに改善する軽症例であり,臨床上重視されることは少なかった.しかし,ときに高熱,白血球増多を伴う激しい大腸炎症状を呈し,予後不良となる例のあることが古くから知られ,大腸を中心として広範な偽膜性の炎症所見を認めることから偽膜性腸炎と呼ばれてきた.

 1950年代には,抗生剤投与により腸管内に黄色ブドウ球菌が異常増殖し,そのエンテロトキシンにより偽膜性腸炎が引き起こされると考えられていたが,1970年代末に至って,Clostridium difficile(C.difficile)の病原的意義が明らかにされ,抗生剤投与→C.difficileの異常増殖→毒素産生→偽膜性大腸炎発症,といった図式が描かれるようになった.この間の病因論についての目覚ましい進歩に対する興味はともかくとしても,抗生剤が多用される今日,本症の臨床的意義は大きい.偽膜性大腸炎は,しばしば発熱を伴うため,発熱の真の原因が抗生剤投与であることに気付かれぬまま,更に種々の抗生剤を投与し,大腸炎を一層悪化させている症例が散見されるからである.適切な診断,治療により,本症の大部分は治癒させることができるものであり,臨床家にとって本症に対する認識は不可欠のものと思われる.本稿では自験例を中心として,抗生剤投与による下痢症―偽膜性大腸炎におけるC.difficileの役割,臨床像,大腸内視鏡像,治療成績などについて述べることにする.

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 偽膜性腸炎(pseudomembranous enterocolitis)は偽膜を有する腸炎の総称名として古くは用いられていた.しかし,近年偽膜を有する腸疾患は種々の原因ないし誘因で発生することが明らかになってきた(Table 1).これら疾患では,偽膜の形状のみならず,そのほかの形態像にも差があることが次第に明らかにされてきた.

 特に,抗生剤性偽膜性腸炎は,その特異な臨床像と病理形態像および原因の変遷から,1950年代以降注目を浴びている.同疾患の原因は,1950年代では黄色ブドウ球菌と考えられていたが,今日ではほとんどClostridium difficileであることが判明している.抗生剤性偽膜性腸炎は,総称名であった偽膜性腸炎から抜け出して,今日では偽膜性腸炎と同義語に使用されているのが世界的趨勢である.

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 治療目的で投与された薬剤による消化管の副作用として,重金属剤による口内炎にはじまり,消炎鎮痛剤やステロイド剤による胃・十二指腸潰瘍,強心剤や経口血糖下降剤,抗結核剤による悪心,嘔吐,食欲不振などの消化器症状の発現,KClによる小腸潰瘍などが従来より注目されてきた.最近では化学療法の進歩と普及に伴って,主として抗生物質に起因すると考えられる大腸炎が臨床上注目されてきており,新しいclinical entityとして確立されている.

 この抗生物質起因性大腸炎として,欧米の文献ではantibiotics associated colitis,drug induced colitis,pseudomembranous colitisなどの呼称で報告されている.本邦ではpseudomembranous colitisに対応する名称として偽膜性大腸炎の用語が一般的である.しかし抗生物質起因性の薬剤性大腸炎には必ずしも偽膜形成を起こさない急性の出血性腸炎の病態を呈する症例も決して少なくないことが最近明らかになっており,これらの一連の大腸炎に関する呼称が本邦のみならず,欧米でも,まだ画一的な名称は見当たらないようである.筆者らも抗生物質起因性の薬剤性大腸炎について,その病態より偽膜形成を来す腸炎(偽膜型)と急性出血,びらんを起こす腸炎(びらん型)に分類して報告したが,果たしてこの呼称がふさわしいものか否か,今もって迷っているところである.

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 近年,各種疾患に抗生物質が使用される機会はますます増加の傾向にあり,また,使用される抗生物質の種類も一層複雑多岐を極めている.同時に昨今は,これら抗生物質の投与が原因と考えられる大腸炎(antibiotic associated colitis)の存在が注目を浴びるようになってきている.この種の大腸炎は,抗生物質のほとんどすべてがその原因となる可能性があり,経口投与でも非経口投与でも発症するようである.最もよく知られているものとして,大腸内視鏡下に粘膜面に偽膜を形成する偽膜性大腸炎(antibiotic associated pseudomembranous colitis)が報告されている.しかし,実際の臨床では偽膜を形成する大腸炎に遭遇する機会はむしろ少なく,偽膜形成を欠く下痢をみる症例が多い.また,最近本邦ではampicillin投与後に起こった血性下痢便からKlebsiella oxytocaを純培養に近いほどに検出したという報告も出始めている.

 抗生物質投与後に起こる急性下痢・血便では,腸内細菌叢の変動に伴い,特定の細菌の異常増殖や菌体毒素の産生などが発生要因として考えられている.しかし,細菌同定の手技が繁雑であり,また,そのための設備が不足していることもあって,実際には細菌叢がどのように変動しているのか,また,どうして特定の菌が増殖するようになるのか,まだ明らかにされていない.現在は細菌学的にみた病因の追及にようやく関心が持たれ,症例ごとに報告がみられるようになった段階である.教室でのこの種の細菌叢の変動に関する研究も,ようやくその緒についた段階で,まとまった検討結果を述べることは到底不可能である.ここでは,これまでの教室の検索結果を提示し,文献的考察を加えてその責めを果たさせていただきたいと思う.

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 われわれは高齢者に発症したamoxicillin(以下AMPC)によると思われる偽膜性大腸炎の1例を経験した.自験例は発症早期のX線および内視鏡検査にて典型的な像を呈し,vancomycin,metronidazoleの投与により治癒し,その後再発を来すという興味ある経過をたどった.この全経過をX線・内視鏡検査にて観察しえたので,文献的考察を混じえ報告する.

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 偽膜性大腸炎の1例を報告し,偽膜性大腸炎のX線ならびに内視鏡所見を中心に若干の考察を加える.

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 抗生物質に起因する腸炎として古くから偽膜性腸炎が知られているが,最近,偽膜形成のない出血性腸炎の報告例もよくみられるようになった.以下,典型的と思われる出血性大腸炎の症例を呈示すると共に,若干の考察を加えて,報告する.

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 過去3年間に,抗生物質が原因と考えられる急性出血性大腸炎17例を経験した.そのうち3例の臨床所見および経過について報告し,若干の検討結果についても言及する.

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 岡部(司会) 薬物性大腸炎で目下の一番大きい問題は,Clostridium difficile(以下C.difficile)による偽膜性腸炎だと思います.そして,それに対するKlebsiella oxytoca(以下K.oxytoca)の出血性腸炎,これが同じものなのか,否か,ということもあります.

最初に,いわゆる抗生物質によって起こる下痢がかなりありますので,まず上野先生に,Darmfloraのほうから見た分布状態や頻度をお話しいただきたいと思います.

Coffee Break

胃と霊魂 竹本 忠良
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 昔から,胃腸は心の鏡であると言われている,本誌の若い読者も,Tomの胃のことをご存じのはずである.Tomの胃については,Stewart Wolfの「The Stomach」(Oxford University Press,1965)に詳しい.この本の第1章は,the story of Tom and his accessible stomachとなっていて,Tomが9歳のときの“swallowed food could no longer reach his stomach”という事故で,胃瘻がつくられたことなど詳細に記録してある.興味深いことは,緒言が“The stomach,once called the seat of the soul and still a recognized source of ectasy and grief,is one of the most metabolically active organs of the body.”という文章で始まっていることである.

 さて,“怒る”ことを,なぜ“腹が立つ”,“立腹する”と言うのであろうか.この設問,実は先日しゃべらされた山口大学開放市民医学講座の講演において,市民から出されたものである.

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 ERCPが開発され,膵のX線写真が撮れれば,早期胃癌と同様,膵癌の早期診断も夢ではないと思われましたが,そう簡単に門戸を開いてくれませんでした.ERCP開発後10年してようやく膵内に限局し転移のない直径2cmの早期膵癌が見出されましたが,この症例は尿アミラーゼ値の一過性上昇がきっかけとなっていました(「胃と腸」15:637,1978).それまでは,膵癌の早期発見に何か目的をもってERCPを行ってはいませんでした.ただやみくもにERCPを行いましたが,その中から早期膵癌が見付かればと思っていたわけで,現今でもERCPで早期膵癌を発見しようとするには,何か目安となるものでスクリーニングして,ERCPにもって行くか,ただ漠然とするかで,結果に天地の差異が出てくるものでしょう.

 われわれがERCP開発後やみくもにERCPを行ってきましたが,どうしても早期膵癌を見出しえず,アミラーゼ高値例にERCPを行って初めて早期膵癌を見出しましたが,このたった1例の早期膵癌を徹底的に検討した結果,膵癌の早期診断という最も難しい問題の糸口が全く思いもかけない所からほぐれてきたものでした.燈台元暗しとはよく言われますが,膵癌の早期発見に,何か膵内や血中の特殊な酵素やCEAに類似したoncofetal pancreatic antigenのようなものが役に立つのではないかと,膵の専門家は検討していますが,まさか膵臓で最もよく知られたアミラーゼが役に立つとはわれわれも全く驚いたものでした.

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 単発胃ポリープの報告は,一般には高齢者のものがほとんどであり,わが国における14歳以下の小児症例は,われわれの集計では9例をみるにすぎない.これらの報告には,詳細にわたるものはなく,その病態についても不明な点が多い.

 近年,内視鏡の進歩により,小児における内視鏡検査は比較的容易となり,その適応も積極的に考慮されるようになってきている.われわれは貧血を主訴とした8歳女児に胃内視鏡検査を施行したところ,巨大な有茎性の単発性胃ポリープを認め,内視鏡的ポリペクトミーにより切除し,組織学的に検討したので文献的考察を加えて報告する.

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 われわれは胃角上部前壁に存在した,粘膜内にとどまる陥凹型早期胃癌で,興味ある組織形態を示し,術前の深達度診断が困難であった症例を経験した.本症例は胃底腺粘膜領域に発生した低分化型癌で,悪性サイクルを示したので,これらについて若干の文献的考察を加え報告する.

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症例

 患者:岡○謙○,60歳,男性.

 主訴:食欲不振.

 家族歴:特記すべきことなし.

 既往歴:36歳ごろより高血圧症.

 現病歴;1981年7月ごろより食欲不振,嘔気,腹部膨満感あり,同年9月他院で消化管X線検査を受けた結果,十二指腸潰瘍の疑いと言われ,同年10月25日当科外来を受診,入院した.入院時まで黄疸,発熱などはなかった.

 入院時所見:体格,栄養中等度,身長158cm,体重47.5kg,脈拍60/分,整,緊張良好で血圧140/80mmHg,眼瞼結膜やや貧血状,眼球結膜黄疸なし,表在リンパ節触知せず,胸部診察所見に異常なし.腹部は平坦だが右季肋部に境界不明瞭な鶏卵大の腫瘤様抵抗を認めた.肝脾腫大なし,四肢および神経学的検査に異常を認めなかった.

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 大腸の早期癌は,潰瘍性大腸炎の癌化例や大腸腺腫症の特殊例を除けば,ほとんどが隆起型と考えられており,このことは大腸癌の組織発生と早期発見,治療を考えるうえでの最も基本的な知見とされている.大腸癌の組織発生については,腺腫先行説(adenoma-carcinoma sequence)とde novo発生説があるが,腺腫内癌(carcinoma in adenoma)の存在などから,ほとんどの大腸癌は腺腫に由来するものと信じられている.一方,腺腫を併存しないde novoと思われる微小癌の報告も少数みられるが,いずれも隆起性病変で完全な陥凹型早期癌の報告はみられず,これらについてもadenoma-carcinoma sequenceを完全には棄却しえない.

 最近われわれは,大腸検診を契機にして発見されたⅡaを併わない単発のⅡc型直腸sm癌の手術例を経験した.この症例について詳細な組織学的検索を行った結果,これまで報告をみないde novoに発生した早期の印環細胞癌と考えられたので,組織発生と形態発生に検討を加えて報告する.

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欧文目次

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 あれはもう7~8年近く前になろうか,これからはエコーを腹部疾患の診断ならびに治療に取り入れなければならないと考え,大阪成人病センターの超音波診断室に見学に行ったことがある.そのときはまだ現在のリニヤ型電子スキャンではなく,手動走査の時代であり,正直に言ってX線診断,ERCP,PTCなどを日常臨床の場に利用していたものにとっては物足りない感じを拭い切れなかった.しかし,最後にone slice上腹部を斜めにさっとprobeが走ったときには思わずアッと声が出そうになるほど,肝・腎の全体像が見事に写し出された.これで同行の服部先生も納得されてエコーを購入されたのである.最初のうちは種々苦労したが,次第に器具も改良されて,今日使用されているような便利な,そして優れた能力を有することになったのである.

 北村グループは,この間,エコーがまだ一般的に受け入れられなかったころから一貫してエコーの有用性や必要性を強調され,開拓者の苦しみに耐えながら努力をされたのであり,今日のエコーの隆盛も正に北村グループの研究に負うところが大きい.

書評「胃癌の構造」 竹本 忠良
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 私の本を読む習性には,相当の偏向がある.その1つとして,ときどきある著者の本を何冊かまとめておいて,一定の期間読みふけることがある.例えばといって,医学以外の本を挙げることはいささか気がひけるが,宗教史家の山折哲雄教授の著書では,「霊と肉」(東京大学出版会),「日本人の霊魂観」(河出書房新社),「宗教的人間」(法蔵館),「地獄と浄土」(春秋社),「日本人の心情」(NHKブックス)と,5冊の本をまとめて読みあげた.ごく最近のことである.こうした読書作業をするきっかけには,その著者の著作物のどれか1冊の本が魅力的であったということが多い.したがって,再読の本も,少なからず混じることになる.

 中村恭一教授の著書,論文にしても,上記のような作業をして,何日か,まとまった時間を全部あてたことがある.そこへ,「胃癌の構造」の書評である.思わず,むしゃぶりつくようにして読みふけった.

編集後記 岡部 治弥
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 新しい診断方法や器具の進歩により,新しい疾患の発見ないし,既知疾患の実態がより明らかにされることは当然のことながら,臨床に携わるものにとって,心躍り,勇気づけられ,研究心を更にかきたてられることであるが,本号に取り上げた主題は最近における1つの好例であろう.大腸内視鏡の出現・普及に伴って偽膜性腸炎の実態はより明らかとなり,また,急性出血性大腸炎が発見された.前者は大腸鏡の出現以前から,剖検例によって,その存在は知られていたが,現在臨床的に観察されるものとは,はるかにかけ離れた重症の予後不良例であり,いわば,その一面を見ていたにすぎない.そのより早期の病変の発見は細菌学的研究を刺激し,急速にその起炎菌が解明された.後者については,まだその発生病理については不明であり推論の段階であり,今後の解明が待たれる.

 本誌上には見事な内視鏡像やX線像がいつものことながら贅沢なまでに登載されている.1つ1つの論文は症例報告を含めて,現時点における知識のすべてが網羅されている.座談会では司会者として種々質問させていただいたが,終始,誠によい勉強となった.座談会と各論文を比較照合しつつお読みいただくと,本号はより興味深く教示に富むものとなるであろう.

基本情報

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胃と腸
18巻2号 (1983年2月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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