胃と腸 13巻12号 (1978年12月)

今月の主題 クローン病(3)―疑診例を中心に

序説

  • 文献概要を表示

 本誌13巻3,4号ではクローン病が主題となっていて,そこでは日本における典型的なクローン病についての秀れた論文が掲載されています.さらには,欧米のクローン病の現況の紹介と日本のクローン病との相違について若干述べられています.典型的なクローン病の全貌は,上記本誌特集および成書によって十分知ることができますが,それを実際面で適用させる段階になると,数ある炎症性腸疾患inflammatory bowel diseaseの中から典型的クローン病は容易に診断しえても,クローン病とするための必要かつ十分条件を満たしていない症例に遭遇し,その診断をするのに躊躇する場合があります.つまり,クローン病には,周知のごとく,クローン病と診断するための絶対的な所見がないからです.多くの所見の組み合わせをもって,クローン病典型例,疑診例などと便宜的に類別を行っています.

 本号では,クローン病典型例の特集に続いて,クローン病疑診例の特集が企画されました.その目的とするところは,クローン病疑診例の実際をより多く経験することによって日本人のクローン病のスペクトラムを知ること,さらにはクローン病に関する不明な部分を解明するための糸口でも把握できればということにあります.

  • 文献概要を表示

 組織学的にクローン病に類似した所見を示す炎症性病変が,虫切後の回盲部に認められたのでクローン病との異同を中心に報告する.

症 例

 患 者:29歳 男

 既往歴:1974年5月,虫垂切除術施行.結核の既往(-).

 現病歴:1975年6月,入浴中回盲部腫瘤に気付く.自覚症状(-),腫瘤の大きさ不変.1975年9月,当科入院.

  • 文献概要を表示

 回腸末端部に内瘻を形成したり,術後まもなく吻合部の口側に再発を起こし,クローン病の疑診例と考えていたが,6月30日の「クローン病疑診例検討会」で,Intestinal Behçetの疑診例とされた1例を報告する.

症 例

 患 者:66歳男子 青果小売業

 主 訴:吐下血

 既往歴:若い頃痔瘻の手術を受けた.

 家族歴:特記すべきものなし.

 現病歴:1975年3月14日,突然吐下血あり,某医を受診し,同年12月まで入院加療したが,出血巣はわからず,慢性肝炎および心筋障害を指摘されたにすぎなかった.1976年7月,体重減少と顔貌の変化に気づき,同じ頃,回盲部に抵抗を感ずるようになった.某医で施行された大腸X線検査で,回腸末端部の異常を指摘され,8月13日に来院し,19日に入院した.

  • 文献概要を表示

 虫垂切除後3年して,盲腸に腫瘤を認め,切除したが,後腹膜との炎症性癒着があり,膿瘍があった.腫瘤の病理所見はクローン病に酷似しており,虫垂切除後膿瘍による盲腸腫瘤(いわゆるappendicular granuloma1))との異同について興味ある症例と思われるので報告する.

  • 文献概要を表示

 突然の大量下血と高熱で発症し,急性電撃型,全大腸型潰瘍性大腸炎の診断で緊急手術を行ったところ,病理組織学的には全層性の炎症,cobblestone様病変,区域性病変,さらにfissuringなどからクローン病が強く疑われたが,詳細な検索にもかかわらず肉芽腫が証明されず,臨床的にも発病が極めて急性であることの2点からクローン病の確診に至らなかった回腸・結腸の多発性潰瘍の1例を報告する.

  • 文献概要を表示

 レントゲン診断技術の向上,内視鏡の開発等により小腸疾患の報告例は増加しつつあるが,小腸の非特異性疾患に関する考えはなお十分確立されているとはいえず,とりわけ小腸クローン病との異同が常に問題とされている.今回われわれは蛋白漏出性腸症を伴い,最終的に岡部ら1)の“非特異性多発性小腸潰瘍症”と診断した症例を経験したのでクローン病との異同を中心に考察を加え報告する.

  • 文献概要を表示

 近年,本邦においてもクローン病に対する関心が高まり,混乱を極めていたクローン病の疾患概念も次第に統一されてきた1)~3).クローン病との鑑別上,腸結核をはじめとする腸に潰瘍を形成する疾患の再検討も行われるようになった,腸に潰瘍を形成する疾患は必ずしも少なくなく,なかには疾患単位としてまだ確立されていないものすらみられるが,他の疾患と特徴像がoverlapする症例,またいかなる疾患とするにも決め手に欠ける症例の報告もみられる.

 われわれは,既知のいかなる疾患にも完全には合致せず,現時点では分類不能の腸潰瘍としか診断のつけようのない症例を経験したのでクローン病との異同を中心に報告する.

  • 文献概要を表示

 近年,わが国におけるクローン病への関心は極めて強く,1976年には日本消化器病学会の小委員会において診断基準案がまとめられるところとなった.しかし,この基準に合致しない所見を示す例も少なからずみられ,本疾患の診断には,なお幾つかの間題が残されている.

 ここに報告する症例は経時的に全大腸と回腸の一部が侵されたが,初発の下行,S状結腸の病変からはクローン病の診断をくだすことができず,4年後に回腸,5年後に横行結腸に出現した病変で確診できた例である.大腸のX線,内視鏡像および切除標本の肉眼像は多彩で,興味ある所見を示したので主として大腸の病変について若干の考察を加えて報告する.

  • 文献概要を表示

 大腸クローン病と大腸結核の鑑別診断に際し,X線および内視鏡診断はもちろん,病理組織的レベルでも,なお鑑別の困難な例がある.本例は臨床診断を大腸結核としたが,病理組織所見でクローン病が問題となった症例である.

症 例

 患 者:54歳 女性

 主 訴:下痢,腹痛

 家族歴:弟 肺結核で22歳時死亡

 既往歴:特記すべきことなし

 現病歴:1977年5月より臍周囲にり疼痛が出現.体重減少.7月近医に20日間入院したが原因不明で,退院後も臍周囲の疼痛持続.IO月より1日4~5回の下痢が出現.便に血液,粘液の混入なし.下痢,腹痛が続くため11月当科受診入院.

  • 文献概要を表示

 近年クローン病に対する関心が高まるとともにクローン病と腸癌との合併例も散見されるようになった.わが国では,1976年日本消化器病学会クローン病検討委員会1)が,クローン病診断基準案(以後「診断基準案」と略記す)を示して以来,これにもとづいて診断されている傾向がある.

 今回,われわれは直腸癌に,上記「診断基準案」によれば,クローン病確診病変を合併した症例を経験した.しかしながら本病変は,臨床的にも病理学的にも,クローン病とはいわない方が妥当であろうという結論に達した.この点から,クローン病の特徴であるかのようにいわれる,全層性炎症・肉芽腫・裂溝などの成り立ちについて,これらが非特異的な所見にすぎないという点で,きわめて示唆に富む症例と考えられたので報告する.

  • 文献概要を表示

 急性虫垂炎の診断の下に,緊急に開腹したところ,病変は回腸末端部に限局しており,肉眼的には,いわゆるacute terminal ileitisか,腹部悪性リンパ腫であるかの鑑別がつかなかったので,病変部の回腸および局所リンパ節,腸間膜を含め切除し,病理組織学的検索により,腸管には巣状にびらんを形成する,壁全層にわたる急性炎症像が認められた.腸間膜リンパ節の組織像とともに従来,偽結核症pseudotuberculosisとして,あるいは膿瘍形成性細網細胞性リンパ節炎abscedierende reticulocytäre Lymphadenitis(Maßhoff)3)として報告されていた組織像に一致したが,術後1週間目の糞便の培養では,このような病変の起因菌と想定されている4)5) Yersinia pseudotuberculosisおよび類縁のYersiniae enterocoliticaは検出されず,同時に行われた血清学的検索によってもこのYersinia属の両者の菌に対する患者血清抗体価の上昇は認められなかった.

 本症例の肉眼的所見と組織像を中心に検討を加え,かかる病態の診断上の問題点,成因について,また特にいわゆる急性期のクローン病との異同と鑑別についても文献的考察を加えた.

  • 文献概要を表示

①臨床所見から

 前回取り上げられた腸結核疑診例につづいて,本号ではクローン病疑診例が取り上げられた.

 クローン病の疑診例は腸結核のそれと異なり,その解釈がむずかしい.すなわち,腸結核では結核菌の証明,乾酪性肉芽腫など,その所見があれば腸結核としてよいという“腸結核の証拠”が存在し,治療面でも抗結核剤投与による病像の推移を知ることができる.そして,その疑診例ではX線像や肉眼所見,病理組織構築などの面で確診例にその類似を求めればよい.しかし,クローン病では,その確診例としての根拠が“全体の病像”といった曖昧模糊としたものであり,この所見があればクローン病としてよいという決定的なものを欠いている.たとえば臨床所見にしても,腹部症状や炎症所見の有無・程度は種々であり,X線所見や切除標本肉眼所見(ことに大腸)も典型的な所見がみられるものはあっても必ずしも特有なものではない.

  • 文献概要を表示

 村上(司会) お忙しいところをお集まりいただきまして,どうもありがとうございました.今日の座談会の内容は「クローン病の疑診例について」ということでございます.

 先ほどまで約4時間近くにわたって,全国から応募していただいた症例を十数例,10人の演者の方に,臨床材料,病理材料,いずれもたくさんのスライドで提示していただきまして,検討会を行いました.皆様もそれにご出席いただきましたが,そこでいろいろ貴重な例が提示されました.

  • 文献概要を表示

 筑後川流域(久留米,鳥栖地区)は山梨県甲府盆地,広島県片山地方とならんで古くから日本住血吸虫(以下日虫と略す)の3大浸淫地の1つとして知られている.日虫寄生が肝硬変,門脈圧亢進症の原因となることは周知の事実でこれについての研究は比較的多いが,日虫に起因する消化管病変についての系統的研究は少ない.われわれは日虫症の主病変部である肝臓,および消化管病変について剖検例,生検例で検査する機会があったのでその成績の大要について報告する.

  • 文献概要を表示

 岐阜への旅は2度目である.丸谷才一「食通知ったかぶり」によれば,岐阜では鮎はおかずとある.長良川上流で,植物性プランクトンをたべる郡上の鮎はとくにおいしいそうだ.

 しかし,3学会合同の秋季大会は,鮎のシーズンもすぎて,長良川ももとの静かさを取戻した10月19日,20日,21日の3日間にわたって,岐阜市民会館を第1会場に,5会場にわかれて開催された.恒例の日膵研の秋季大会も19日第3会場で開かれた.いずれも盛会であったことはいうまでもない.

--------------------

欧文目次

  • 文献概要を表示

The Dilemma of Crohn's Disease―Crohn's Disease and Appendectomy: P.Kovalcik, L.Simstein, M.Weiss, J.Mullen (Dis.Colon&Rectum 20: 377~380, 1977)

 外科医は,急性虫垂炎として開腹する患者で,限局性回腸炎を発見することが稀でない.穿孔,痩孔形成,閉塞などがなければ,急性回腸炎では小腸切除は行われない.この際,異常のない虫垂の取扱いに関し議論がある.虫垂切除賛成論は,切除しておけば,将来腹痛がおこった際に,虫垂炎の除外ができるという.一方反対論は,クローン病の患者では,将来糞瘻形成をおこしやすくするから,不必要な虫垂切除をすべきでないという.

  • 文献概要を表示

 抗生物質の偉効はあまりにも顕著であるので,かえって“どんな使い方をしてもよい”とか“感受性検査で,感性の成績が出ればそれはすぐ臨床的に効果があることだ”と誤解している方がきわめて多いようである,私は在職中機会ある毎に,抗生物質の選択は原因菌に対する抗菌力のほか,体内分布の状況,血中濃度,疾患の特殊性,副作用などを考慮に入れて決定すべきだと強調して述べていたが,このような状況の改善はなかなかみられなく,単に私の無力を歎くのみであった.最近ある方の調査によると全国大病院の抗生物質の消費量をみると,まちまちであって,一定の傾向を認めないという.これは抗生物質の正しい使用規準が化学療法学会の活動にもかかわらず徹底していない証拠ともいえよう.このような時期に私の敬愛する清水・紺野両博士による『再評価後の抗生物質の使い方』という本が出版されたことは臨床医家のためにも,私自身にとっても大変喜ばしいことである.また患者にとっても大いなる福音であろう,抗生物質は正しい使用法なしでは,治るべき感染症が治らないからである.

 執筆者である清水・紺野両博士は周知のように多年この方面の研究に積極的に従事し,かつ臨床経験がきわめて豊富であるし,また再評価の委員として,厄介なその作業に参加し,厖大な文献を精力的に読破批判し,しかも活発な議論を尽くされた方である.このような抗生物質に関する著書の著者として現在における最適任者と断言して憚らない.

  • 文献概要を表示

Benign (Nonpolypoid) mucosal changes adjacent to carcinomas of the colon: A light microscopic study of 20 cases: R.O.Saffos, R.M.Rhatigan (Human Pathology 8: 441~449, 1977)

 一般に,結腸癌の近接粘膜は,正常かまたは著変はないと考えられている.この研究では,無作為に選んだ20例の結腸癌の近接域の粘膜所見を呈示する.これらの所見は,腺腫ではないが,正常の粘膜とも異なるといいたい.方法は,20例の結腸癌例で,腫瘍から5cm離れたところの粘膜が採取された.肉眼的には,浸潤性または潰瘍性の癌で,組織学的には,分化型腺癌を扱った.

書評「黄疸」 市川 文弘
  • 文献概要を表示

 わが国の消化器病学,とくに肝臓学における大先輩で,この方面で数多くの秀れた指導者を養成された九州大学の澤田藤一郎名誉教授がその門下生で,以前アメリカのWatson教授のもとで研究されていた柴田雄蔵先生との共著として,この度「黄疸」(医学書院)を出版された.

 この序文には「医師を志し,医学を学んだものは必らずや一度は黄疸という徴候に興味をもったことであろう.黄疸は体が黄色に染まる徴候で簡単であり,胆赤色素すなわちビリルビンで染まったものだろうということは誰しも考えることであるが,古来甲論乙駁ながい歴史をもって今日に至っている」という文章ではじまり,澤田先生のビリルビンとの出会い,臓器摘出保生灌流実験による肝臓,および肺臓においてインジカンの生成を証明した時の喜び,ビリルビンとグルクロン酸とを測定していながら,直接ビリルビンがグルクロン酸ビリルビンであることに気づかなかった悔しさが手をとるように読みとられる.そして「全く研究は失敗の連続であり,そのくり返しであり,アルバイトすなわち労働とはよく言ったもので,自分の永年の研究歴をかえりみて,つくづくその感を深くする」という言葉で結ばれている.わが国の肝臓学の先覚者である澤田先生のこの生の言葉を学生諸君,あるいは若い研究者が十分に嚙みしめてほしいものである.しかも学生諸君が講義で教えられて,知っている諸々の学問的な既成事実,たとえば直接ビリルビンはグルクロン酸の抱合型であるとか,肝炎ウイルスの分離,同定に先輩達はいかに努力し,苦渋したかを知ることは知識を正確にする上からもきわめて重要なことである.

  • 文献概要を表示

 グラントの「解剖学図譜」といえば,J.C.B.Grantの有名な3部作,すなわち図譜(An Atlas of Anatomy),教科書(Method of Anatomy)および実習書(Dissector)の核心をなす名著である.ドイツ系の解剖図譜と比べてはるかに実用向きにできており,それはアメリカの医学生の9割以上がグラントの図譜を用いて解剖学実習を行なっていることでもわかる.実習の順序に従った局所的な配列をとりながら,内容はいわゆる局所解剖図譜とは全く異なり,系統解剖学的な図やグラント独特の模式図とか変異・破格を示す図が局所ごとにたくみに配置されている.また各図には適切な註のほかに,観察すべき事項に関する説明文がついているのも特徴といえよう.

 この「グラント解剖学図譜」第6版の日本語版が森田 茂・楠 豊和教授の共訳で出版された.訳文はおおむね正確で,こなれた日本文になっている.また訳者の細かな配慮が各所に行き届いている.例えば各図の引出線のタカリの解剖学名は日本名(細丸ゴシック体)と英語名(ボールド体)が見やすく併記されている.説明文の活字は註が9ポイント,観察事項が8ポイントに統一されている.英文索引の後ろにある和文索引は引きやすい完備した形になっている.

編集後記 西沢 護
  • 文献概要を表示

 腸疾患の特集も本号を読まれて,いよいよジャングルに入り込んできたと思われる方も多いと思う.というのは,結核の疑診例特集では結核を疑ったけれども組織的に結核という確証がない,しかし綜合して考えれば結核であろうという疑診例が多かったが,今回のクローン病疑診例では,臨床的にクローン病を疑ったが,ふたをあけてみたら全く別の疾患が考えられ,クローン病を疑える症例がほとんどなかったことである.

 ということは,如何にクローン病を含めた腸の炎症性疾患の本質がはっきりせず臨床,マクロはもちろんのこと,困った時の神様としか考えられなかったミクロが,この範疇に関する限りあまり頼りにならず,臨床(とくにX線診断),マクロ,ミクロの二人三脚でいかなければだめだろうということである.

基本情報

05362180.13.12.jpg
胃と腸
13巻12号 (1978年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
11月12日~11月18日
)