精神医学 63巻6号 (2021年6月)

特集 強迫についてあらためて考える

特集にあたって 金生 由紀子
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 コロナ禍が長引くうちに再発見や再認識したことの1つに,強迫はやはり一筋縄ではいかないということがある。診断は一律ではないものの,子ども時代に始まる強迫に悩む人たちの診療を担当していると,コロナ禍で不安が高まって強迫的になった人にも出会う。その中には,自分の排泄物や身体の一部に触れることを極度に嫌うと同時に,ドアノブをはじめとする周囲のものを平気で触っている思春期の男児が何人かいて,汚染に関する強迫という形をとっていても必ずしも均質ではないと感じられる。それどころか,強迫を軽減するために通院してきている一方で,手洗いや消毒が推奨される状況になり,以前から行ってきた汚染を避ける行動がようやく認められるようになったと自ら満足げに話す人が何人もいて,強迫の位置付けを考えさせられることがある。

 DSM-5では,強迫で特徴付けられる一群の疾患が不安症群とは別に,強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)および関連症群とまとめられた。DSM-5を作成する過程では,自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達症,衝動制御障害や嗜癖性障害までを視野に入れて強迫スペクトラム障害が提案されていたが,最終的にはOCDを軸にかなり絞り込まれたものである。とはいえ,DSM-5のOCDでは自我違和性や不合理性の認識が必ずしも必要ではなくなっており,かつての強迫神経症より広い範囲を取り込んでいる。

神経発達症における強迫 岡田 俊
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抄録 強迫症状は,複数のディメンジョンに分かれ,多様性を有することが知られているだけではなく,不安から衝動性に至るスペクトラムを形成し,強迫に関連する障害群の中には,自閉スペクトラム症やトゥレット症も位置付けられる。自閉スペクトラム症においては,衝動性の強い強迫性や常同性がみられるが,不安の存在は強迫症状を増悪させる。トゥレット症における強迫は,just rightと表現される衝動性の色彩の強い強迫性が特徴的であるが,思春期に不安症を伴う例も少なくない。神経発達症の強迫の多くは,ドパミン系の病理を反映するが,不安も関与するなど,その病理は多層的である。神経発達症における強迫の理解は,まだ十分とはいえず,神経発達症の病態と強迫症状の詳細との関連を仔細に検討することで,その解明が期待される。

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抄録 強迫症(OCD)は,それが独立した疾患とされて以降,DSM-Ⅲに至るまで,Freudが確立した神経症概念に則った“強迫神経症”として不安や葛藤などの心理的機制が重視されてきた。1980年のDSM-Ⅲ改訂では,OCDへと変遷し,病的不安を中核病理として共有する不安障害の一型となされた。このように長きにわたり,OCDは“不安の病気”とみなされ分類されてきたが,2013年に改訂されたDSM-5では,OCDは不安症群から分離され,「とらわれ」や「繰り返し行為」を共有する強迫症および関連症群という新たなカテゴリーの中核に位置付けられた。

 このような約一世紀間のOCDの診断的位置付けを巡るパラダイムシフトは,各時代における発症機序や精神病理,神経生物学的病態理解の時間的変遷を反映するとともに,OCDの拡がり,そして多様性を示唆するものと考えた。

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抄録 摂食障害の臨床においては,患者の強迫的な振る舞いがしばしば観察される。これまでに行われてきた研究により,摂食障害の強迫を説明し得る興味深い知見が数多く発見されており,摂食障害と強迫症の関係については,古くから関心深い議論が繰り広げられてきた。強迫的な行為には,認知柔軟性と中枢性統合の障害に起因する可能性があり,この認知機能障害は摂食障害と強迫症のいずれの疾患においても認められる。治療については,強迫症に対しても有効性が確立されている認知行動療法は神経性過食症と過食性障害にはきわめて高い治療成績を誇るが,神経性やせ症に関しては効果が限られている。本稿では,最新の知見に触れつつ,両疾患の共通点と相違点について,診断学,神経心理学,そして治療の側面から包括的に考察したい。

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抄録 統合失調症患者において強迫症状がみられることは少なくない。そのためか,100年以上にわたる精神医学の歴史の中で,統合失調症と強迫をめぐる議論が展開されてきた。しかし近代自己の確立とその維持に重点を置いた19〜20世紀の精神医学と生物学的エビデンスに重点を置いた現代のそれとにおいては,強迫概念自体が変化してきている。統合失調症と強迫の関係も,そのような時代の流れを前提として議論する必要があろう。DSM-5においては,強迫症の診断に病識が問われなくなった。このことが統合失調症と強迫症の関連,統合失調症における強迫の持つ意味の解釈にいかなる影響を与え得るか,本論では縦断的な視点で再考した。その結果,特に統合失調症における強迫の持つ意味に関しては,元より強迫症状の中でも「くりかえし」,「とらわれ」といった現象を対象とした議論にほぼ限られており,そこで得られた知見はDSM-5の時代においても有用であると思われた。

強迫症の薬物療法 住谷 さつき
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抄録 強迫症(obsessive-compulsive disorder:OCD)の薬物治療の基本は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)を十分量,十分期間使用することであるが,SSRIで治療可能な症例は40〜60%とされている。はじめに使用したSSRIに効果が認められなかったり副作用で服用が難しかったりするときは他のSSRIに変更するか,非定型抗精神病薬の付加による増強療法を行うのが一般的である。抗精神病薬の付加に反応があるのは45〜70%とされているが,仮に半分の患者にSSRIが効果を示し残りの半分の半分が抗精神病薬の付加に反応しても,4分の1の患者は薬物治療抵抗性ということになる。近年,薬物治療抵抗性の患者に対しては別の機序の薬物による増強療法の効果も検証されており,特にグルタミン酸系の薬物に注目が集まっている。

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抄録 英国のNICEガイドラインをはじめとして,強迫症のさまざまな治療ガイドラインでは,薬物療法以外にエビデンスの高い治療として認知行動療法が勧められている。強迫症の認知行動療法として最も有効性が示されている方法は曝露反応妨害法(exposure and response prevention:ERP)である。ERPは,強迫観念が生じる引き金への曝露をした上で(exposure),強迫行為や回避行動を抑制し(response prevention),強迫観念から生じる不快な感情への耐性をつけていく方法である。標準的なERPは馴化モデルを理論的背景とした方法だが,近年,制止学習理論を用いた方法がERPに応用されている。また,困難例やERPの実施に抵抗がある患者には,認知療法を組み合わせることもある。本稿では,ERPの理論的な背景とその実施方法,制止学習理論に基づいたERPと認知療法,新型コロナウイルス感染症のパンデミックが認知行動療法の実施に与える影響について概説する。

強迫症に対する森田療法 舘野 歩
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抄録 強迫症に対する森田療法の治療方針を整理した。身体へとらわれている群で不安軽減を目的としているタイプの強迫症は外来森田療法を主としSSRIはあくまで補助的に使用する。また衝動行為を伴う強迫症に対しては衝動行為に対する具体的な対処と強迫症状を自我違和化するアプローチを行う。常同行為に近い強迫症に対しては早期からSSRIだけでなく抗精神病薬を使用し,薬物療法を主軸として補助的に森田療法的なアプローチを行う。

 従来森田療法は身体へとらわれている群で不安軽減を目的としているタイプの強迫症に対して行われた一方,それ以外のタイプは森田療法の適応外として扱われてきたきらいがある。今回筆者が提唱したように目の前の強迫症のタイプに応じて森田療法のエッセンスを柔軟に使う姿勢が大切である。

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抄録 強迫症(OCD)は,ガイドラインでは曝露反応妨害法などの認知行動療法,選択的セロトニン取り込み阻害薬や第二世代抗精神病薬などによる薬物療法が推奨されている。しかし,これらの治療を十分に行っても治療反応に乏しい治療抵抗性OCDの場合,ニューロモデュレーションも治療選択肢となる。OCDに対する有効性が報告されているニューロモデュレーションには,脳深部刺激療法(DBS),反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS),電気けいれん療法(ECT)などがある。これらは,それぞれ立ち位置が異なっている。本稿ではこの違いも踏まえながら,OCDへのニューロモデュレーションに関する知見と課題について論じる。

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抄録 強迫症は強迫症および関連症群の一つであるが,その生物学的背景に関するエビデンスは,他の強迫で特徴付けられる疾患と比較して最もよく蓄積されている。強迫症は,繰り返される不安と,それを軽減するための繰り返し行動で特徴付けられる精神神経疾患である。生涯有病率約2%とよくみられる疾患で,人生の比較的早期に発症することが多いこともあり,生活に多大な影響を与える。前頭葉-線条体回路の変化がその病態の中心と考えられており,ニューロイメージング研究でも前頭葉-線条体回路における変化が報告されてきた。しかし近年,特に安静状態の機能的MRIを用いたネットワークレベルでの研究が盛んに行われるようになり,当初仮説立てられていたより広範囲の脳ネットワーク変化が報告されるようになってきている。本稿では強迫症のニューロイメージングの中でも,特に安静状態機能的MRIを用いて脳ネットワークを評価した研究に関して概説する。

強迫とこころの発達 金生 由紀子
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抄録 強迫とこころの発達について,一般の子ども・若者における知見を中心に先行研究を検討した。反復的,儀式的行動は,強迫様行動とも言うことができ,2〜4歳の一般の幼児の大多数に認められ,その時期における定型発達の一部と思われる。5〜6歳になると実行機能の発達が進み,自己制御が高まるとともに不安が軽減されて強迫様行動が減少すると思われる。一方,強迫症状は,一般の子ども・若者で,10歳からいったん減少した後に20歳に近づくと増加に転じる可能性が高く,強迫症(OCD)の発症年齢が10歳前後と20歳前後という2つのピークを有することに対応すると思われる。強迫性と神経ネットワーク結合との関連が示唆されており,発達の経過中で相互に影響する可能性があるが,さらなる検討を要すると思われる。強迫様行動と強迫症状の関連が示されているが,それについても検討を進めることが望まれる。

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抄録 医療観察法の鑑定入院制度については,鑑定入院の目標設定が曖昧でアウトカムを事後的に評価する仕組みがない,という問題が指摘されていた。我々は先行研究において,鑑定入院のアウトカムを評価するための指標として139項目を抽出した。本研究ではこれらの項目を試用し,鑑定入院対象者およびその関係者から意見を聴取することを通じて,鑑定入院アウトカム指標の確立を試みた。計20例の対象者にかかわる延べ160人から回答を得た。対象者本人の納得や多職種チームの協働などに関する34項目が,可用性が高く,かつ現時点での達成率が十分でないことが示された。これらの項目が,鑑定入院のアウトカム評価のため有用である可能性が示唆された。

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抄録 Lithium carbonateが転換症状に効果を示した,19歳の転換性障害と双極性障害を併発した症例を報告する。児童期から繰り返し転換症状を認めていたが,高校3年の受験期より利き手である右上肢の運動麻痺が持続するようになった。器質的な精査をされたが異常は認めず,当院を受診した。経過中に抑うつ気分が顕在化し,escitaropramを投与したところ,一過性の躁的なエピソードを認めた。その後,高揚気分が出現した際にlithium carbonateを開始したところ,運動麻痺症状も速やかに改善した。転換性障害患者の約3割が双極性障害を合併しているという報告もあり,今後気分変動との関連にも注目した調査や研究の必要性を示唆する症例と考えられる。

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はじめに

 ロールシャッハ・テストは,スイスの精神科医であったHermann Rorschachが1921年にモノグラフ『精神診断学』(“Psychodiagnostik”)1)の刊行とともに発表した10枚の図版刺激から成る心理検査であり,精神科臨床において広く用いられてきた。誕生から100年経った今でも,図版は当時と同じものが使用され続けているが,テストの実施解釈法(“システム”と呼ばれる)に関しては多くの流派が生まれてきた。1974年に5つの体系を統合し,2003年まで改訂が続けられた包括システム(Comprehensive System:CS)2,3)は,異なる実施法の結果を比較可能にした初の統一化されたシステムであり,国際的にも最も使用頻度の高い実施解釈法であった4)

 しかしながら,CSには多くの不備があったため,2011年に米国の研究者Meyerらにより大幅な改良を加えられて作成されたのがRorschach Performance Assessment System(R-PAS)5)である。R-PASは,その後米国以外の国々にも広がり,いまや臨床や研究において用いられるシステムとしてはCSをしのいで主流になりつつある。

 本論では,日本ではまだよく知られていない最新のロールシャッハ・システムであるR-PASについて具体的な検査結果の例を示して概説し,特に精神科臨床においてCSの代わりにR-PASを用いることの利点,および導入にあたっての課題を述べる。

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精神医学
63巻6号 (2021年6月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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