精神医学 62巻2号 (2020年2月)

特集 発達障害と認知症をめぐって

特集にあたって 品川 俊一郎
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 ADHDや自閉スペクトラム症などの発達障害の疾患概念の浸透・普及が進むにつれて,乳幼児期や思春期に顕在化するばかりでなく,成年期や老年期になって顕在化し,受診に至る例も増加してきている。ライフスパン・ディスオーダーとしての発達障害の側面が強調されてきたといえる。一方で認知症に対する社会的関心も日増しに高くなってきており,いわゆる「ものわすれ外来」を受診する患者は年々軽症化するとともに,軽度認知障害(MCI)水準で自ら受診する患者の比率も増加している。そのような背景の中で,「ものわすれ外来」を自ら,あるいは勧められて受診する患者の中に一定の割合で発達障害圏が混在しているとの報告が近年になって散見され,その鑑別が臨床上の問題になりつつある。

 発達障害と認知症との関係は,成人期以降に顕在化した発達障害が認知症に間違われる場合もあり,逆に認知症の部分症状が発達障害の症状に類似する場合もある。また両者がオーバーラップする場合もあり,単に鑑別を要する排他的な関係なだけではない。一方で児童思春期を専門とする精神科医はそもそも成年期や老年期の診療を行っていない場合が多く,逆に認知症を診療する精神科医は発達障害の視点を持っていない場合もある。両方の視点を持って診療を行える医療従事者は多くはなく,老年期の精神科医療の臨床場面やケアの現場では対応の混乱も起こりやすい。

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抄録 自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如・多動症(ADHD)などの発達障害の中核特性の多くは生涯維持されることが多く,かつて小児期の障害と思われがちだったADHDも半数近くが成人期に至っても診断基準を満たすことが知られている。また,ASDもADHDも気分障害,不安障害,PTSD,行動嗜癖の問題など多岐にわたる併存症を伴いやすいため,発達障害は児童思春期の診療のみならず一般精神医療においても重要な領域となった。本稿では,発達障害の疑いのある患者がすべての年齢層で受診し得るという観点から,そのアセスメントと支援の概略について,英国のNICEガイドラインをも参考にしながら述べていきたい。診察では発達障害の症状を探すことから開始するのでなく,機能障害の全体像をつかんでから患者が持ち得る発達特性にアプローチしていく手法を紹介する。

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抄録 発達障害と認知症の病因,病態上の関連について,多面的に検討した。自閉スペクトラム症と前頭側頭型認知症には,障害される神経ネットワークの局在が近似していることから,症候学的に多くの類似点が認められ,注意欠如・多動症とレビー小体型認知症との関係については,両者に共通してドパミン神経系の脆弱性が深く関与していると推察された。幼少期に発症する発達障害と,数十年間のブラックボックスを経過して発症する初老期・老年期の認知症との関係性について4つの類型を提案し,発症の原因ならびに促進因子について考察した。発達障害を基盤として認知症を発症した場合,認知症に伴う行動心理症状(BPSD)により強い影響を与えると推察される。

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抄録 近年,成人期の発達障害への注目,診断基準の変更,児童期から成人期にかけての臨床症状の経年的変化,老年期の神経発達障害の存在や臨床的特徴についても注目が高まっており,診断の幅が広がった。また,発達障害と認知症の症候学的類似性が指摘されるようになっている。そして,高齢期の発達障害の存在が医学的にも注目される中,若年性認知症との鑑別が臨床上の問題になりつつある。この背景には神経発達障害は主として児童精神科医が,また認知症は老年精神科医が診療に携わっており,成人期から若年期ではお互いがあまり専門としない領域の鑑別が求められ,その両者の視点を持った診療体制が構築しにくいことも影響していると思われる。本稿では,神経発達障害の中でADHDを取り上げ,若年期認知症との鑑別診断の必要性と意義について述べる。

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抄録 行動障害型前頭側頭型認知症(behavioral-variant frontotemporal dementia:bvFTD)は,多くが65歳未満で発症し,人格変化や行動障害を主徴とし,前頭葉および/または前部側頭葉に著明な萎縮を呈する神経変性疾患である。自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder:ASD)は先天性の疾患で発達期に発症し,社会性と行動の特徴から診断される神経発達症である。後天性の疾患であるbvFTDと先天性の病態であるASDの鑑別は,発症時期や背景病理が異なるため一見容易に思えるが,両者とも共感性の欠如や社会性の乏しさ,こだわりや常同行動が主症状で重なる症候が多いため,臨床現場では未診断の成人ASD患者がbvFTDを疑われて認知症専門医療機関を受診することが少なくない。本稿ではbvFTDとASDの類似点や相違点,鑑別のポイントに焦点を当てて概説した。

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抄録 注意欠如・多動症(ADHD)は,幼少期にその特徴が明らかになる生来性の障害であるが,ADHDを持つ人が初老期以降に物忘れを主訴に認知症外来を受診することが,最近報告されるようになった。ワーキングメモリーなどの障害から初診時には早発性アルツハイマー型認知症(EOAD)と診断されることも多く,認知症様症状を呈する疾患としてADHDが鑑別に挙がる。初老期以降は子ども時代の情報を得ることが難しいことから,診断には神経画像など客観的生物学的指標が必要であるがまだ確立されていない。ADHDでは前頭葉,線条体,頭頂葉などを中心とする実行機能ネットワークの異常がみられ,その領域での構造的,機能的異常が報告されてきた。一方,EOADではアミロイドイメージングが陽性であること,初期から後部帯状回などの血流低下を認めることが知られている。日常一般診療では両者の鑑別に脳血流SPECTが有用である可能性がある。

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抄録 成人・高齢者の発達障害に対する治療論はまだエビデンスに乏しく,これからの課題である。しかし,発達障害概念が広まり,小児期から発達障害が認識されていた患者が,加齢によって変化していく様態が次第に明らかになっている。また,認知症臨床の中で,発達障害が見出されることも少なくない。認知機能障害のメカニズムや,神経病理においては,発達障害と認知症は共通する部分があり,双方から検討していくことは,病態解析,鑑別診断,治療上重要である。現在,一部に共通の治療薬の可能性も見出されつつある。臨床現場での成人・高齢発達障害症例は,環境調整や,認知行動療法により薬物療法以外の側面でも治療可能性があり,多面的なアプローチが望まれる。

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抄録 現在の初老期から高齢期の人々が幼少の頃には発達障害という概念は浸透していない時代であった。そのため診断や療育・指導を受けることなく,本人・家族ともに,さまざまな生きづらさを経験しながらも,発達障害を自覚することなく長年生活してきたことが推測される。元々の発達特性が加齢に伴い先鋭化することも考えられる。また,高齢になればなるほど認知症が合併してくる割合も増加する。そのような高齢者が日常生活にさらに支障を来すようになったり,地域で孤立することが実際に起こっている。認知症ケアの場面でも通常の認知症ケアでうまくいかない場合は発達障害の合併を疑い,発達障害の特性を理解したケアが必要である。

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抄録 知的障害や重症心身障害,および自閉スペクトラム症やADHDなどの発達障害支援について,精神医療は生涯にわたり関与し続けるべきであるが,「児童・思春期精神医療」「老年期精神医療」といったライフステージ別に専門性が分断されているために支援の連続性が担保されにくくなっている。そのため認知症を中心とする高齢化した発達障害の精神医学的評価,診断そして治療においてはそれぞれの現場で暗中模索であり,今後医学的知見の積み上げが求められる。そのためにはライフステージごとにおける精神医学的課題と関連問題について,いかなる精神科医も特に発達障害と認知症については精神医療におけるcommon disorderとして認識する必要があり,そしてプライマリ・ケアでかかわれる「ジェネラリスト精神科医」の養成が急務であろう。

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抄録 摂食障害患者にしばしば万引き(以下,窃盗)行為のみられることが臨床的に知られるが,その心理社会的背景や累犯化要因は明らかでない。摂食障害病理との直接的関連が指摘される一方で,服役回数が複数回に及ぶ累犯には行動嗜癖の側面が目立つ。その併発症は不安・抑うつ・解離・強迫と多岐にわたり,亜群に分類する必要性も示唆される。服役出所を繰り返してもなお再犯が止まない累犯については,単なる拘禁刑に再犯抑止効果を期待することは困難で,治療的関与が望まれる。司法精神医学的評価や処遇のあり方・介入方法を見直す必要があるが,しかしながら,摂食障害の窃盗について,司法精神医学的見地から精神症状を総合的に調査した研究や,再犯防止の観点から介入方法について検討した研究は乏しく,基礎データの蓄積もない。このため,精神鑑定においては議論が錯綜しており,実効性ある治療的介入方法も解明されていない。本稿では,窃盗犯で服役する摂食障害女子受刑者を対象に我々が実施した調査結果,ドイツ・スウェーデンをはじめ各国の触法精神障害者処遇例を踏まえ,摂食障害と窃盗について,司法精神医学的観点から考察する。

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抄録 口腔内セネストパチーで発症した症例の退行期から老年期にかけての長期経過(51〜75歳)を報告した。薬物治療は抗精神病薬と抗うつ薬を主剤としたが,明らかな奏功薬と位置付けられる薬剤はなく,臨床経過を俯瞰すると,約10年の症状活動期(51〜61歳)と,その後の安定期(62〜75歳)を特徴とした。本症例を「人生後半期精神病」の中に位置付け,退行期・老年期というライフステージが病状変化に関与した可能性を指摘した。内因性精神疾患を長期的で縦断的な視点に基づいて理解しようとする観点の重要性について考察した。

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抄録 脳の計算理論の発展に伴い,それを精神疾患の病態理解に応用する試みへの期待が,近年,高まっている。特に,脳の予測符号化モデルに基づいた研究では,感覚情報の不確実性を推定する神経機能の変調と精神疾患との関連を示唆する概念的な仮説が提示されてきたが,実際の臨床で観察される行動レベルでの病像との間にはギャップが存在している。本論文では,神経ロボティクスの手法を用いることで,実験的にこの理論と臨床像との橋渡しを行った研究を紹介する。実験では,自閉スペクトラム症に特徴的な限定された反復的な行動様式や行為の停止といった多様な症状が,不確実性の過小評価と過大評価による異なるプロセスから生じ得ることが示され,精神症状のmultifinal性とequifinal性の一側面が捉えられた。また,病態理解にとどまらず,症状改善のための環境調整的な介入への理論的示唆といった,計算論的精神医学の臨床研究への貢献可能性が示された。

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精神医学
62巻2号 (2020年2月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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