精神医学 61巻5号 (2019年5月)

特集 精神医学における主観と主体

特集にあたって 福田 正人
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 精神疾患の症状として,当事者が体験する主観的な症状は重要な位置にあり,診断においては必要不可欠なものです。また,意欲や自発性の低下という主体性の困難はさまざまな精神疾患に共通して認められる非特異的な症状で,当事者の生活に大きな影響を与えます。さらに精神疾患の回復において,当事者が自らの主観的な価値に基づいて主体的に人生を生きていけることは,基本となります。

 こうして,主観や主体は相互に結びついた精神医学における重要なテーマとして古くから重視されてきていますが,自然科学の対象とすることに困難があるため,これまで十分な発展を遂げられなかったところがありました。しかし,最近の臨床活動の広がりと脳科学の発展により,主観や主体を新しい視点から捉えることが可能となってきています。そこで,精神医学における主観と主体について,現時点での理解の到達点とこれからの方向性をさまざまな立場から解説していただき,現場での臨床実践に役立つとともに,主観や主体の科学を考える手がかりとなる特集を企画しました。

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抄録 身体の健康問題は,その問題に対して当事者が向き合う上で精神の健康問題とはやや異なる部分が存在する。その一つは「disease」としての「病気」と「illness」としての「病気」がしばしば乖離し,当事者における「病気」と,医療サービスを提供する専門家にとっての「病気」の位置付けや問題の大きさ,価値付けに対し調整が必要になるということである。それは「病気だけど病気ではない」もしくは「病気ではないが病気だ」という状況の調整とも理解できる。本稿では以上のねじれ関係を中心にしながら「患者として主体的」な存在であることについての論考を行った。

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抄録 主体性には,生物学的な次元と,主体性の“自覚”という人間学的な次元とがあるが,精神医学においては,前者は生物学によって,後者は精神病理学によって扱うことになり,ここに両方法論の連繋の可能性がある。本稿では,主体性という観点から各精神疾患の症状論,病態論,治療回復論について論考していくための,下作りとしての総論を述べる。主体性は,精神医学にとどまらず,およそ人間の営みを扱うあらゆる学問領域において問題となり得るもので,特に,現代に生きる我々は,情報通信技術の発展によって,いわば“繋がり過ぎ”の人工環境の中で生きているが,主体性の弱化が生じている可能性がある。このような新たな人工環境において,人間が安心して,健康に,そして幸福に生きられるように,精神医学の立場から,主体性のありよう,そしてあるべきようについて考え,社会に対して提言していくことが求められてくるであろう。これは予防精神医学の試みとなろう。主体性という主題が,今後の精神医学の進展のための,一つの切り口となればと思う。

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抄録 自分の人生が自分のものではない・誰かに決められた道を歩かされていると感じるなら,その人の主体性は何かに阻害されている。精神疾患における主体性の回復とは,精神疾患を持ちながら生きる当事者が,今の自分を前の自分と断絶した存在ではなくつながったものと感じられることである。そこで従事者は当事者が主体的に選び取る人生の目標(価値)を当事者と共有して,治療に関する共同意思決定を行う姿勢が求められる。いかに初発時の対応で当事者の内発的動機付けを高め,その後の経過で学習性無力感を防止できるかが重要になる。しかし非同意入院の時点で当事者にとって治療は強制されるものとなり,共同意思決定がうまくいかない。隔離や拘束など行動制限の実施も当事者の主体性に有害な影響を及ぼす。当事者が地域社会の一員であり続けられるよう支援する構造が現行の精神科医療には欠けており,ピアスタッフの活用が今後の課題である。

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抄録 主体的な回復過程としての「パーソナルリカバリー」の評価尺度(The Recovery Assessment Scale, The Questionnaire about the Process of Recovery)や,この評価方法を用いた研究をいくつか紹介する。パーソナルリカバリーの理念と,評価方法の限界や注意点について述べる。

 「主観的なパーソナルリカバリー」に関連した既存の取り組みとして,より現実の生活能力に迫ろうとする「臺式簡易客観的精神指標」について概説する。また,個人の価値や目標を「指向する課題」に見出し,個人の態度を「生活特性」に見出し支援する「生活臨床」や,主体性の回復を促しつつも,主観的評価だけに偏らず,集団の力によりバランス良く客観的評価が要請される「アクションメソッド」について述べる。これらの取り組みと,主観的なリカバリー尺度の在り方について考察する。

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抄録 居場所ということばには心理的な意味合いが含まれており,自らのアイデンティティが確かめられる環境のことを意味する。居場所のなさはメンタルヘルスに大きな影響を与える。本稿では,ホームレス支援を居場所の臨床と位置付け,その新しい支援の方策であるハウジングファーストについて紹介する。ハウジングファーストは,「まず安定した住まいを確保した上で,本人のニーズに応じて支援を行う」という非常にシンプルな考え方であり,その根幹は「住まいと支援の分離(独立)」にある。治療を受けることや回復することなどの条件を求めず,居場所としての住まいを提供するという支援のあり方を考えることを通して,居場所について考察する。

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抄録 私たちは能動的に身体を動かして行為をするとき「私が行為の主体だ」という実感を得ることができる。この主体感は日常的な主観経験だが,その異常が精神疾患と関連し得ることから,不可欠な心的機能の一つである。主体感は,主観指標のほか,能動的行為に特有の時間知覚バイアス量を潜在指標として実験心理学的に研究されてきた。本稿では,行動実験と脳画像・脳刺激法から明らかになってきた主体感の認知神経機構を概説する。主体感は,脳内の感覚運動系による予測的機能や,外界の事象を因果的に自己帰属するような推論から生成される。さらに他者との関係性といった社会的要因,行為の結果の良し悪しといった感情的要因の影響も受ける。こうした複数の要因に基づく主体感が頭頂部・前頭部・島皮質などの複数の脳領域と関連することが明らかにされてきた。

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抄録 対象物を見るときの注視点の動き(探索眼球運動)を分析し,被検者の主体的な態度を調べた。標的図を呈示し,再生図を描いてもらった(1回目)。その後標的図と,一部異なる図2枚と合わせて3枚の図を呈示し,標的図との異同を質問し,最後に念押しの質問をして,2回目の再生図を描いてもらった。記銘課題時,再認課題時,念押し課題時の注視点の動きを分析した結果,念押し課題時の注視点の動き(反応的探索スコア)が統合失調症と非統合失調症の間で最も差が大きく,最も強い主体性を表していた。また,1回目と2回目の再生図を比較すると,統合失調症では,主体性の障害があって再生図は拙劣であるが,再認課題と念押し課題の手掛かりによって2回目の再生図が改善したと推測した。これらの結果を用いて,日常臨床におけるさまざまな現象について論じた

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抄録 知覚や情動は主観的な体験でありながら他個体との一定の共有が可能であり,ヒト社会が構築される基盤となっている。骨折により痛いという主観的な体験は容易に他者と共有でき,さらに生理学的な理解により脳幹反応から音が聞こえないという主観的な体験についても他覚的な記述による共有が可能になった。このように生理学的問題に変換することで主観的体験の随伴現象を扱うことが可能になる。精神疾患の症状に関係する脳機能は生理学的な分析は難しいが,近年の光遺伝学による神経回路の詳細な分析が進んでおり,今後は種間・個体間で共通性が高い神経回路の理解が発展し,一定の生理学的記述に基づく共有が可能になると期待される。さらに脳は経験を通して可塑性によりさまざまな回路修飾を行うため,必然的に個別性が高く共有困難な主観的問題を抱える。それゆえ個別性を扱う計算科学の発展と個別性に向き合うヒト自身の理解の相補的発展が必要であろう。

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抄録 精神疾患研究には倫理的・科学的にしっかりしたブレインバンクが必要である。日本では精神疾患研究用バンクが少なく全国ネット化も遅れている。検死官からを主な経路とする欧米のバンクは解剖までの時間が短い一方,生前情報が少なく後方視的な精神科診断が難しい弱点がある。福島県では生前登録制度による日本初の系統的精神疾患死後脳バンクの活動が1997年より開始されている。2018年3月現在,生前登録200名,献脳55名で,他研究機関への分配も着実に増加している。日本医療研究開発機構に研究課題が採択されて日本ブレインバンクネット(JBBN)が組織され全国ネットワーク化が端緒についた。これまでの死後脳研究成果をモノアミン伝達,細胞内信号伝達,プロテオミクス,ゲノミクス,リピドミクス,エピジェネティクス,微小循環・慢性炎症にまとめて紹介した。生前情報に富む日本の精神疾患死後脳バンクが病態解明と治療薬開発で世界に先駆けることが期待される。

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抄録 目的:措置入院患者と医療観察法対象者の特性の比較を行い,両者の共通点と相違点を把握し,おのおのの支援上の重点課題と現在の措置入院制度の役割を考察する。

 方法:他害行為を契機に入院した措置患者125名と,医療観察法対象者38名の計163名を対象に,後方視野的研究を行った。

 結果:措置群,観察法群ともに生活保護受給者が多く,家族の支援に乏しい生活上の困難を抱えていた。観察法群では思考の障害,不定期受診者,過去の触法経歴と措置入院経歴を有する者の割合が高かった。

 考察:措置入院は,その後の再他害行為,重大な他害行為を未然に防ぐ機会になるため,他害行為の予防に関連した支援を図る制度への転換が望まれる。

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抄録 特発性基底核石灰化症(Fahr病)は両側大脳基底核や小脳歯状核に石灰化を来す脳器質疾患で,無症状のものから多彩な精神神経症状を示すものまで様々である。最近,家族性例で遺伝子異常も見出されているが,発病メカニズムは不明である。筆者らは統合失調症として長期入院し,のちに認知障害,不随意運動などを呈し,遺伝子解析では既知の遺伝子変異は認められなかったものの,脳病理所見も勘案するとFahr病と考えられる症例を経験した。統合失調症の経過を辿り剖検されたFahr病例はまれなので報告する。不随意運動,認知障害を示す難治性の統合失調症で,頭部CT検査で脳の石灰化を認めた場合は,鑑別のためにCa代謝異常の有無を検査する必要がある。

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抄録 出生体重が1,500g未満のVLBW児およびELBW児の36か月時の自閉症スペクトラム特性について,PARS幼児期短縮版を用いて標準体重群(NBW群)や,VLBW/ELBW児とは別の確定診断をうけたASD群と幼児期評定の比較を行った。陽性児の割合はNBW群の8.58%に比べ,LBW群は53.9%と6.7倍高かった。項目分析から,言語発達や会話などコミュニケーション領域や遊びなど対人領域での苦手さが確認された。LBW群の他児への興味は,ASD群の幼児期の様子と同程度に低いものであった。またこだわり行動や遅延性エコラリアなど自閉症に特異的な行動の項目において,NBW群との差異はみられなかった。社会的発達に関して,行動観察などの評価手法や,幼児期の就園後に及ぶフォロー体制の必要性を考察した。

「精神医学」への手紙

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 精神医療においても,SOAP形式によるカルテ記載が定着している。優れた方式ではあるが,それだけでは精神療法の研修には不十分であると考える。たいていの精神療法は会話で成り立っており,精神療法の研修(ケースカンファレンス,コンサルテーション,スーパービジョン)においては,その会話をなるべく忠実に再現することが,実り多い研修を受けるための重要な要素の一つである。しかし,患者さんの発言に対し治療者がどう返したか,治療者がどのような質問を投げかけたのか,などの情報の多くは,SOAP形式では抜け落ちてしまう。精神療法を学ぶ精神科医は,精神療法的な関与を治療の中心としているケースについてのみでよいので,会話形式の記録をとることを心がけるべきである。指導を受ける時のみならず,自身で経過を振り返り治療方針を見直す時にも,必ず役立つ。忙しい外来診療の中では無理だと思うかもしれない。また,患者さんのほうを見ずにカルテ記載を続けるのはよくない,という意見は正論である。

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目次

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次号予告

編集後記
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 最近,誕生日を迎えました。周囲からおめでとうと言われ,嬉しい気持ちになった一方で,あらためて自分の生物学的年齢を認識し,漠然と感じている主観的な年齢との大きな差に気付くことになりました。

 特集「精神医学における主観と主体」では,これを多角的に掘り下げるとともに,思弁的に傾きがちなこのテーマを精神医学における現実的なトピックとの関連から鳥瞰しています。「主観と主体」が時に従属変数,時に独立変数となって,精神医学の中でのその意味が浮き彫りにされていきます。

基本情報

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精神医学
61巻5号 (2019年5月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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