精神医学 59巻12号 (2017年12月)

特集 「統合失調症」再考(Ⅱ)

  • 文献概要を表示

はじめに

 1996年わが国で初の非定型抗精神病薬(非定型薬)となるリスペリドンが上市された。それから20年余りが経過した今,非定型薬は統合失調症治療において当たり前のように処方されているが,この非定型薬は我々治療者にさまざまな影響を与えた。

 実は筆者は今から約10年前,「副作用の観点から,非定型薬の登場はどのような影響があったのか」という内容について執筆をしている29)。その中で筆者は,①抗精神病薬の限界および怖さを知らせてくれた,②薬に対する理解が多面的かつ深まるようになった,③当事者のQOLやアドヒアランスへの影響をより配慮するようになった,という点において大きな影響があり,非定型薬登場の意義があると記した。

 今回そこからさらに10年が経過した訳であるが,その思いはますます強まっていると言える。あらためてここで,この20年間に非定型薬がもたらした影響について検証する。

  • 文献概要を表示

はじめに

 脳画像(brain imaging)あるいは神経画像(neuroimaging)の包含するモダリティは,現在では非常に多種多様であるが(表),その共通する基本的特質は,生きた人間の脳の構造や機能を(間接的ながら)可視化できるということである。「脳画像の発展は統合失調症の理解に何をもたらしたのか?」という問いは,やや乱暴な言い方をすれば,「統合失調症患者の脳において何が生じているかがどこまで分かったか?」ということにほぼ等しい。

 クレペリンは,統合失調症が人格の内的関連の解体と情意の障害を特徴とする精神荒廃に至る経過をとることは避けがたく,その背景には脳構造の変化があると想定していた。統合失調症における脳構造の変化を見出すべく,20世紀前半に神経病理学の研究者たちによって多くの努力が傾注されたが,客観的で再現性のある所見を見出すことができなかった。しかし,20世紀の終わりになって,X線コンピュータ断層撮影(CT)や磁気共鳴画像(MRI)などの脳画像診断技術が進歩し,統合失調症における脳構造の変化について,ようやく再現性のある研究結果が得られるようになった。ちなみに,神経病理学の代表的な教科書であるGreenfield's Neuropathologyにおいて,しばらく割愛されていた統合失調症の章は1997年の第6版において復活したが,その多くは脳画像所見に関する記述で占められていた。すなわち,脳画像は,想定されていながらも客観的には示し難かった,統合失調症における脳構造変化の存在を確認することに大きく貢献したと言える。また,このような脳画像研究の進展が,新しい神経病理学的研究の端緒ともなった。

 本稿では,脳画像研究が私たちの統合失調症の理解に与えた影響について,主にMRIなどの脳構造画像研究の進展を振り返りながらまとめたい。

  • 文献概要を表示

はじめに

 1890年代に早発性痴呆という概念を提示したクレペリンは,統合失調症の進行性脳病態を想定していた。以来,死後脳を用いた直接観察により,側頭葉内側部の体積減少や,神経細胞の数や形状の異常が認められていた。しかし,神経病理学的に脳の変性疾患を特徴付けるグリオーシス,すなわち脳組織がダメージを受けてグリア細胞が増生している所見が統合失調症の脳にはみられないことから,“schizophrenia is the graveyard of the neuropathologist.(統合失調症は神経病理学者にとっての墓場である)”と言われ,1952年の第1回国際神経病学会では,“there is no neuropathology of schizophrenia.(統合失調症に神経病理所見はない)”という結論が出され,しばらくの間,死後脳を用いた統合失調症研究が注目されない時期が続いた。一方で脳組織にみられる異常は,脳が完成する前の胎児期に生じたものであると考えられ,ウイルス感染などの周産期の合併症により統合失調症の発症危険率が上昇するという疫学研究に裏打ちされるように,まず胎児期の神経発達の障害が素因となり,思春期に外的要因により神経伝達物質のアンバランスを生じて統合失調症を発症するという神経発達障害仮説が生まれた。

 1980年代の脳画像技術の進歩に伴い,統合失調症における脳の形態学的変化に関する研究が進み,特に側脳室の拡大や側頭葉内側部の体積減少が繰り返し報告されるようになった。また機能画像研究により,幻聴と関連すると考えられている上側頭回の機能異常が報告され,これらの部位の脳組織で実際に何が起きているか再び興味が持たれるようになってきた。現在までに脳組織を研究する手法は進歩し,顕微鏡下での観察だけではなく,免疫組織学を利用し,コンピュータを用いた画像処理・統計を駆使した研究の所見が蓄積されてきている。一方で分子生物学的な研究手法が飛躍的に発展し,脳組織における遺伝子発現を調べられるようになった。

 このように,統合失調症という病態の根幹を神経学的基盤に求める場合,それを直接観察する手法である死後脳研究は極めて重要な地位を占めると同時に,統合失調症に関するさまざまな生物学的研究の集約点であると言える。しかし,統合失調症にかかわる研究者のみならず,多くの臨床医にとって,患者の臨床症状がどのような神経学的基盤に基づいているのか,そしてできればどのように治療につながるのか,興味のあるところであろう。

 本稿では,まず死後脳研究の手法を概観し,次に現在までに死後脳研究が明らかにしてきた所見が統合失調症の病態仮説をどのように支持しているか,臨床症状や臨床検査所見との関連において論じる。

  • 文献概要を表示

遺伝子ハンティングの勃興(1980年代後半〜)

 分子遺伝学の「分子」とは,セントラルドグマの系譜でいう遺伝子の実体であるDNAを念頭に置いている。遺伝学では,表現型の成り立ちに関して「X(表現型)=G(遺伝要因)+E(環境要因)+G×E」と考える。種(個体)の全ゲノム配列が未解明の時代でも,モデル生物では特定の遺伝子についてはクローニングなどによりDNA配列が決定され,その遺伝子の働きや遺伝子操作は可能であったので,分子遺伝学は早い時期から興隆をみた。ヒトの場合,単一遺伝子のDNA塩基配列異常はメンデル型疾患で一つひとつ解明が進んでいた。疾患遺伝子の機能,生化学的手がかりがない中,ポジショナルクローニング法というアプローチで,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの原因遺伝子dystrophin7),囊胞性線維症の原因遺伝子CFTR12,14),神経線維腫症1型の原因遺伝子NF1の同定に成功した頃が2,19,20),ヒト単一遺伝子疾患研究の絶頂期の始まりで,1993年のハンチントン病責任遺伝子同定18)がハイライトのひとつとなった。単一遺伝疾患の責任遺伝子の同定は,21世紀になってから新しいテクノロジーの登場(後述全エキソン配列解析の部分参照)により再びスピードアップした。

  • 文献概要を表示

統合失調症のもたらす社会生活の障害—特徴的な障害は何か

 統合失調症の人は,その障害の特質からさまざまな社会生活への影響がある。たとえば結婚や就学,就労といったいわば当たり前のことが,大きな困難を伴う課題となってしまうのである。わが国では有配偶者率は男性では一般人口の3〜4割程度との調査が多く,女性ではいったん婚姻する者はもっと多いものの,離婚率が高い8)。一般企業への最低賃金以上の就労(一般就労)をしている人の割合は,一般人口のおおよそ2〜3割程度と言えるだろう9)。一般就労は,統合失調症では他の精神障害に比べてもかなり低率である。なぜ社会生活が困難になるかについては,対人状況における陽性症状,自閉・感情の平板化などの陰性症状,現実的な動機の持ちにくさ,ストレスにもろく安定した活動が困難であること,それに認知機能障害などが影響している。まずは社会生活の特徴を整理してみたい。

 1点目として,日常生活全般に広範な障害がみられることが挙げられる。そしてその障害は認知機能障害との連関が想定される。連関というあいまいな表現を用いたのは,素因に規定された脆弱性,発症前までの社会生活からの学習性の障害,発症後の進行性の機能低下,発症後の不十分な社会生活に基づく「廃用」性の障害,現存する陰性症状などの妨害要因による能力低下などが複雑に絡み合って,現在の「障害」が形成されているからである。丹羽ら16)は,社会生活上のさまざまな機能を,より機能障害に近い素因依存性・要素的な機能で,治療や環境の影響を受けにくいものから,より生活障害に近く経験や学習により変化し得る統合的な機能で,治療により変化しやすいものまで一連のスペクトラムで考えた。

  • 文献概要を表示

抄録 うつ病に対する行動活性化療法(behavioral activation;BA)の治療効果には数多くの報告がある。今回,我々は反復性うつ病性障害の30代男性にBAを導入した。些細な負荷から症状が再燃し,行動を起こすことに躊躇する傾向がみられたが,粘り強くBAを継続した。その結果,抑うつ症状が改善し,さらには自己効力感の向上も認められた。これらはBAの特徴であるACTIONモデルに基づいた行動から得られた成功体験や達成経験によるものと考えられる。BAの適応の1つに「自己効力感を高めたい時」がある。今後も抑うつ症状が遷延するうつ病に対するBAの適応や有効性についてさらなる知見の蓄積が期待される。

  • 文献概要を表示

抄録 進行性核上性麻痺(PSP)では多彩な精神症状がみられることがある。今回我々は,多彩な精神症状を伴い前医で緊張型統合失調症として加療されていたPSP患者の1例を経験した。神経症状に加えて特徴的な画像所見からPSPであると診断し,L-dopaの投与を行ったところ,パーキンソニズムに効果はみられたものの精神症状が悪化した。そのためドーパミンパーシャルアゴニストであるaripiprazoleに切り替えたところ,パーキンソニズムと精神症状のいずれにも効果が認められた。PSPの治療はパーキンソニズムと精神症状の両方に配慮する必要があることから,aripiprazoleが効果的な薬剤である可能性が示唆された。

  • 文献概要を表示

抄録 対話性幻聴は統合失調症における特徴的で診断価値の高い症状の一つであるが,その分子的メカニズムについては十分分かっていない。我々は,抗EGFR(epidermal growth factor receptor:上皮成長因子受容体)抗体,抗VEGF(vascular epidermal growth factor:血管内皮成長因子)抗体の投与後に一過性の対話性幻聴を呈した1例を経験したが,この症例の経過から,EGFおよびVEGFとドパミンのシグナル伝達の共通の分子である,AKT/GSK3の機能異常が本症例の対話性幻聴の出現に寄与している可能性があり,同様の機序が統合失調症における対話性幻聴の出現にも関与していることが示唆された。

  • 文献概要を表示

抄録 腸骨動脈瘤患者に電気けいれん療法(ECT)を施行した報告例はない。症例は60歳台男性。妄想を伴ったうつ病エピソードを呈し,薬剤抵抗性で亜昏迷状態となったため,ECTを導入した。21mmの内腸骨動脈瘤および腎不全を合併していたため,動脈ラインを挿入しnicardipineを用いて厳密な血圧管理を行った。血圧の変動を抑えるため,鎮静薬propofolに麻薬を併用した。筋弛緩薬は,筋線維束攣縮による血中K値の上昇を抑えるため,少量のrocuronium投与後にsuxamethoniumを投与した。術後合併症なくECTを11回施行し,精神症状は改善し自宅退院となった。厳重に術中管理を行えば,腸骨動脈瘤および腎不全の合併患者においてもECTは治療選択肢となり得ると考えられた。

  • 文献概要を表示

抄録 2009年以降,道路交通法に基づいて,認知症の疑いにて運転免許証更新に係る診察を当院で担当した連続26例について,その臨床的背景を報告した。80代の男性が多く,農業など現在も就労している方が多かった。独居者では,運転が買い物や用足しなどの日常生活に大きくかかわっている実態がうかがえた。

 本制度では,認知症の有無だけを判定することが求められるが,診断後の生活や仕事などに対して相談できる体制作り,代替交通手段や援助者の検討などが必要である。

  • 文献概要を表示

はじめに

 血液疾患に伴う精神症状は外因反応型1,6)を示すことが多く,悪性貧血2)では妄想状態,感情反応など,多彩な精神症状が出現することが知られている6)。一方,鉄欠乏性貧血に伴って精神症状が出現する例は稀1,6,7)である。今回我々は,急性精神病を呈した鉄欠乏性貧血の1例を経験した。若干の考察を加えて報告する。なお匿名性に配慮し,論旨に影響のない範囲で改変を施し,症例報告に際し本人より同意を得ている。

  • 文献概要を表示

 てんかん診療を行っていて痛感するのが,いかに多くの“てんかんのようでてんかんでない疾患”がてんかんと診断され,治療されてしまっているか,ということである。てんかんと診断されることによって患者が被る社会的損失,そして抗てんかん薬治療によって生じる身体的損失を考えるとき,常に「てんかんではない」可能性を念頭に診断することは基本的かつきわめて重要な姿勢である。しかし,てんかん専門医にとっても「てんかん」と「非てんかん」の鑑別は困難なことが多い。本書はその鑑別に重点を置き,図や表を用いてわかりやすく解説した,最新かつ唯一のガイドブックであり,本邦の神経学の第一線で活躍する訳者らが,豊富な臨床経験に基づいて的確に訳した名著である。

 本書は,神経学の父であり,てんかんを神経疾患として独立させようとしていたGowersが100年以上も前に記した「Borderland of Epilepsy」を原型とし,神経学の黎明期から存在する「てんかんとその境界領域」を,現代医療の知見をもって「再訪する」という形で構成されている。各章のはじめにある「要約」と「はじめに」には,各疾患に対するGowersの時代の理解と現代における理解との比較が記述してあり面白い。本文では,ビデオ脳波,筋電図,心電図,脳画像検査,超音波検査,遺伝子検査など新たなテクノロジーを得た現代の専門家によって,てんかんの境界領域である疾患の発症メカニズムと鑑別のロジックを詳細に解説していて,なるほど,とうなずいてしまう。失神,心因性発作,パニック発作,めまい,頭痛,一過性脳虚血,一過性健忘,睡眠関連の発作,アルコール関連の発作,不随意運動などのてんかんと鑑別を要する疾患に加え,自己免疫介在性てんかん,非けいれん性てんかん重積,自閉症,抑うつなど,現在のてんかん学でトピックになっている疾患にも多くのページを割いており最新の知見を得ることもできる。

論文公募のお知らせ

  • 文献概要を表示

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

--------------------

次号予告

編集後記
  • 文献概要を表示

 今年も年賀状の準備の季節となり,90歳を超える祖父母,父母の逝去のための喪中の知らせが届いている中で,40歳代で心臓突然死された統合失調症の親族を悼む,喪中のはがきを同封したお手紙を拝読すると,統合失調症の酷さを痛感いたします。学会のホームページに向精神薬の重篤な副作用のモニタリングと対応マニュアルを作成して掲載しましたが,取り組みがまだまだ不十分であることを実感せざるを得ません。

 本号の特集「統合失調症」再考(Ⅱ)ではその統合失調症の生物学的病態がようやく明らかになり,死後脳解析では神経細胞の脱落とグリアの増殖という変性の病理ではなく,錐体神経細胞の細胞体容積の低下,樹状突起の分枝や棘の減少などの神経可塑的変化が捉えられております。脳画像解析でも,認知症での形態変化の数分の一程度ですが,前頭,側頭葉の形態的,機能的変化が確実に捉えられている現状が詳述されています。神経心理学的評価に基づく認知機能の障害も明らかにされ,日常生活技能の修復に向けた治療への応用についても解説いただいております。これらはいずれも20年前から言われていたことがエビデンスを積み重ねて教科書を書き換える段階になったといえます。

精神医学 第59巻 総目次

KEY WORDS INDEX

基本情報

04881281.59.12.jpg
精神医学
59巻12号 (2017年12月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

文献閲覧数ランキング(
10月18日~10月24日
)