精神医学 52巻2号 (2010年2月)

巻頭言

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 早いもので,精神科医になって32年になろうとしています。

 その間,精神科臨床にはいろいろな動きがありました。DSMに代表される操作的診断基準の導入,境界例問題,パニック障害概念の導入と抗うつ薬の使用,気分安定薬の使用の一般化,非定型抗精神病薬の導入,解離性同一性障害の増加,SSRIの流布,行政主導の入院期間の短縮化,精神科のクリニックの爆発的増加,気分障害患者の急増,広汎性発達障害概念の流布,そして,何よりエビデンス・ベーストな精神科臨床という考え方の広がり…。

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抄録

 高齢者のうつ病に対する,SNRI(serotonin-noradrenaline reuptake inhibitor)であるmilnacipranの有効性と忍容性について検討した。ICD-10において,うつ病エピソードまたは反復性うつ病性障害と診断された,77~91歳の患者10例に対し,milnacipranを投与した。今回の検討では,高齢者としては高用量となる75~100mg/日(平均投与量73mg/日)までの投与を行った。いずれの症例も寛解に至ったが,最高量までや寛解までの期間には,個人差が認められた。比較的早期に100mg/日まで増量した5例においても,重篤な副作用は認められなかった。また,すべての症例が後期高齢者に含まれ,平均年齢は83.1歳であった。これらの結果から,高齢者におけるmilnacipranの忍容性の高さと,うつ病に対する高用量投与の有効性が示唆された。

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抄録

 総合病院救急科には,犯罪事件の被害者となりストレス障害を負う可能性のある患者が搬入されることがある。今回,同じ強盗事件に遭ったが,異なった経過をたどった2名の女性を報告した。1例は激しい不安を示していたために精神科的介入を行い,約1か月で回復した。もう1例は受診直後は精神症状を表さなかったために,積極的な介入は控えられ,3か月後にパニック発作を生じ受診した時点で,外傷後ストレス障害と診断された。同一事件の被害者ではあっても,ストレスの強度だけでなく,多くの要因がストレス障害への発展に関係すると推測された。精神科医はこれらの要因を考慮して精神医学的介入を進めるべきであると考えられた。

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抄録

 近年,操作的診断の普及によって,潜在的な統合失調症という観点が診断の枠組みから抜け落ちる傾向がある。今回我々はHochとPolatinによって提唱された偽神経症性統合失調症群(pseudoneurotic schizophrenia群;以下PS群)を潜在的な統合失調症群を表す診断名として再評価し,DSM-Ⅳ-TRに基づき不安性障害と診断された患者群の中から20例のPS群をHochとPolatinの基準を用いて抽出した。さらに,上記不安性障害を呈してかつHochとPolatinの基準を満たさない19例を不安性障害群(anxiety disorder群;以下AD群),同年代の顕在発症した統合失調症群(schizophrenia群;以下SZ群)19例と健常群(normal群;以下N群)20例を併せ4群を選択した。4群に対してロールシャッハ・テスト(以下ロ・テスト)の反応特徴を比較検討した結果,統合失調症得点(RSS)からPS群はAD群よりもSZ群に近縁であること,しかし,逸脱言語表現(⊿値)が多く,反応領域として部分反応(D)が少なく,不良形態全体反応(W-)が多くみられるという点でSZ群とは異なっていることが確認された。我々の研究結果は,ロ・テストが,不安性障害を呈する患者において統合失調症的な背景を持つ患者を鑑別する補助診断となる可能性を再確認するとともに,表層的に不安性障害を呈する患者においても統合失調症に近い一群が存在する可能性を示唆した。

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抄録

 近年,児童青年期の統合失調症患者において,リストカットなどの比較的軽症の自傷行為が増加している。我々は最近10年間に治療した18歳未満の統合失調症患者を後方視的に調査し,その臨床的特徴を検討した。全41例中18例(44%)において自傷行為を認めたが,大部分が軽症の自傷行為であり,児童青年期全般においてこれまで報告されている特徴と大きな違いはなかった。自傷行為を認めた症例では,女性が16例(89%)と大部分を占め,暴力や過量服薬,過食・嘔吐,深刻な自殺企図など自傷行為以外の衝動的行為を高率に認めた(78%)。自傷行為を認めなかった症例と比較して,自傷行為以外の衝動的行為を複数の方法で行う症例が有意に多かった。

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抄録

 2005年10月より3年間に,当院で病的賭博と診断23)した120名の臨床背景を後方視的に実態調査した。平均年齢は,初賭博19.6歳で,問題賭博29.5歳であり,初診時は42.6歳であった。特に男性の初賭博で18歳未満が63.4%あったのは注目される。主な賭博では,パチンコとスロットで93.3%を占めた。学歴,離婚率,喫煙率が,一般より高い傾向を認めた。初診時債務は297.9万円で,債務累積は1,457.9万円で,15.0%が自己破産していた。自殺未遂既往歴を8.3%(10名)で認めた。自殺未遂方法は,その7割が大量服薬か自傷であった。また注目すべき点として,交通外傷既往率の高さ17.5%(21名)があり,病的賭博者には生来の注意欠陥傾向が存在するのではないかと推察された。

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抄録

 19歳の女性。入院前日より,独語,興奮などが出現し当科に入院した。徐々に昏迷となりその後意識障害が進行し,著明な流涎,多量の発汗,項部硬直,不随意運動,血圧の変動,頻脈なども伴ってきた。呼吸障害も出現し呼吸器管理となった。その後,これらの症状が急速に改善された。頭部MRIでは異常を認めず,髄液所見では単核球の軽度増加のみ認められた。脳波では一時全般性に高振幅徐波が認められた。SPECTでは,広範囲に相対的血流低下が確認された。治癒後,卵巣奇形腫の存在が確認された。本症例の臨床経過は,「急性可逆性辺縁系脳炎」「若年女性に好発する急性非ヘルペス性脳炎」「抗NMDAR脳炎」の特徴に一致した。

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抄録

 64歳と39歳発症の前頭側頭葉変性症(FTLD)の2臨床例を呈示した。2例は語の意味や一般物品,あるいは相貌に関する意味記憶障害で発症した。両例は発症から16年および12年経過後に,錐体路徴候と固縮の混在した運動障害を萎縮の強い大脳半球の対側の上下肢に呈し,後に患肢は拘縮した。1例では運動障害と同側の半側無視も呈した。FTLDは臨床症候群であるが,近年は背景にある病理学的疾患単位により臨床特徴が異なる可能性が報告されている。それらに基づくと本例は少なくともピック小体を有すピック病よりは,TDP-43陽性封入体を持つ孤発性FTLDにおいてしばしば認められる経過上の特徴を多く有していると思われた。

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はじめに

 Huntington病(HD)は1872年にHuntington Gにより初めて報告された,常染色体優性遺伝の形式をとり,主として線条体の神経細胞が脱落する変性疾患である。臨床的には,慢性進行性の舞踏様の不随意運動と人格変化や認知機能障害などの精神症状を呈する。

 今回我々は,幻覚妄想状態で衝動性の亢進を来したHDの症例を経験したが,olanzapine投与により精神症状の著明な改善が認められたので文献的考察を交えて報告する。なお,報告にあたっては,口頭にて本人と家族から同意を得た。また,科学的考察に支障のない範囲で,プライバシー保護のために症例の内容を変更した。

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はじめに

 Cytochrome P450(CYP450)は肝臓において薬物の酸化的代謝を触媒する酵素群で,約20種類のサブタイプがあり,一般臨床において用いられる治療薬の多くがこの酵素群により代謝および分解される。また,こういった治療薬はCYP450酵素群に対してその酵素活性を抑制あるいは誘導することが知られており,複数の薬物が同時に用いられる場合はおのおのの薬物の代謝動態が複雑な相互作用によって影響される5)。たとえば,本症例のように関節リウマチ治療薬として抗ヒトtumor necrosis factor(TNF)αモノクローナル抗体製剤(infliximab)が使用される場合,この投与によって免疫力が低下するため,抗結核薬の予防的投与が必須となる。その場合,抗結核薬の1つであるrifampicinはCYP450酵素群を誘導し4),定型的抗精神病薬のhaloperidolの代謝を顕著に促進することが報告されている2,6)

 今回,関節リウマチを合併し,infliximab投与のためrifampicinを併用したところ,それまで投与されていたhaloperidolの血中濃度が多大な影響を受けた統合失調症の1例を経験したので,以下に報告する。

 なお,個人情報保護の観点から,症例の細部においてはいくつかの変更を施した。また,本文中の薬剤量は1日投与量を記載した。

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はじめに

 統合失調症において,組織中のプロスタグランジンが欠乏しているという仮説は,Horrobin6)によって提唱された。これは,統合失調症では①発熱で症状が軽減する,②苦痛に強い,③関節リウマチの罹患率が低いといった臨床的事実に基づいている。この斬新な仮説を肯定・否定する報告があり,統一した見解には至ってないが,近年でもリン脂質膜仮説2)として修正され,統合失調症における不飽和脂肪酸の代謝異常などの報告2)がある。一方,統合失調症における関節リウマチの合併については,メタ解析による文献のレビューで,健常者に比べて有意に関節リウマチの罹患率が低いとされている12,17)。このような統合失調症と関節リウマチの負の関連の機序には,プロスタグランジン以外にもさまざまな免疫システムの関与が報告3)されている。

 ところで,好発年齢の関係で,関節リウマチ患者の統合失調症罹患率は,統合失調症の関節リウマチ罹患率に比べ,より低いと予想されるが,近年関節リウマチにおいても健常群と比較して統合失調症症状を呈する率が低いことが報告3))されている。

 今回我々は,関節リウマチに幻覚妄想状態を合併した1例を経験したので,若干の考察をふまえ報告する。なお症例の報告については患者より同意を得ており,また個人情報保護に配慮して事実に影響を与えない範囲で適宜修正を行った。

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はじめに

 パニック障害に対する認知行動療法(cognitive behavioral therapy;CBT)を施行中,paroxetineの減量に引き続き,知覚変容を伴う幻覚症状を呈した37歳の女性の症例を経験した。症例を呈示し,さらに①paroxetineの減量が知覚変容を伴う幻覚症状の契機となり得るかどうか,②CBT中のSSRI(selective serotonin reuptake inhibitors)の減量がCBTの効果に及ぼす影響について,文献をもとに考察する。なお,本人から症例報告の同意を得た。

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はじめに

 反復性の転倒や失神・意識消失発作などの自立神経不全は,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の診断を支持する項目として,臨床診断基準に取り上げられている3)。今回我々は,失神と転倒を繰り返し,治療に難渋した2症例を経験したので報告する。

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 セネストパチーは口腔領域に多くみられる神経学的に理解できない奇妙な異常感覚で,薬物療法に反応し難く治療に難渋する。単一症状に経過する狭義のものと,統合失調症,抑うつ症,神経症などの部分症としての広義のものがある3)。筆者らは,risperidone投与後軽躁状態となり,lithium carbonateを併用した口腔内セネストパチーを経験したので報告する。なお,症例に関して匿名性の確保のため細部を適宜変更した。また,医学関連学術雑誌への掲載について本人,配偶者に書面で同意を得た。

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 第14回日本神経精神医学会が,2009年11月5~6日の2日間,東北大学高次脳機能障害学の森悦朗会長のもと,仙台国際ホテルで開催された。一般演題は28演題で,その他教育講演6演題と,シンポジウム,イブニングセミナー,ランチョンセミナーと全体的にはいずれも学術的な内容が多かった。大会初日には,一般演題として前頭側頭型認知症関連,パーキンソン病関連が各6題あり,教育講演1として国立障害者リハビリテーションセンター病院の深津玲子先生が「高次脳機能障害」と題して主として遂行機能障害の見方について,また教育講演2では大阪大学精神科の数井裕光先生が「iNPHの認知障害と精神症状」としてNPHとアルツハイマー病とのBPSD比較,多施設共同研究(SINPHONI)の紹介について講演をなされた。午後の「PD/DLBの認知・行動障害」のシンポジウムでは,「Dopamine dysregulation syndrome」(東北大学神経内科,武田篤先生),「正直なPD~嘘をつかないのか,つけないのか~」(東北大学高次脳機能障害学,阿倍修士先生),「PDの認知機能障害」(昭和大学神経内科,河村満先生),「PDの視覚認知障害」(山形県立保健医療大学,平山和美先生),「DLBの幻視・視覚認知障害について」(秋田県立リハビリテーション・精神医療センター,下村辰雄先生),「DLBの視覚性認知障害の病態機序」(順天堂大学,井関栄三先生)といったそれぞれのエキスパートによるパーキンソン病やレビー小体型認知症に関する認知機能や幻視などの精神症状,社会的認知機能などさまざまな視点からのシンポジストの研究や話題が提供され圧巻であった。またイブニングセミナーでは,「レビー小体型認知症の診断と治療:現状と将来」と題して,金沢大学脳老化・神経病態学の山田正仁先生による,診断基準の問題や画像研究,神経病理,および薬物治療といったDLBに関する現状と日本からのDLBに対する貢献の可能性についての統合的な講演があった。大会2日目には,一般演題では高次脳機能障害関連,アルツハイマー病関連,器質性精神疾患関連といった初日同様,内容の濃い一般演題に加え,教育講演3では筆者が「認知症者と自動車運転」について講演し,教育講演4では東北大学高次脳機能障害学の藤井俊勝先生が「記憶障害のみかた」として,記憶について高度ながらもわかりやすい内容の講演をされた。教育講演5では熊本大学大学院神経精神医学の池田学先生が「FTDの行動異常」と題して,FTDの診断基準の歴史的背景や症候学をわかりやすく,具体例を挙げながら解説し,薬物治療や非薬物療法であるルーチン化療法といった長年の研究の集大成ともいうべき内容を紹介された。教育講演6では愛媛大学脳とこころの医学の小森憲治郎先生が「意味記憶障害の現れ方」と題して,映像を交えながら具体的な意味記憶障害の症候学のみかたと意味記憶と側頭葉の役割や神経ネットワークについての話題を提供された。

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神経心理学から認知症をみる

 小泉首相以降の総理大臣の時代には難しいかもしれないが,旧版長谷川式テストには「今の総理大臣はどなたですか?」という問いがある。本書を読んでいて,かつて私が山梨にいたときに行った在宅認知症患者さん訪問調査の一コマを思い出した。この問いに「それは知らないが,次は俺だ」と迷回答をした人がいたのである。

 本書の三村先生のご発言によれば,空想作話をピックアップするのに定型的な質問があるらしい。「今年東大に一番で受かった人は誰ですか?」と尋ねればよい。空想作話の人は,それに得々と答えるらしい。「次は俺だ」はここからの連想である。

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編集後記
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 本号では特集が組まれなかったので,研究論文,それも臨床的なものがずらりと並んだ。内容は多様で,偽神経症性統合失調症から病的賭博までと,古典的なものから1980年代になって登場したものまで幅広い。両者の歩みは対照的で,前者は近年ではとみに忘れ去られつつあるものであり,後者は最近になって急浮上してきているものである。また,ストレス障害もこの10年ほど急速に増えている診断名である。「PTSD,PTSD」と耳や目にしない日はない。まるで「開けゴマ」のおまじないを繰り返し聞かされているような気分にさえなる。

 操作的診断基準の流布以降,伝統的診断の基盤になっていたさまざまな考え方や見方は若い精神科医の中では聞かれなくなりつつあるが,操作的な診断マニュアルからいったん離れて眺めてみることは精神医学的思考を深めるうえで欠かせないだろう。精神医学的思考とはつまるところ人間理解ということになろうが,操作的診断基準の枠の中で収まるものではないし,また生物学的知見によって説明のつくものでないことはいうまでもない。

基本情報

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精神医学
52巻2号 (2010年2月)
電子版ISSN:1882-126X 印刷版ISSN:0488-1281 医学書院

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