臨床検査 54巻3号 (2010年3月)

今月の主題 骨髄増殖性疾患

巻頭言

新しい研究の展開 池田 康夫
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 慢性骨髄増殖性疾患の概念は古く,William Damesheckの提唱に始まる.1951年,彼は慢性骨髄性白血病,真性多血症,本態性血小板血症,原発性骨髄線維症,赤白血病の5疾患が,一系統だけでなく複数の系統の血球の増加や肝脾腫,さらにはこれらの疾患の病態に互いの移行があることに注目し,一つの疾患概念として捉えようと考えたのである.その後,赤白血病は急性白血病に分類され,それ以外の4疾患が慢性骨髄増殖性疾患として理解されることとなった.多能性造血幹細胞の異常によるクローナルな腫瘍性疾患としての疾患概念が定着した慢性骨髄増殖性疾患であるが,それぞれの疾患の発症機序についての研究のブレイクスルーは何といっても慢性骨髄性白血病における1960年のフィラデルフィア染色体の発見,1983年のBCR-ABL融合遺伝子の同定である.BCR-ABL遺伝子が病因遺伝子であることが確立されたのを受けて,BCR-ABL阻害薬としてImatinibが開発され,期待通りの治療効果をもたらし,慢性骨髄性白血病患者に大きな福音を与えたことは歴史に残る快挙である.分子レベルで病態が完全に解明されたことから慢性骨髄性白血病は臨床的に全く独立した疾患として扱われるようになったが,残った真性多血症,本態性血小板血症,原発性骨髄線維症の病態解明への大きな示唆を与えることとなった.

総論

骨髄増殖性疾患の概念 金倉 譲
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 骨髄増殖性疾患は,造血幹細胞レベルの細胞に遺伝子異常が起こり,分化能を有する複数の系統の骨髄系細胞がクローナルに過剰増殖する疾患群であり,しばしば病型間の移行もみられる.高齢者に多く発症し,経過は緩徐であるが,一部の症例は急性骨髄性白血病へと移行する.その原因のほとんどは染色体転座や点突然変異などによるチロシンキナーゼの恒常的活性化であり,真性多血症のほとんどの症例,本態性血小板血症,原発性骨髄線維症の約半数の症例でJAK2の,慢性骨髄性白血病ではBCR-ABLの活性化変異が認められる.

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 慢性骨髄性白血病におけるBCR-ABLの形成をはじめとして,骨髄増殖性疾患ではJAK2KITの変異,PDGFRAPDGFRBFGFR1とそれぞれのパートナー遺伝子との融合が見いだされてきた.これらの遺伝子異常は,リガンド非依存性のチロシンキナーゼの活性化および細胞の自律増殖をもたらし,骨髄増殖性疾患の発症原因となっている.さらに,JAK2変異の出現しやすさを規定する遺伝的背景,あるいはpre-JAK2変異と呼ぶべき遺伝子変異も同定され,骨髄増殖性疾患の分子病態が明らかにされつつある.

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 骨髄増殖性疾患(MPN)の発症にかかわる遺伝子変異としてJAK2 V617Fの存在が報告されて以来,MPNは血液内科学のホットな領域となった.これに伴い,MPNの診断基準も大幅な改定がなされ,遺伝子変異の存在が取り入れられるようになった.これにより真性多血症の診断は明確になったが,本態性血小板血症および原発性骨髄線維症についてはいまだ除外診断が重要な位置を占めており,あいまいさを残している.

各論 〈病態―新しい研究の展開〉

真性多血症 小松 則夫
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 JAK2遺伝子変異(V617F)は真性多血症,本態性血小板血症や原発性骨髄線維症に共通してがみられる.JAK2はエリスロポエチンなどのサイトカイン細胞内シグナル伝達の中心的役割を担うチロシンキナーゼで,V617F変異はキナーゼ活性を負に制御するJH2領域にアミノ酸置換があり,高いチロシンキナーゼ活性が持続し,血球増加をきたす.この変異は真性多血症のほぼ全例に認められ,最近ではJAK2エクソン12の変異も報告されている.いずれもSTAT5を含む様々なシグナル伝達分子の恒常的な活性化を認める.さらに,細胞内シグナルを負に制御するSOCS分子の発現異常も真性多血症の病態に関与している可能性がある.

本態性血小板血症 宮川 義隆
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 本態性血小板血症の約5割にJAK2キナーゼのV617F変異があることが,2005年に発見された.さらに,約5%の症例にトロンボポエチン受容体のW515L/K変異があることが報告された.遺伝子病態が明らかにされたことを受け,2008年に改訂されたWHOの診断基準に初めて遺伝子異常が採用された.同遺伝子異常の発見により,同疾患における造血幹細胞の造血因子に対する感受性の亢進,巨核球増殖の仕組みが次々と明らかにされた.欧米ではJAK2に対する新規の分子標的治療薬の臨床治験が進められており注目を集めている.

原発性骨髄線維症 竹中 克斗
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 原発性骨髄線維症は,造血幹細胞レベルで生じた遺伝子異常により,クローナルな骨髄系細胞増殖をきたし,異常クローン由来の巨核球や単球などからの増殖因子・サイトカインの産生によって骨髄間質細胞の増殖から,骨髄の広範な線維化,骨硬化,血管新生などを生じる.その結果,無効造血や,末梢血での涙滴状赤血球の出現,白赤芽球症,髄外造血による巨脾などの臨床症状を呈する.2005年に骨髄増殖性腫瘍において共通のJAK2チロシンキナーゼの遺伝子変異による活性化が報告され,疾患の本態の解明が急速に進んでいる.疾患の進展につながる分子細胞学的な病態解明が,今後の分子標的療法などの有効な治療法の開発につながると期待される.

急性白血病への移行 松村 到
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 真性多血症(PV),本態性血小板血症(ET),原発性骨髄線維症(PMF)などの骨髄増殖性疾患(MPD)の一部の症例は骨髄異形成症候群(MDS)や急性骨髄性白血病(AML)へと移行する.診断10年後までにAML/MDSに移行する確率は,PVで5~15%,ETで2~5%程度であり,ヒドロキシウレアなどの治療薬の関与を示唆する報告がある.一方,PMFでは10~30%とより高頻度に,より早期からAML/MDSへの移行がみられ,疾患自体の自然経過と考えられる.白血病化した症例の約半数においてMPDの時期にJAK2変異が認められても,AML細胞にはJAK2変異が認められないことから,MPDからの白血病発症にはさらなる遺伝子異常が関与することも示唆されている.

各論 〈治療―治療方針・治療成績・予後〉

真性多血症 今村 理恵 , 岡村 孝
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 真性多血症は,骨髄増殖性腫瘍の一型として位置づけられ,ほとんどの例において造血幹細胞レベルで後天的にJAK2遺伝子変異を生じ,自律的に骨髄細胞が増殖し,徐々に赤血球を主体として白血球および血小板増加をきたす疾患である.平均生存期間は10年以上と報告されているが,予後を規定する病態は血栓症と白血病への転換である.治療は瀉血療法と低用量アスピリンである.高年齢者(>60歳),血栓症既往を有する者および白血球数15,000/μlの血栓症高リスク群では低用量アスピリンに加えて抗腫瘍薬であるヒドロキシウレア併用が行われる.白血病化すると予後不良であり,急性白血病と同様な治療を行う.根治的治療は条件が整えば同種造血幹細胞移植である.

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 本態性血小板血症は骨髄増殖性新生物の中では比較的予後良好な疾患であり,その合併症である血栓症・出血の管理が最も重要である.リスク因子として年齢60歳以上,血栓症・出血の既往,血小板数150万/μl以上が挙げられ,リスクに応じた治療を行う.治療として経過観察,抗血小板療法(アスピリン),血小板減少療法(ヒドロキシウレアなど),時に血小板吸着療法などが行われる.妊娠希望者および妊婦に対しては早期から産婦人科医との連携を綿密に行い,リスクを考慮しアスピリンや低分子ヘパリン,インターフェロンなどの治療を行う.

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 原発性骨髄線維症は平均生存期間3~5年の難治進行性疾患であり,血球減少に伴う感染症や出血,脾腫,白血化,門脈圧亢進などを主要な臨床像とする病態である.その治療は症状軽減のための対症療法と根治を目的とした同種造血幹細胞移植に大別される.しかし,最近ではJAK2 V617Fに代表されるJAK/STAT経路を恒常的に活性化する遺伝子変異が一部の症例において病態の根幹をなすことが示され,多くの分子標的治療薬が臨床研究の段階に躍進した.本稿では,原発性骨髄線維症における対症療法の意義・同種造血幹細胞移植成績と適応,そして新規治療薬の現状につき概説する.

話題

Jak2阻害剤 尾崎 勝俊
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1.分子標的薬グリベック®の成功

 慢性骨髄増殖性疾患(chronic myeloproliferative disorders;CMPD)のうち,慢性骨髄性白血病(chronic myeloid leukemia;CML)は早くからBcr-Ablという融合した異常チロシンキナーゼが原因と考えられていた.その根拠はほぼ100%に近い確率でこの異常が見つかるためである.チロシンキナーゼ(note参照)が細胞の増殖に必須であろうということはさらに前から知られていた.グリベック®はある米国の血液内科医が中心となって開発した画期的薬剤(Abl阻害剤)である.この薬は創薬の世界を活気づかせ,慢性骨随性白血病の予後を著しく改善し,治療を根底から覆した.この成功が分子標的薬の先駆けであり,金字塔になっている.

 この稿では最近解明された真性多血症(polycythemia vera;PV)などその他の慢性骨髄増殖性疾患の分子メカニズムとその阻害薬に焦点を当て,解説していきたい.Jak2阻害剤の開発はグリベック®を抜きには語れないため,まず冒頭で紹介した(図1).

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1.はじめに

 骨髄増殖性疾患(myeloproliferative disorder;MPD)では血栓症の発症頻度が高くなることが報告されている.一方で皮下出血などの出血症状もしばしばみられる症状である.なかでも真性多血症(polycythemia vera;PV),本態性血小板血症(essential thrombocythemia;ET)では血栓症は主要な死因であり,予後を左右する.本稿ではPV,ET患者を中心に,血栓症,出血症状の頻度,成因,治療法などに関して解説する.

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1.骨髄線維化とサイトカイン

 BCR-ABL陰性の骨髄増殖性腫瘍(myeloproliferative neoplasms;MPN)ではいずれの病型でも骨髄の線維化を合併しうる.原発性骨髄線維症(primary myelofibrosis;PMF)では細胞増殖期を経て比較的早期から,本態性血小板血症(essential thrombocythemia;ET)や真性多血症(polycythemia vera;PV)では経過中あるいは終末期に骨髄の線維化をしばしば認める.

 この線維化は骨髄へのコラーゲン線維の沈着が主体で,骨新生(骨硬化)と血管新生を伴っている.コラーゲン線維の主要な産生細胞である線維芽細胞は非クローナルであり,機能的には正常であることが証明されている1).したがってMPNは幹細胞のクローナルな疾患であるが,骨髄線維化は反応性のものであると考えられている.そして,これらの疾患では,線維形成を促進させるサイトカインや血管新生促進性サイトカインの過剰発現がみられること1,2)から,この反応性の線維化には巨核球や血小板,単球などが産生するサイトカイン,特に,病的造血細胞クローンの巨核球のネクローシスによって放出されるサイトカインによる骨髄内サイトカイン過剰状態が関与していることが示唆されている(図1).

今月の表紙 代表的疾患のマクロ・ミクロ像 悪性腫瘍・3

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 日本における乳癌の組織分類は,日本乳癌学会分類「乳癌取扱い規約」(第16版,2008年)の組織分類が汎用されており,国際的に使用されているWHO分類(2003年改訂)とは多少異なる部分が存在する.乳癌取扱い規約においては,乳腺腫瘍の悪性上皮性腫瘍は非浸潤癌と浸潤癌およびPaget病に分類され,浸潤癌はさらに浸潤性乳管癌と特殊型とに分類される.本稿では主な悪性上皮性腫瘍である,浸潤性乳管癌と浸潤性小葉癌・粘液癌の症例を提示する.

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はじめに

 これまで日本で使用されてきた細胞診判定の報告様式は,パパニコロウ分類を一部変更した日母(旧:日本母性保護産婦人科医会,現:日本産婦人科医会)細胞診クラス分類であり,1973年から約35年間使用されてきた.そもそも,パパニコロウ分類は1941年に提唱され,1954年にパパニコロウ本人によって改定されたものであるが,この分類には細胞所見の異型や悪性の形態学的な所見は示されておらず,判断基準を示したものである.日母がん対策委員会ではパパニコロウ分類に細胞病理学的所見やそれに基づいた臨床的判断を盛り込んだ細胞診クラス分類を作成した.この「日母分類」は細胞診の判定だけでなく,臨床的判断基準を示したことが特長であり,臨床の現場で繁用された.そして,1983年,「老人保健法による保健事業の実施について」の厚生省通知において,「細胞診の結果は細胞診クラス分類(Ⅰ,Ⅱ,Ⅲa,Ⅲb,Ⅳ,Ⅴ)によって分類する」と記載され,検診の現場でも正式な分類法として認知された.

 しかし,その後の分子生物学の進歩によって,子宮頸癌は発生原因のほぼすべてがヒトパピローマウイルス(human papillomavirus;HPV)であることが解明された.日母分類には当然,この知見は概念として盛り込まれていない.また,日母分類の作成から時を経て,細胞診断学も多くの進歩の蓄積があった.それを踏まえて,「日母分類」から「ベセスダシステム2001準拠子宮頸部細胞診報告様式」に変更となった.その背景およびこれまでの経緯と実際の運用について述べる.

シリーズ-検査値異常と薬剤・2

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はじめに

 人類50万年の進化過程のなかで,合成薬物の曝露はわずか60年に満たない.生体は天然の有機物,無機物に準じ新たな異物を処理除去するとして,生体条件や構造特性などにより時として致死的,傷害的作用を受ける.程度の差こそあれ副作用の出現は不可避であり,いかに可及的に抑制し最大限の薬効を引き出すか,幾多の動物実験,さらにはヒトを対象とした臨床試験により,安全性(副作用の種類,程度,発現条件など)と有効性(効果,最適投与量,投与方法)の2つの柱から臨床利用が目指されてきた.

 生体内で異化・同化・体内処理の主要組織は肝臓と腎臓であり,ほかの臓器組織に比べはるかに影響,障害を受けやすく,薬物副作用の機序の解明の焦点はここにある.

 近年,薬物性肝障害についての研究,調査が進み,わが国においては「重篤副作用疾患別対応マニュアル薬物性肝障害」(平成20年,厚生労働省),「急性腎不全」(平成19年6月,厚生労働省)としてまとめられ,薬物臓器組織障害に対する早期発見,治療,予防の推進が加速されてきている1~3).しかし,発症機序は複雑で解明にはほど遠く,予測がつかない現状には変わりがない.

 本連載では総論として2回にわたり薬剤性肝障害,薬剤性腎障害について病態検査学的な背景も踏まえ,検査評価の意義と問題の現状を浮き彫りにしてみる.

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 1986年来現在も続いているこの壮大な大会が,当初どの様にして始まったか,私もそれにかかわった一人として裏話などを紹介しよう.

映画に学ぶ疾患

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 ドラマ「篤姫」のおかげで,大奥という特殊な世界を垣間見ることができたが,そこには,将軍の世継ぎを効率的に残すための独特のしきたりがあった.正室といえども三十歳を過ぎると将軍と夜をともにすることを禁止する「おしと寝禁止」という制度である.世継ぎを残すことを至上命題にしている大奥でも,生物が進化の過程で獲得した,多様で優秀な遺伝子をもつ子孫を残そうとする「巧妙な手段」が活用されていた.この仕組みにより,高齢出産によって起こる遺伝子変異,染色体異常などの頻度も低くなる可能性がある.

 NHK特集「女と男」は進化の過程で生まれた男と女の違いを大胆に説明していて興味深かった.ペンシルベニア大学での脳の男女差に関する研究によると,激しい恋に落ちると脳の活性化する「恋の中枢」がそれぞれで違うという.男は恋をすると,腹側被蓋野のドーパミンを神経伝達物質とする部位が活発に働くようになる.この部分の脳は学習や快感を司る中枢でもあり,活性化され続けると反復を望む気持ちが湧き上がるらしい.まさに男が恋愛の最中に性的衝動を繰り返し望むようになる理由がここにある.一方,女は記憶に最も関係している脳の中枢,帯状回が活性化される.こうした違いが,男女の愛の形態を違ったものにするのであろう.

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あとがき 池田 康夫
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 血液疾患の患者の治療に従事するようになって40年近くが経過するが,骨髄増殖性疾患患者への病名告知,症状,治療方針の説明にはいつも頭を悩ませている.患者さんや家族の方々にこれらを正しく理解してもらうには,通常の外来では,時間が全く不足しており,外来担当時間ではなく,別に時間を設けて,30分~1時間位かけて説明することが多い.

 説明の難しさは,第一に診断名が患者さんにとって全く馴染みのないものであることだが,それにもまして,その病態を説明して理解してもらうことが非常に難しい.骨髄増殖性疾患とはどういう病気であるか? これにはどのような疾患が含まれているのか? そして,その原因として造血幹細胞の異常が考えられていることなどをわかりやすく説明するのだが,骨髄増殖性疾患のなかで互いの移行型がみられることの説明,幹細胞異常と説明しながら,単一の血球のみが突出して異常増加する説明を説得力をもってすることがなかなか難しい.何にしろ相手は全く専門知識がない.しかし何といっても大きな問題は患者さんや家族の最大の関心事である“治療はどうするのか? 今後どのような経過を辿るのか?”についての説明である.通常患者さんは大した自覚症状をもっていないか,あるいは症状は全くなく偶然に血液検査で発見されることから,この病気が腫瘍性の疾患であり,時に急性白血病にも移行する性格をもつものだといってもなかなか納得してもらえない.

基本情報

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臨床検査
54巻3号 (2010年3月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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