呼吸と循環 38巻12号 (1990年12月)

巻頭言

呼吸機能改善手術 正岡 昭
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 外科的手法による呼吸機能の改善は呼吸器外科医にとって,見果てぬ夢といってよい。肺切除術は確かに結核や癌など肺内病変の根治や鎮静に成功したが,その代償として呼吸機能の減衰を招来した。一方,呼吸器系の疾患の中には,局在性の病変のために呼吸機能の低下をきたしているものがあり,その成因をなしている局在性の病変の修復によって呼吸機能の改善をもたらしうるものがあることが明らかとなり,臨床的成果があげられるようになった。その最も顕著なものは心・血管系の病変に基づくものであって,ファロー四徴症や心房中隔欠損症,心室中隔欠損症などの先天性疾患や弁膜症などの後天性疾患があげられよう。

 一方,本来の呼吸器疾患に対しても外科的手法による機能の改善がはかられるようになった。昭和50年第28回日本胸部外科学会において「機能改善を目的とした呼吸器外科」というタイトルのシンポジウムが井上権治教授(徳島大学)の司会のもとに開かれたが,これがこの領域の嚆矢となった。本シンポジウムでは気管支形成手術,巨大嚢胞症に対する手術,膿胸・血胸・水胸などに対する肺剥皮術,ロート胸など骨性胸郭変形に対する手術,肺移植,がその内容となった。この時期では,これらの手術はいずれも肺機能の改善をもたらすことが期待され,また事実臨床体験として機能の改善が評価されていたが,定量的・系統的評価に欠けるところがあった。

綜説

意識障害と気道反射 西野 卓
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はじめに

 鼻から肺に至るいわゆる気道には有害物質の侵入を防ぐ種々な防御機構が備わっている。有害物質の気道への侵入は気道閉塞,肺の障害,有毒物質の生体内への吸収などが生じ,生命維持に重篤な悪影響を及ぼすことになる。気道反射は気道防御機構において中心的な位置を占め,その役割は有害物質の侵入を最小限に食い止めること,また侵入物を気道外に排出することによって生体に生じる侵襲を最小のものとすることにある。気道反射は末梢の受容器→中枢→効果器から成る反射弓を形成しており,これらのいずれの部分の機能低下あるいは障害は気道反射の効果の著しい低下を招くことになる。臨床的に特に問題となるのは意識障害時や麻酔時など中枢レベルでの機能低下が存在する場合であり,気道反射機能の低下が誤嚥を招き,誤嚥性肺炎などの肺合併症が発生することにしばしば遭遇する。誤嚥が予想されるような手術患者ではあらかじめ意識下に気管内挿管を行い,気道が確保された後に麻酔を導入するということも臨床ではしばしば行われる。これは意識下では気道反射が有効に働き誤嚥を防止するという臨床的経験に由来した技術である。気道反射は気道に加えられた刺激が誘因となり呼吸系および循環系に生じる多数の異なる反射の総称である。中枢抑制による気道反射の機能低下を論じる際には中枢抑制時の個々の反射の機能の変化を考慮しなければならない。本稿では意識障害と気道反射の関係を中枢レベルの機能変化と関連づけて概説し,さらに意識障害時に最も憂慮される合併症誤嚥性肺炎について述べることにする。

健康心理学とタイプA行動 橋本 宰
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 最近わが国でも健康心理学会が立され,健康や病気に対するさまざまな問題に関心が寄せられている中で,タイプA行動の研究にも注目が向けられている。

 米国の心理学界にあっては医学に劣らず,あるいはそれ以上に大きなトピックスとして関心を集めたタイプA行動の研究が,最近までわが国の心理学者にほとんど取り上げられなかったのはむしろ不思議ともいえる。その理由については定かでないが,おそらく冠動脈性心疾患という対象が,従来の臨床心理学などの概念や枠組で把えるには医学上の疾患であり過ぎたこと,わが国における医学と心理学の学際的交流の少なさ,また米国と比べて本疾患自体の発生率の低さからくる社会的関心の相違などが原因となっていたように思われる。

解説

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はじめに

 近年の自己免疫疾患(autoimmune disease)に関する研究の進歩から,膠原病を始めとして自己免疫疾患にみられる肺高血圧症が注目を集めるようになった。これらの疾患で肺高血圧症が発症したものでは,その肺高血圧は進行性で,きわめて予後が悪いことが明らかとなった1)。これらの肺高血圧は自己免疫機序による肺高血圧症と考えられるが,その発症機序の詳細と進展要因が依然不明であり,治療と対策は全く立てられていないのが現状である。一方これら他疾患の合併を認めない原因不明の肺高血圧とされる原発性肺高血圧症についても,約30%の割合で,レイノー現象2)あるいは高γグロブリン血症3)など何らかの免疫異常を伴うことが明らかにされている4)。さらに最近の研究をみても,自己免疫機序の代表的血清反応とされる抗核抗体が原発性肺高血圧症の40%5)あるいは29%6)にみられたとの報告がなされている。いずれにせよ自己免疫機序による肺高血圧症の発症は動かぬ証拠としてあげられてきており,その病因,病態,治療に関する今日のレベルでの知見について述べてみたい。

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 1975年から1980年にかけスウェーデンのWaagste-in,Swedbergらのグループは,心不全には禁忌とされている交感神経β受容体遮断薬を重症の拡張型心筋症(DCM)患者に長期投与したところ運動能力,心機能及び生命予後が改善したという,逆説的な一連の報告を行った1-4)。その後,いくつかのグループにより,少なくとも一部の拡張型心筋症患者においては,β遮断薬の長期投与により臨床的改善が認められることが追試,確認され,β遮断薬療法は拡張型心筋症を始めとする慢性心不全の有力な治療法の一つと見なされるようになった5,6)。最近では有益な長期効果の発現機序が検討され,また心不全に対するβ遮断薬療法の妥当性を理論的に説明する成績も集積しつつある。

 しかし,慢性心不全患者では交感神経活性の亢進が不全心の機能を代償しているため,β遮断薬投与で心不全を悪化または顕在化させることがあるのも事実であり,薬剤の注意書には心不全に禁忌であることが記されている。

Bedside Teaching

Steroid myopathy 鶴谷 秀人
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 内因性のグルココルチコイドが生理学的レベルを越える時にみられる筋力低下と易疲労性は,Harvey Cush-ing(1932)によって最初に報告されている。1950年に入ってステロイドが膠原病や気管支喘息の治療に用いられるようになり,1958年医原性のステロイドミオパチーsteroid myopathyが副作用として報告されている。

 Steroid myopathyはクッシング様肥満などさまざまなステロイド剤の副作用とともに出現する。重篤な副作用としては頻度が低く見逃されがちであるが,早期に発見し対処しなければステロイド療法とともに進行し,不可逆性の萎縮を残す。呼吸器疾患領域でも重症の喘息だけでなく,最近では膠原病肺や特発性間質性肺炎などに対して,ステロイドの大量長期投与を必要とすることが増加している。ここではsteroid myopathyの臨床像と病因を中心に整理し,その対策・治療にもふれる。

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はじめに

 前回(呼吸と循環第38巻第8号)は16歳で初診,その後内科的に経過を見ていたが39歳で急性左心不全発作が起こり,半年の間に4回発作をくり返したために40歳で大動脈弁置換と僧帽弁交連切開術を行い,その後1年順調に経過している症例について記した。この疾患が,いずれは弁置換しなければならないような相当量の逆流があっても結構20年以上にもわたって苦痛なく経過し得るものであることを示した(症例1とする)。

 今回は若年時に発病し25年後に弁置換を受けることなく急性左心不全でDOA(病院到着時死亡)に近く終った例(症例2),15年後に心室性不整脈によるAdams-Stokes症候群の疑い,狭心症の発生のために生体弁置換し,一時はかなり好調であったが10年後,弁の破壊のために急性左心不全となり緊急入院→機械弁置換になった例(症例3),さらに13歳にリウマチ熱と推定される状態から弁膜症の発生まで断診されていながら50年以上苦痛なく財界人として活躍,公務も多忙にこなせた男性が66歳で左心不全発作で入院,1年6カ月後に弁置換を目前にして病状悪化のために死亡した例(症例4)について述べてみる。

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 加齢により腹部大動脈瘤手術時の血行動態に差異があるか否かを待機的手術例50例で検討し,高齢者の手術成績の向上に役立てようとした。70歳以上22例(75歳未満13例,75歳以上9例)と70歳未満28例(65歳未満17例,65歳以上11例)と分けて検討した。術前の容量負荷試験では70歳未満群は平均3.66から4.07,4.42l/min/m2と心係数が増加するのに比し,70歳以上群は平均3l/min/m2台の推移であった。心係数は大動脈血流遮断にて減少し,その減少は70歳以上群で大で,2.46±0.72から2.04±0.56l/min/m2と減少した。遮断解除では心係数は増加した。平均肺動脈楔入圧は両群とも術中,徐々に増加傾向を示した。さらに,70歳前後を5歳間隔で分けて詳細にみると,術前の容量負荷試験では70歳以上群で低心機能を示したのは70歳以上75歳未満の症例であり,75歳以上では70歳未満と同等の心機能を示した。しかし術中および術後は75歳以上症例では低心機能を示す傾向にあった。

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 【目的】心筋の低酸素化・再酸素化障害におけるreversibilityに関わる細胞機能を明らかにする。【方法】ラット摘出乳頭筋を電気刺激しregular contraction(RC),postrest contraction(PRC)を作成し,各々筋小胞体,細胞膜の機能の指標とした。まず低酸素化90分(1st hypoxia−90分),再酸素化90分の後,さらに低酸素化30分(2nd hypoxia−30分)または60分(2nd hypoxia−60分)および,再酸素化90分をくり返した。【結果】1st hypoxia−90分後再酸素化ではstunned myocardiumの特徴が認められた。低酸素化によるPRC,RCの障害率は時間依存性に増大し,RCの障害率はPRCに比し有意に大きかった。再酸素化による回復率は1st hypoxia−90分でPRCがRCに比し有意に大きかったが,以後両者に有意差はなかった。低酸素化時PRCと再酸素化時RCは有意な正の相関を呈した。【結論】心筋障害は細胞膜より始まり,心筋のreversibilityは筋小胞体の機能に依存することが示された。

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 過酷な耐久競技が心機能に及ぼす影響を検討する目的で,11例(平均30歳)についてトライアスロン競技(水泳3.2km,自転車161km,マラソン32km)終了直後(9分)の心エコー図を安静時ならびに短時間運動後のものと比較した。8例では回復期(終了15時間後)においても短時間運動前後に記録した。競技直後では競技前の短時間運動後と比較して左室拡張末期径,内径短縮率は低かった。前負荷の減少によると考えられたが,個々の例でみると短縮率の減少は拡張末期径とは関係なかった。収縮末期径とは相関した。またwall stressと最大内周短縮速度の関係も短時間運動後とは異なった。回復期においては競技前より拡張末期径は低値を示したが.左室ポンプ機能の指標は競技前に戻った。過酷な運動では短時間の運動では起こらない一過性のポンプ機能の低下がみられ,その一部は心収縮性自体の低下によると考えられた。

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 〔目的〕肥大型心筋症(HCM)において心尖拍動図A波による左室病態評価の有用性を検討すること。〔対象〕HCM48例をA波率(A波高/心尖拍動波高)15%以下,16〜29%,30%以上の3群に分類。〔方法〕A波率と左心カテーテル所見との関連および3群における臨床所見を対比した。〔結果〕A波率とTime constant T(r=+0.71),LVEDP(r=+0.46),atrial kick(r=+0.55)とはいずれも正相関を認めた。A波率30%以上の群は15%以下の群に比し,負荷心プールシンチで運動時EFが有意に低下した(p<0.05)。トレッドミル負荷で前者は血圧上昇度が低くST下降例も多かった(いずれもp<0.05)。負荷心筋シンチで前者は灌流欠損を30%の例に認めた。〔結語〕A波率が高値な例は,左室拡張期機能の異常が著しく,運動時の左室収縮期機能障害や血行動態の異常,心筋障害との関連が示された。心尖拍動図A波率はHCMにおける左室病態の評価に有用な指標になりうると思われた。

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 症例は死亡時33歳の女性。小学校時に心雑音を指摘され,その後,呼吸困難感等はあったが放置。25歳時に初めて心精査を当科で受けた。現症では体重31kg,身長148cmと小柄。チアノーゼ,顔面浮腫,肝腫大を認め,胸骨左縁で駆出性収縮期雑音と逆流性拡張期雑音を聴取した。胸部X線では左第2弓の突出を認め,心胸郭比は58%。心電図は右軸偏位と両室肥大を呈した。心血管造影等で,両大血管右室起始症(DORV)と診断された。その後,内科的に経過観察されたが,8年後に死亡した。剖検心では,大動脈と肺動脈の位置関係はほぼ正常で,ともに完全に右室から起始し,半月弁と僧帽弁の線維性連続はなかった(両側円錐)。心室中隔欠損口は大動脈弁下で,肺動脈狭窄は認めなかった。本例は典型的DORVであり,動脈管開存と管前性大動脈縮窄を伴っていた。文献的に,DORV成人例の報告はまれで,とくに肺動脈狭窄を伴わないDORV成人例は,我々が調べ得た限りでは皆無であった。

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 症例は10年来の高血圧を有する64歳の女性。1年6ヵ月前に失神歴を有するも他の自覚症状なしに当科受診。初診時,心尖部でIV音と僧帽弁閉鎖不全雑音を聴取し,心電図上II,aVF,V5-6のST下降に加えてV1-3の巨大陽性U波(PU)を認めたため,“後壁”虚血を考え入院させた。硝酸薬・Ca拮抗薬の併用により,V1-3のPUは不著明化し,逆にT波は増高した。エルゴメータ負荷心電図ではII,III,aVF,V4-6のST下降が増強し,V2-3のT波減高を伴うPUが出現したが,自覚症状は発現しなかった。この時201Tl心筋SPECTでは“後壁”の一過性欠損像を認め,無症候性“後壁”虚血と判定した。冠動脈造影では左回旋枝近位部は亜完全閉塞で,その末梢は右冠動脈からの側副路により描出された。

 狭心症例において“後壁”虚血の検出に“右側胸部誘導(V1-3)の PU”が有用であるが,本所見は無症候性の後壁虚血の検出にも役立ちうると思われ報告した。

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 症例は69歳の男性で,健診で胸部x線上心拡大を指摘されていたが,68歳時に労作時呼吸困難および下肢の浮腫が出現するまで自覚症状はなかった。症状が増悪したため来院。理学所見では,頸静脈怒張,III音およびIII度の汎収縮期雑音,また肝腫および浮腫を認めた。心電図は心房細動を示し,心エコー,MRIで右室拡大と著明な右房拡大,また左上大静脈遺残を認めた。心臓カテーテル検査その他で右房拡大の原因となる器質的心疾患は認められなかった。特発性右房拡張性はまれな疾患であり,一般に症状は少ないものが多い。我々は左上大静脈遺残症を合併した本症の1例を経験したので若干の文献的考察を加えて報告する。

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 16歳女性。検診にて不整脈,心拡大を指摘され,疲労感,洞徐脈が加わり入院。胸部X線で心胸郭比は54.9%と拡大。心電図は左脚ブロック型心室性不整脈,極端な右軸変位,低電位,II,III,aVF,V1-4誘導でのT波の平低,陰転化を示した。心エコーでは右室径40mm,左室拡張末期径37mm。三尖弁付着異常なし。心カテーテル検査にて短絡なく,心内圧は正常。心室造影での拡張末期容積係数は右室196.7,左室67.4ml/m2,駆出率は右室20%,左室40%。右室のびまん性拡張と収縮低下のほかに,左室前壁,心尖部にも壁運動低下が存在し,心筋シンチにて左室心筋に不規則な灌流欠損を認めた。心筋生検では右室心筋線維の著明な肥大,部分的な萎縮,消失,配列の乱れ,間質の線維化を認めた。右室型拡張型心筋症と考えられるが,左室心筋病変の併存から,拡張型心筋症との移行が考えられ,心筋症の表現型のスペクトラムを考えるうえで興味ある1例と思われる。

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「呼吸と循環」第38巻 Key Words Index
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あ行

アデノシン三リン酸(ATP)59

アルコール 919

基本情報

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呼吸と循環
38巻12号 (1990年12月)
電子版ISSN:1882-1200 印刷版ISSN:0452-3458 医学書院

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