臨床泌尿器科 69巻10号 (2015年9月)

特集 ロボット時代の泌尿器科手術①—前立腺癌に対する新たなスタンダード

企画にあたって 小島 祥敬
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 私が初めてロボット支援前立腺全摘除術(RARP)を生で見学したのは,2005年,フランス・ボルドーにあるSaint Augustin病院でした。第一世代のda Vinci® surgical system(いわゆるStandard da Vinci®)を使っての手術でしたが,医療工学の著しい進歩に感動したことを覚えています。

 1999年にStandard da Vinci®が世に出たのち,2000年にはRARPが世界で初めて報告されました。そして2006年のda Vinci STMの登場とともに,米国を中心に一気に普及しました。私は当時,今後わが国においてもロボット支援手術が,泌尿器科領域において中心的役割を果たすであろうと考え,2008年に米国ペンシルベニア大学に留学しました。そこで,フランスで見たStandard da Vinci®からさらに進化したda Vinci STMと出会い,わが国においても近い将来,RARPが標準的手術となることを確信しました。その後は皆さんのご存知のとおりです。2009年にda Vinci STMが薬事承認され,2012年4月にRARPが保険収載されるとともに急速に普及しました。今では,da Vinci SiTM,da Vinci XiTMと,さらに進化したロボットが登場しています。

Ⅰ.術式

経腹膜・前方到達法 服部 一紀
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要旨 ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)において,経腹膜・前方到達法は最も一般的な方法である。経腹膜到達法の利点として,広い操作スペース,自由度が高いトロッカー配置,鼠径ヘルニアのメッシュ手術後でも実施可能であることなどが挙げられる。欠点としては,腹腔内臓器の損傷リスク,術中に腸管が視野の邪魔になる,過去の手術などにより腹腔内に癒着がある場合に難渋する,術後のイレウスの可能性などである。前方到達法は,直感的だが膀胱頸部の切離ラインがややわかりにくく,特に後壁の処理が難しい。このためわれわれは,前方から切離を開始し,早めに頸部側方を切離展開することにより,後壁側の処理をしやすくする方法(前側方到達法)を採用している。

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要旨 ロボット支援前立腺全摘徐術(RARP)は,低侵襲手術として本邦でも急速に普及が進んでいる。広いワーキングスペース確保のため経腹的に行われることが一般的であるが,精管や精囊への到達法によって手術手法が異なる。後方到達法とは,手術早期に精管と精囊を前立腺の後方よりアプローチして処理する方法で,広い術野が確保されるため容易に精管と精囊を剝離できるのに加え,膀胱の後壁離断が安定して行われるので直腸損傷の危険性が低減し,手術時間の低減に寄与する。本稿では,RARPを経腹膜・後方到達法で行う実際の流れや注意点を中心に,われわれの行っている術式についての概要を述べる。

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要旨 ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)は,アーム同士が干渉しないよう操作腔の広い経腹膜アプローチで行われることが多い。しかし,患者の既往歴によっては腹膜外アプローチが望ましい場合もある。特に,体格の小さな患者に対して腹膜外アプローチでRARPを行う場合は,アーム同士の干渉や切離した前立腺の処理方法などに課題がある。本稿では,これらの課題を克服するための工夫など,われわれが実際に行っている手術手技について報告する。

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要旨 前立腺癌に対する骨盤内リンパ節郭清の意義,郭清範囲に関してこれまで多くの議論がなされてきたが,現在,欧米のガイドラインでは主に中間リスク群以上で拡大骨盤内リンパ節郭清を行うことが推奨されている。本邦ではロボット支援前立腺全摘除術(RARP)が急速な普及をみせるなかで,開放手術と同様の頻度,郭清範囲で骨盤内リンパ節郭清が行われているとは言い難い。今回,骨盤内リンパ節郭清の意義,郭清範囲,適応について文献的な考察を行うとともに,われわれが行っている拡大骨盤内リンパ節郭清における手術操作のポイントについて解説する。

Ⅱ.手術成績

手術時間・出血量・合併症 神波 大己
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要旨 ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)は前立腺癌治療の新たなスタンダードとして,従来施行されてきた開腹前立腺全摘除術(ORP)や腹腔鏡下前立腺全摘除術(LRP)を上回るポテンシャルを有するものと期待されている。現時点までの文献上のstate-of-the-artは,平均手術時間152分,平均術中出血量166mL,全合併症発生率は平均9%(3〜26%)となっている。重症度別ではgrade Ⅰ:4%(2〜11.5%),grade Ⅱ:3%(2〜9%),grade Ⅲ:2%(0.5〜7%),grade Ⅳ:0.4%(0〜1.5%),grade Ⅴ:0.02%(0〜0.5%)であり,生命に影響を及ぼすようなgrade Ⅳ以上の合併症の発生は稀である。手術時間,出血量,合併症の観点からは新たなスタンダードとしての期待に応えていると考えられる。

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要旨 開腹手術は限局性前立腺癌において標準的治療とされてきたが,近年da Vinci® surgical systemの開発により,本邦においても開腹手術からロボット支援前立腺全摘除術(RARP)が広く行われるようになった。前立腺癌の手術では断端(surgical margin:SM)陽性率は,生化学再発に大きな影響を及ぼすが,画像診断による病期診断に限界がある以上,SM陽性率を0%にすることは困難である。本稿では,当センターにおける断端陽性率と癌制御の改善における取り組みについて,治療経験を踏まえ,文献的に考察して概説する。

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要旨 根治的前立腺全摘除術では,癌の制御に加え,尿禁制に代表される生理機能の温存が重要である。ロボット支援前立腺全摘除術(RARP)は,優れた視認性と正確で繊細な操作が可能であることから,従来手術に比べて高い術後生理機能の維持が期待される。本稿では,術後尿禁制保持に重要な解剖学的構造の「温存」「再建」「補強」について,文献的に考察した。また,ロボット時代の前立腺癌手術における新たな取り組みや課題について概説した。

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要旨 本邦ではロボット支援前立腺全摘除術(RARP)が導入され,3次元の鮮明な視野下における繊細かつ正確な手術操作が可能となり,従来の術式に比較して手術成績の向上が期待されている。根治的前立腺全摘除術において,制癌性を確保しつつ良好な術後の性機能回復を得るためには,適切な剝離層の選択と陰茎海綿体神経およびその周囲組織への機械的損傷を減らすことが重要である。本稿ではRARPにおける術後の性機能について,開腹前立腺全摘除術(ORP),腹腔鏡下前立腺全摘除術(LRP)との比較,アウトカムに影響を及ぼす因子についてのこれまでの報告,およびわれわれの取り組みについて概説する。

知っていると役立つ泌尿器病理・42

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症例:60代・女性

 肉眼的血尿のため来院し,画像診断で左腎腫瘍を指摘された。腎癌の診断にて左腎全摘出術が施行された。図1は摘出腎の肉眼像で,図2,3は○で囲んだ病変の代表的な組織像である。

 1.この病変(○内の病変)の起源とされる細胞はなにか。

 2.この病変(○内の病変)の病理診断はなにか。

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 82歳男性。2000年7月に血尿,頻尿を主訴に精査し膀胱上皮内癌と診断。BCG療法抵抗性のため2001年根治的膀胱全摘除術回腸導管造設術を施行。2006年に右尿管再発を疑う腫瘍を認め右腎尿管摘除術を施行。尿管断端は陰性で病理結果は尿路上皮癌,pTis。2012年6月外来経過観察中に血尿が出現し内視鏡で導管内腫瘍を認め,回腸導管摘除術・左尿管皮膚瘻造設術を施行。右遺残尿管吻合部を中心に腫瘍を認め病理結果は尿路上皮癌であった。

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 症例は,74歳男性。他院にて膀胱癌術後,経過観察中の患者。2011年,腰部脱力感が出現し,当院受診。CTで右腎腫瘍を認め,MRIで前立腺癌を疑う所見を認めた。加えて膀胱鏡で膀胱腫瘍再発所見を認めた。前立腺生検,TUR-Btを施行後に根治的右腎摘出術を施行した。病理組織学的検査の結果,右腎細胞癌,膀胱癌,前立腺癌の三重複癌と診断された。調べる限りでは本邦27例目であった。

学会印象記

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 今年の第110回米国泌尿器科学会議(AUA annual meeting)は,2015年5月15〜19日に,ルイジアナ州ニューオーリンズで開催され,福島県立医科大学からは,小島教授,櫛田先生,赤井畑先生と私の4人が参加いたしました。われわれは5月14日にデルタ航空,アトランタ経由の便でニューオーリンズに向かい,現地に到着したのは14日の夜8時頃でした。宿泊するホテルはフレンチクオーターでも有名なバーボン通りの入り口にありましたが,その通りは予想以上にCrazyな世界でした。無数の酔っぱらいが徘徊し,多くの店からジャズやロックの生演奏が響き渡り,下着姿の女性が怪しげな店の前に立ち,バルコニーに出てきている人たちは奇声をあげながらカラービーズを投げてきます。「とんでもないところに来てしまったなぁ」というのがこの街の最初の印象でした。翌日は朝一番のセッションで赤井畑先生の発表があったため,その日は早々と休むこととしました。

 翌日は朝7時のバスでAUA会場に行き,受付を済ませた後,排尿機能のセッション会場に向かいました。会場に着き,ポスターを貼って周りを見渡すと赤井畑先生がボストン大学のAzadzoi先生が来ていることに気づきました。Azadzoi先生は赤井畑先生の研究の先駆けとなる研究をされており,この分野のセッションではいつも厳しいコメントをされるので,今回もまた厳しい質問が浴びせられるのではないかと赤井畑先生は戦々恐々としておりました。しかし,発表はつつがなく終わり,予想通りAzadzoi先生の質問はあったものの想定内のものであり,無事切り抜けることができました。そしてセッション終了後には赤井畑先生とAzadzoi先生は固い握手を交わしたのでした。こんな機会があるのがAUAの醍醐味だなぁと思いました。

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 第110回米国泌尿器学会議(AUA annual meeting)は,2015年5月15〜19日の5日間にかけてルイジアナ州のニューオリンズにて開催されました。私はAUAへの参加は4回目となりましたが,ニューオリンズは初めての訪問です。Wikipediaで「ニューオリンズはミシシッピ川の河口に位置する港湾都市で,市内のフレンチ・クオーターは最も歴史があり有名な地区である。そこをバーボン・ストリートが横切り,日中は静かだが,夜になると活気を取り戻す」という前情報を得てしまったため,「夜は活気があるバーボン・ストリート」を頭のなかで繰り返し,大分を出発することとなりました。

 大分大学からは教授,大学院生2人,今年入局した2人と私を含む計6人での参加となりました。今年の入局は5人だったのですが,ほかの3人の先生は残念ながらお留守番です。今回の旅程は成田国際空港での前後泊が必要であったため,8泊9日の長旅となりました。大分からは成田国際空港とシカゴ・オヘア国際空港を経由してニューオリンズへの到着となります。シカゴ・オヘア国際空港でアメリカ入国となりましたが,入国の際はいつもなにかが起こります。皆さんもご経験されていると思いますが,「自動入国審査端末」での入国です。長蛇の列を回避!と挑戦したのですが,今年も出てきた紙に大きくバツが書かれており,未だに成功したことがありません。やっと入国審査を終え,皆を待っていると,どこかで見た女性が税関職員に別室に連れて行かれていました。今年入局した先生だったのですが,20〜30分した後,少し目に涙を浮かべながら戻ってきました。パスポートの確認だけで終わったそうですが,かなり不安だったことと思います。ただ振り返ってみると,パスポートの写真は白黒ですし,入国の際にもマスクをしていたので,かなり怪しく思われたのではないでしょうか。その後,ニューオリンズ行きの国内線出発時間までフードコートで休憩することとなりました。そこに偶然いらっしゃった鹿児島大学の中川教授,福島県立医科大学の小島教授と待ち時間をご一緒させていただくこととなりましたが,そこで思いがけなく小島教授より今回の「第110回AUA印象記」の執筆依頼をいただきました。やはり,アメリカ入国の際はなにかある? 「ある」と思います。

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編集後記 小島 祥敬
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 2013年に某私立中学の理科の入学試験で,以下の問題が出題されました。“右図は,99年後に誕生する予定のネコ型ロボット,「ドラえもん」です。この「ドラえもん」がすぐれた技術で作られていても,生物として認められることはありません。それはなぜですか。理由を答えなさい。”皆さんのご解答はいかがでしょうか。

 さて,今月号の特集は,「ロボット時代の泌尿器科手術—前立腺癌に対する新たなスタンダード」でした。そもそもロボットという言葉の由来はなにか。Wikipediaによると,1920年にチェコスロバキアの小説家カレル・チャペックが発表した戯曲『R.U.R.』のなかで,ロボットという言葉が初めて登場したようです。「労働」を意味するチェコ語“robota”がその語源になっているそうです。実際に『R.U.R.』において登場するロボットは,原形質を化学的合成で似せてつくった,人間とは異なる組成の肉体と人間そっくりの外見を持つもので,SFでいうバイオノイド(有機的人造人間)だそうです。私がロボットといわれて思い出すのは,子供のころ熱中したマジンガーZやガンダムなどで,操縦席に,兜甲児やアムロ・レイが座り,巧みなテクニックでロボットを操縦し,敵(悪)を退治するいわゆる操縦士一体型ロボットです。一方,チャペックが描いていたロボットは,自分の意志で体を動かすことができる自己完結型ロボットと思われ,鉄腕アトムやドラえもん(無機的人造人間)もそういう意味ではこれに当てはまります。しかし,今日私たちが用いている手術用ロボットda Vinciは,もともと米国本土または米国空母から,遠隔操作で戦場の負傷者に対して手術を行うことを目的として開発されたもので,人間の操作を必要とするいわゆる遠隔操作型ロボットです。そう考えると,まだまだda Vinciは,未来をテーマにしたアニメからすれば,発達途上の“おもちゃ”にすぎないのかもしれません。いずれ鉄腕アトムやドラえもんが,癌を退治してくれる日がくるのかもしれません。

基本情報

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臨床泌尿器科
69巻10号 (2015年9月)
電子版ISSN:1882-1332 印刷版ISSN:0385-2393 医学書院

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