病院 73巻5号 (2014年5月)

特集 病院食再考

巻頭言 山田 隆司
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 病院において患者に対する食事提供は今も昔も大きな課題の一つである.いかに疾病治療にとって有効かつ安全,安心な食事を,個々の患者にとって満足のいくよう限られた時間,環境の中で提供するかが求められている.しかし個々の患者の食に対する嗜好はそもそも不適切なものを含めて千差万別で,およそ万人が満足する食事提供はあり得ないといっても過言ではない.

 現代人の食は病人に限らず健康という観点から不適切なものが日常的に目に付く.簡便で単一のインスタント食品やファストフードに依存する割合は高くなる一方だ.また健康に関する情報も今やインターネット上で溢れているものの,その質については保証されているとは言い難い.多くの人々は○○ダイエット,健康食品という名の下に多くは歪んだ健康観を抱いてしまっている.バランスを欠いた食習慣の一つの結果が生活習慣病といえるかもしれないが,そんな背景をもつ患者に対して,病院の限られた時間内での食事提供で,患者の行動変容,さらには個々の満足まで求めようとするのは所詮無理といってもよいだろう.

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■病院食の歩み

 人類は,古くから日常の食事や食品が病気の発症や治療に関与する事を経験的に知っていた.古今東西を問わず,日常の生活習慣や医療の中で,食事と健康や病気との関係は多く議論され,伝統的な医療や風習として残っている.しかし,現在,世界中で実施されている病院食は,18世紀後半,ヨ-ロッパで誕生した栄養学を基盤にした食事法である.その理由は,食事と病気との関係が数多く議論される中で,栄養学のみが生命科学の一部として,科学的に論理を積み重ねることができ,医療の近代化の中に組み込むことができたからだと思う.

 わが国で栄養学が紹介されたのは,明治維新の際に行われたドイツ医学の導入からである.1877(明治10)年,外国人科学者として政府から招聘された医師フォイト(Foit)は,「食事と言うのは好みに従って食べるのは悪く,含有される成分によって食べること」と,栄養学の考え方と食事療法の概念を解説している.しかし,病院食が,治療の一環として位置づけられ,制度的に整理されてくるのは戦後のGHQの指導による.1947(昭和22)年,GHQは当時の病院を調査し,病院の改善の必要性を政府に指摘した.そのことを踏まえ,1948(昭和23)年に医療法が制定され,その中で病院食と病院栄養士が法的に位置づけられたのである.1950(昭和25)年には,入院患者が補食をしないで,病院の食事だけで適正な栄養量が確保できることを趣旨とした「完全給食制度」が策定され,1日に2,400kcalの食事が提供されるようになった.当時,多くの国民が食料不足のために低栄養状態に悩まされる中で,病弱者への食料は優先的に確保し,患者の栄養状態を良くしようと考えた栄養関係者の努力があったからである.

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 患者に選ばれる病院となるために,病院の管理栄養士ができることとは何か.病態ごとの栄養サポートをしながら,いかに患者に食の満足を提供できるかは,今後の病院運営にとって重要な要素の1つとなると思われる.この点を踏まえ,今後の病院と管理栄養士について私感を示してゆく.

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 社会医療法人 生長会は2004年2月,医療法人として初めての院外調理センター「ベルキッチン」を堺市西区菱木に開設した.安全で美味しい食事を効率よく提供するため,直営のクックサーブ方式から,セントラルキッチンでのニュークックチル方式へ変更し,HACCP(Hazard Analysis and Critical Control Point)システムによる衛生管理を実施している.現在,法人内外の病院・施設に1日約7000食の食事を提供している.提供先の施設の内訳は,急性期病院5か所・療養型病院1か所・介護老人保健施設(以下老健)3か所・特別養護老人ホーム(以下特養)3か所・デイサービス2か所である.

 また当法人は,京都大学医学部附属病院(以下京大病院)における患者給食業務委託業者選定の選考会に参加し,2007年4月より受託業務を行っている.受託当初は,従来通りのクックサーブでの食事提供を行いながら,建築予定の新病棟における院内でのニュークックチル方式導入に向けて,厨房の設計段階より全面的な協力を行った.2010年6月より新病棟「積貞棟」が開設され,同病棟の地下1階に設けられた新厨房において,ニュークックチル方式での食事提供を開始した(図1,表).

病院食の最近の動向 西脇 司
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 かつて病院給食は,「まずい,冷たい,早い」と揶揄されていた.しかし,今や病院給食は病院経営上の重要な要素として認知され,その存在感は年々高まっている.

 社会情勢の変化とともに日本人の「食」を含む生活様式が変容してきていることに加え,年々膨れ上がる社会保障費の抑制を目的とした様々な医療制度の改革が実施されていることを背景に,病院給食は,同時に大量の食事を提供する集団的給食サービスから,患者個々の病状や食事形態,そして嗜好に応じた個別の食事サービスへの転換が求められてきている.医療制度の改革において,病院給食の患者負担は増加し(一般入院1食260円,療養病床1食460円)患者はその負担に見合うだけの高いクオリティの食事を病院給食に求めるようになってきている.“おいしさ”は当然ながら,食事選択の自由度や嗜好対応などが,患者にとって病院を選択する際の重要な指標となりつつある.

 病状や食事形態に合わせた適切な栄養管理の下での食事の摂取が,治療の効果を高め,早期回復には欠かせない要素であるとともに,おいしい食事が入院生活での大きな楽しみとなっていることは,病院給食に携わるものの共通認識である.病院淘汰の時代と言われる今,患者を集める力(集患力)を高めたい病院は,患者サービスの一つとしての病院給食の位置づけを見直す必要に迫られているといえる.

 筆者は,長年,給食運営を主業とする会社に籍を置き,病院給食をビジネスとして捉えてきた.その視点から,病院給食のこれまでとこれからについて述べてみたい.

高齢者と病院食 金谷 節子
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 「人がうらやむほどの老後を過ごしていただこうではないか」を目標に,「食と栄養の視点」から,時代を切り拓くことを目指してきた.聖隷三方原病院・聖隷佐倉市民病院における長年の実践から離れ,異なる視点から,今あえて病院に問いたい.この混沌とした時代,超高齢社会において,健康寿命と死ぬまでの10年間のギャップを医療者はどのように縮めようとしているのだろうか.また,どのような社会を目指しているだろうか.

 1980年代に始まった「患者の自己決定権」に根ざす「インフォームド・コンセント」の波は,どこまで到達したのだろうか.入院期間の短縮は,患者の治療効果に関係なく,理不尽に押し寄せる.病院給食における経営は変化し,直営から委託率は52%を超えた.患者にとって委託はより良い食事や栄養管理の道を拓いたのであろうか.嚥下食はどこまで実践され,深化したのであろうか.病院食の果たすべき課題は大きい.

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 国立循環器病研究センターの病院食の種類は80パターンあり,全ての食事において塩分設定が0g,3g,5g,6g,7~10gと5段階に分類されており,個々の状況に応じて塩分対応が可能である.病院食には,様々な制約があるため,一般的に「美味しくない」といった負のイメージをもたれることが多い.当センターでも状況は同様で,上記のとおり多種にわたる栄養上の精度管理を行っている中,1食500食以上で年中無休,1食の食材料費200円台といった予算も加味したうえで,1日当たりの勤務者数10人の調理師が調理作業にあたっているのが現状である.

 このような制約の中にあって臨床栄養部が目指すものは,患者が食事を全量摂取したうえで栄養治療につなげられることであると考え,2005年より患者が満足する食事について検討を重ねてきた.今回その取り組みの結果と現在までの活動内容を紹介する.

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■当院栄養課紹介

 徳島赤十字病院は徳島県の南部地域医療の中核を担う急性期病院である.2006年に新築移転し,さらに充実した救急医療を目指している.病床数405床,2012(平成24)年度は,平均在院日数8.7日,病床利用率99.9%(入院患者延数),1日平均新入院患者数41.9人という統計結果が,“超急性期病院”であることを物語っている.病室へは,薬剤師,検査技師,理学療法士などが訪問するため順番待ちをすることも少なくない.

 栄養課は医療技術部(臨床工学課,栄養課)に属し,現在の部長は心臓血管外科部長である.栄養課の概要を表1に示す.

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 昨年(2013年)12月4日,和食が世界文化遺産に登録されたという嬉しいニュースが届きました.それに先立つ昨10月,「和食を文化遺産に!」という気運を高めるため,京都府は「日本料理文化博覧会 和食の未来に向けて」という催しを開催しました.私はこの会に,当院の料理長と一緒に参加しました.第一部は裏千家今日庵文庫長の筒井紘一氏と京都の名だたる料理店のご主人たちのフォーラム.第二部は京都の20店舗のシェフたちのコラボレーションによる試食会でした.フォーラムでは,鎌倉時代の禅宗の高僧で,食について深い洞察を披瀝した曹洞宗の開祖,道元禅師のことが話題になっていました.とても興味深いお話でしたが,私はこの時まで道元師のことをよく知りませんでした.帰宅後すぐ,道元師が食のあり方について書き綴った『典座教訓』を買い求め読了しました(正確には藤井宗哲訳・解説の『道元「典座教訓」』,角川ソフィア文庫,2009).

 道元師の教えの中心となるものの一つに,崇寧2(1103)年に完成した禅宗の清規の書,『禅苑清規』に始まる六味三徳の考えがあります.六味とは,苦味,酸味,甘味,辛味,塩味1)の五味に淡味を加えたものです.三徳は軽輭(軽やかでふっくらとしていて舌触りが心地よいこと),浄潔(不純でないこと),如法作(理にかなった調理がなされていること)です.

グラフ

七尾の地で80年─恵寿総合病院の挑戦
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 昨2013年10月,恵寿総合病院の新棟である本館がオープンを迎えた.2014年には創立80周年を迎え,病院は新たな場面を迎えている.

 2011年3月の東日本大震災以降,病院はBCP(事業継続計画)を変更し,「災害に強い病院」を目指した経緯がある(2012年12月号参照).

連載 アーキテクチャー 第232回

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■盛岡市の緩和ケア医療の強化を目指して

 岩手県では20年程前に終末期医療の充実を求める声が高まり,地域社会が求める緩和医療のあるべき姿を追及した結果,緩和ケア医療を赤十字の使命の一つと位置づけられた.心と身体のケアに専念できる施設整備を目指そうと取り組んだことが緩和ケア病棟の計画の始まりだった.

連載 世界病院史探訪・14

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 ローテンブルクやザルツブルク(第16回で紹介予定)では,有名観光地の見物後にちょっと足をのばせば,歴史ある病院棟のシュピタールを見学ができる.

 バイエルン地方の人口1万人の小都市ローテンブルクは,防御壁が鉢巻状に街を囲み,中世の雰囲気が色濃く残る旧市街全域が世界遺産に指定されている.世界中からの観光客で街はいつも賑わっている.街はタウバー川東岸の丘陵の上に,まず12世紀頃に形成され,その後2回にわたり拡張された.注意深く市街図を見れば,拡張の経過が良く分かる.最初の街は環状道路ユーデン・ガッセ(Judengasse)の内部だけであり,次いで各方向2倍に拡張され,現在の市街域となった.南はジーベルス塔(Siebersturm)の場所まで拡張された.最後にさらに,南部の「ボンネットの先(Kappenzipfel)」と呼ばれる,南部に虫垂のようにぶら下がっているシュピタール地区まで旧市街が拡張された.

連載 病院勤務者のための論文作成入門・5

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 前回は福留さんの論文の前半について,皆で検討しました.今回は論文の後半である「考察」と論文のまとめである「抄録」についてcritical readingを行います.

 考察を書く際のポイントである「6C」に沿って検討をしていきます(Clarify,Compare and contrast,Contemplate,Contribution,Cons,Conclusion.詳細は本連載第3回参照).

 時々,論文の内容は良いのに抄録を軽視している論文の査読を行うことがありますが,非常に損をしていると思います.抄録は論文のエッセンスです.査読者に限らず読者はまず抄録を読み,そして関心を引けば次に図表を見ます.そのうえで面白いと思えば論文全体を読んでくれます.その意味でも抄録は皆さんの伝えたいことを広く知ってもらうための重要な入り口なのです.論文の各部分を適当にコピーアンドペーストでつなげるだけの抄録にならないよう,十分気を付けてください.

連載 病院のお悩み相談室・5

看護師の採用と定着 垂水 謙太郎
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 第5回となる今回は,人事労務管理編ということで看護師の採用と定着についての質問を取り上げます.景気にかかわらず,常に売り手市場である看護師採用,そしてそれに起因するともいえる看護師の定着問題.労働集約型産業である医療機関にとって,人材を人財として活用するために必要なポイントをご紹介します.

連載 リレーエッセイ 医療の現場から

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 医療者仲間で「糖尿病劇場」という名のワークショップを開催している.糖尿病に関わる医療者の教育を目的としたもので,まず診療でよくある光景を演劇の形で上演した後に,引き続いて聴衆として参加した医療者とディスカッションする形式をとっている.正解は星の数ほどある,聴衆の皆さんが主役,他人の意見を否定しない安心安全な場作り,がモットーである.

 「プリンが好きで好きでやめられない患者」「尿タンパクが出ているが血液検査に異常がないので大丈夫と思っている患者」や「急性期病棟から異動してきてイライラしている看護師」「食品交換表を立て板に水のように解説する栄養士」「薬の副作用についてしっかりと説明する薬剤師」「インスリン治療だけは嫌だという患者に当惑する医師」など多彩な人物が登場し,劇の内容も様々である.劇中に現れる医療者はみな善意の持ち主で,患者のことを考え,患者のためによかれと思ってアドバイスや指導をするが,医療者と患者の気持ちは上手く交わらず,どこかすれ違ってしまい,思うような結果が得られない,というのがよくあるストーリーだ.後半のディスカッションでは,「こんな患者さんはよくいる」とか,「この医師のここはよかった,ここはもう少しこうしたほうがいいのではないか」など会場からの意見が飛び交い,予想もしなかったようなユニークなコメントに感心させられることもしばしばである.

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 本稿では,一般社団法人 日本医療福祉建築協会が隔年で実施している,海外医療福祉建築研修について,その2013年の視察概要を報告する.視察は,2013年10月3日(木)から10月13日(日)の11日間で実施し,英ロンドン・独シュトゥットガルト・仏パリの3都市を訪問した.

 それぞれの国の医療制度についての詳細には立ち入らないが,英国が税による国営医療,独国・仏国がともにわが国同様の医療保険による運営である.また,わが国と比較したそれぞれの国・都市の概要は,表1,2に示すとおりである.

 今回訪問した施設のうち,本稿では主に下記の6施設について写真を交えて紹介する.

①Central Middlesex Hospital

②Schwarzwald-Baar Klinikum

③Diakonie-Klinikum Stuttgaart

④Rems-Murr-Kliniken

⑤Zollernalb Klinikum

⑥Centre Hospitalier François Quesnay

 推論の域を出るものではないが,ここでは時間軸を設定する形で,視察先の病院建築について,いくつかの論点に絞って概観してみたい.なお,以下に本文中で挙げる病院名は,写真の施設概要に示した番号とともに簡略化して表記している.また,今回訪問した他の施設については,文中に(※)を付して挙げている.

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 フロレンス・ナイチンゲール(1820-1910)は,クリミア戦争(1853-56)におけるスクタリの陸軍病院の傷病兵の看護で国民的な英雄となり,帰国後に,イギリス陸軍の衛生・看護の改革,イギリス帝国に編入されたインドの衛生の改革,急激に拡大していた病院における看護の改革などに活躍した女性である.1859年に出版された『看護覚え書』は改訂されながら版を重ね,現在では世界中で200以上の言語に翻訳されている.今も医療の現場でも存在感がある歴史上の人物である.

 偉大な人物の常として,どの時代もそれぞれのナイチンゲールの像を描いてきたし,同じ時代においても,信条や視線の違いによって,異なったナイチンゲールの姿が映し出されてきた.当初は傷病兵を見守る「灯を持った婦人」として女性らしい献身とキリスト教精神の発露の象徴とされ,行政学者も,統計学者も,フェミニストも,それぞれの立場からのナイチンゲールを描いてきた.

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 ヒューマンエラーの発生メカニズムを熟知し,ヒューマンファクター工学理論を用いたリスクマネジメントを推奨するのが本書の主旨である.これだけでは何を言いたいのか理解しにくいが,要は,リスクを待ち受けて対処するのではなく,積極的にリスクを軽減する攻めのリスクマネジメントを行うのがよいと述べている.

 リスクマネジメントにおいて100%の安全確保が要求される限り,起こり得るすべてのリスクに対処しなければならない.そうなると,リスクに対し網羅的に対処する必要が生じ,人の注意に頼る対策が多くなる.結果として,現場の人間に常に緊張を強いる受け身のリスクマネジメントが行われ,かえってヒューマンエラーの生まれる環境ができてしまう.

書籍紹介

投稿規定

次号予告

基本情報

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病院
73巻5号 (2014年5月)
電子版ISSN:1882-1383 印刷版ISSN:0385-2377 医学書院

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