生体の科学 70巻3号 (2019年6月)

特集 免疫チェックポイント分子による生体機能制御

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 昨年暮れ,米国のジェームズ・P・アリソン博士(テキサス大学)とわが国の本庶佑博士(京都大学)にノーベル生理学・医学賞が与えられた。免疫チェックポイント経路の阻害によりがんが免疫学的に攻撃,排除され得ることを明らかにしたことがその業績である。

 免疫チェックポイント経路とは,外界からの抗原やからだの自己成分に対する過剰な免疫応答を抑制する分子経路であり,免疫系の恒常性維持に重要な役割を果たす。アリソン博士はCTLA-4,本庶博士はPD-1というT細胞上のチェックポイント分子の存在を明らかにした。CTLA-4,PD-1はともに,相手の細胞膜上にあるリガンド分子と結合することにより,T細胞の機能に“ブレーキ”をかけ,一方,この結合を解除するとT細胞の働きが戻り,少なくとも一部のがんについては,T細胞が免疫学的にがん細胞を排除できるようになる。

Ⅰ.免疫チェックポイント分子について

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 過剰な免疫反応は,組織障害を伴う炎症性疾患につながる。生体内には炎症反応を抑制する負のフィードバック機構“免疫チェックポイント”が備わっている。代表的な抑制性の免疫チェックポイント分子であるprogrammed death-1(PD-1)を欠損するマウスは,様々な自己免疫様の炎症性疾患を自然発症する。免疫チェックポイントは自己組織を守るための必須メカニズムである。本稿では,PD-1の基本的事項およびその意義について概説する。

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 負の共刺激分子PD-1およびCTLA-4を標的とした,免疫チェックポイント阻害剤による治療は様々ながんに著効を示し1,2),がん免疫療法をがん治療の第4の柱として加えつつある。CTLA-4やPD-1は,その構造が,免疫グロブリン(immunoglobulin;Ig)スーパーファミリーであるB7やCD28に類似していることから,B7ファミリー分子と呼ばれている。B7ファミリーのリガンドおよび受容体は様々な細胞に発現して,正常のみならず炎症・感染・自己免疫・がんなどの病態形成にかかわり,恒常性や免疫応答を制御する重要な役割を担っている。しかしながら,B7ファミリー分子のなかには,結合し得る相手が同定されていないものや,これら分子がどのように連携して働くのか,あるいは1つの分子で免疫応答の促進と抑制の働きを持つ場合に,そのスイッチがどのように制御されるかなど,まだ解明されていない点が多い。そこで本稿では,これら次世代B7ファミリー分子について紹介したい。

Ⅱ.免疫チェックポイント分子とがん

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 長年期待されていた腫瘍抗原特異的T細胞応答を利用するがん免疫療法として,免疫チェックポイント阻害薬と体外培養T細胞を用いる養子免疫療法の開発が進み,標準治療に抵抗性の進行がんに対しても持続的な腫瘍縮小効果が示された。従来,免疫療法が比較的効く特殊ながんとされた悪性黒色腫や腎がんを超えて,肺がん,胃がん,大腸がん,膀胱がん,中皮腫,頭頸部がん,悪性リンパ腫など様々ながんに対して腫瘍縮小効果を示したことは,臨床の現場での免疫療法の位置付けを一変させ,がん治療開発の方向性も変わりつつある。Science誌は,がん細胞でなく免疫細胞を標的にして,複数のがん種で明確な治療効果を示したがん免疫療法を,がん治療のパラダイムシフトを起こしたとして2013年度Breakthrough of the Yearに選び,免疫チェックポイント阻害薬を基軸とした複合的ながん免疫療法を今後期待できる戦略として,Areas to watch 2015とした。その後のアカデミアと企業による基礎研究と臨床研究の進展はすさまじく,既に複数の複合がん免疫療法が承認されている。また,従来のがんワクチンなどとは異なり,明確に効く症例と効かない症例を分けることができる免疫チェックポイント阻害薬では,そのリバーストランスレーショナル研究から抗腫瘍免疫応答の病態解明に,臨床的には,治療効果を予測するバイオマーカー候補や新規治療標的候補の同定が進んでいる。

DNA損傷によるPD-L1発現制御 柴田 淳史
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 近年のがん治療において,抗PD-1/PD-L1抗体を用いた免疫治療は革新的がん治療法として世界的に大きな注目を集めている1)。PD-1は細胞傷害性T細胞に発現する受容体であり,PD-L1は標的細胞の膜表面上に提示されるPD-1のリガンドである。PD-L1はPD-1受容体と相互作用することで免疫抑制効果を引き起こすことから,その反応系は免疫チェックポイントと呼ばれている。抗PD-1抗体または抗PD-L1抗体はこの相互作用を遮断する免疫チェックポイント阻害剤として機能する。抗PD-1/PD-L1抗体を用いたがん治療では,腫瘍環境内を含めた全身の免疫抑制状態を解除することで患者の免疫機能を活性化し,抗腫瘍効果を発揮する。これまでの臨床データから,抗PD-1/PD-L1抗体治療では高反応性の患者群が存在することが示されているが,単剤では治療効果が十分ではない患者群も少なからず存在する。そのため,高反応性を示す原因を探る研究が活発に行われている2)

 また一方で,抗PD-1/PD-L1抗体と既存のがん治療法である放射線治療や化学療法剤を併用する臨床試験が世界各地で行われている。しかしながら,併用の際にどのような腫瘍に対し,どのようなタイミングで投与するかはいまだ研究段階である。抗PD-1/PD-L1抗体ががん治療の標準治療になると期待されるなかで,どのような集学的治療戦略を立てるべきか,その情報源となる分子生物学情報基盤の確立は重要な課題の一つである。

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 近年,CTLA-4やPD-1/PD-L1などの免疫チェックポイントを標的とするモノクローナル抗体が開発され,悪性黒色腫や非小細胞肺がんなどの様々な組織型の悪性腫瘍に対して有効であることが報告されてきた1-3).特に,進行がんにおいても顕著な効果を示す症例が存在し,一定の割合で長期間,寛解が維持されるために,大変な注目を浴びている.

 T細胞活性化は,抗原提示細胞の主要組織適合遺伝子複合体(major histocompatibility complex;MHC)からナイーブT細胞上のT細胞受容体(T cell receptor;TCR)への抗原提示により引き起こされる1-3).完全なT細胞活性化には,共刺激分子であるCD28とB7の相互作用が必要であるが,この作用は自己免疫などを防ぐためにCTLA-4などの共阻害分子により厳密に調整されている.活性化エフェクターT細胞および制御性T細胞上に発現するCTLA-4受容体は,B7リガンドとの結合においてCD28と競合し,T細胞の増殖とIL-2分泌を阻害する.この阻害抗体であるイピリムマブは2011年に悪性黒色腫に対する治療薬として米国食品医薬品局(Food and Drug Administration;FDA)により承認され,2015年には日本でも承認を取得している.本薬剤は持続的な効果をもたらすことが示されており,2割前後の患者で10年以上の寛解が得られることが報告されている.

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 “がん幹細胞(cancer stem cell)”理論では,同一の遺伝子変異により成立したがん細胞において,すべてのがん細胞が均一な造腫瘍能を有しているのではなく,少数存在するがん幹細胞のみが,自己複製を行いながら腫瘍を再構築する能力を保持するという,正常幹細胞システムに類似した階層的モデルとして理解される。このようながん幹細胞の存在が初めて証明されたのは,免疫不全マウスへの異種移植実験を用いた急性骨髄性白血病(acute myelogenous leukemia;AML)における白血病幹細胞の同定であった1,2)

 白血病幹細胞は,自己複製能力を有し,未分化性を維持しながらも白血病細胞への限定的分化能力を有し,少数の白血病幹細胞が白血病細胞集団を維持している。白血病幹細胞純化が可能になったことにより,白血病発症機構の解明に大きな進歩がもたらされた。近年では,次世代シーケンサーを含めた種々の解析技術の向上により,白血病発症機構およびclonal evolutionの過程を含めて飛躍的に白血病幹細胞の理解が深まった。その一方で,白血病幹細胞のcell-intrinsicな性質の理解に加えて現在では,白血病幹細胞と周囲環境の相互作用,特に免疫監視機構との相互作用にも注目が集まっている。そこで本稿では,筆者らの同定した白血病幹細胞特異的表面抗原TIM-3分子の腫瘍細胞におけるcell-intrinsicな機能に加えて,周囲の免疫監視機構との相互作用について最近の知見を含めて紹介したい。

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 がんの増殖,浸潤,転移といった生物学的特性には,がん細胞を取り巻く免疫細胞をはじめ,血管内皮細胞,線維芽細胞などの間質細胞で形成されるがん微小環境が重要な役割を果たすと考えられている1)。なかでも,免疫細胞とがん細胞との相互作用が,がん細胞の免疫監視からの回避にかかわることが知られている。例えば,T細胞に発現する免疫チェックポイント分子であるPD-1やCTLA-4は,がん細胞や抗原提示細胞上のPD-L1やCD80/86と結合し,腫瘍反応性T細胞の活性化を負に制御する2)。一方,これらの分子を標的とした薬剤が抗腫瘍剤として有効性を示すことが明らかとなりつつあり,がん免疫監視を負に制御する分子が,新たながん治療標的として期待されている。

 最近,自然免疫細胞であるマクロファージや樹状細胞に高度に発現する膜タンパク質SIRPαとがん細胞を含め組織普遍的な発現を示す膜タンパク質CD47とで形成される細胞間シグナルCD47-SIRPα系が,免疫チェックポイントとして機能し,がん細胞の生体内からの排除を抑制的に制御することが明らかとなってきた。また,このシグナル系を標的とした薬剤の有効性が前臨床研究や臨床試験において示されつつある。本稿では,この細胞間シグナルCD47-SIRPα系とこのシグナル系を標的としたがん免疫療法について概説する。

Ⅲ.免疫チェックポイント分子による炎症制御

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 PD-1は,石田・本庶らによって単離されて以来,その抑制的な副刺激分子としての性質から自己免疫制御への関与が解明され,自己免疫疾患においては免疫寛容の破綻の観点から精力的に研究されてきた1)。本稿では,PD-1とそのリガンドであるPD-L1の自己免疫疾患とのかかわりを最近の知見も含めて概説する。

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 マウスPir(paired immunoglobulin-like receptor)およびgp49(glycoprotein 49)は,ヒトのLILR(leukocyte immunoglobulin-like receptor)/ILT(immunoglobulin-like transcript)/CD85に相当する免疫系細胞の機能調節分子であり,各々活性化型のAタイプと抑制性型のBタイプから成るペア型受容体である。本稿では,腫瘍免疫および自己免疫疾患における免疫チェックポイント分子としての免疫抑制性受容体PirB/LILRB2およびgp49B/LILRB4について概説する。

 なお,ヒトLILRB1およびLILRB3はマウスPirBの相同分子とされることもあるが,本稿では,リガンド,発現細胞,および機能の共通性からヒトLILRB2がマウスPirBの相同分子であるとして記述している。

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 セマフォリンは神経軸索の伸長の方向を決定づけるガイダンス因子として1990年代に発見された分子であり,その名称は水先案内人の手旗信号(semaphore)に由来する1)。その後の研究により,セマフォリンおよびその関連分子群は,神経系のガイダンスのみにとどまらず,免疫細胞の分化,腫瘍およびその周囲環境,血管新生,骨代謝のバランス制御など,生体内の様々な局面において重要な活性を発揮することが明らかとなっている2)。なかでも,特に免疫ホメオスタシスに関与するセマフォリンは“免疫セマフォリン”と呼ばれ,これらの分子群は,自己免疫疾患の病態形成においても重要な役割を担っていることが示されている。本稿においては,最新の知見に基づき,免疫セマフォリンの機能を概説する。更に,関節リウマチにおいてはセマフォリンが炎症のドライバーとして,ANCA関連血管炎においては好中球上の免疫チェックポイントとして,免疫セマフォリンが病態に深く関与していることを解説し,今後の展望と共に総括する。

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 運動学習の際,大脳皮質運動野や大脳基底核,小脳など多くの脳領域で様々な神経活動の変化が起こることが知られている。近年,2光子顕微鏡技術の発展により細胞体だけではなく軸索のカルシウムイメージングが可能となり,異なる脳領域からの入力を動物が課題を行っている最中に捉えられるようになった。この分野の発展と合わせて,今回明らかになった運動学習で形成される視床から大脳皮質へのシグナルについて紹介したい。

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 In vivo生物発光イメージング技術は動物個体で起こる生命現象を非侵襲に可視化する技術である。発光酵素を発現する細胞の体内分布を,発光基質の全身性投与により生じる発光シグナルを高感度カメラを用いて画像化するというしくみである。同一個体で非侵襲に繰り返し観察できることから,例えばマウスなどにおいてがん細胞の増殖や転移の解析に盛んに利用されている。

 今回,筆者らはin vivo生物発光イメージングの検出感度を飛躍的に改善するAkaBLIを開発した1)。AkaBLIはホタル生物発光反応をもとにin vivo生物発光イメージングの革新を指向して,発光基質と発光酵素を共に進化させることで完成した。本稿では,生物発光の応用において発光基質と発光酵素が共に重要であることを記しつつ,AkaBLIを使ったin vivo生物発光イメージングの威力を解説したい。

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はじめに:大脳皮質の様々な機能に共通なメカニズムはあるか

 大脳皮質は哺乳類の進化において最も拡大した脳部位であり,哺乳類に特徴的な高次脳機能の中枢であると考えられている。大脳皮質は視覚野,運動野,言語野など多数の領野に分かれ,それぞれ異なった機能を持つ。ところがいずれの領野でも,主な神経細胞の種類や主たる結合パターン,6つの層に分かれた構造などはよく似ている。更に,個々の領野は他の領野の機能を部分的に代替できることが明らかとなっている1-3)。このため,機能の異なる領野の情報処理に普遍性がある可能性が考えられているが,多くは不明である4-8)。本稿では,最近見つかった領野間で共通な回路構造に基づき,様々な領野で共通な情報処理の枠組みの一つを提案する。

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目次

財団だより/次号予告

あとがき 野々村 禎昭
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 「生体の科学」の編集者には免疫の専門家がいないため特集テーマに免疫が取り上げられないことが気になっていた。金原財団の理事会で宮坂理事にご相談したところ,それは「チェックポイント」ですよ,という答えが返ってきた。早速本号で免疫チェックポイントを特集した。そして阪大宮坂教授は冒頭で的確に免疫チェックポイントを総括してくださった。問題はどのような著者に書いていただくかであるが,その点では現在この領域で活躍中の神戸大の的崎教授がすべてカバーするテーマと著者を考えてくださった。

 原稿依頼を出そうとしているとき,免疫チェックポイント分子,PD-1とCTLA-4の発見およびその機能発現が癌排除に働くことから,ノーベル生理学・医学賞の発表があり,京大の本庶佑教授とTexas大のJames Allison教授に授与された。我々の企画意図は正に当たったわけである。また,本誌前号も免疫を特集したが,この中にチェックポイントが含まれていなかったのも不思議で,おかげで本号は今回のノーベル賞の詳しい解説ともなった。とってつけたような解説が慌てて出ている中で本号の著者たちの詳しい総説をじっくりと学んで欲しい。

基本情報

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生体の科学
70巻3号 (2019年6月)
電子版ISSN:1883-5503 印刷版ISSN:0370-9531 金原一郎記念医学医療振興財団

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