公衆衛生 75巻12号 (2011年12月)

特集 広域・複合災害に備える―自治体の公衆衛生活動

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 平成7(1995)年に発生した阪神・淡路大震災は大都市直下型の地震であり,兵庫県に限局していたのに対し,今回発生した東日本大震災は,岩手県,宮城県,福島県および周辺都県を含む広域の災害でした.さらに,原子力発電所事故も重なりました.被災者の健康支援については,阪神・淡路大震災を契機として,広域の救命救急医療体制の整備,全国からの保健師などの派遣・応援,避難所や仮設住宅における被災者支援のあり方が見直され,災害ボランティアのコーディネーションも定着してきています.

 しかし,東日本大震災は,阪神・淡路大震災の経験が通用しない点も多い状況にあります.最大の違いは,広域・複合災害であることです.その他には,市町村自治体機能が崩壊したところもあったこと,そして農林漁業者の多い地域の災害であることです.公衆衛生体制の上では,阪神・淡路大震災は地域保健法施行前の災害であったのに対し,東日本大震災は施行後,かつ市町村の平成の大合併が行われた後の大災害でもありました.

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 本年3月11日14時46分,東北沖を震源とするマグニチュード9.0の東日本大震災が発生した.その日は,筆者が勤務している東京都の都議会定例会の閉会日で,本会議終了直後の時間帯であったため,筆者は議会棟の5階で地震を迎えた.エレベータが停止し,平素の勤務場所である福祉保健局のある本庁舎21階に階段で戻る途中,被災状況を確認するために9階にある東京都総合防災部に寄ったが,その時点では東北地方では建物の倒壊や火災の報告はなく,少しほっとしたことを記憶している.恥ずかしい話であるが,そのときには,それに続く津波の被害にまでは思いが及ばなかった.

 今回の地震では,宮城県栗原市で震度7,宮城県,福島県,茨城県,栃木県などで震度6強を観測したが,地震そのものによる建築物倒壊などの被害は,阪神・淡路大震災のそれに比べれば少なかったようである.一方,今回の地震においては,宮古市で15時26分に8.5m以上,石巻市鮎川で15時26分に8.6m以上,相馬市で15時51分に9.3m以上の最大波の津波を検潮所で観測した.遡上高では,宮古市古堀内漁港などで37.9mに達したところもあったと言う.地震の揺れおよび津波により,と言うよりも,主に津波によるのであろうが,東北3県で約2万人の死者・行方不明者が発生した.また全壊,半壊などの建物は25万戸を超えると言う.

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はじめに

 石巻赤十字病院は,石巻市,女川町,東松島市で構成される石巻医療圏で唯一の災害拠点病院である.対象人口は22万人に上る.以前から,「宮城県沖地震が30年以内に99%の確率で起こり,かつ石巻に直撃する確率はそのうち80%」と言われていた.当地でいつ大地震が起こってもおかしくない状態だったわけである.

 ゆえに当院では早くから,大地震に備えて様々な対策が取られていた.2006年5月,石巻赤十字病院は建物の老朽化のため,沿岸部の湊地区から津波被害のリスクの小さい内陸部に移転した.その際,災害に備えて様々な工夫をしている.まず,新病院は免震構造で地上ヘリポートがある.なぜ地上にヘリポートを設置したかと言うと,屋上ヘリポートでは災害時にエレベーターが停止すると想定され,患者搬送に困難を極めると判断したからである.また,災害時に多数押し寄せるであろう被災者を診療するスペースを確保するためにエントランスを広く取り,酸素投与が必要な被災者にも対応できるように,その一角の壁には4か所の酸素供給口を設置してある(図1,トリアージエリアも表示).院内災害対策マニュアルは,それまでの総論的で現実味のないものから,2007年暮れに具体的でリアルなものに改訂した.その特徴のひとつは,各部門の責任者を可能な限り実名で入れていることである.その狙いは,責任者を名指しすることで責任者に当事者意識を持たせ,実際に災害が発生した場合に迅速に対応できるよう準備することを促すことだ.その新マニュアルに基づき,2008年1月に大規模災害に対する院内対応の机上訓練を,7月には実働訓練を行った.2010年6月には,宮城県,石巻市と協働で「宮城県防災関係ヘリ連携訓練」を行い,大規模災害時のヘリの受け入れや送り出しシミュレーションを行った.

 宮城県沖地震を想定した場合,行政のみならず,消防,保健所,警察,自衛隊,医師会,近隣病院などの関係機関との協働が不可欠である.そこで2010年1月には,これらの関係各機関の実務担当者を集めた石巻地域災害医療実務担当者ネットワーク協議会を立ち上げ,顔の見える関係を築いた.また同年9月,NTTドコモショップ石巻店,積水ハウス,四粋会(石巻市内の飲食店の寄り合い)と災害時の応援協定を結び,企業との連携も深めた.こうした活動が認められてか,2011年2月,宮城県知事より宮城県災害医療コーディネーターを委嘱された.県の担当者に業務内容を聞いたところ,沿岸ブロック担当で,沿岸地域で災害が起これば現地で災害対応の調整業務を行い,それ以外の地域で起これば県庁に入る,とのことであった.この直後の3月11日に,東日本大震災が発生した.

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はじめに

 東日本大震災では,被災地の住民,市町村の職員,医療関係者,ボランティアなど多くの人の復旧・復興への献身を通し,日本人の持つ“忍耐強さ”,“公共心”などが再確認された.

 しかし今回の震災を通して,医療供給体制や地域の関係性の脆弱性など,普段から存在していた課題がより顕在化したことも事実である.

 筆者は,地域医療の向上を使命とする医科大学の教員として,わが国の地域医療の現場と接する機会が多い.さらに今回の震災では,卒業生を含めた大学関係者による被災地支援プログラムに直接関与した.こうした経験を基に,震災後の医療のあるべき姿,地域再生について私見を述べてみたい.

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はじめに

 3月11日に発生した東日本大震災は,東北地方を中心に甚大な被害をもたらしました.死者・行方不明者は約2万人にのぼり,今も多くの方々が全国各地で避難生活を余儀なくされています.

 私たちも16年前に阪神・淡路大震災に見舞われましたが,その時とは様相が大きく異なっています.阪神・淡路大震災は,断層に沿った東西30km,南北2~3kmの被害でしたが,今回は面的に広範囲にわたる災害です.大津波によりまちが根こそぎ流され,跡には土砂や木材破片などが一面に広がる惨状です.その被害の大きさや,原子力事故との複合災害であること,住まいなどの生活基盤の喪失や行政機能の低下,農林水産業と関連製造業が大きな被害を受けていることなど,多くの点で阪神・淡路大震災と様相が異なる大災害です.

 しかし,私たちが積み上げてきた震災の経験と教訓は,東日本大震災の復旧復興にも必ず生きる.その思いで被災地支援を続けています.

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 大阪府では震災発生以降,被災地における活動支援として,医療救護チーム,公衆衛生チーム,放射線チーム,こころのケアチームを継続的に派遣してきた.本稿では,大阪府健康医療部職員を中心にチーム構成し派遣した,公衆衛生チームおよび放射線チーム,こころのケアチームの活動について報告するとともに,支援側自治体としての課題等にも触れたい.

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はじめに

 当保健指導室(以下,当室)では,過去の災害時にも被災地への保健師の派遣調整を行ってきたが,今回の東日本大震災はこれまでにない甚大な災害であったことから,過去の経験だけでは対処しきれない事態に遭遇し,発災後しばらくの間は,各自治体との調整にかかりきりとなった.

 また,被災者の生活環境や健康状態を把握し支援する専門職として,被災地の避難所等での保健師の活動ぶりが注目されるとともに,その活動に対し高い評価を得たと確信しているが,これまでにないほど広域的に長期にわたって被災者支援を行う中で,今後の災害支援のあり方についての課題も浮き彫りとなった.

 本稿では,これまでの厚生労働省の保健師派遣のあっせん・調整業務,現地での活動報告の実際と,現時点で認識している課題をまとめてみた.

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はじめに

 全国の保健所および自治体等の公衆衛生専門職の多数の方々が東日本大震災の被災地支援に足を運んでおり,私が誌面を埋めるのは僭越で,本来,被災地から当事者に執筆いただけることが望ましい.が,かつて阪神淡路大震災で全国から支援を受けた神戸市から改めて感謝の意をこめて,また私の出身・東北を励ますため被災者と支援者を繋ぐべく,縁あって岩手,宮城,福島3県の保健所長の声を頂いたことから,伝える役目を試みたい.

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被災地に常にいないことがもたらす客観性

 筆者は,あの3.11発災以来,現在(平成23年9月末)までの半年あまり29週間のうち,ほぼ毎週,延べ56日間を岩手県陸前高田市(以下,被災地)に通い続け,支援活動を継続している.それは筆者が,平成14~18年度に岩手県大船渡保健所の職員として勤務した後,平成19~22年までの3年間,陸前高田市役所に派遣され,家族とともに生活をし,多くの職員や市民のみなさんとともに「陸前高田市で」地域保健活動を行っていたからである.

 発災以降,1週間ほどの交代制で短期的に支援に入るチーム,年単位の長期支援に入るチーム等がある中,「当面,毎週入る」という変則的な支援体制をとったのは,筆者の大学本務との兼ね合いや,災害救助法の枠とは異なる動きとならざるを得なかった等,諸事情があったためである.しかし結果的には「常に現地には居続けないが,現地の実情に精通し,常に現地の状況と経過を把握しながら継続的に協力できる」というスタイルが,被災地にも支援者の一人でもある自分自身にも,良い意味で客観性を持たせていると考えている.

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はじめに

 2011年3月11日の東日本大震災のような大地震はこれまで,インドネシア,中国大陸,さらにハイチなど,世界各地で発生している.NPO法人日本リザルツ(以下,当団体)では,昨年1月のハイチ大地震被さい地で,結核医療について調査を行い,募金などを通じても積極的に支援活動を行っている.今回の東日本大震災発生直後は,被さい地へ足を運び,東北とハイチへの支援のあり方を公的機関等に提案し活動してきた.

 なお,当団体の調査から「被さい」の字の表記に関して,被さいした多くの人が漢字の「被災」という二文字を見る度に津波を思い出すことや,常に「被災者」と呼ばれることが苦痛であるという声が多いことがわかった.このため当団体では,障がい者の「がい」の字をひらがなで表記しているのと同様,被さい者の「さい」の字をひらがなで表記することにしている.

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 「国際保健」への関心が過去10~15年の間,日本の中で大いに高まっている.たとえば,日本政府による「国際保健」に対する拠出額は,この間途方もなく増加してきている.主に世界エイズ・結核・マラリア対策基金(Global Fund to Fight AIDS, Tuberculosis and Malaria;以下GFATM)に対するものである.教育研究分野においても,「国際保健」の学部が国内の主要大学に新設されてきている.社会においても「国際保健」に関係するNGOの数が増加している.また,「国際保健」に関する政府の政策ならびに拠出金に影響を及ぼすことを目的としたロビー活動や,メディアキャンペーン等を通じたアドボカシーおよび支援金調達のための活動を主としたNGO(日本リザルツ)もできている.このような団体は日本で初めてのものである.国際保健に対する関心の高まりは,世界的な流れである.

 しかし,わが国の国際保健に対して,2つの深刻な疑問がある.

特別寄稿 原発事故による放射線災害から学ぶこと―健康リスクに関する現状の論点整理と科学者・専門家の役割・2

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まず正確な曝露実態の迅速な公表を求めるべきだった(情報公開の要求)

 そもそも東京電力(東電)や政府からの国民への情報伝達には,事故当初から大きな瑕疵があった.3月11日の事故発生直後,特に水素爆発があった3月12日から15,16日については,最も高濃度の放射線物質が放散された.しかし汚染(曝露)レベルに関するデータはほとんど公開されずに,政府も「すぐには健康影響がない」と繰り返すのみであった.5月24日には原発がメルトダウン(炉心溶融)状態であることが漸く発表されたが,当初からメルトダウンしていること,広範囲の汚染は,想像できたことである.

 当時,重要な情報が未公開であることへの政府および東電に対する批判は,殊に海外からは大きかったが,一方国内メデイアや科学者から,その点の指摘は少なかった.放射線は線質により到達する距離や半減期,蓄積臓器などが異なり,また低濃度であっても生涯への累積曝露により発がんリスクなど健康が大きな影響を受けることを考えれば,曝露レベルと曝露の広がりの正確なデータが公表されるよう,科学者・専門家は情報公開の遅れとその改善を責任ある関係者に,もっと厳重に指摘する必要があった.現時点でも毎日,新聞などで報道されている「積算放射線量」は,浪江・飯館で3月23日から,福島で3月24日からである.これでは人々が蒙った正確な放射線曝露量を推定できない.なおこの点については日本学術会議からは,早い時期に(第二次緊急提言として)「福島第一原子力発電所事故後の放射線量調査の必要性について」が出されたことは評価できる.

連載 人を癒す自然との絆・29

馬をとおして自分を知る 大塚 敦子
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 近年アメリカでは,馬を使った心理療法(Equine Assisted Psychotherapy:以下,EAP)が大変盛んになっている.EAPとはどんなものか一言で言うならば,「馬との関わりをとおして自分自身を知る」ということだ.

 私は数年前からEAPに興味を持ち,EAPを実践しているセラピストや団体を取材し,自分でも実際にセッションを受けてみた.さらにはEAPのプラクティショナー養成コースにも参加してみたが,知れば知るほど,ますますその奥深さに引き込まれていく.これまで,犬や猫などの身近な動物との関わりが人間を助ける様子を多く取材してきたが,馬との関わりにはそれとはまた違う特別なメリットがあると感じる.それは,馬が人間の感情を映し出す「鏡」と言われるほど,鋭敏な感性を持った動物であるからだろう.

連載 保健活動のtry! 学会で発表しよう 論文を執筆しよう・9

学会発表当日(前後を含めて) 中村 好一
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 ポスターやスライドもできた,発表原稿もできた,予行演習会も終わり,原稿も最終的なものになった,となると,あとは発表当日を待つのみである.今回はこのあたりから始めよう.

連載 地域づくりのためのメンタルヘルス講座・9

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はじめに

 人は多種多様であるという点で,「ホームレス」状態の人々を一括りにして,“具体的実際的支援の方法はこうだ”と論じるのは難しい.箱を作ったり,制度を変えたり,方法論を唱えるだけでは,解決に至らないことは実践済みである.方法論は多様であり,個別的であるべきだし,時代によって変化しなければならない.支援が上手くいった例は概ね,個別的であったか,箱がその個人のニード(need)に適したかに過ぎない.では,重視しなければならないこととは何か.それは支援理念,ビジョン(vision)の定義である.本稿では,「ホームレス」者支援理念について吟味したい.

連載 [番外編]保健所のお仕事─日常業務編・3【最終回】

全国保健所長会のお仕事 荒田 吉彦
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 本当の最終回を迎えました.

 この連載を始めるにあたり,担当の方から打診された時点では,私も現職の保健所長でした.「現場からの情報発信」というイメージで書き始めることができたのですが,皮肉なことに,掲載開始時の人事異動で保健所を離れてしまいました.四捨五入すると年齢も100歳に達するようになりましたが,まだ回顧録「保健所の思い出」を書くような年齢ではありませんし,「県庁のお仕事」では本誌の趣旨から外れてしまいます.

 本来であれば,保健所を舞台に難事件に立ち向かう各職種の活躍を描くことで,1話完結方式の「月9ドラマ」(主演の保健所長に木村拓哉,新人保健師として長澤まさみを希望),1クール分を作ることができるくらい,多くの事例を紹介できれば良かったのですが,保健所を離れ,新たな事件と直接出遭う機会がありませんので,今回をもって私からの事例提供は終わりとさせていただきます.また近い将来保健所に復帰しても,その時は事件のない平穏な毎日を過ごす予定(?)です.ぜひどなたか,このバトンを引き継いでください.決して「不幸のバトン」ではないと思いますよ.

連載 リレー連載・列島ランナー・33

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はじめに

 第29回の列島ランナー糸数公先生が働かれている八重山福祉保健所,私はその所管内の石垣市健康福祉センターで医師として働いています.糸数先生,第28回の福井の四方啓裕先生,第31回の鹿児島の土岐篤史先生の3人の列島ランナーは皆,私が研修を受けた沖縄県立中部病院の後輩です.1年後輩の四方先生とは八重山病院でも一緒に楽しく仕事をさせていただきました.土岐先生は浜松医科大学の後輩でもあります.このような仲間が列島ランナーとして,全国各地で日々汗を流して走り続けていることを知り,たいへん嬉しく元気をもらいました.

 私は静岡県富士市生まれで,1986年浜松医科大学卒.総合診療医をめざして沖縄県立中部病院の4年間,主として急性期医療を研修しました.その後2年間,石垣島の沖縄県立八重山病院で内科医として働く中で,喫煙や肥満などの生活習慣病対策の重要性に気づき,喫煙対策などを中心に予防医療にも関わるようになりました.病院業務の合間に学校や地域に出向いて健康講話を始めたのはその頃です.アメリカ・カナダでの短期臨床研修後には,日本最西端の与那国診療所長として半年間,ドクターコトー・島医者としての貴重な経験をさせていただきました.その後,舞鶴市民病院での研修指導医を6年ほどいたしましたが,沖縄の魅力は捨てがたく,八重山出身の妻と私との力関係も相まって,石垣島に戻ることになりました.県立八重山病院,石垣市救急診療所を経て,現在の石垣市健康福祉センター勤務に至っています.現在は,日中の保健予防活動に加えて,準夜帯の八重山病院救急室の応援業務(週5日)をこなしながら,多職種と連携した元気な地域創りに取り組んでいます.石垣島はトライアスロンでも有名ですが,私も①臨床(救急医療など),②予防医療,③地域の健“交”創りの,トライアスリート生活をエンジョイしています.

 さて,糸数先生は「粛々と進まない健康づくり」というテーマで保健所の苦労を書かれています.私もこの20年を振り返って,行動変容の難しさを痛感しているものの,「楽しくて為になる」健康教育・学習が,健康づくりには効果的だと確信しています.中でも子どもたちが主役となり学び合うピア・エデュケーションは,健康づくりのブレークスルーになる手応えを感じています.

 それでは,健康“共”育,健康“楽”習による健康創りをめざした,南の島の取り組みを紹介いたしましょう.

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はじめに

 結核は戦後,官民挙げての取り組み,衛生状態の劇的な改善により新規患者数は年々減少傾向にある.昭和26年には新規結核患者が590,662人発生していたものが,平成22年には23,621人と着実に減少している.昭和25年の時点では,本邦の死因の第1位が結核であったが,平成21年には24位となり,結核を取り巻く環境は著しく変化した.

 さらには結核患者の内訳も,かつては比較的若い層にも多い病気であったものは,現在は70歳以上の患者が全体の50%以上を占め,高齢者が中心の病気となっている.さらにその傾向に伴い,結核患者は高齢に伴う疾患を合併することが少なくなく,結核の入院医療提供体制は,かつての結核の治療だけを念頭に隔離と服薬の徹底をしていればよかったものから,その他の疾患も同時に管理する必要あり,患者の多様性に対応できる医療提供体制の構築が求められている.

連載 世界の健康被害・12【最終回】

内部被曝を生きぬく 鎌仲 ひとみ
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韓国の原発事情

 韓国で最も古い大学と言われる梨花大学で,先日映画「六ヶ所村ラプソディー」を上映してもらった.原発をめぐるシンポジウムの一環だった.キャンパスの一角にある古い教会が会場で,庭には森住卓氏が撮影したイラクや福島・飯舘村の写真が展示されていた.絞ったミルクを捨てる酪農家,東京電力本社前でプラカードを持つ農夫の顔,白血病の子どもを抱く母親の姿に,女子大生が熱心に見入っていた.今,韓国では,日本が福島第一原発の事故で停滞しているうちに,海外に自分たちの原発を売ろうと攻勢をかけているらしい.

 日本は電力会社が原発を運営し,国が管理するという二重構造で,責任逃れがされやすい.韓国では原発は政府が管理・運営をしている.だから責任の所在もはっきりしている.とはいえ,国民の原発に対する関心は,事故前の日本と同じように薄いようだ.

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 世界的規模で大流行した“新型インフルエンザ(A/H1N1)”いわゆる「新型インフルエンザ対策」の準備段階から発生,流行,終息に至るまでにとられた様々な対策,実際の現場の状況や体験談,今後の課題,さらには翌シーズンの状況まで,膨大な記録を1冊に集約.当時の法令や行政文書,新聞記事など貴重な資料もCD-ROMの収録.2009年,パンデミックの全記録!

 次なるパンデミック対策のためにも関係者必見の書.

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 本書は,タイトルとサブタイトルの示すように,救えるはずの命を救える社会システムを構築するためにはどうしたらいいのか,著者の考えを示そうとしたものです.

 わが国はいわゆる「自殺者3万人時代」となって,すでに14年目を数えます.多くの関係者の運動に支えられ,「自殺対策基本法」も制定・施行されました.それから数えても,もう丸5年がたとうとしています.さまざまな取り組みも展開されています.なのに,なぜ自死者は減らないのか.

沈思黙考

「合理主義」の限界 林 謙治
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 最近,私がかかわっている保健医療分野の学会はじめ公益団体や組織のどこを見ても,予算が払底しているとか運営資金がショートしているという話ばかりである.いや,国内ばかりでなく,欧米が中心となっている団体組織,果ては国連関係までも事情が同じのようである.そういうこともあってか,資金調達についての助言やアイディアを求められることが多く,さりとて世の中全体が不景気の中で特段妙案が浮かぶわけではない.以前なら権威ある国際組織から招待を受けると大変名誉に感じて勇んで出かけたものである.しかし近年は真意を確認できるまで,どうしても躊躇せざるを得ないのである.この中で,今までむしろ招待を求めていた途上国が,逆に「ぜひ招待したい」と申し出るのに驚きを感じる.韓国はしばらく前から経済力がついていたので珍しくはないが,中国,ベトナム,タイ,マレーシアも積極的に外国のゲストを迎えるようになった.

 話は変わるが,第二次世界大戦後一人勝ちしたアメリカは,アメリカ流の民主主義という政治システムを普遍的な価値を持った政治体系とみなして国際的に影響を及ぼす努力をしてきた.現実の世界を見てわかるように,うまくいった国もあれば,かえって混乱に陥った国もある.私は政治学者でないので複雑な要素を勘案しながら評価する能力を持ち併せていないが,素人としての感想を述べさせていただければ,アメリカでは物事を処理する際になるべく合理的に説明できるようにふるまう傾向がある.しかし世の中は利益相反に満ちており,つねに合理的に解決できるとは限らない.合理性を表面的にあくまで主張した場合,結局武力に訴えることもあって,本来の合理性は意味を失い,自己矛盾に陥ってしまう.

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 映画の舞台は「袋小路のような」東京郊外の街.映画の中で語られる近隣の地名からすると,どうも八王子辺りかなと思われます.ただ八王子市民の名誉のために言っておきますが,八王子はけっして「袋小路のような」街ではありません.

 どこにでもありそうな地方都市に住む,どこにでもいそうな2人の姉妹が本作品の主人公です.題名にある「ミツコ」はその妹,写真学校に通っている様子で,彼女が風景写真を撮影している場面から映画は始まります.そこに現れる変な青年.どこかにいそうな「危ない」感じです.そこに現れる,まじめそうな姉と,その上司の課長.だんだん物語の展開が予想できなくなってきます.

予防と臨床のはざまで

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 3回目のミシガン大学の疫学セミナー,今回は2週目の午前に選択した“Intermediate Epidemiologic Methods(疫学中級)”について書きます.このクラスは,初年度に受けた「疫学基礎」コースの続編で,講師はこのセミナーのチェアマンであるHal Morgenstern教授(ミシガン大学),指定教科書は,Kenneth J Rothman他著(ボストン大学)『Modern Epidemioligy』(Lippincott Williams & Wilkins, 2007)でした.

 初日は,疫学の定義「疫学は人間集団における,疾病の発生と健康関連指標に関する学問」から始まり,「観察研究と介入研究」「1次予防,2次予防,3次予防」「研究デザインの種類」「causation(因果関係)」など基本的な内容から,『ロスマンの疫学―科学的思考への誘い』(Kenneth J Rothman著,矢野栄二・橋本英樹翻訳,篠原出版新社,2004)でも紹介される「因果パイモデル」の解説へ進みました.講義スタイルは,綿密に準備されたコースパックを一気に読み上げるやり方で,とにかくスピードが速い! 今まで受講したこの疫学セミナーの講義中で,最も授業のスピードが速いと感じました.さらに,授業中のエクササイズや宿題に加えて,金曜日には試験もあるとのことで,12名いる学生は皆,真剣です.

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投稿規定

あとがき・次号予告 高鳥毛 敏雄
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 被災地に足を運ぶ度に様々な課題があることに気づかされ,公衆衛生は役割を果たせているのかと,今なお自問自答を繰り返しています(原発災害はいまだに終息しておらず,今後改めて誌面に取り上げてみる必要があると思っています).大津波の映像を見ると,すべての人々が一瞬にしてのみ込まれてしまったようです.この大災害では,高齢者,乳幼児,体が悪い人,動けない人などの災害弱者はどうであっただろうかと,気になっています.

 公衆衛生は感染症,食中毒などの想定外の健康問題に対応するためにつくられた組織であります.東日本大震災は地域保健法が施行されてはじめての広域災害でしたが,公衆衛生が的確に機能できたのか,気がかりです.

基本情報

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公衆衛生
75巻12号 (2011年12月)
電子版ISSN:1882-1170 印刷版ISSN:0368-5187 医学書院

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