保健婦雑誌 30巻9号 (1974年9月)

特集 不死烏としてはばたく保健婦

財団法人ひかり協会ができるまでの歩み

守る会の運動経過 稻村 晃江
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 寒風の吹き抜ける大阪・中之島で"事後調査の会"のメンバーと出会ってから,すでに3年近く経った。そして,この間,なんと大きな変化があったことだろう。あの頃,絶対に敗れることがないとみられていた森永城が,ついに陥落。この闘いの勝利は,それまでのあらゆる生命を守る闘いのせせらぎをせきとめて,とうとうと流れる大河へと成長させ,尊厳に抗するいかなる力も存在しないことを,力強く宣言したものといえよう。そして,その闘いの発端が保健婦であったという事実を,私達は渓流の清水を汲むごとく味わうべきであろう。

交流を通じて思うこと 小池 まき子
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 7月20,21日と,"被害者"の会大阪府本部で行なった加太での海水浴は,総勢24名の参加者でもって,たいへん楽しい思い出を残すことができた。この海水浴や4月の合宿,その他最近の活動においては,私達"被害者"の会と事後調査の会との結びつきを決して抜きにはできない。

 そもそも大阪府本部を結成したのは1972年7月9日であって,その頃から事後調査の会との交流があったはずなのだが,私にはあまり印象に残っていない。対策会議から,交流ハイキングの申し入れがあったとき,"重症"被害者を抜きにしているというわけで,それこそ私達自身と"重症"の仲間とのつながりが全くないのをさしおいて,その申し入れを蹴ったことはおぼえている。結成前後の私(達)というのは,組織活動とはどういうものか全くわからないということに加えて,いわゆる専門家に対してよいイメージをもっていなかったことなど種々の事情で,積極的な交流をもてなかったように思う。

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 はじめに

 昭和42年に保健婦として就職以来7年になり,又,昭和44年に,保健婦活動とは何かを考えるにあたり,"森永ミルク中毒事件"の問題提起を受け,5年経過した。

 ここで,私にとって,保健婦活動とは何であるかを,森永問題と知恵遅れのS君との歩みを通して,振り返ってみたいと思う。

保健婦さん,お願い 寒川 利朗
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 森永ミルク中毒の被害者やその保護者が,長い間の苦しみと闘いの中で作り上げた"森永ミルク中毒被害者の恒久的救済に関する対策案"の実現を目指して"救済対策委員会"を結成し,この"救済対策委員会"が財団法人"ひかり協会"となり本年4月27日正式に発足しました。ひかり協会発足に至るまでの経過は,今更いうまでもなく"被害者"やその保護者の"完全救済"という叫びが,"森永ミルク中毒のこどもを守る会"に結集し,運動を推し進める中で,この運動に対して人道的立場から,呼応して立ち上がった各界各層の国民の支援のもとに設立されたものであり,ひかり協会設立の意義はまことに大きいものであります。"被害"を受けてから早や20年を経過しようとする現在,救済はもはや猶予できない,20歳の春は2度と帰ってこない,というギリギリのところまできて,救済を求めている被害者に,1日も早く救済を進めていくべきだという"守る会"の願いが,実現したものです。

 ところが,ひかり協会は財団法人という性格上,救済事業をやるが,あくまで第三者機関であり,森永や国の責任を肩替わりし,免罪するものに過ぎず,悪名高い過去の第三者機関であって,被害者は結局裏切られるのではないか,という不安が一部にあります。

近頃思うこと 太田 明子
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 この7年間,私は何を……

 今から7年前,保健所に就職して間もない私は,3万人近い人口を割り当てられ,何をしたらよいかわからず,途方にくれていた。

 しかし,私には,仕事を通しての種々の悩みをぶつけ合う仲間(はばたけグループ)がいた。この"はばたけ"の会合で,仕事の"壁"について話し合った時,助言者としての丸山先生が,「君達がカベと言っているのはどんなカベなのか。君達はカベに突当たる前に,自分自身をワクにはめているのではないか」と指摘され,更に,「ワクを越えてカベにぶつかるために,13年前の森永ミルク中毒児のことを考えてみないか」という問題を提起された。当時の私は,森永ミルク事件のことなどほとんど記憶になく,丸山先生が私達に,何をせよと言っておられるのかを理解するのに時間がかかった。

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 はじめに

 43年に森永ミルク中毒児の追跡調査に取り組んで,早くも6年目を迎える。

 この6年間,なんと多くのことを学んだことか。今改めて,6年前を振り返り,感慨を禁じ得ない。

"文化祭"にも意欲的に 野坂 忍
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 "はばたけ"の会合がきっかけに

 私が,森永ミルク中毒で今なお生命がむしばまれ苦しんでいる人達が,たくさんいることを知ったのは大阪府,市との保健婦学校の同期生のあつまり"はばたけ"の会合であった。

 そういえば昭和30年の小学5年生頃,ミルクを吐いたりする乳児が続出していると報道されているのを,人づてに聞いた気もするが,さだかではない。会に参加された,大阪大学衛生学教室の丸山教授の言葉が,心に残った。帰路"そんなことがあったのか","何とかならないものか……何とかせねば"とあせりが胸いっぱいに広がってきた。医学の一端にたずさわる職業を選びながら,何も知らなかったことがとても恥ずかしいと感じられた。

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 尼崎市は労働者の町,公害の町

 "14年目の訪問"が発表された頃と,尼崎で"公害なくせ"と住民運動の組織が作られた頃は時を同じくしている。"はばたけ"の3年後輩の私達が就職したのもその頃で,尼崎のいろいろな公害に苦しむ住民は,ひとつになって運動していこうというその時に,14年目の訪問を行なった保健婦を通して,住民運動に参加していったのである。ちょうど1970年であった。

 "はばたけ"が訪問を行なつている時に感じたという圧迫感,それは当時の尼崎にも森永タブーとしてあった。職場で森永ミルク中毒のひどさを話していて,「そんな話やめときなさい」と忠告された保健婦が,「ほんとうのことを言つて何で悪いのやろ」と,以来ことあるごとに森永の話をするようになり,同僚の中で支持されていったこともあった。

事後調査の会の取り組み 稻村 晃江
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前回(昭和47年5月)以後の活動経過

47.4 事後調査の会,大阪府職員労働組合保健   所支部,同衛生支部合同でメーデー参加   "ノーモア・モリナガ"の横幕でアピ   ール

47.5 日本看護協会大阪府支部保健婦部会定期   総会において,"支部ニュース"の森永   はじめ各乳業メーカーの宣伝を載せない   よう提案。48年度より掲載せず。

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 事件との出会い

 大阪大学医学部精神医学教室を辞し,府立公衆衛生研究所に赴任してまだ数日しかたっていない昭和47年9月のある日,精神衛生部長から「森永ミルク中毒被害児の検診をひきうけてもらいたい」旨の話があった。当時はなぜ自分がその役割を果たさねばならないのか,何をしたらよいのか,とんと見当もつかないまま,「そうですか」と生返事をしたことをおぽえている1)

 9月末,大阪府森永ミルク中毒被害児精密検診委員会から,代表委員東田敏夫,代表代行中川米造両先生が研究所に来られ,我々精神衛生部職員一同を前に,被害児の精神面,社会面の検診をしてほしいと述べられた。被害児の身体的,精神的,社会的問題点を明らかにするために,その年のはじめから行なわれている精密検診で,精神的,社会的な面での取り組みがおくれている,その分野を我々に進めてほしいということであった。

森永ヒ素ミルク中毒事件関係年表

食と保健指導 地域小集団における保健活動の評価尺度(5)

集団概念(2) 豊川 裕之
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 地域集団を場に保健活動する場合に,その地域集団を"個人の集合体"(複数としての集団)とみなす視座と,"1つのまとまり"(単位としての集団)とみなす視座があることについて述べてきた。読者の中には,そのような論議や考え方自体が無意味なものにみえて,著者があたかも言葉や概念の遊びをしているように思う人もいるだろう。しかし,そのような読者にもいずれはわかってもらえると思うし,またそのように説明しなければならないといえよう。

学生実習の思い出 神谷 栄子
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 開設と同時にこの相談所へ勤務して2年目,今年から学生がやって来た。5月のゴールデンウィークが明け,1週間ずつ2〜3人で5週間。学生の控室も実習室もなく,栄養室の一角を使わせてもらい,そこで昼食から記録からしてもらった。

 毎週のように土曜日の反省会に出る意見は,1回よりは2回訪問したいということ。私も保健婦学生の時,A町の保健婦に「なぜそんなに訪問ばかりしたいの?」と問われ返事につまったのを覚えている。目新しく興味しんしんだったのだろう。ところが働きだしてみると,毎日のように訪問しているわけでもなく,1週間の実習スケジュールの中で半日,つまり1単位2ケースをいっしょに訪問するのが,まあせいぜいというところである。

世界の保健・医療制度/過去・現在そして未来……

スウェーデンの医療—2 田中 恒男
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 スウェーデンの地域医療

 前回でも触れたように,全国28の医療行政区=countyと,ストックホルム,ゲーテンブルグ,マルメの3大都市区のそれぞれは独自の医療委員会=county councilがあって,病院を中心とした地域内医療の計画・運営に当たっている。ちょうど米国のヒル=バートン法による病院計画のように,ベッドの増床や新しい病院造りの具体的な決定権限を持つ。各行政区の分担人口は前回の図に示した通りであるが,それぞれの地区には最低1つの中央総合病院があり,その下に3〜4程度の下位病院がある。更にこの下部組織として診療所(大部分公営,都市地域では私営もある)が配置されるが,この1部は小病院となっている所もある。又,特殊な治療や教育のために,全国に7か所のRegional hospital (うち6病院は大学病院)があり,精神病院,老人病院,小児病院などが設置されている。

 この病院機構は図1のようであり,Regional hospital--Central hospital--General or nonspeci-alized General hospital--Health Centerといった階層構造を持っている。

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 はじめに

 我が国の近代経済の高度成長に伴い,農村地域への工場進出はめざましいものがある。当町においても,ここ数年の間に十指に近い中小企業が進出している。

 これに伴う労働力の提供は主婦にまで及び,従来,主人の出稼ぎを守る農業の主なにない手であったはずの主婦は,パートータイマーや単純労働,下請の内職などに従事するようになった。

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 はじめに

 近年,結核管理体系が大きく変わりつつある中で,保健婦活動はどのように位置づけされていくべきであろうか。当保健所では,次のような方法によって,在宅結核患者の治療に効果を挙げ,同時に保健婦活動においても若干の効果を挙げていると思うので報告する。

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 はじめに

 結核患者が発生した時,その周辺にどのように二次患者が発生するか,その過程は結核患者に確実に接触し,かつ転出入などの把握の行き届いた患者家族を観察することができる。

 近年のように結核患者が減少してくると,今まで国民全般に一様に行なっていた結核対策は,今後はいわゆるHigh-Risk-Group,つまり,発病の危険の多い人々に対するきめ細かな,実際に即した施策が行なわれなければならなくなった。

基本情報

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保健婦雑誌
30巻9号 (1974年9月)
電子版ISSN:2185-4041 印刷版ISSN:0047-1844 医学書院

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