日本看護倫理学会誌 3巻1号 (2011年2月)

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 看護の教育が学校教育として認められた昭和26(1951)年の保健婦助産婦看護婦学校養成所指定規則には、看護倫理や職業調整の科目が独立して位置づけられていた。しかし、昭和42(1967)年の指定規則の改正で看護学総論に含むとなり、いつのまにか倫理観やプロフェショナリズムを教育する事から遠のいてしまったように思わされた。一方、アメリカで1970年代に広まった生命倫理に関する考え方が、1980年代後半に日本に入ってきて、その主要な用語が医療・看護の世界で使われ出すとともに、医療の進展や社会・人々の変化等で倫理の重要性が叫ばれるようになり、1990年代の後半頃になって看護の基礎教育や卒後教育等で、再び看護倫理の教育が取り上げられるようになった。そのような状況の中で2008年に設立された日本看護倫理学会の年次大会は第1回大会より毎回大盛況で、その内容には目をみはるものがあり、看護に携わる者の研鑽の積み重ねと年次大会への期待の大きさを思わされる。

 私の倫理への開眼は、アメリカへの2回の留学である。1964年にがん看護を求めて初めて留学したニューヨークのがん専門病院では、患者の権利の尊重と称して徹底告知、徹底治療、徹底延命が行われていた。これが真に患者の幸せかと疑問を抱いて帰国し、10年後の1974年に、これらの出来事に挑戦あるいは理解を深めたいと勇んで再留学した。しかし、当時の徹底告知にはクライシス・インターベンションが、徹底治療・延命にはインフォームド・コンセント、QOL等が行きわたり、その激変ぶりに驚かされた。このように時代の変遷をつぶさに体験できたことは、私の看護人生にとって大きな宝物をもたせてもらった。当時は、アメリカにおける出来事の変化のすばやさに唯々感動していたが、後になって、その根底にアメリカにおける1960年代初期の科学の爆発的進展から1970年代の生命倫理の台頭、国家がん対策法の制定など、人々や医療、環境に対する考え方に根本的な変化がもたらされていた事を知って、納得するとともに新たな感動をおぼえさせられた。

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 本稿の目的は、次の3つの問いを通して看護倫理の基本を考えることである。1)看護における倫理とは、2)意思決定の枠組みの利点と限界、3)看護師の倫理的能力とは。以下、看護倫理学者たちが合意していること、および、学生・看護師への長年の看護倫理教育を通して私自身が考えていることを織り交ぜつつ、これらについて述べる。

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医療の現実の中で、看護師が自身をよい・よくない看護師と思う体験とはどのようなものか? この問いを、経験半年~7年半の若手スタッフ11名へのインタビューによって探索した。全員が、患者に喜ばれた時によい看護師、患者に申し訳なく思った時はよくない看護師と思う体験をしていた。よい看護師体験のテーマは、喜びと振り返りからの学びであった。よくない看護師体験には、道徳的苦悩、道徳的不確か、道徳的後悔があり、頻度はより頻繁であった。背景には、多忙、医師の権力、難しい患者等が関与していたが、それらをよい仕事を阻む要因と認識する者はなく、自身のケアの未熟、気遣いの不足を悔いていた。よい・よくない看護師という認識には、患者の安寧という暗黙の願いが寄与していたが、その内的基準だけでは、看護師の辛い体験の十分な助けにはなっていなかった。

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本研究は、緩和ケアにおけるエキスパートナースの倫理的意思決定過程及びそれに内在する価値を明らかにすることを目的に、質的記述的研究を行った。8名のエキスパートナースを対象に半構成的インタビューを実施した。その結果、「患者のQOLに対する希望と安全の対立」「患者の自己決定や希望と家族の希望の対立」「患者の自己決定の時期をめぐり、医療者の判断が優先される危険性」の3つの倫理的ジレンマに直面していた。エキスパートナースは、患者が覚悟を持って決めたことが置き去りにならないように、患者の自己決定に立ち戻り支援することを意思決定し、4つのアウトカムを設定していた。また、内在する価値は「自律」「無害」「善行」「誠実」であった。

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本研究は、周産期医療に携わる助産師の倫理的問題を明らかにすることを目的に、助産師経験2年目以上の助産師814名に倫理的要素を含む14の場面を提示し、もっとも印象深い経験の事例の記述を求めた。収集された209事例を質的に分析し、倫理的問題と倫理的問題ではない問題の分類を行い、さらに倫理的問題の特徴を明らかにした。倫理的問題の分類結果は、命をどう捉えるかに関する問題が3割、医療者としての善行、患者の自律性に関する問題がそれぞれ約2割を占めていた。これらは、正常分娩において医師と同等の責任範囲のある助産師の専門性から、患者の意向を無視した医療、医師の都合による分娩方針、母子の命の優先という倫理的問題の特徴がみられた。

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臨床で働く看護師が治療行為として実施しているプラシーボ与薬の現状を、全国300床以上の病院954施設の病棟看護師を対象とし無記名自記式質問紙にて調査した。回答者の86%が過去に与薬の経験を持ち、約半数がプラシーボ与薬は効果が「とてもある」または「ある」と答えた。「プラシーボ与薬は倫理に反すると思うか」という設問に「反するとは思わない」と答えた者は59%(n=192)であった。プラシーボ与薬後に患者の苦痛が消失した場合「効果があれば真実を告げなくても良い」と答えた者は約60%であった。看護師はプラシーボ与薬に対して道徳的な不確かさを感じてはいるのだが、問題を深く省察するまでには至らず、多忙な業務に埋没していた。

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変革理論を用いて看護部組織の倫理的風土の変化を目指す委員会活動について、意識や行動の変化の視点から評価することを目的に、A施設に在職する看護職員547名に対する自記式質問紙留置き法で調査を行った。その結果、「日々の実践の中で倫理的問題に気づくようになった」、「患者の意向を聞くようになった」、「安易に抑制や拘束などをしなくなった」など行動レベルの変化を自覚した者が、過去の調査と比べ多くなっていた。このことからA施設では、ポジションパワーによる看護部倫理委員会の設置という規制的な変化と倫理委員のパーソナルパワーによる参画的な変化により、各看護職員の知識、態度、行動が変化してきたと考える。

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看護部倫理委員会が行なうべき活動内容を明確化するために、A病院の全看護職343名を対象に「業務上悩む場面」「その際の対処行動」「委員会に期待する活動」を尋ねた。有効回答223件を分析した結果、過去3年間の倫理委員会への相談件数の少なさとは対照的に、悩みを持つ看護職の割合は「医療従事者との関係(72%)」を筆頭に13質問項目中8項目で50%以上を示した。対処行動は「第三者に話す」が最多であったが「一人で抱える」も10%以上あった。倫理委員会には「相談」「事例検討」「研修」を期待する意見が多かった。看護職の倫理的感性に基づく対処行動を支援するために、組織として実態把握、事例検討会、相談機能の充実を図る必要性が示唆された。

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看護系大学1年生がどのような拠り所をもとに倫理的判断を行うのか、その傾向を明らかにすることを目的に、患者の希望を叶えるか叶えないかという二つの相反する倫理的判断を含む事例における倫理的判断の理由とそうした場合の結果の予想についての学生の記述を分析した。その結果、1年生の判断の拠り所として、看護実践にとって重要な善行と無害の原則が含まれていることが明らかとなった。また、規則を守ることに価値を置く学生の傾向も明らかになった。看護倫理教育においては、学生が本来備えている価値観を大切にしながら、専門的な価値観や判断の拠り所を身につけられるような取り組みが必要であるといえる。

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本研究は、「ケア対象者の安全・安楽・尊厳を保証する抑制・身体拘束ケアガイドライン」の作成を目的としている。その一部として、本稿では、看護者の抑制実施時の倫理的判断と抑制実施時に「説明」を重視する看護者の特徴について述べた。1,260名の看護者対象にアンケート調査を行い、回答の得られた777名を分析対象とした(有効回答率61.7%)。分析の結果、抑制実施時に悪影響を最小限にすることを重視する看護者が多く、抑制中のケアでは、日常生活援助やケア対象者への支援が多かった。「説明」を重視する看護者と重視しない看護者の、責任との関連については、〈悪影響を最小限にする〉〈関係性の破綻を来さない〉責任が、判別の要因として抽出された。

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 平成22年7月17日、改正臓器移植法が施行され、同8月9日には、本人の意思不明で家族の承諾による初の脳死が確定し、臓器提供がなされました。報道によると、国内初の心臓移植がなされたのが1968年8月、本人が事前に書面で意思表示すれば脳死から臓器提供できる臓器移植法が成立施行したのが1997年で、その法律をもとに初の臓器移植がなされたのが1999年です。一つの事例をきっかけに法整備に30年、そこから実際に脳死判定からの臓器移植実施に一年以上かかったのに比べ、今回の改正法施行では、その後一ヶ月以内に本人意思の書面なしで家族承諾によって臓器摘出がなされたことを、みなさんはどのように受け取ったでしょうか。

 末木1はその著書『仏教vs.倫理』で、近年の急速な社会の変化にルールがついていけない現状を指摘し、「死者の言葉を聞き取ったと思っても、それが生者の勝手な思い込みでないとどうしていえるのであろうか。死者の言葉と称して、じつは生者の自分勝手な欲望を語っているだけではないのか。(中略)もしかしたら、思い込みかもしれない。その畏れをつねに抱くからこそ、ますます虚心に死者の言葉に耳を傾ける他ないのだ。」と述べ、科学知識や技術、現代の合理主義では解決できない人の間のルール、すなわち倫理を超えた「超・倫理の問題」(p.102)1に対応する手段を考察し、他者、すなわち死者との対話の再考を促しています。

匿名は倫理的配慮か 前田 樹海
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1.看護研究における匿名

 人を対象とする看護分野の研究において、研究対象者の個人情報の保護に関する「倫理的配慮」が研究論文の中に記述されることは最近ではごく一般的となった。研究論文の中で、研究対象者個人が特定できないような「倫理的配慮」は言うに及ばず、固有名詞の使用自体を倫理的配慮に欠く論文として取り扱う査読手引きをもつ学術誌もある。もちろん、無節操に特定の個人や組織が識別できるような書き方は厳に慎まなければならない。しかしながら、なんでもかんでも匿名にすることが果たして倫理的配慮なのかということについては議論が必要と考える。本稿では、看護研究における「匿名」にかかわるいくつかのケースを挙げ、研究参加者の権利尊重の観点から、匿名が本当に倫理的配慮なのかどうかについて検討する。

 匿名とは「実名をかくして知らせないこと(広辞苑第六版)」であるが、看護分野の研究において、匿名が取りざたされる場面には主として次のようなものがある。1)研究計画書(例:研究参加者の個人情報の保護について文書および口頭で説明し承諾を得る)、2)研究参加者を募集したり、研究参加者に研究方法などを説明したりする場合(例:「データは統計的に処理され個人が特定されることはありません」)、3)論文内で倫理的配慮を記述する場合(例:「研究対象者のプライバシーの保護に努めた」、4)査読ガイドライン(例:提出された論文内に固有名詞を使用していないか)などである。これらの文言ひとつひとつは至極ごもっとものように思えるものばかりであるが、ともすれば、匿名=固有名詞の排除=個人情報の保護=プライバシーの保護=倫理的配慮のように考えられているのではないかという懸念がある。

日本看護倫理学会第3回年次大会 会長講演

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すべての看護活動には倫理的側面がある

 「看護倫理は看護の質そのものを左右します。」これは本学会の設立趣意書の一文である。

 看護倫理は難しいものではなく、日常のすべての看護活動に倫理的側面があることを意識することから始まる。看護倫理とは、科学的基盤に立ち、患者にとって善いこと、正しいことを行なうことである。

日本看護倫理学会第3回年次大会 基調講演

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 医療・看護現場で「倫理」が話題になる状況は、何か倫理的にまずいことを医療者がしたというので、社会的に非難されるというような場合が多いだろう。こういう経験を通して、倫理を煙たいもの、自分たちの活動を制約するものと思う傾向があるのではないだろうか。だが、倫理は本来そういうものではない。倫理は医療従事者が本来とっているケアに臨む姿勢を意識化したものに他ならず、つまりは、第三者(例えば医療・看護倫理の専門家)から教えてもらうまでもなく、すでに医療従事者の中にあるものである。そのように理解することによって、倫理を既に自らコミットしているもの、自分たちのケア活動を支えてくれるものとして、自らの内に見出すことが、臨床倫理、看護倫理について理解する第一歩であろう。

 ここでは、臨床倫理に絞って考える。臨床倫理は、臨床現場でケアに携わる方たちが、患者・家族と向き合い、また寄り添いながら医療・看護を進める際に、どのように対応していくのが適切かを、個別事例ごとに考える営みである。看護倫理には、看護職固有の部分と、医師等の他職種と共通の部分、さらには一般市民と共通する部分があると考えられるが。臨床倫理は、医療・介護従事者に共通のものであり、看護倫理と実質的には大きく重なる領域である。

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 本シンポジウムは、メンテーマを受けて、ケアの質を高める倫理的実践について、課題や今後のあり方を具体的に考えようとするものである。

 まず、長尾式子氏(神戸大学大学院保険学研究科)は、看護技術には実施者の倫理観や技術のレベルが反映されて、ケアの質を高める倫理的実践の構成要素であること、看護基礎教育において、実習が学生にとって倫理的感性や専門職としての価値・態度を獲得する大切な場になっていることを述べられた。一方、実例をあげて、学生実習を受け入れる現場の看護師にとって、学生を指導・評価することが日々の看護実践や倫理的配慮について振り返る機会になることを話された。そして、倫理的実践をめざすためには、基礎教育における学生の看護実践と臨床で行われる看護実践が連携し、相互に影響しあうことでケアの質向上につながっていることを話された。

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会務報告

日本看護倫理学会投稿の手引き

編集後記 田中 高政
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 日本看護倫理学会誌通巻第3号をお届けします。今号は投稿論文として原著4編、短報4編、レター2編を掲載することができ、学会誌も厚くなってきました。原稿を寄せて下さった方々と、ご多忙の中で論文をよくするためのクリティークをして下さった査読者の方々に、心よりお礼を申しあげます。

 今号で特記すべきこととしては、日本の看護倫理の成長と看護リーダーの育成に貢献してこられたAnne J. Davis先生が、平成22年秋の叙勲において旭日中綬章を受章されたことがあります。巻頭言では、小嶋操子先生がご自身の看護の歩みを織り交ぜながら、Davis先生が日本の看護に与えた影響について綴っておられます。また、Davis先生ご自身からも論文が寄せられましたので、特別記事として掲載させてもらいました。

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大会テーマ:チーム医療における協働的意思決定の展望

 2011年6月4日(土)・5日(日)、岩手県盛岡市、いわて県民情報交流センター(アイーナ)において、日本看護倫理学会第4回年次大会を開催することとなりました。

 本学会は、看護倫理の知の体系化をめざし、看護倫理に関心をもつ実践者・研究者・教育者の交流を支援するとともに、看護倫理に関する政策提言を行うことを目的としております。

基本情報

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日本看護倫理学会誌
3巻1号 (2011年2月)
電子版ISSN: 印刷版ISSN:1883-244X 日本看護倫理学会

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