BRAIN and NERVE 72巻7号 (2020年7月)

増大特集 神経倫理ハンドブック

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特集の意図

日常診療において「臨床倫理的な問題」に遭遇する機会が増えている。特に脳神経疾患は疾患の特性上,難しい問題が生じ得る。本増大特集では医療と倫理の基本的な考え方を示し,具体的な実例を挙げて解説する。どのようにして倫理的問題に気づき,アプローチし,対応していくのか,またそうした能力をどのように涵養するのかをこの1冊にまとめた。

医の倫理総論 西澤 正豊
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医の倫理,医のプロフェッショナリズム,医師としての資質・能力などに関する基本的な理念は,欧米からわが国にも浸透して,医学教育分野のモデル・コア・カリキュラムにも大きな影響を及ぼしている。本小論では,プロフェッショナリズムについて概観し,脳神経内科医に何が最も重要であり,次の世代に何を受け継がなければならないかを考察する。医の倫理の構成要素は多岐にわたるが,最重要として筆者は共感する力を挙げる。

臨床倫理学の基礎 荻野 美恵子
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脳神経内科分野では脳卒中のようにある日突然人生が変わってしまう疾患や,神経難病のように治癒が難しく進行性の疾患を多く診療する。そのため,医療処置の選択や介護の問題,遺伝性疾患や終末期医療など,さまざまな倫理的問題を扱うことが多い。本論では一般的な臨床倫理学で提唱されている事柄を中心に,脳神経内科分野における解釈や応用を私自身の経験を踏まえて記載する。すなわち,なぜ臨床倫理が必要なのか,倫理的問題を扱う場合の方法論やシステム,臨床倫理の4原則,Jonsenの4分割表,倫理コンサルテーション,神経疾患における応用と注意すべき問題点について述べていく。

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法の基礎的知識を示したうえで,倫理との関係を検討した。そのうえで,終末期,さらに神経難病に関する法について,具体的な事例を踏まえて解説した。わが国で大きな意味を持つ,人生の最終段階のガイドラインや,認知症ガイドラインについて構造を分析した。そのうえで,特に,告知(インフォームドコンセント)の問題,人工呼吸器の取外しについて検討を加えた。

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臨床現場で倫理的な問題が生じた場合,解決に向けて話し合うプロセスが重要である。自分ひとりで決めずに,多様な価値観を持つ多専門職によるカンファレンスが推奨される。しかし臨床で求められるのは実効性の高い解決策である。それを支援するしくみとして「臨床倫理コンサルテーション」は有用である。当事者が現場で解決できるような心理的に風通しのよい組織文化をいかに醸成するかが今後の課題である。

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判断能力とは,「説明を理解し,自分の価値観に照らして,提案された医療を受けるか否かを理性的に決定できる能力」である。判断能力の評価は,患者の自律性と密接に結び付いており,臨床上および倫理的に重要である。判断能力がある患者では自己決定を尊重する一方で,判断能力が障害されている場合には,医学的事実と患者の価値観から患者の最善の利益を推測する。

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本稿では,遺伝性神経難病に関する臨床倫理に関する論点を紹介する。1990年代に確立された「知る権利」「知らないでいる権利」について,子どもへの遺伝学的検査も交えて紹介する。20年後の現在,ゲノム解析技術により全ゲノム解析が可能だが,倫理的な規範は再考を求められている。現在の論点は,二次的所見と対処可能性,血縁者への告知の支援,遺伝情報に関する医師の守秘義務,研究と診療の不可分性,着床前診断が挙げられる。

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身体機能が低下(frail)していくだけでなく,意思決定能力が低下していく(vulnerable)認知症の人の尊厳に,どのように配慮すれば倫理的に適切なのかについて熟慮することは「認知症ケアの倫理」の重大関心事である。本論では,意思決定能力が低下しているにもかかわらず,豊かな感情がある認知症の人の「自律(autonomy)」に焦点を当てて,「新しい認知症ケアの倫理」について概説する。

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筋萎縮性側索硬化症の臨床倫理をめぐる倫理的課題は数多くあるが,最も悩ましい事案の1つとして人工呼吸器離脱がある。この問題は「外す」という場面だけでなく,「装着する」という意思決定にも大きな影響を与える問題であり,特に離脱する権利を「合法化」した場合,法制化されているということ自体が「無言の圧力」となることが懸念される。「法的権利」として明文化するのではなく,個別事案を精査し「特例」として違法性を阻却する方策が望ましい。

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多系統萎縮症ではさまざまな病期において臨床倫理的な問題が生じ得る。将来の突然死や認知症発症のリスクといった「悪い知らせ」であっても患者には知る権利がある一方,その真実告知は個々の症例に応じて,配慮をもって慎重に行うべきである。また臨床倫理的判断の基盤となるエビデンスが十分に確立できていないことを認識して,臨床研究を推進すること,ならびに本疾患に関する臨床倫理的議論を活発に行うことが求められる。

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筋ジストロフィーなど遺伝性神経筋疾患の診療には多くの臨床倫理的問題が含まれている。遺伝子診断におけるその個人を超えた血縁者の個人情報保護の問題,遺伝子差別,および重篤な遺伝性疾患患者に対する生存否定など,さまざまな臨床倫理問題がある。現代の臨床倫理学においては,QOL概念の理解が十分でないため,第三者が患者のQOLが低いので,人工呼吸器療法,胃瘻造設,高額な医療の提供を医学的無益と考えるなどの問題が起き得る。一方で,患者本人とその主観的QOLにフォーカスし,最新の遺伝医学,診断・治療法,症状コントロール,セーフティネット医療,新しい医薬品・医療機器の活用を組み合わせ,多専門職種によるチーム医療を行うとこのような臨床倫理上のジレンマは解消できると考えられる。

神経救急疾患の臨床倫理 有賀 徹
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神経救急疾患の臨床倫理について,病院前救護と初期診療の標準化,救急医療を実践するうえでの核心的な倫理規範,脳死と臓器移植に関連した課題,救急救命士による無益な心肺蘇生術の問題,高齢者医療などをめぐる医療資源の分配などと広範囲に論考した。医療者はそれらの多くの場面で善行,無危害,公正・正義の原則を具現化するために医療者の自律を十分に発揮し,患者の「人としての尊厳」を最高原理とする考え方を全うすることが求められる。

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突然発症の脳卒中では,発病前の本人の意思を確認できないことが多い。重症脳卒中で回復不可能となった場合,臓器提供を前提とした法的脳死判定を行わなければ,医療・ケアの方針決定についての一定の指針はなく,その判断は臨床現場に委ねられていた。日本脳卒中学会は2019年に,医療・ケアチームの重症脳卒中の終末期の対応についての判断・方針決定を支援する目的で,「脳卒中における終末期医療に関するガイドライン」を作成した。

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重篤な小児神経疾患の患者の絶対数は少ないが,その種類は多岐にわたる。たどる経過の個別性は高く,予後予測も難しい。多くの子どもたちは重度の障害を抱えつつ,そのいのちは高度医療に依存している。いのちに関わる判断に臨む両親と医療者は,共に考えを尽くし,その先に子どもの最善を見出す。この過程で重要となる倫理的課題について,医学的事実の把握・協働意思決定・倫理と緩和ケア・障害と社会,の4つの側面から考察する。

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重度の摂食嚥下障害患者が経口摂取を希望するとき,関係者のさまざまな価値観が対立して倫理的な問題(ジレンマ)が生じる。よりよい倫理的価値判断をするには,正しい医学的事実に基づいた話し合いが重要である。ジレンマの解決には,臨床倫理の4原則に則った倫理カンファレンスが有効である。結論は出ないことが多いが,また必ずしも出す必要はなく,診療方針の決定にいたるまでのプロセスが重要である。

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パーキンソン病(PD)は加齢に伴い増加し,65歳以上では200人に1人の罹患率の神経変性疾患として知られている。発症機序としてαシヌクレインが黒質に異常に蓄積し細胞を障害する可能性が考えられている。しかし近年脳起源の疾患ではなく,末梢組織の異常蛋白が脳内に移行することが原因の1つと考えられる。さらに,腸内細菌の変化は,PDの治療や病態発現に関与していることが報告されている。このレヴューでは,PDの症状や進行への関与が考えられる腸内細菌の最近の研究について報告する。

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標準失語症検査(SLTA)の基準関連妥当性を検証した。失語症発症後,3カ月以上経過した患者にSLTAとWAB失語症検査日本語版(WAB-J)を実施し,SLTAとWAB-Jのスピアマン順位相関係数を算出した。対象者は20名で男性14名,女性6名,平均年齢は68.5歳,原因疾患は脳梗塞14名,脳出血6名であった。SLTAとWAB-Jの相関係数は,SLTA総合評価尺度とWAB-J失語指数ではr=0.870(P<0.001),SLTA(A)書字因子とWAB-J(VI)書字ではr=0.852(P<0.001),SLTA書字命令に従うとWAB-J文字による命令文ではr=0.807(P<0.001)であり,下位項目Z得点同士はr≧0.7が多数であった。以上より,SLTAは基準関連妥当性を有すると言える。

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はじめに

 「ウィーンは音楽の都,現地時刻はまだ朝の6時。晴れ渡った空港に降り立ち,懐かしい到着ロビーでしばらく休息をとる。オーストリア連邦鉄道(ÖBB)からウィーン地下鉄(Wiener Linien)に乗り換え,カイザーミューレン駅(Kaisermühlen)で下車すると,国際原子力機関や国際連合宇宙局の巨大な建造物がそびえている。その奥には,今回の学会会場となるオーストリアセンターが杲々とたたずんでいた。少し西に歩けば,そこには青空のもと,まばゆいばかりのドナウ川がゆったりと流れている。筆者は小学生時代にウィーンに滞在していたことがあり,ドナウ川を眺めながら,懐かしくも新鮮なウィーンに心を踊らせていた」……はずでした。

 残念ながら,筆者がこの原稿を書いている5月初旬現在,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が収まらず,発令された緊急事態宣言が継続しています。また開催地であるウィーンで参加予定であったアルツハイマー・パーキンソン病国際会議(Advances in Alzheimer's and Parkinson's Therapies 2020 Focus Meeting:AAT-AD/PDTM 2020)は,現地での開催が中止となり,“Entirely Virtual Meeting”つまり完全にバーチャルな空間において,開催されることになりました(写真1)。

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 「医療者のためのExcel入門」とタイトルにあり,サブタイトルには「超・基礎から医療データ分析まで」とある。そのため,「Step1 Excelに慣れよう 基本操作編」から始まる。

 読者が少しでもパソコンやExcelの操作に慣れていれば,Step1には見向きもしないで他のステップへ進んでしまうかもしれない。

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目次

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次号予告

あとがき 酒井 邦嘉
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 最近観た『ブラックドッグ』という韓流ドラマ(全16話)が素晴らしかった。教師をめざす主人公が,私立高校で臨時採用となって後,念願の正規採用となるまでの成長を丁寧に描いたものだ。その国語科教師は,志厚いメンターや理解ある同僚に恵まれるも,臨時採用教師への差別,ライバルや派閥との確執,保護者からのクレームに悩み,迷い,そして生徒に寄り添う教師像を見出していく。このドラマのタイトルは,「ブラックドッグ症候群」を踏まえながら,正規採用と同じ仕事をこなす「臨時採用」なのに顕在化してしまう理不尽な偏見や疎外を浮き彫りにする。「生徒を見捨てるような教師は,教師の資格なんてない」,「教師が他人の目を意識するようになったら,終わりよ」といった,ベテラン教師の厳しくも温かな言葉が心に残った。

 このドラマの背景には,ますます過熱する韓国の教育事情がある。決して出題ミスが許されない日本の大学入試の様子が,そのまま韓国の高校3年生の中間試験と重なるのだから驚きだ。生徒たちは成績別にランク付けされ,内申書のいかんによって推薦入試枠を決められ,さらに入試制度の改革に翻弄される。そうした歪んだ教育の構図が,ドラマで克明に描かれつつも風刺され,疑問視されている。中でも学校と学習塾の関係(腐れ縁?)や,受験対策授業の過熱ぶりなどは日本にも共通した問題であり,極端な学歴偏重社会の中で,予備校化する高校の存在意義が問われているのだ。

基本情報

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BRAIN and NERVE
72巻7号 (2020年7月)
電子版ISSN:1344-8129 印刷版ISSN:1881-6096 医学書院

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