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あとがき
酒井 邦嘉
pp.828
発行日 2020年7月1日
Published Date 2020/7/1
DOI https://doi.org/10.11477/mf.1416201604
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最近観た『ブラックドッグ』という韓流ドラマ(全16話)が素晴らしかった。教師をめざす主人公が,私立高校で臨時採用となって後,念願の正規採用となるまでの成長を丁寧に描いたものだ。その国語科教師は,志厚いメンターや理解ある同僚に恵まれるも,臨時採用教師への差別,ライバルや派閥との確執,保護者からのクレームに悩み,迷い,そして生徒に寄り添う教師像を見出していく。このドラマのタイトルは,「ブラックドッグ症候群」を踏まえながら,正規採用と同じ仕事をこなす「臨時採用」なのに顕在化してしまう理不尽な偏見や疎外を浮き彫りにする。「生徒を見捨てるような教師は,教師の資格なんてない」,「教師が他人の目を意識するようになったら,終わりよ」といった,ベテラン教師の厳しくも温かな言葉が心に残った。
このドラマの背景には,ますます過熱する韓国の教育事情がある。決して出題ミスが許されない日本の大学入試の様子が,そのまま韓国の高校3年生の中間試験と重なるのだから驚きだ。生徒たちは成績別にランク付けされ,内申書のいかんによって推薦入試枠を決められ,さらに入試制度の改革に翻弄される。そうした歪んだ教育の構図が,ドラマで克明に描かれつつも風刺され,疑問視されている。中でも学校と学習塾の関係(腐れ縁?)や,受験対策授業の過熱ぶりなどは日本にも共通した問題であり,極端な学歴偏重社会の中で,予備校化する高校の存在意義が問われているのだ。
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