胃と腸 55巻13号 (2020年12月)

今月の主題 大腸鋸歯状病変の新展開

序説

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 物事に対する価値観が変わることは歴史的にみても時折生じることである.例えば,“天動説”から“地動説”への転換もその一つであろう.宇宙の中心が地球であるという“天動説”は16世紀まで宗教上の世界観として常識であったが,科学的根拠に基づいてコペルニクスらが“地動説”を説いたことは衝撃的であったと考える.

 さて,消化管領域においても,今まさに価値観が変わろうとしている事案がある.それが,ここ十数年注目を浴びてきた大腸鋸歯状病変(個人的には鋸歯状病変群とすべきと考える)である.2010年版のWHO分類1)では大腸鋸歯状病変には過形成性ポリープ,SSA/P(sessile serrated adenoma/polyp),TSA(traditional serrated adenoma)およびSSA/P with cytological dysplasiaがあるが,中でもSSA/Pはboot様,逆T字と言われる腺底部拡張,異常分岐像などの特徴的病理組織学的所見を病変全体の10%以上に認める病変であり2),遺伝子学的にBRAF変異と高メチル化(CIMP-high)を示しMSI(microsatellite instability)陽性大腸癌の前駆病変(precursor lesion)として考えられている3).実際の臨床現場において,SSA/Pは特徴的な拡大所見を有した粘液で被覆された病変として認識され,SSA/Pを背景に伴った癌化症例が認められ4)5),また経時的に癌に至った症例の報告もなされている6).以上の結果より,adenoma-carcinoma sequence,de novo発癌に次ぐ第3の発癌ルート“serrated neoplastic pathway”としてSSA/Pの認知度は大いに高まった.このpathwayではSSA/Pの起源が過形成性ポリープと示唆されている背景や,SSA/Pと過形成性ポリープの鑑別が困難になってきたことを理由に,2019年版のWHO分類7)ではSSA/Pの名称をSSL(sessile serrated lesion)に変更したばかりではなく,過形成性ポリープのうち拡張腺管が1つでもあればSSLとするという定義に変更した.

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要旨●近年,大腸癌の新たな発癌経路として大腸鋸歯状病変を前駆病変とするserrated pathwayが提唱され,国際的に注目されている.しかし,大腸鋸歯状病変は病理組織学的,分子生物学的に多様であり,いまだ十分な病理診断基準の確立には至っていない.さらに,2019年には消化器腫瘍領域のWHO分類が9年ぶりに改訂され,大腸鋸歯状病変における分類と病理診断基準についても変更が加えられた.大腸鋸歯状病変の病理診断基準の確立のためには病変の本質を理解し,その本質を表す組織形態学的特徴を明らかにすることが重要であるが,そのためには分子解析や免疫組織化学的,臨床病理学的特徴を含めた多方面からの検討が必要である.

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要旨●HPを除く大腸鋸歯状病変は大腸癌の前癌病変である.当センターの研究において,大腸鋸歯状病変は病変径が6mm以上で,SSLの占める割合が有意に上昇し,SSLでの細胞異型合併率も有意に上昇していた.SSLは細胞異型を伴うと急速に癌化・進展する可能性があり,6mm以上のSSLはすべて切除したほうが良いと考えられる.実臨床ではHPとSSL,SSLとSSLDの鑑別が困難なときもあり,筆者らは6mm以上の大腸鋸歯状病変はすべて切除対象とするよう推奨している.大腸内視鏡検査の意義は大腸癌を発見することだけではなく,大腸癌のリスクを軽減し,大腸癌死を減らすことにある.腺腫と同様,大腸鋸歯状病変も積極的に治療することで大腸癌の罹患率,死亡率は減少すると期待される.

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要旨●鋸歯状病変はHP,SSL,TSAに大別され,これらの癌化率は異なる.そのためこれらを鑑別し,さらにdysplasiaや癌の有無を診断したうえで,病変に応じた切除対象と切除方法の選択をする必要がある.今回,筆者らは当院で切除された10mm以上のHPとSSLおよびそれらにdysplasiaや癌を伴った病変を対象とし,診断に有用な所見を検討した.病変サイズが大きいほどSSLの割合が増加し,またdysplasiaや癌を有する割合も増加した.HPとSSLの鑑別については,両者の鑑別に有用と言える内視鏡所見はなかった.dysplasiaや癌の有無については,病変サイズ,二段隆起,腫瘍性JNET(Type 2A, 2B, 3)が有意に関連し,特に15mm以上で二段隆起もしくは腫瘍性JNETのいずれかを認める場合は診断率が高く,有用と考えられた.

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要旨●過形成性ポリープからの癌化はserrated neoplastic pathwayと称される.鋸歯状病変の取り扱いについてはさまざまな意見があるが,筆者らの検討では明らかな腫瘍化,特にSSA/Pにおけるcytological dysplasiaの発見には,通常内視鏡検査での二段隆起・結節,発赤の存在,さらには拡大内視鏡検査でのJNET分類,pit pattern分類を用いた腫瘍所見の存在が有用であり,これらの所見は大腸鋸歯状病変の治療適応の判断に大きく寄与すると思われる.また,超拡大内視鏡やAIなど新たな内視鏡診断ツールの拡充に期待する.

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要旨●当院では以前よりSSA/Pに対して内視鏡検査による詳細観察を行い,悪性化のポテンシャルを有するとされているSSA/P with cytological dysplasia,または内視鏡治療適応内のcancer in SSA/Pまでの段階で診断することを目指し,原則そのような病変のみを治療の対象としている.今回SSA/Pと診断し,経過観察後,治療した55病変を検討したが.内視鏡所見の変化に着目し,切除適応病変を判断することで全例適切に内視鏡治療にて根治切除可能であった.後ろ向きの,かつ限られた条件での検討であったが,SSA/Pの癌化率は高くはないこと,SSA/P with cytological dysplasia,cancer in SSA/Pへの変化は内視鏡所見にて診断可能であることが多く,経時的に経過観察が可能な場合は内視鏡診断にて必要な病変のみ治療する方法も選択肢の一つと考える.

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要旨●筆者らは,管状の腺腫様腺管から構成され,表層に限局した鋸歯状構造を伴う,既知の病変に分類困難な大腸ポリープの一群を見い出し,これらをSuSAとして報告した.SuSAは特徴的な病理組織像に加え,KRAS変異+RSPO融合/過剰発現という遺伝子異常を高頻度に有することから,分子病理学的観点からも均質かつ特徴ある鋸歯状病変の独立した亜型と考えられる.また,SuSAは鋸歯状腺腫(TSA)と共通の遺伝子異常を有し,また,TSAの約12%に伴って認められたことから,SuSAはTSAの前駆病変であると考えられる.

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要旨●大腸TSAの亜型として,近年,粘液豊富な杯細胞を特徴とするMR-TSAが提唱された.MR-TSAは,好酸性の吸収上皮細胞と比較して杯細胞が全体の50%以上を占めるものと定義される.臨床病理学的には,MR-TSAは通常型TSA(C-TSA)同様に男性優位で,左側大腸に好発する.粘液形質ではC-TSAは大腸型を示す一方で,MR-TSAは高頻度に胃腸混合型を示す.β-catenin核内発現は一部で認められ,MLH1発現は保持されている.遺伝子変異解析では,MR-TSAは高頻度にBRAF変異を認め,逆にKRAS変異は少ない.これらの所見は,MR-TSAがBRAF変異陽性のmicrosatellite stableを示す大腸癌の前駆病変となる可能性を示唆している.

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要旨●近年大腸に鋸歯状腫瘍の多発するSPSの報告が散見されるようになってきた.筆者らは当院で経験したSPSについて発生率や臨床病理学的所見,予後の検討を行った.33例のSPS患者を経験し,発生率は0.06%であった.癌は5例に認め,2例はT1以深癌であった.経過観察症例で,Tis癌を1例に認めたが,内視鏡治療にて根治可能であった.手術拒否の原病死を1例に認めたが,その他の死亡例がないことから,SPSは大腸癌の高リスク疾患ではあるものの,適切な治療計画とサーベイランスによって,疾患のコントロールが可能であることが示唆された.

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要旨●患者は40歳代,女性.血便を主訴に近医を受診し,下部消化管内視鏡検査にて上部直腸(Ra)に径約35mmのLST-GMを認めた.本病変は辺縁に平坦部分を伴い複数の分葉構造を呈し,拡大所見では平坦部分は鋸歯状構造を伴ったII型様pitで構成されていたが,既存の分類には合致しない鋸歯状病変と考えられた.病変の大部分を占める中心の隆起部ではIV型pitを主体としcytological dysplasiaを疑った.病理組織像では平坦部の表層部分にわずかに鋸歯状構造は認めるが,深部はうねった管状腺管で腺腫様であり,免疫染色Ki-67では陽性細胞が散在し腺腫や既存の鋸歯状病変にも当てはまらない組織像であった.一方,隆起部では鋸歯状変化を呈するTSA様の領域と,絨毛状の形態をとりtubulovillous adenomaと考えられる領域が混在していた.また,隆起部の粘膜深部に細胞異型,構造異型が強く,腺管が密に増殖した領域があり,同部位でp53,Ki-67がびまん性の陽性を示しtub1相当の腺癌(Tis)と診断した.遺伝子解析では平坦部,隆起部いずれもKRAS変異陽性(G13D)で一連の病変と考えられた.本症例は内視鏡所見や免疫染色,遺伝子解析結果から既存の分類に当てはまらない鋸歯状病変を基盤として発育進展した病変と考え,ここに報告する.

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要旨●患者は70歳代,女性.横行結腸癌の術前評価目的に行った下部消化管内視鏡検査で,上行結腸に10mm大の中心部に陥凹を伴う隆起性病変を認めた.隆起の立ち上がりは急峻で,中心部の陥凹の左側と比較して右側に一段高い隆起を認めた.色素拡大観察では陥凹内部は無構造でVN型pit,陥凹右側の隆起部で鋸歯状変化を伴うIV型pit,開II型pitを認めた.鋸歯状病変由来のSM深部浸潤癌を疑ったが小病変であり,EMRでの一括切除を施行した.病理組織学的には内分泌細胞癌(神経内分泌癌)の成分が主体であり,右側の隆起部に一致して鋸歯状腺腫と高〜中分化管状腺癌の併存を認め,鋸歯状病変由来の内分泌細胞癌と診断した.本邦からの鋸歯状病変由来の早期大腸内分泌細胞癌の既報はなく,非常にまれな症例と考え報告する.

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Introduction

山野 本号は「大腸鋸歯状病変の新展開」ということで,本誌ではしばしば鋸歯状病変に関して特集されていますが,大腸鋸歯状病変,さらにはSSA/P(sessile serrated adenoma/polyp)に関しては概ね市民権を得ており,多くの内視鏡医が知っている病変であると思います.SSA/PはMSI(microsatellite instability)陽性大腸癌の前駆病変であろうと分子生物学的にも解析が進んでおり,adenoma-carcinoma sequence,de novo pathwayに次ぐ第三の発癌ルートserrated neoplastic pathwayとしてmalignant potentialも高いのではと考えられています.

 一方,実臨床では鋸歯状病変,特にSSA/Pは本当に悪性度が高いのかという疑問があります.これまで長い間,SSA/Pは過形成性ポリープと見分けがつかず,非腫瘍として扱われ放置されてきた歴史,むしろadenomaのほうが前癌病変として問題であると考えられてきた歴史があります.

早期胃癌研究会

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 2019年7月の早期胃癌研究会は,7月26日(金)にベルサール高田馬場で行われた.司会は丸山(藤枝市立総合病院消化器内科)と蔵原(松山赤十字病院胃腸センター),病理を根本(昭和大学横浜市北部病院臨床病理診断科)が担当した.忘れられない1例シリーズのレクチャーでは「Light blue crestを認めた1例」を上堂(大阪国際がんセンター消化管内科)が担当した.

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目次

欧文目次

早期胃癌研究会 症例募集

「今月の症例」症例募集

次号予告

編集後記 田中 信治
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 大腸鋸歯状病変が注目を浴びてきたのは,ここ十数年のことである.中でも,SSA/P(sessile serrated adenoma/polyp)はMSI(microsatellite instability)陽性大腸癌の前駆病変として臨床的にはその存在診断,質的診断から治療の是非までが論議され,病理・遺伝子学的には遺伝子解析結果をもとにした組織診断基準に収束する傾向も認められているものの,まだまだ完全に一般化しているとは言い難い.また,本邦の大腸腫瘍の取り扱いの指針である「大腸癌取扱い規約」(第9版,2018年発刊)では,SSA/Pは現在も“腫瘍”には分類されておらず,“腫瘍様病変”の項目に置かれていることは早急に訂正すべきである.

 ところで,SSA/Pの起源が過形成性ポリープと示唆されている背景や,SSA/Pと過形成性ポリープの鑑別が困難になってきたことを理由に,2019年にWHOより大腸鋸歯状病変に対する病理診断基準が新たに提唱され,SSA/Pの名称がSSL(sessile serrated lesion)に変更された.さらに,過形成性ポリープのうち拡張腺管が1つでもあればSSLとすると定義が変更された.一方,本邦では,大腸癌研究会プロジェクト研究においてSSA/Pの病理診断基準が検討され,2011年以降,本邦独自の病理診断基準が大腸癌取扱い規約に記載されている.本基準は,①陰窩の拡張,②陰窩の不規則分岐,③陰窩底部の水平方向への変形(逆T字,L字型腺管の出現)の3項目のうち2項目以上を病変の10%以上の領域に認めるものをSSA/Pと診断するというものである.本邦の多くの病理医は,大腸癌取扱い規約に従って病理診断していると推察される.最近SSLという用語を使用している内視鏡医も多いが,自施設の症例がどのような基準で病理診断されたのかを理解しているのであろうか? ぜひ,一度確認していただきたい.

基本情報

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胃と腸
55巻13号 (2020年12月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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