胃と腸 55巻12号 (2020年11月)

今月の主題 高齢者早期胃癌ESDの現状と問題点

序説

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 “1% barrier”という言葉をご存じだろうか.

 T1a(M)の早期胃癌の外科的切除後の疾患特異的5年生存割合が99%であるという報告をもとに1),リンパ節郭清を伴わない内視鏡的切除の対象は,転移の危険性が1%未満であることを求められるようになった.そこで専門家の間では,これを俗に“1% barrier”と呼んでいた.

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要旨●80歳以上の高齢者の早期胃癌の病理学的特徴を明らかにする目的で,内視鏡的に切除された232例250病変,外科的切除された74例86病変を対象として,80歳以上の“高齢者”と79歳以下の“非高齢者”に分類して臨床病理学的所見を比較検討した.その結果,高齢者で女性患者比率の増加,隆起型の増加が有意に認められた.また,外科的切除症例で組織型に低分化腺癌の比率が増加する傾向がみられた.進行癌と比較すると,高齢者早期胃癌は分化型癌の比率が極めて高かったが,組織混在型の出現に年齢との関連はみられなかった.今回の検討で高齢者にみられた特徴は,従来の高齢者(65歳以上)の特徴として知られている所見(幽門部発生,隆起型,分化型癌,多発癌の増加,低リンパ節転移)とほぼ同様であり,その特徴がより明瞭になる傾向にあった.

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要旨●本稿では,高齢者早期胃癌に対するESDの治療成績について,偶発症を中心に検討を行った.高齢者では併存疾患が多く,年齢別の偶発症の発生頻度は高い傾向を認めるが有意差はなかった.内視鏡治療自体は可能で,偶発症が生じなければ非高齢者と同程度の入院期間で対応可能である一方,ひとたび偶発症が生じると,より長期の入院を必要としていた.アスピリン,シロスタゾール以外の抗血栓薬では出血時期が遅延し,ヘモグロビン減少量が多く,特に留意が必要と思われる.

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要旨●内視鏡的切除術相対適応のcT1早期胃癌に対しては外科手術が標準治療であるが,年齢や併存症などの理由により内視鏡的切除を選択することが許容されている.しかし,これらの治療成績に関する報告は少なく,治療選択やその効果に関するコンセンサスは十分得られていない.今回,筆者らは80歳以上の高齢者の相対適応cT1早期胃癌に対するESDと外科手術の治療成績について検討した.治療後の病理組織学的診断結果がeCure A,B,C-1に該当した病変は全体の12.2%にみられた.ESDでeCure C-2となり経過観察した症例では,全死亡例のうち胃癌死の割合は23.5%であった.一方,初回外科手術を行った症例でも全死亡例の20.5%に胃癌死を認めた.最終的にESDのみを施行した場合と外科手術を施行した場合を比較した検討では,両群の生存曲線に有意差はなく,生存に寄与する術前の予後予測因子として性別とPNIが抽出された.高齢者においては,根治度以外の要素が長期生存に影響するため,それらも加味して治療方針を判断する必要がある.

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要旨●高齢早期胃癌患者に対する内視鏡治療の適応に関して,十分な知見は得られていない.今回,当院で内視鏡治療を施行した80歳以上の早期胃癌患者158例を対象に検討を行った.年齢中央値は82歳,治療5年後の予後補足率は84.8%であった.観察期間中に42例の死亡を認め,胃癌死は遠隔転移再発の4例のみであった.5年時点の全生存率は76.3%で,患者・病変因子において解析を行った結果,“PNI<48.1”が独立した生命予後不良因子として抽出された.適応に関して,現時点では明確な結論を導くことはできないが,今後,栄養状態を含めた患者因子,および早期胃癌の自然史を含む病変因子のさらなる検討を行い,総合的に判断できる指標の開発が重要であると考える.

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要旨●日本胃癌学会の登録事業によるデータ集積から高齢Stage I胃癌患者の手術成績を解析した検討では,年齢階級が上がるにつれて5年全生存率は下がっていき,47.0〜93.1%の幅がある.一方,疾患特異的5年生存率は91.4〜98.2%であり,それほど下がらないことが示された.また,当院で高齢Stage I胃癌患者をE-PASSを用いて検討した結果,CRS高値群で有意に予後不良であった.また,多変量解析では,CRSは独立した予後因子であった.高齢早期胃癌患者では他病死を考慮に入れた場合,ある程度のリンパ節転移は予後に影響しないと考えられ,ESDによる局所治療拡大につながる.また,E-PASSは予後不良患者の選択に有用と考えられた.

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要旨●高齢者早期胃癌ESDの適否判断のため,予後や偶発症に関連する患者背景因子について検討した.対象は,80歳以上の初発早期胃癌,ESDによる内視鏡的根治度A/Bの199症例.多変量解析で,性別,performance status,PNI(prognostic nutritional index),肝硬変,推算糸球体濾過量は,ESD後全生存の関連因子であり,治療適応評価の指標となると考えられた.PNIのカットオフ値を45.5(第1四分位数)とした場合,全生存の差が有意であった.また,身体的,社会的な患者背景は偶発症にも関連しており,これら因子の十分な評価が,高齢者ESDの適否判断に重要と考える.

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要旨●高齢患者においても,現行ガイドラインの内視鏡治療絶対適応・適応拡大規準を満たさない早期胃癌に対する標準治療は外科的胃切除であるが,偶発症やQOL低下,手術を完遂できてもそのベネフィットを享受できないまま他病死しうるといった問題を伴う.そのため,高齢早期胃癌患者に対するESD新規適応規準を作成する意義は大きい.そこで,高齢者ESD新規適応規準案を作成し,その妥当性を検証する,多施設共同臨床試験(JCOG1902)を開始した.本試験で,ESDを行う試験治療の,標準治療(手術)に対する非劣性が証明されれば,新規適応規準を満たす早期胃癌を有する高齢患者に,ESDを最初に行う治療オプションが生まれることになる.

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要旨●患者は80歳代,男性.右季肋部痛を主訴に近医を受診したところ,MRIで右第5,6肋骨に骨腫瘍を疑われた.精査の結果,多発性骨髄腫と診断された.上部消化管内視鏡検査で胃体下部小彎側に30mm大の陥凹性病変を認め,生検で胃癌と診断された.台状挙上所見陽性で,深達度はcT1bと診断した.多発性骨髄腫の治療を優先して行うこととなり,胃癌は無治療で経過観察の方針となった.病変は12か月後に50mm,16か月後に80mm程度まで増大し,噴門部から胃角部まで進展していた.陥凹内および辺縁隆起の厚みもさらに増しており,cT2以深と診断した.1年4か月で早期胃癌から進行胃癌に進展した症例を経験した.

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要旨●患者は,97歳の女性.上部消化管内視鏡検査(EGD)にて胃噴門直下小彎に約10mm大の0-I型早期胃癌を指摘された.生検病理組織学的診断では,胃型の低異型度分化型癌を疑う所見であった.認知症の既往がある超高齢者であることから未治療経過観察とされた.以後,不定期にEGDを施行し病変を経時的に観察した.発症後100か月の時点までは,内視鏡的に粘膜内癌の所見であった.107か月後にはSM浸潤癌の所見を認め,115か月後には進行癌のEGD所見を呈した.EGD発見時より123か月後に老衰のため死亡した.発見時より100か月の期間は粘膜内癌で経過したが,SM浸潤の所見を呈した後,比較的短期間のうちに進行癌の所見を呈するに至った.超高齢者早期胃癌症例に対して,治療を施行せず長期間,病変と患者の予後を含めた経過を観察し報告した.

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はじめに

 早期胃癌に対する内視鏡的粘膜下層剝離術(endoscopic submucosal dissection;ESD)は,その低侵襲性により耐術能の低い高齢者に対しても適応しやすい手技として認識されている.しかし,主な偶発症として挙げられる後出血は抗血栓薬の服用が危険因子の一つとされ,抗血栓薬の服用頻度の高い高齢者においては特に留意すべきものである.一方で,抗血栓薬休薬による血栓塞栓症のリスクも看過できず,安易な休薬は極めて重篤な合併症の引き金になりかねない.したがって,抗血栓薬服用者に対する胃ESDにおいては,抗血栓薬を継続することで可能な限り血栓塞栓症のリスクを回避しつつ,後出血のリスクを極力低減することが理想となる.

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要旨●患者は30歳代,男性.X年3月より上腹部痛と水様性下痢が出現し,前医で行われたEGDで胃の潰瘍性病変を認めた.病変部の生検でMALTリンパ腫が疑われ,当院に紹介となった.全身CT,PET-CTでは頭頸部と腹腔内のリンパ節腫大が確認された.上下部消化管内視鏡検査では胃前庭部の広範な潰瘍性病変と上行結腸・横行結腸にびらんを認め,生検ではMALTリンパ腫と非特異的炎症の診断に分かれた.血清梅毒反応が陽性となり,生検組織の免疫組織化学染色にて多数のT. pallidum菌体が確認されたことから胃・大腸梅毒と診断した.MALTリンパ腫との鑑別が問題となり,胃と大腸病変を呈した消化管梅毒の症例であった.

追悼

渕上忠彦先生を偲んで 小林 広幸
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 私の形態診断学の恩師であり,1990年4月〜2004年3月まで本誌の編集委員を務めておられた渕上忠彦先生が2020年6月12日に逝去されました.

 あまりにも突然の訃報で,感情が追いつきませんでした.

渕上忠彦先生を偲ぶ 蔵原 晃一
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 私の恩師であり,1983年から松山赤十字病院消化器科部長・胃腸センター所長,2003〜2014年まで病院長を勤められた,当院名誉病院長 渕上忠彦先生が2020年6月12日に逝去されました.私は2002〜2014年まで11年間にわたりご指導いただきました.

 渕上先生は九州大学医学部第二内科(現 病態機能内科学)時代から消化管形態診断学の診療と研究に専心され,特に,胃癌のX線・内視鏡診断の先駆者のお一人と伺っております.同教室で消化器研究室主任を務められた先生は,1980年4月,当院消化器科部長として赴任し,内科から分離・独立した「消化器科」の診療体制を立ち上げたのち,1981年4月にいったん大学に戻られましたが,1983年7月,再度部長として赴任し「胃腸センター」所長に就任されました.

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目次

欧文目次

早期胃癌研究会 症例募集

「今月の症例」症例募集

次号予告

編集後記 平澤 大
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 紹介状を持った患者さんが外来を訪れた.娘さんに介助され足取りはおぼつかない.耳も遠いから受け答えもままならない.患者は80歳代,男性.一見“手術は難しそうだな”という印象を受ける.胃癌はSM癌の可能性あり.“ESDは可能だけども通常は手術かな,でも耐えられるだろうか?”という疑問を抱く.術前検査では意外にも心機能や呼吸機能は良好で,“手術に耐えられそうだ!”と一安心.ご家族に手術をお勧めすると,怪訝な表情をされている.“うちのお爺ちゃん,手術なんか耐えられるの?”と思っているのだろう.お爺ちゃんは“この年になって切腹は勘弁してくれ!”と言っている.

 このような状況に時々遭遇する読者もいるのではないだろうか.選択肢は,①経過観察,②cN0なのでESD,③説得して外科的切除.患者さんとご家族と,とことん話し合っていずれかを選択するのだが,どれを選んでも正しい答えはわからない.

基本情報

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胃と腸
55巻12号 (2020年11月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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