胃と腸 51巻6号 (2016年5月)

今月の主題 Helicobacter pylori除菌後発見胃癌の内視鏡的特徴

序説

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はじめに

 “除菌後胃癌”が近年,学会や研究会で取り上げられるようになった.それは“除菌後の胃癌発生は抑制されると期待していたにもかかわらず発生してくる胃癌はどのような癌なのか?”という探究心からと思う.しかし,この“除菌後胃癌”には“除菌後に新たに発生した胃癌”と“除菌前にも存在していたが除菌後に発見された胃癌”が含まれている.除菌が行われるようになってからの年月を考えると,現時点で診断されている“除菌後胃癌”は後者が大部分と考えられるが,それぞれの症例についてどちらなのかを正確に決定するのは不可能に近い.そして,“除菌後胃癌”は“除菌後に新たに発生した胃癌”と考える読者も多いと思われる.それらの実情を考慮して,本特集では“発生の除菌前後を問わず,発見が除菌後である胃癌”を検討するという意味で“除菌後発見胃癌”という言葉を採用した.

 それでは,胃癌が発生してから除菌が行われると,胃癌の内視鏡像は変化するのであろうか.また,病理組織像も従来の胃癌とは異なるのであろうか.本特集の目的はその点を明らかにすることである.大部分の胃癌はH. pylori(Helicobacter pylori)感染による炎症の中で発生し発育する炎症癌である1).除菌でH. pyloriが陰性化した時点で炎症は消退する.既に潜在癌や見逃し癌が存在していた場合,それらの癌は炎症という環境の中で発育・進展していたが,炎症が消失することによって以前とは異なる環境の中で発育・進展することになる2).その変化の影響を受けることは十分考えうる.そして癌を取り巻く非癌腺管や癌と非癌腺管の相互関係にも変化が生ずるであろう.

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要旨●除菌後発見胃癌を,H. pylori除菌治療成功後の胃粘膜に見つかった癌腫と仮に定義し,これに合致する31例34病巣とその周囲粘膜の病理組織像ならびに細胞形質について検索した.その検索結果は以下のように要約された.大きさ20mm未満の,胃腸混合型形質を有する,置換性発育型の高分化管状腺癌が多く,その細胞異型度は高低さまざまであった.また,粘膜内癌の表層には,腺窩上皮主体の形態・形質を示す非癌上皮が,種々の程度に不規則・モザイク状に介在していた.そして,癌巣周囲粘膜は,形質細胞主体の炎症細胞浸潤を伴った慢性萎縮性胃炎の組織像を呈し,胃腸混合型形質を有する不完全型腸上皮化生が目立った.以上の特徴の指摘とともに若干の病理組織学的考察を加えた.

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要旨●H. pylori感染胃炎に対する除菌治療が2013年2月に保険認可された.現在,除菌による胃癌の予防が期待されているが,その一方で除菌後に胃癌が発見される症例も臨床上少なくない.除菌後10年未満と除菌後10年以上で発見された症例での臨床的特徴を比較検討した結果,10年以上で発見された胃癌は腫瘍径20mm大以下の比較的小さな病変であり,2次癌の比率が有意に高率であった.共通する特徴として,両群共に非噴門部領域に発生する0-IIc型病変を中心とした分化型早期癌であり,胃体部には高度な萎縮性変化を伴っていた.このような症例では,除菌から長期が経過しても胃癌発生のリスクが残存することを理解しておくことが重要である.

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要旨●Helicobacter pylori除菌治療により,胃腫瘍には特異的な形態変化が生じる.既知の胃腫瘍症例に除菌治療を行ったところ,除菌後約1か月において,内視鏡的に表面隆起型腫瘍は平坦化,不明瞭化した.さらに,病理組織学的にも特異的変化が惹起された.腺腫表層には正常腺過上皮に極めて類似した上皮が高頻度に出現し,癌組織においては,表層に軽度の異型性を示す上皮が正常非腫瘍上皮とともに出現することが明らかとなった.これらの上皮の由来に関しては現時点では不明であるが,腫瘍組織が除菌治療により分化(非腫瘍化)して生じる可能性も否定できない.

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要旨●除菌後に発見された早期胃癌87症例103病変に対してNBI拡大内視鏡観察を行い,乳頭・顆粒・畝状構造を示すA群と腺管開口構造・他を示すB群に分けて検討した.B群に比べてA群は表面微細構造が胃炎に類似する診断困難な病変が多かった.このうち,小腸型粘液形質を有する病変は,胃体部に多く表層分化所見を認め,完全型(小腸型)腸上皮化生粘膜との鑑別が必要であった.前庭部〜胃角部の胃炎類似病変の多くは胃腸混合型形質を有し,表層で腺窩上皮様分化あるいは非腫瘍性上皮の被覆を認めた.内視鏡所見や病理所見と除菌後期間に関連性はないが,内視鏡治療前に除菌治療を行うと,表層非腫瘍性上皮を伴う顆粒状構造が短期間で出現することがあり注意を要する.

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要旨●2013年4月〜2014年3月までの間に,当院でESDを施行した症例中,除菌後発見胃癌症例166例の検討を行った.臨床的には陥凹型,分化型が多く,除菌後5年未満,5年以上に分けると,5年以上で発見された病変サイズは小さい傾向にあった.さらに,レトロスぺクティブに画像の解析が可能であった分化型優位の140例について検討を行った.術前にNBI拡大内視鏡検査にて範囲診断を施行し,ESDを行った結果,病理学的に水平断端陽性,もしくはマーキング上に病変範囲が乗っていた範囲誤診例だった症例は,5年未満で79例中1例(1.3%),5年以上で61例中3例(4.9%)と5年以上の症例で多かった.画像の検討が可能であった140例は,除菌後5年未満が79例,5以上〜10年未満が38例,10年以上が23例であった.NBI拡大内視鏡検査での胃炎様所見は,5年未満で34例(43.0%)にみられ,5年以上で25例(41.0%)であった.さらに,5年以上を5〜10年と10年以上に分けた場合,5〜10年で13例(34.2%),10年以上経過例では12例(52.2%)であり,10年以上で高い傾向を示した.病理組織学的に表層の非癌上皮が確認できた症例は,5年未満で27例(34.2%),5〜10年で8例(21.1%),10年以上で8例(34.8%)であった.今回の検討では除菌後長期例での胃炎様変化の出現率が高かった.

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要旨●除菌後発見胃癌24例と対照群47例において,通常光観察とNBI拡大内視鏡観察における胃炎様模様と,組織における非腫瘍上皮の被覆の程度について検討した.除菌群で胃炎様模様,非腫瘍上皮の被覆が多くみられた.また,内視鏡像で胃炎様模様を呈する症例の9割以上に組織で非腫瘍上皮の被覆がみられ,癌腺管とモザイク状に混在していた.内視鏡像での胃炎様模様,病理組織像でのモザイク状の混在は除菌後発見胃癌の存在・範囲診断を困難にする要因であるが,背景粘膜とは異なる領域性を有する胃炎様模様に着目し,NBI拡大内視鏡観察で背景粘膜と病変内部の表面構造を詳細に比較し,“形状不均一”や“方向性不同”に注目することで存在・範囲診断をすることは可能である.

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要旨●胃癌の危険因子として,H. pyloriの他に喫煙などが報告されており,異時性多発胃癌に対しても喫煙の関与が報告されている.本検討では,早期胃癌内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)後のH. pylori除菌患者を対象とし,年齢,性別,BMI,現喫煙,現飲酒,内視鏡的萎縮について,異時性多発胃癌発生関連因子を検討した.その結果,“60歳以上”,“現喫煙”が独立危険因子であり,喫煙は総量依存性に関連していた.よって,上記リスク患者では,早期胃癌ESD後除菌してからも異時性多発胃癌検索のためのより慎重な内視鏡サーベイランスが必要と考えられた.

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要旨●早期胃癌に対する粘膜下層剝離術(ESD)後の異時性多発胃癌リスクは,除菌により軽減するものの,0にはならず5年間の累積発生率は15%にも及ぶ.しかし,サーベイランスの方法を個別化するためのリスク評価方法はいまだ確立していない.横断研究により胃癌で認められるDNAメチル化異常は非癌部粘膜にも認め,その程度(メチル化レベル)は胃癌発生リスクと相関した.昨年,ESD後異時性多発胃癌において,メチル化レベルの発癌リスクマーカーとしての有用性が多施設前向き研究により示された.現在,H. pylori除菌後患者を対象とした多施設前向き研究が開始され,メチル化レベルによるリスク層別の実用化をめざしている.

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要旨●患者は60歳代,男性.1年前にH. pylori除菌が成功.胃X線健診を機に近医で胃癌と診断されため,当院に紹介され受診となった.当院の上部消化管内視鏡検査では病変は胃体下部小彎に認め,粘膜は淡く発赤しており,境界は不明瞭であった.NBI併用拡大観察では,病変中央部の表面微細構造と微小血管構築像はirregularであり,癌と診断することは容易であった.しかし,特に口側境界では,表面微細構造は均一でirregularityに乏しく,微小血管構築像の所見より正確に境界診断が可能であった.ESDにて一括切除を行い,病理組織学的所見では病変口側の表層は非癌粘膜が被覆していた.H. pylori除菌後に発見される胃癌は質的診断や境界診断が困難であるとされ,そのことを念頭に置いて注意深い観察が必要であると思われる.

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要旨●患者は70歳代,女性.13年前にH. pylori除菌治療を受けていた.検診目的に施行された上部消化管内視鏡検査にて異常を指摘されたため,当院へ紹介され受診となった.通常内視鏡にて胃体中部前壁に3mm大の褪色調の扁平隆起を認めた.NBI拡大観察では,腫瘍の境界は明瞭で内部の顆粒状構造と微小血管に不整像がみられたため,早期胃癌と診断した.ESDを施行し,病理組織学的診断では,3×3mm,tub1,pT1a,ly(−),v(−),HM0,VM0であった.免疫組織化学染色像で腫瘍はMUC5AC陽性細胞が主体であり,腺窩上皮型の低異型度高分化管状腺癌と診断された.本症例は除菌後発見胃癌の初期像の1例と考えられた.

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患 者

 70歳代,女性.

現病歴

 慢性心不全で治療中の定期検査で貧血の進行を認めた.精査の下部消化管内視鏡検査で,横行結腸に陥凹を伴う径約10mmの発赤した隆起性病変を指摘された(Fig.1).

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 「私の一冊」というタイトルであるが,①②の二冊となることをお許しいただきたい.私は1986年に“病理医”という響きに魅力を感じ,病理学講座に入局した.消化管病理を専門とする教室であったが,研究(実験)に軸足があり,私の憧れた世界とは少し趣が異なっており,悶々とした日々を送っていた.ある日「胃と腸」という雑誌があることを知り,その母体となっている早期胃癌研究会に参加する機会があり“これだ!”と思ったが,私の育ってきた文化とは全く異なっており,別世界であった.1989年に“胃型腺癌”という研究テーマを,留学先のドイツでは1996年に“胃型腺腫”という宿題を与えられ,こつこつと実績を積み重ねてきたが,2003年当時の編集委員の目に留まったらしく,「胃型分化型早期胃癌の分子生物学的特徴」(38巻5号,pp. 707-721, 2003)と「胃腺腫の病理診断─特に胃型(幽門腺型)腺腫について」(38巻10号,pp. 1377-1387, 2003)という依頼原稿が立て続けに舞い込んだ.それまで,ボスに対する依頼原稿や病理診断アンケートなどに対してゴーストライターとして執筆・参加したことは何度かあったが,自分自身に対する直接の原稿依頼は初めての経験であり,大変うれしく,これらの特集号で私がこの業界にメジャーデビューしたと言っても過言ではない.

 現在,早期胃癌研究会などで,胃型の形質を呈する(特に低異型度の)分化型癌が当たり前のように提示されているが,かつて,胃分化型癌は“腸上皮化生から発生する腸型腺癌”であるというのが定説であった.①は臨床的・病理学的に胃型腺癌が市民権を得るのに大きな役割を果たしたと思っている.一方,②で私たちは“胃型腺腫(幽門腺腺腫)”なるものを初めて紹介した.極めてまれなものとされていたが,報告される症例が散見されるようになり,徐々に認知される病変になってきた.

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要旨●患者は70歳代,男性.大腸内視鏡検査にて横行結腸に病変を指摘され,当科へ紹介となった.注腸X線造影検査にて横行結腸肝彎曲近傍に陥凹性病変を認めたが,SM深部浸潤を示唆する所見に乏しかった.大腸内視鏡検査では病変の陥凹内にわずかな隆起と緊満感を認め,クリスタルバイオレット染色拡大観察ではVI型高度不整のpit patternを示し,SM深部浸潤が疑われた.EUSでも第3層の菲薄化が疑われ,SM深部浸潤を疑う所見であった.完全摘除生検目的としてESDを施行した.術後標本でも深達度診断に苦慮する症例であったが,マイスナー神経叢を同定し,SM浸潤距離を推定する方法を施行した.

消化管組織病理入門講座・16

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はじめに

 大腸ポリープの約80%は腫瘍性病変(腺腫,腺癌)であり,非腫瘍性病変のほうが頻度は少ないが,より多彩な疾患が含まれている.本稿では,鋸歯状病変を除いた大腸非腫瘍性ポリープを列挙し,その組織像を概説する.

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欧文目次

「今月の症例」症例募集

早期胃癌研究会 症例募集

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胃がんに対する化学療法の流れと実践を網羅

 近年,化学療法は目覚ましく進歩しつつあるが,切除不能・再発胃癌に対して化学療法だけで治癒を得ることは難しい.そのため,緩和的化学療法の目的は,「できるだけ普段に近い時間を,少しでも延ばす」ことであるともいえる.この「普段に近い時間」という意味において入院か外来かの違いは大きく,がん診療にかかわる多くの医療機関において外来治療センターが整備され,専門のスタッフが配置されている.ただし,外来治療によって医療の質や安全性が低下することは許されず,医療スタッフの目が届かない自宅でのセルフケアができるようにするための患者教育や緊急対応などのチーム医療が重要であることはいうまでもない.これまでも「いかに外来治療の質や安全性を確保するか」について多くの提案がなされてきたが,その実践のために患者1人にかけなければいけない時間が増える一方である.しかし,各医療機関のスタッフ数や場所や時間には限界があり,今後は「いかに質を落とさずに業務を効率化するか」についても今後検討されなければならないことは間違いない.さらには,医療には「これでいい」などの妥協による終点はなく,外来治療も進歩し続けなければならない.そのため,「明日の目標」について考え,新たな業務を実践するためには,余裕を持つことが必須であり,そのためには現在の業務を効率化することを最初に考えなければならない.

 本書『これだけは知っておきたい 胃がん外来化学療法へのアプローチ』は,胃癌の疫学から始まり,切除不能・再発胃癌だけでなく術前術後の化学療法が整理され,それぞれの現時点における標準的な化学療法レジメンだけでなく,現在第III相比較試験が行われている新規薬剤についてまで説明されている.さらには,外来化学療法について,患者からの視点から見た注意点や対応方法や緩和医療,代替療法まで言及されている.このように本書は網羅的ではあるが,それぞれの項目において「これだけは知っておきたい」重要なエッセンスがしっかりまとめられており,一読するだけで胃癌に対する化学療法の流れと実践を知ることができると思われる.

学会・研究会ご案内

次号予告

編集後記 大倉 康男
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 本誌47巻11号で,「Helicobacter pylori除菌後の胃癌」というタイトルで特集が組まれている.Helicobacter pylori除菌後の胃癌の特徴が捉えられはじめた時期の企画である.その後,除菌後発見胃癌の臨床病理学的特徴が検討され,発見が難しい胃癌が少なくないことが明らかにされてきている.本特集ではそのような除菌後発見胃癌の内視鏡的特徴をテーマとして企画している.八木の序説にあるように,除菌後発見胃癌の形態学的特徴を内視鏡的ならびに病理組織学的に明らかにすることを目的にしている.

 除菌後発見胃癌の臨床的特徴は,鎌田らが春間らの研究を推し進め,除菌後10年未満と10年以上を比較して示している.本特集の他の研究者も同様の結果を述べているが,“20mm以下,体中部から下部,陥凹型,分化型癌”がキーワードである.多数の症例が例示されており,診断の参考になるものである.除菌後発見胃癌発生の危険因子として,八田らは喫煙が総量依存的に関係していると報告している.また,DNAメチル化異常の点から,除菌後発見胃癌のリスク層別化を図ろうとする中島らの論文は興味深いものである.さまざまな観点から除菌後発見胃癌のリスク因子が検討されていることを知ることができ,勉強になった.

基本情報

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胃と腸
51巻6号 (2016年5月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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