胃と腸 47巻11号 (2012年10月)

今月の主題 Helicobacter pylori除菌後の胃癌

序説

Helicobacter pylori除菌後の胃癌 赤松 泰次
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はじめに

 近年,Helicobacter pylori(H. pylori)感染と胃癌の深い因果関係が,疫学調査や動物実験だけでなく,臨床研究においても明らかとなった.さらに,除菌治療を行うことによって胃癌の発生が抑制されることが,動物実験や臨床研究において証明されている.しかし,除菌治療後に胃癌が発見される症例も少なくない.除菌治療を行う症例が増加しつつある現在,除菌治療後に発生する胃癌の臨床病理学的特徴を理解しておくことは極めて重要である.

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要旨 H. pylori感染は胃癌発生の最も重要な因子であり,除菌による胃癌発生の予防が期待されている.しかしながら,除菌成功後に胃癌が発見されることも経験される.今回,多施設で,除菌後10年以上の経過で発見された26症例の胃癌の集計を行った.除菌成功後に発見された胃癌の臨床的特徴は,男性に多く,非噴門部領域に発生する潰瘍形成のない0-IIc病変を中心とした分化型早期癌であり,除菌前に胃体部に萎縮性胃炎を伴っていた.7例が外科的に切除され,19例が内視鏡的に治療されていた.早期胃癌の内視鏡切除後,胃潰瘍,萎縮性胃炎など,胃体部に萎縮を認める症例では除菌成功後においても胃癌発生のリスクがあるため,除菌後も内視鏡検査による注意深い経過観察が必要である.

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要旨 当院の早期胃癌ESD症例のうち,Helicobacter pylori(HP)除菌1年後以降に発見された症例32名36病変(除菌後胃癌)と除菌前に発見された34名40病変(除菌前胃癌)について,形質発現を含む癌の臨床病理学的所見と背景胃粘膜の所見を比較検討した.除菌前胃癌に比べ,除菌後胃癌は有意に小さく(20.4±16.8mm vs. 9.4±7.1mm,p<0.01),低異型度・高分化腺癌が多く(9/40病変vs. 21/36病変,p<0.01),Ki-67陽性細胞が局在した腫瘍が多かった(11/39病変vs. 22/36病変,p<0.01).形質発現を含め,そのほかの所見には有意差がなかった.除菌後胃癌の背景胃粘膜におけるUpdated Sydney Systemのスコアは,慢性炎症細胞浸潤,萎縮,腸上皮化生,活動性(好中球浸潤)の4項目すべてにおいて有意に低値であった.

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要旨 H. pylori感染は胃癌発症に重要な役割を担っている.わが国の大規模無作為試験により,H. pylori除菌が胃癌予防効果を有することが証明されたが,臨床的には除菌成功後に発見される胃癌をしばしば経験する.除菌後に発見される胃癌の特徴についての検討は十分ではない.除菌後胃癌はサイズが小さく,肉眼分類では陥凹型病変が多い.また,粘液形質では胃型あるいは胃型優位の混合型が多い特徴がある.除菌後に発見される胃癌は,感染下で発生する胃癌とは異なる性質をもっており,除菌によって胃癌の発育過程での,腫瘍の増殖抑制,腸型化の抑制,酸分泌亢進による影響を受ける可能性が考えられた.さらに,除菌後も長期間にわたって胃癌リスクが継続するため,除菌後の経過観察は重要である.

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要旨 筆者らは,2005年にH. pylori陽性消化性潰瘍患者では除菌によりその後の胃癌の発生を約1/3に抑制することを報告した.本稿では,同一グループにおける最長15年にわたる長期観察結果をもとに得られた知見について解説する.平均観察期間は7.3年,発生した胃癌者数は27人となった.胃癌は除菌後ほぼ一定の割合で発生し,最長14.5年目で発見されているが,除菌による胃癌の予防効果は長期にわたり維持されている.除菌成功後の胃癌は,分化型癌も未分化型癌もほぼ同頻度であり,除菌時の背景胃粘膜の萎縮の程度がその後の胃癌の発生リスクと密接に関連している.除菌後胃癌の早期発見・早期治療するためには,これらの情報を患者に伝え,きちんとフォローアップすることが重要であると考える.

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要旨 萎縮および腸上皮化生は,胃癌の発生母地としても重要な疾患である.本研究ではH. pylori除菌後10年間の長期にわたる経時的な組織学的な変化を検討した.除菌成功群のうち30例は,H. pylori除菌治療後10年にわたり1年おきに5点生検による経時的な経過観察を行った.萎縮,腸上皮化生の程度をUpdated Sydney Systemに従って比較検討した.萎縮は5点すべてにおいて有意な低下を認めたが,前庭部小彎は6年で有意な低下をみた.腸上皮化生は胃体部小彎で6年以降には有意な低下を認めた.除菌後の経時的な長期観察で萎縮,腸上皮化生の改善を認めた.以上より,胃癌リスクの高い背景粘膜の改善による胃癌予防の可能性が示唆された.

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要旨 H. pylori除菌治療が普及するにつれ,除菌後に発生する胃癌に対する対策が必要である.筆者らはCongo red色素内視鏡検査を用いて,萎縮性胃炎患者におけるH. pylori除菌前後の胃酸分泌領域の変化を検討し,除菌によって胃酸分泌領域の拡大することを認めた.しかし,除菌後数年を経過した時点でも非酸分泌領域が残存し,機能的に酸分泌が回復しない領域は,高い細胞増殖能を有し,除菌後胃癌の発生母地となる可能性を示していた.また,実際に発生した除菌後胃癌19病変はすべて非酸分泌領域から発生していた.非酸分泌領域の分布,大きさを確認することで,除菌後胃癌の好発部位,リスクを評価することが可能と考えられる.

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要旨 H. pyloriの胃粘膜上皮への接着には,H. pylori表面の接着分子(BabA,SabA)と胃粘膜上皮細胞に発現している血液型糖鎖が関与している.BabAは正常胃粘膜上皮に発現しているtype 1HおよびLebに,一方,SabAは胃炎粘膜に発現するsialyl Leaおよびsialyl Lexに結合する.H. pylori感染胃粘膜では,表層粘液細胞において,sialyl Leaやsialy Lexの発現亢進と抗H. pylori作用をもつ腺粘液細胞ムチンの分泌亢進がみられ,膜防御機構である粘液ゲル層は厚みが減少し,層構造が傷害されている.これらのムチンおよび粘液ゲル層の変化はH. pyloriの除菌により正常粘膜の状態に回復する.これらの胃ムチンの変化には炎症性サイトカインによる糖転移酵素の発現調整やH. pyloriの菌体病原因子が関与している.

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要旨 H. pylori除菌治療における胃粘膜内の分子生物学的変化について,胃発癌の観点から概説した.H. pylori感染による酸化ストレスおよびDNA修復酵素の発現低下により,遺伝子変異が蓄積する可能性が指摘されている.癌抑制遺伝子RUNX3はプロモーター領域のメチル化により発現が低下するが,除菌により発現回復を認める.H. pylori感染によりShh(sonic hedgehog)の発現は低下・消失し,COX-2は過剰発現を認める.除菌によりShhやCOX-2の発現は改善するが,腸上皮化生になると不可逆性変化となる.このような不可逆性変化もあることから,除菌治療後も発癌リスクの段階に応じた対応が必要である.

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要旨 患者は36歳,女性.婦人科手術前のスクリーニング目的で上部消化管内視鏡検査を施行し,鳥肌胃炎を認めた.鏡検法でH. pylori陽性を確認して除菌療法を施行し,2か月後に施行した尿素呼気テストで除菌成功を確認した.その後,除菌成功3年6か月後に心窩部痛を主訴に来院し内視鏡検査を施行したところ,胃体部原発のスキルス胃癌を認め,胃全摘術を施行した.病理組織学的には胃体下部大彎後壁の不整形潰瘍辺縁に低分化型腺癌を認め,同潰瘍部を原発巣とするlinitis plastica型胃癌の所見であった.鳥肌胃炎は胃体部の低分化型胃癌のハイリスク群と報告されているが,その実態や長期経過,さらには除菌療法後の経過など不明な点が多く,今後さらなる多数例,長期間での検討が望まれる.

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要旨 患者は60歳代,男性.2004年12月に早期胃癌3病変に対してESDを施行し,治癒切除であった.以降年1回の内視鏡検査にて経過観察し,2008年12月にH. pylori除菌療法を施行した.2009年7月に除菌成功を確認したが,胃体上部後壁大彎寄りに中心瘢痕を伴う発赤調の陥凹性病変を認め,生検結果は低異型度の高分化管状腺癌であった.ESDを施行し,24mm,SM1,UL(+),ly(-),v(-),HM0,VM0であった.除菌前の内視鏡写真では血管透見の不明瞭化と発赤粘膜を認めるのみで,病変の指摘は困難であった.除菌後は背景胃粘膜の発赤が改善しており,病変の診断を容易にしたと考えられた.

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要旨 〔症例1〕78歳,男性(除菌時 : 除菌から癌診断=67歳 : 10年10か月).十二指腸潰瘍で除菌.胃体下部小彎前壁の0-IIc(por2).萎縮はC-3.幽門側胃切除術施行.20×17mm,深達度M.〔症例2〕66歳,男性(55歳 : 11年4か月).胃潰瘍で除菌.前庭部大彎の0-IIc(tub1).萎縮はO-3.ESD施行.4×4mm,深達度M.〔症例3〕72歳,男性(57歳 : 14年2か月).胃潰瘍瘢痕で除菌.前庭部後壁の0-IIc(tub1).萎縮はC-3.ESD施行.12×10mm,深達度M.〔症例4〕81歳,男性(70歳 : 10年6か月).胃潰瘍で除菌.胃体上部後壁に0-IIc(tub1).萎縮はO-1.ESD施行.18×15mm,深達度M.〔症例5〕82歳,男性(71歳 : 11年11か月).慢性胃炎で除菌.胃体上部後壁に8mm大の0-IIa+IIc(tub2)病変を認めた.萎縮はO-1.除菌後10年以上の経過で診断された癌は,胃粘膜萎縮の程度にかかわらず発生し,高分化型,低分化型の両者がみられた.

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要旨 患者は60歳代,男性.検診で便潜血陽性を指摘され近医で下部消化管内視鏡を施行され,大腸に病変が認められ,精査・加療目的で紹介となった.当院での内視鏡所見では盲腸に径12mm大のIIc+IIa様の病変が認められた.拡大観察では病変の辺縁は不整な管状腺管,中心部はうろこ状,乳頭状の構造が認められた.判断に苦慮したがSM深部以深浸潤の所見ではないと診断しEMR(endoscopic mucosal resection)を施行した.本病変の病理診断は腺腫内癌.癌成分 : 乳頭腺癌 ; 深達度SM1(800μm),ly0,v0.腺腫成分 : 中等度異型度との診断であった.乳頭腺癌で陥凹型の形態をとる病変は非常にまれと考え,腫瘍の発育進展を考えるうえで興味深い症例であった.

胃と腸 図譜

大腸印環細胞癌 山野 泰穂
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1 概念,病態

 Laufmanら1)の報告に始まる大腸印環細胞癌はまれな疾患であり,これまでの報告では全結腸癌の0.24~2.6%とされている2).男女比はほぼ同等とされているが,発症年齢に関しては全結腸癌では70.1歳に対し,大腸印環細胞癌では45.7歳と,若年(40歳未満)発症が多い傾向にあるとされている3).占居部位に関しては,全結腸癌では直腸,S状結腸に多いのに対して,大腸印環細胞癌では盲腸や右側結腸に多いとする報告もあるが,報告例の検討より特に特徴を有さないとされている4)

 悪性度に関して,浸潤性増殖を示す傾向が強いため早期癌での報告例は少なく,SS,SEの強い浸潤を来した進行癌の状態で発見されることが多い.したがって,リンパ管侵襲,静脈侵襲とも高度に認め,リンパ節転移,腹膜播種が高率に認められる一方で,肝転移の報告はなく,遠隔転移として皮膚,乳腺,卵巣,前立腺へ転移の報告があるが,まれである5)

画像診断道場

Cronkhite-Canada syndrome 岸 昌廣
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症 例

 患 者 : 50歳代,男性.

 主 訴 : 水様性下痢,味覚異常,体重減少,爪甲萎縮.

 既往歴 : 高血圧.

 現病歴 : 2008年3月頃から1日4行前後の水様性下痢,味覚異常が出現した.初発から数日後で下痢回数が1日6行前後に増加,血便も出現した.体重はその後の1か月で6kg減少し,他院を受診した.下部消化管内視鏡検査を施行され,多発する隆起性病変を指摘されたため当院へ紹介され受診となった.

追悼

望月福治先生への追悼文 長南 明道
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 恩師の望月福治先生は7月23日,急性心不全で逝去されました.享年82歳でした.前の週にお会いしたとき,ややお疲れのご様子でちょっと気になったのですが,奈良への旅行のお話や望月家の宗派である日蓮宗総本山の身延山久遠寺のお話をなさり,「また,近いうちに僕の内視鏡検査を頼むよ.」とおっしゃって別れたのが最後となりました.

 1985年夏,地方病院外科の臨床研修医であった私は,消化器内視鏡を勉強したいという思いで望月先生のいらっしゃる仙台市医療センター仙台オープン病院に研修に行きました.わずか2週間の研修にすぎなかったのですが,望月先生は一大内視鏡センターを作り,そこで臨床研究を追求していきたいというご自身の夢を熱く語って下さいました.当時の私にとっては臨床の場で研究ができるということ自体,目から鱗が落ちる思いでしたし,最後におっしゃった「長南君,内視鏡をやりたいという情熱をもった先生が誰かいないかね.」の一言で,翌年には私自身が望月先生のもとに転がり込んでいました.

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「今月の症例」症例募集
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 「今月の症例」欄はX線,内視鏡写真など形態学的所見が読めるようにきちんと撮影されている症例の掲載を目的としています.珍しい症例はもちろん,ありふれた疾患でも結構ですから,見ただけで日常診療の糧となるような症例をご投稿ください.

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 「胃と腸」編集委員会では,故白壁彦夫先生の偉業を讃え,「白壁賞」を設け,優秀な研究・論文を顕彰しております.今回は「白壁賞」の論文を下記の要領で公募いたしますので,奮ってご応募ください.英文誌に発表された消化管の形態・診断学に関する論文が応募の対象となります.

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編集後記 九嶋 亮治
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 Helicobacter pylori(H. pylori)の感染が胃癌の発生に深く関与していることに疑いはない.しかし,H. pyloriは胃癌発生の単独犯であるかのような論調には常々疑問を抱いてきた.分化型胃癌の発生母地である(と信じられている)腸上皮化生腺管にはH. pyloriは生息し辛く,完全型(小腸型)腸上皮化生にはH. pyloriは棲めないのである.腸上皮化生の増殖細胞帯は陰窩底部にあり,H. pyloriの直接の影響は受けにくいはずである.一方,H. pyloriブームの初期には分化型癌に比べると関連性が弱いと想定されていた未分化型癌もほとんどの例でH. pyloriが感染しており,若年者胃癌もその例外ではないことがわかってきた.生来へそ曲がりの筆者らは,分化型癌は“萎縮しきった腸上皮化生粘膜”ではなく“萎縮しつつある炎症性の胃粘膜”に発生することを提唱し,またブームに対抗して“H. pylori陰性癌”なるものを収集して,その特徴をまとめたことがある.このような思想背景をもつ一病理医として,この分野の重鎮である春間,赤松両氏に交じり本号“Helicobacter pylori除菌後の胃癌”の企画・編集に興味深く取り組ませていただいた.

 除菌により腸上皮化生を含む萎縮性変化が改善するか否か,言い換えれば胃粘膜の萎縮は可逆性か不可逆性かという議論は,除菌療法開始当初よりなされてきた.除菌後10年以上の経過観察ができるようになった現在,その解答は得られたであろうか?大分,東北,信州と慶應の各グループが主題研究として解説している.村上論文では,10年に及ぶ定点生検の所見から萎縮・腸上皮化生がある程度改善することを示しているが,有意なデータを得るには数年以上の経過が必要である.飯島論文は,除菌により胃酸分泌領域が拡大するが,数年経過しても非酸分泌領域が残存し,除菌後胃癌は全例そこから発生したという.太田論文と西澤論文では,それぞれ糖鎖や遺伝子変異の観点から除菌による胃粘膜の変化を解説している.除菌成功例ではほぼ確実に炎症細胞浸潤は消退しており,慢性活動的な炎症・免疫反応によるさらなる変異の蓄積は防げるであろうが,前癌状態としての不可逆的な変異の蓄積が存在している可能性が残るのである.

次号予告

基本情報

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胃と腸
47巻11号 (2012年10月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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