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Helicobacter pylori(H. pylori)の感染が胃癌の発生に深く関与していることに疑いはない.しかし,H. pyloriは胃癌発生の単独犯であるかのような論調には常々疑問を抱いてきた.分化型胃癌の発生母地である(と信じられている)腸上皮化生腺管にはH. pyloriは生息し辛く,完全型(小腸型)腸上皮化生にはH. pyloriは棲めないのである.腸上皮化生の増殖細胞帯は陰窩底部にあり,H. pyloriの直接の影響は受けにくいはずである.一方,H. pyloriブームの初期には分化型癌に比べると関連性が弱いと想定されていた未分化型癌もほとんどの例でH. pyloriが感染しており,若年者胃癌もその例外ではないことがわかってきた.生来へそ曲がりの筆者らは,分化型癌は“萎縮しきった腸上皮化生粘膜”ではなく“萎縮しつつある炎症性の胃粘膜”に発生することを提唱し,またブームに対抗して“H. pylori陰性癌”なるものを収集して,その特徴をまとめたことがある.このような思想背景をもつ一病理医として,この分野の重鎮である春間,赤松両氏に交じり本号“Helicobacter pylori除菌後の胃癌”の企画・編集に興味深く取り組ませていただいた.
除菌により腸上皮化生を含む萎縮性変化が改善するか否か,言い換えれば胃粘膜の萎縮は可逆性か不可逆性かという議論は,除菌療法開始当初よりなされてきた.除菌後10年以上の経過観察ができるようになった現在,その解答は得られたであろうか?大分,東北,信州と慶應の各グループが主題研究として解説している.村上論文では,10年に及ぶ定点生検の所見から萎縮・腸上皮化生がある程度改善することを示しているが,有意なデータを得るには数年以上の経過が必要である.飯島論文は,除菌により胃酸分泌領域が拡大するが,数年経過しても非酸分泌領域が残存し,除菌後胃癌は全例そこから発生したという.太田論文と西澤論文では,それぞれ糖鎖や遺伝子変異の観点から除菌による胃粘膜の変化を解説している.除菌成功例ではほぼ確実に炎症細胞浸潤は消退しており,慢性活動的な炎症・免疫反応によるさらなる変異の蓄積は防げるであろうが,前癌状態としての不可逆的な変異の蓄積が存在している可能性が残るのである.
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