胃と腸 35巻4号 (2000年3月)

今月の主題 食道癌の発育進展―初期病巣から粘膜下層癌へ

序説

  • 文献概要を表示

 食道上皮内に発生した初期病巣の食道癌が粘膜下癌へ発育進展する場合に,各深達度に応じてどのような肉眼形態をとり,それぞれの肉眼形態に達するまでの発育速度はどれくらいであろうか.これら時間的因子と深達度とを組み合わせた食道癌の肉眼形態変化はどのような因子に支配されているのであろうか.これらは学問的に大変興味ある課題であるばかりでなく,その課題に対する解答は食道癌の臨床診断・治療を含む臨床的取り扱い,更に病理診断にも非常に役立つであろう.これら課題への挑戦を試みたのが本号である.

 世界的にみると,食道癌の初期病変である上皮内癌(日本の組織診断基準による)は多くの場合,欧米では異形成(dysplasia)と呼ばれている1)~3).本号では多くの論文が日本の組織診断基準に沿って書かれているものと推定される4)~6).さて,食道癌の初期病変とはどのようなものであろうか.病変の形態変化を追求する本誌の基本姿勢からすると,"臨床的に捉えられる小病変までを含む"と定義したほうがよかろう.個人的には,大きさ5mm以下の0-IIb型上皮内癌(m1癌,carcinoma in situ)で,細胞異型度の低い癌(低異型度癌)と定義するのが妥当ではあるまいか.低異型度癌とした理由は,ほとんどの食道癌は,まず細胞異型度の低い癌(細胞分化を示す癌で,欧米のlowgrade dysplasia,ないしmild to moderate dysplasiaに相当)として発生するからである.

  • 文献概要を表示

要旨 食道癌の組織構築の解析を行い発育進展様式を推察した.48症例(56病変)の深達度smまでの食道扁平上皮癌を対象とした.組織構築は増殖様式を基底層型と全層型に,癌の粘膜内成分の厚さを非腫瘍粘膜と比較して薄型,平坦型,肥厚型に分類し,癌の大きさや深達度などの臨床病理学的諸因子との相関を解析した.その結果,食道癌は発生のごく早期では平坦粘膜の基底層から始まり(IIb),次に基底層が希薄化し(IIc),次に全層を巻き込み増殖し癌成分の肥厚性発育をとり(IIcまたはIIa),大半は大きくなる過程で全層性増殖かつ肥厚性発育部位より浸潤を始める経路が主であると考えられた.それらが潰瘍化するとIII型あるいは2型へ進行し,上皮下浸潤により下から盛り上げるとI型となることが推測された.全層性増殖かつ肥厚性発育成分が浸潤性を獲得しないで拡がると表層拡大型へ進展することも示唆された.また,全層増殖する前に浸潤し粘膜下腫瘍様の発育をするものも低頻度ながら存在すると考えられるが,それらは基底細胞癌などの特殊な組織型のものであると考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨 食道表在癌68例(m癌:25例,sm癌:43例)で,脈管侵襲(pv),リンパ節転移(n),食道導管内進展(di)について検討した.sm癌では浸潤長を実測し,深達度を分類した.この結果,深達度に応じてpv(+)率およびn(+)率の上昇(ρ<0.01)をみ,n(+)の有無で生存率に差(p<O.05)を認めた.diは15例(22.1%)に認め,diからの浸潤は3例と少なく,このうち,1例(6.7%)で深達度が深くなった.di(+)の有無で生存率には差を認めなかった.以上より,pvとnは癌の進展に伴い増加し,予後を規定する因子であるが,diは粘膜下層への進展の主たる経路ではないと推察された.

  • 文献概要を表示

要旨 深達度smの食道表在癌6例に対して,過去のX線像または内視鏡像をretrospectiveに検討し,食道癌の初期病巣から粘膜下層癌への発育進展についてX線診断の立場から考察した.深達度mの初期病巣がsm癌へと発育進展する際の肉眼形態の変化としては,①0-IIc型→0-I型,②0-IIc型→O-III型,③0-IIc型→O-Ilc型,④0-Ilc型→O-1+IIa+IIc型,⑤0-IIb型→0-1+IIa+IIc型の5通りのパターンに分かれ,発育速度はパターン①,②はパターン③,④よりも速い.パターン⑤は臨床期が短く,見かけ上は最も急速に見えるが,速度はパターン④に準じると推測された.

  • 文献概要を表示

要旨 食道癌の初期病巣とその発育進展をみるために,まず,深達度と内視鏡像から初期発育形式を検討した.続いて,その発育形式と発育速度をみるために,初回治療時に全食道を精査した内視鏡的粘膜切除術(EMR)施行例で,経過観察中に異時性多発癌を発見した27例と,さらに,手術拒否などで経過観察しえた食道癌16例について検討した.食道癌は粘膜上皮の基底層付近から発生し,0-IIb基底層型から0-IIb全層型,0-IIc m1あるいは0-II c m2となり,0-IIc m3から0-IIc smとなって,0-1型,0-III型あるいは進行癌へと発育するものが多いと推定された.粘膜癌である期間は4年ぐらいはありそうであるが,一度粘膜下層へ浸潤すると1年以内に進行癌になるものと推測された.

  • 文献概要を表示

要旨 内視鏡的粘膜切除術で食道粘膜癌が治療できる時代になった.このような病巣を効率よく見つけだすには,小さいヨード不染帯の多発症例,食道癌合併頻度の高い疾患の注意深い観察,更に皮膚の老化と同じ病態が食道粘膜に起きていると解釈したうえでの観察が必要である.粘膜癌では同じ状態が3~4年持続すると推定されている.このような時期にいかに効率よくスクリーニングする方法を確立するべきかが本論文の要旨である.

  • 文献概要を表示

要旨 食道表在癌258症例(354病巣)を分析し,食道癌の発育進展について検討した.食道扁平上皮癌の場合,長径5mm以下の病変の大部分は0-IIb型病変で臨床的に診断できる初期病変と考えられる.IIb病変は,20mmを超えるといっせいに他の0-II型病変(0-IIaや0-IIc型粘膜癌)に移行すると考えられる.「食道癌取扱い規約」で言う0-II型は粘膜癌の特徴をよく捉えている.食道粘膜癌の一部は0-IIb→0-IIa→IIa+IIcを経由するが,大部分は0-IIb→0-IIc→IIc+IIa→IIc+0-1あるいはIlc+0-IIIを経由して1型または2型進行癌に発育する.粘膜下層に浸潤する0-IIc病変の一部は,肉眼所見上進行癌との区別が困難なものがあり,病型分類上問題が残っている.その病型分類に際しては,できるだけ基本病型を適用することが適当と考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨 食道癌は粘膜筋板を境にして粘膜癌(M癌)と粘膜下層癌(SM癌)に分類されるが,これら両者には非常に大きな生物学的相違がある.SM癌になるとリンパ節転移が一挙に40%と高率になり,予後もM癌に比較し有意に不良となる.この原因について,分子生物学的な観点から解析を試みた.食道の粘膜下層では脈管の発達が著しくなり,SM癌ではリンパ管や血管への侵襲が増加する.また,SM癌では細胞間接着分子(E型カドヘリン)の発現が減弱し癌細胞が容易に解離するようになり,cyclin D-1の遺伝子増幅例では血行性転移を高頻度に生じる.粘膜下層という環境因子が癌細胞の機能に何らかの変化を招来している可能性が示唆された.

  • 文献概要を表示

要旨 食道表在癌の発育進展動態を考察する目的で,腫瘍細胞増殖能および血管新生と臨床病理学的因子との関連について免疫組織化学的に検討した.術前未治療で外科的切除術を施行した胸部食道扁平上皮癌を対象とした.細胞増殖能についてはモノクローナル抗体MIB-1を用い腫瘍細胞1,000個の標識率を測定した.また,血管新生については第VIII因子関連抗原(factor VIII related antigen)を用い腫瘍内部と腫瘍辺縁正常部の平均血管数,平均血管面積(%)を算出した.MIB-1標識率は深達度m1・m2に比較しm3以上で,また,リンパ節転移(n)陽性,リンパ管侵襲(ly)陽性,低分化型症例で有意に高値を示した.腫瘍内平均血管面積はm1・m2がm3以上に比較して有意に低値であり,m1・m2における腫瘍内平均血管面積は腫瘍外に比較して有意に低値であった.以上から,食道癌がm3に浸潤する時点から細胞増殖能が増加し,その過程には腫瘍内血管新生の関与が考えられた.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は58歳,女性.食道内視鏡検査で中部食道後壁に褪色したヨード不染の約0.5cmの小陥凹を見いだした.生検で小型の異型細胞が得られたが再検査を拒否した.1年6か月後に嚥下時の不快感のために再検査を受け,食道小細胞癌と診断された.同病変はX線的には立ち上がりの明瞭な隆起病変であり,頂部の左側にバリウム斑が存在した.内視鏡的には光沢を有する軽度発赤した結節状隆起部とヨード不染,トルイジンブルー濃染の陥凹部から成り立っていた.切除標本で大きさ1.5×1.3cmの腫瘍は上皮下に発達した0-Isep型をなし,深達度はsm3に達していた.腫瘍の大部分は小細胞癌組織で構成されているが,わずかに腺癌成分も含んでいた.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は74歳,男性.食思不振,上腹部不快感を主訴に1995年9月に来院した.内視鏡検査を受け,胸部中部食道から胸部下部食道に長径7cmの全周性の0-IIc型病変(扁平上皮癌)が指摘された.X線,内視鏡検査にて深達度m3の病変と診断され,強く治療を勧めたが,患者本人の治療拒否にて無治療で経過観察された.1996年12月の内視鏡所見では結節状の隆起を伴い,0-I+IIc型病変(推定深達度sm3)に変化していた.1997年3月の内視鏡検査では半周性の狭窄を認め,2+IIc型で深達度mpと診断された.1998年4月の内視鏡検査では病変は全周性の狭窄に進行した.この間,病変の長径にはほとんど変化を認めなかった.1999年3月に狭窄に対して金属ステントが挿入された.発見以来4年4か月経過した現在,外来通院中である.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は54歳,男性.健診目的にて行った上部消化管内視鏡検査にて病変を指摘された.初回内視鏡検査では切歯列から30~40cmの全周にわたる0-IIc型病変と,その中に顆粒状隆起を認め,35cmの後壁には0-IIa型病変を認めた.初回内視鏡検査から約68日目に再度内視鏡検査を施行したところ0-IIa型と考えられていた病変が径2cm大の0-Ip型に発育していた.深達度は内視鏡検査でsm2,食道造影検査でm3~sm1と診断し,食道切除術を施行した.病理組織診断の結果は70×62mm大の0-Ip+IIa+IIc型食道癌,深達度m3,低分化型扁平上皮癌,ly0,v1,n0,0-IIc病変の中の隆起成分が上方発育した形の発育進展形式であった.

  • 文献概要を表示

要旨 下咽頭癌を合併した粘膜下浸潤を呈する5mm以下の微小食道扁平上皮癌の2例を経験した.いずれも,水平方向への癌の発育は乏しく垂直下方への発育が顕著であった.これらは,食道扁平上皮癌の発育を考えるうえで,早い段階から垂直下方への発育を主にする発育形式をとるものがあることを示唆すると考える.また,頭頸部癌や食道癌症例において,しばしば食道内の多発ヨード不染帯を認めるが,本症例も周囲食道粘膜に大小様々な多発ヨード不染帯を伴っていた.多発ヨード不染帯を伴う症例の場合,すべてのヨード不染帯を組織学的に検討することは物理的に不可能であり,これらの臨床的な取り扱いが問題となる.本症例は,多発ヨード不染帯を伴う症例を5mm程度の不染帯を含めてどう扱うかを考えるうえでも貴重な症例である.

  • 文献概要を表示

要旨 患者は64歳,男性.肝硬変で食道静脈瘤の検索中,1993年8月の内視鏡検査で上切歯列より30cmに0-IIa+IIc型食道扁平上皮癌を認めた.病変は陥凹内に凹凸粘膜,粗大顆粒を伴い深達度sm浅層と推測された.しかし患者は治療を拒否し,その後来院しなかった.2年9か月後,1996年5月のX線,内視鏡検査では長径9.5cmの3型進行癌に進展し,同年6月,全身状態悪化のため死亡した.診断以前の検査所見を遡及的に見直すと,推測ではあるが2年9か月,1990年11月の内視鏡像に0-IIc型のm癌を示唆するわずかな発赤陥凹が観察された.したがって,本症例は初回検査より2年9か月でm癌(0-IIc)からsm浅層癌(0-IIa+IIc)への進展が推測され,更に2年9か月でsm浅層癌(0-IIa+IIc)から進行癌(3型〉への進展を観察できた.

早期胃癌研究会

  • 文献概要を表示

 1999年12月の早期胃癌研究会は12月15口(水)に東商ホールで開催された.

 司会は細川治(福井県立病院外科)と西俣寛人(南風病院)が担当した.ミニレクチャーは,「消化管の比較診断学」と題し,牛尾恭輔(国立病院九州がんセンター)が行った.

症例からみた読影と診断の基礎

  • 文献概要を表示

〔患者〕54歳,男性.無症状.胃検診にて胃体上部の粘膜集中像を指摘され,胃内視鏡検査を勧められた.生検診断で分化型腺癌であったことより,手術目的で精査入院となった.

--------------------

欧文目次

  • 文献概要を表示

 群馬県立がんセンターの病院長の長廻 紘博士は,東京女子医科大学の客員教授を兼ねていて,わが国の大腸内視鏡学の最高級の指導者として縦横無尽の活躍をしている.いまさら,ここで著者のプロフィールを紹介する必要はないだろう.私の書棚にも,何冊も彼の著作が並んでいて,私と共編の内視鏡の本も数冊ある.

 いつも悠々と迫らない大陸的な大人の態度なので,去就が定まらないことしばしばの都会人からは,ときに不遜な態度だと,とんだ誤解を与えることがあるが,少しつき合うと,根は実にやさしいデリケートな男だ.暇さえあれば,実に幅広くいろんな本を読んでいるので敬服している.彼の同級には,筑波大学の板井悠二教授や東京女子医科大学の大井至教授らがいるが,長廻・大井の2人が,東京女子医科大学消化器内科に医療練士生としてきたのは,東大紛争で入局問題がこじれにこじれたおかげであったと言えよう.

  • 文献概要を表示

 この度「内視鏡外科用語集」が完成した.

 内視鏡外科は,セム教授,ムレー教授により婦人科・外科領域で1980年の後半に行われたのが事始めであるから,現在までその歴史は,ようやく10年そこそこが経過したところである.この新しい手法はあっという間に世界的な規模で広く普及を遂げた.それはわれわれ古い世代に育った外科医にとって予想をはるかに上回る速度であった.

  • 文献概要を表示

 医療が高度化するに伴なって,医師が修得しなければならない知識や技術があまりにも膨大になり,その結果,自らが得意とする分野とそうでない領域の格差が拡がってしまった.特に専門医が大勢いる大病院の勤務医は自らの専門分野にのめり込み,異なる領域の疾患や臓器については関心が薄くなる傾向がみられるが,現代医療のpitfallである.京都・仁和寺の歴代の御抱え庭師である佐野藤右衛門氏は著書「桜のいのち庭のこころ」(草思社〉の中で,専門化された現代医療を痛烈に椰楡している.その内容を要約すると"昔の町医者は患者の家族構成,生活環境,食生活まですべてを把握しているので,病人がでてもすぐに対応できる.ところが今の病院では,医者は患者を診ずに検査データばかりで判断している.これでは良い医療にならない."という主旨である.

 何とも耳の痛いところである.

  • 文献概要を表示

 1999年11月,武藤徹一郎・多田正大両先生らは御一門の専門家の共同執筆という形で「大腸疾患のX線・内視鏡診断と臨床病理」を出版された.筆者が本書を一読した感想としては,内科・外科の若い医師で,消化器疾患に興味を持っておられる方にぜひ一読を勧めたいというものであった.また,座右に置いて必要

な折に再読したり,臨床病理学的事項を確認したりする第一線の臨床医にも極めて有意義な書物であることを感じた.この第一線の先生方は若い先生方を教える機会も何かと多いだろうが,これまでご自分で経験された症例のX線・内視鏡像,病理診断までの所見を念頭に置きつつ本書を読めば,指導書としても役に立つものにもなろう.

編集後記 吉田 操
  • 文献概要を表示

 食道表在癌の診断が,今大きく変わろうとしている.これまでは色素法を用いた内視鏡診断を開発し,早期発見に努め,内視鏡治療を確立することで精一杯であった.この成果は目覚ましかったし,食道癌の臨床に新たな分野を切り開くことができた.同時に,従来得難かった多くの知識を蓄積することができた.今回の企画"発育進展"(粘膜癌から粘膜下層癌へ)は,永年の懸案の1つである.この分野に立ち入ること自体がわれわれの目標の1つであった.食道癌発生の背景,初期病巣の確定,初期病巣から粘膜癌,そして粘膜下層癌への進展,そして様相を大きく異にする進行癌への発育経過を知ることは,学問的興味だけでなく診断・治療に寄与するところが大きい.しかし,このためには臨床,病理,基礎研究のそれぞれが相当の蓄積を持たねばならなかった.今,曲がりなりにもここに至ったが,20年余りを要したことを知る身には,ある種の感慨を覚えるのである.今回の企画はこの分野に第一歩を踏み出したという点で,大きな意味がある.この先の発展に期待したい.

基本情報

05362180.35.4.jpg
胃と腸
35巻4号 (2000年3月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

文献閲覧数ランキング(
9月9日~9月15日
)