胃と腸 31巻7号 (1996年6月)

今月の主題 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)

序説

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 遺伝性を示す大腸癌は,消化管ポリポーシスを伴うポリポーシス症候群と,消化管ポリポーシスを伴わない遺伝性非ポリポーシス大腸癌(hereditary nonpolyposis colorectal cancer; HNPCC)に大別される.前者の中には,家族性大腸腺腫症,Gardner症候群,Turcot症候群,Peutz-Jeghers症候群,若年性ポリポーシス,Cowden病など消化器専門医なら誰もが知っている疾患が含まれ,その臨床像については本誌でも過去3回(9巻9号,19巻6号,28巻12号)主題として取り上げられている.これに対し,後者に対する認識と関心の高まりはつい最近のことであり,HNPCCが本誌の特集として組まれるのも今回が初めてである.

 HNPCCは,歴史的には1913年のWarthini1)の4家系の報告に始まる.その後この家系を受け継いだLynchら2)は,大腸癌の若年発症,大腸癌の近位側好発,子宮体癌を含む大腸以外の癌の多発,常染色体優性遺伝などの特徴がみられることを報告し,これらの症例をcancer family syndromeと呼ぶことを提唱した.その後,同様の特徴を有しながら大腸癌のみが集積するLynch syndrome Ⅰと,大腸癌以外に子宮体癌などを合併するLynch syndrome Ⅱ(cancer family syndrome)に亜分類されるようになった3)

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要旨 HNPCC(hereditary nonpolyposis colorectal cancer)はLynch症候群あるいは家族性大腸癌とも言われている.第1例がWarthin(1913年)により報告され,後の後継者により更に追跡され集積された.その家系調査の解析の結果,Lynchにより優性遺伝性疾患であることが証明された.しかし,家族性大腸腺腫症のように多数の腺腫を発生するようなはっきりした形質発現がなく,その診断は家族構成員を含めての注意深い病歴の聴取によっていた.1994年,その原因遺伝子がクローニングされ本疾患の概念が明確となった.すなわち,酵母や大腸菌で既に知られているミスマッチ修復遺伝子mut HLS系のhuman homologueとしてhMLH2,hMLH1,hPMS1,hPMS2が相次いで発見され,これらが遺伝子群としてDNAミスマッチの修復を行い,染色体のstabilityの維持に役立っていることが判明した.これらの遺伝子に変異が起こるとミスマッチが修復されず遺伝子の変異が起こる確率が100~1,000倍増加すると考えられる.したがって第1癌が手術により治癒しても第2癌の発生のリスクが高いことも理解される.Lynch Ⅰ型は家系内に大腸癌のみ多発するもので,特に右側大腸癌が好発しsitespecific cancerとも言える.Lynch Ⅱ型は大腸癌のほかに他臓器の癌も発生するもので,わが国では第2癌として男性は胃癌,女性では子宮体部癌が多いことが第43回大腸癌研究会の調査で判明した.

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要旨 HNPCCでは大腸癌のほかに胃癌,子宮体癌,卵巣癌,泌尿器系癌などが好発する.これらの病変を伴った症例について画像を中心に報告した.次に,10年以上にわたる定期的な家族歴の聴取で,腫瘍の発生の推移を示し,世代を経るにつれて,悪性腫瘍の出現が若年化する傾向があることを示した.HNPCCの診断には,家族歴の定期的な調査が必要である.更に,HNPCCでの大腸癌の発育・進展を遡及的に検討し,①初期像は無茎隆起(Ⅰs型),表面隆起型(Ⅱa型),表面隆起陥凹型(Ⅱa+Ⅱc型)が多い,②進行癌へ推移した病変のdoubling timeはHNPCCが12.0か月,通常の大腸癌が11.1か月で,両者に統計学的な差は認められなかった.以上からHNPCCにおける大腸病変の自然史は通常の大腸癌と同じであろうと推定された.

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要旨 HNPCCの大腸腺腫は古くから大腸癌のprecursorとして重要であると考えられており,通常腺腫よりも悪性度が高いという報告もある.今回われわれは当科で手術施行したHNPCC42症例の大腸腺腫について検討した.対照は第一度近親者に癌家族歴がない大腸癌症例(501例)とした.両群とも大腸癌切除標本に認められた腺腫について検討した.平均年齢,男女比,腺腫の大きさ,異型度は両群問で差はなかった.腺腫頻度,腺腫多発頻度ともにHNPCC群が有意に高かった(45.3% vs. 23.4%:p<0.01)(28.6%. vs. 8.0%:p<0.01).腺腫が右側大腸に分布する比率は,HNPCCのほうが有意に高かった(60.0% vs. 32.4%:p<0.01).flat adenomaの頻度はHNPCC群が高い傾向を示したが有意差は認められなかった(17.5% vs. 7.3%:NS).以上の結果から,HNPCCの腺腫の特微として,対照より頻度が高く,右側大腸に高頻度で分布するが傾向が認められた.しかし,悪性度に関しては,通常腺腫と有意差はないと考えられた.

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要旨 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)は,常染色体優性遺伝形式をとり,若年発症,多発癌の発生などを特徴とすることから,発端者と同定された患者はもとより,その同胞,子供などに対する幅広いサーベイランスが必要となる.HNPCCはLynch syndrome ⅠとⅡに分けられる.前者は大腸内視鏡検査を中心としたサーベイランスの方法を工夫すればよいが,後者は家系内に発生する様々な癌の発見に留意する必要があり,その方法論を確立するのは容易ではない.また,サーベイランスには患者に対するマネージメントが深く関わっている.ここでは,日本におけるHNPCCの実態を踏まえて,実際の症例を呈示しながら,サーベイランスやマネージメントのあり方を検討し,問題点を明らかにしようと努めた.この中には,遺伝的なミスマッチ修復系の異常が存在していることが証明された症例も含まれる.最近,HNPCCの原因遺伝子が次々と発見され,その発症前診断にも利用されようとしている.遺伝子診断を臨床に応用するためには,まだ様々な問題を解決する必要があるが,近い将来,サーベイランスのあり方が大きく変化することが予想される.しかし,診断技術がいかに進歩したとしても,このような遺伝性の癌を扱う臨床医にとって最も大切なことは,癌患者すべてに対する家系調査を綿密に行うことである.そのうえで,ハイリスクグループ,特に若年発症の癌患者に対する長期間の追跡調査を組織的に行うことが必要であろう.

HNPCCと遺伝子異常 湯浅 保仁
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要旨 HNPCCの発癌機構を解析するため,原因遺伝子であるhMSH2とhMLH1を日本人家系について調べた.現在までに6例でhMSH2の変異が,また1例でhMLH1の変異が検出された.すべてがナンセンス変異などの蛋白質が短くなる変異であった.今後これらの家系では,遺伝子診断が可能になった.これらの2つはミスマッチ修復遺伝子であり,異常の結果,短い繰り返し配列に変異が起こりやすくなる.TGF-β Ⅱ型レセプター遺伝子は短い繰り返し配列を持っているので,解析した結果HNPCCでは高率に変異が検出された.この遺伝子の異常によりHNPCCの発癌過程が始まる可能性が高い.

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要旨 異時性大腸多発癌患者を発端者とし,4世代にわたって,大腸癌をはじめとする多臓器癌の発生をみたHNPCCの1家系を報告する.発端者は42歳,女性.盲腸癌の手術を受けた後,12年目に横行結腸癌と直腸癌が発見され,更にその5年後に小腸癌が発生した.同胞5人のうち,弟が51歳で直腸癌,姉が乳癌(45歳時)と膵臓癌(52歳時)に罹患している.その後,発端者の長女(36歳時)に直腸癌が発生した.また姪が23歳で卵巣癌の手術を受けている.この家系には大腸癌のほかに胃癌,小腸癌,膵癌,子宮癌,卵巣癌,乳癌,舌癌などが発生しており,極めて多彩な発癌傾向がみられた.また世代を経るごとに発癌の若年化傾向が認められた.なお,発端者の長女の大腸癌組織に,replication error(RER)が認められた.

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要旨 子宮体癌を伴ったHNPCCの1家系を報告した.この家系は3世代にわたり7名の大腸癌患者が発生しており,そのほとんどが30~40歳代の若年発症で,近位側結腸に発生していた.1例は同時性大腸多発癌で,他の1例は異時性大腸多発癌と子宮体癌の異時性重複であった.HNPCC家系では,大腸癌以外にもいろいろな悪性腫瘍が発生することが知られており,子宮体癌はわが国では胃癌に次いで頻度が高く特徴的である.HNPCC家系では大腸癌はもとより子宮体癌のスクリーニングが必要である.

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要旨 若年で早期大腸癌がみられたHNPCCの1例を報告した.患者は28歳時,1992年,大腸検査を希望し来院した,注腸X線検査で上行結腸に42×33mmの隆起性病変を認めた.右半結腸切除術を施行,深達度smの高分化型腺癌であった.なお,それより4年前の1988年,家系に癌が多いため当科を受診した際に施行した注腸X線検査では,その時点で異常なしと判定したが,遡及的には不明瞭ながら腫瘤像が描出されていた.遺伝子検索では第1染色体短腕の欠失,p53遺伝子の変異,最近HNPCCで明らかにされたマイクロサテライト複製異常,hMSH2遺伝子の異常が認められた.

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要旨 比較的短期間に皮膚癌,大腸癌,脳膠芽腫を重複,発症した50歳,男性のHNPCCの1例を経験した.家族内に大腸癌,子宮癌の集積を認め,Lynch症候群Ⅱにあたる.この患者に関する遺伝子異常を検討した結果,その大腸癌の癌巣においてマイクロサテライトDNA不安定性がみられ,またhMSH2のGerm line mutationが認められた.HNPCCにおいては様々な大腸癌以外の悪性腫瘍が発生するが,皮膚癌や脳腫瘍の報告は,比較的まれである.

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要旨 遺伝性非ポリポーシス大腸癌と考えられた多発大腸癌の2例を報告した.〔症例1〕は80歳の女性で,長女と次男が大腸癌に罹患していた.74歳時に横行結腸の2型進行癌,78歳時に直腸S状部に2型進行癌とⅡa型sm癌の治療を受けていた.経過観察のための大腸X線・内視鏡検査で,下部直腸と肝彎曲部に2型進行癌を,他の部位にも表面隆起型早期癌の多発を認め,大腸全摘術が行われた.〔症例2〕は80歳の女性で,姉が49歳時に大腸癌の切除を受けていた.貧血のため大腸検査を行ったところ,上行結腸と下行結腸に進行癌を,横行結腸にⅡa型の早期癌を認め,結腸亜全摘を行った.2例の全切除標本を実体顕微鏡を用いて詳細な組織学的検索を行ったところ,〔症例1〕からは合計31個の癌巣(進行癌4個,sm癌4個,m癌23個)と3個の腺腫が,〔症例2〕では3個の進行癌と1個のm癌,23個の腺腫が発見された.2例とも右側結腸に腫瘍の頻度が高かった.5mm以下の微小病変では,〔症例2〕の腺腫は半球状隆起を示したが,〔症例1〕のm癌の多くが高低差のない平旭な形態であった.HNPCC患者の大腸検査では,平坦な微小腫瘍の存在を考慮した全大腸の観察が必要と考えられた.

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要旨 24年の経過を追えたHNPCCの1例を経験した。56歳の女性.家族歴は母親と2人の異父兄弟および長男が大腸癌.ほかに母方の血縁に胃癌3人,卵巣癌3人.既往歴は40歳時(1972年),盲腸癌で回盲部切除を受けている.1988年,右側横行結腸進行癌の診断で右半結腸切除術を施行し,1型,2型進行癌とⅡa型m癌を認めた.次いで1991年,残った横行結腸に2個の2型進行癌とLST(sm癌)を認め,横行結腸切除術を施行した.その後1993年,S状結腸にLSTを認め腹腔鏡補助下にS状結腸切除術を施行し,結果はsm癌であった.以後外来で年数回の大腸内視鏡による経過観察を行っているが,現在のところ新たな癌の発生は認めていない.

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〔患者〕78歳,男性.主訴:心窩部痛.既往歴・家族歴:特記事項なし.現病歴:1985年5月初旬から主訴を訴えるようになり,同年5月31日に初診.体重減少(3kg減),四肢末端の色素沈着,爪甲異常,脱毛も認められた.入院時検査成績:低蛋白血症(血清総蛋白4.3g/dl,血清アルブミン2.3g/dl)を認めた.

〔胃X線所見〕体部から幽門・前庭部にびまん性に密生した小結節~結節状隆起を認め,前庭部大彎には大きな壁の欠損・硬化像がみられた(Fig. 1).

早期胃癌研究会

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 1996年4月度の早期胃癌研究会は,西元寺(北里大学内科)と,斉藤(旭川医科大学第3内科)の司会で4月24日(水)に行われた.今回より新しい試みとして,症例検討に加え<mini lecture>を行うことになり,第1回は「食道色素検査法」と題し,都立駒込病院の吉田操先生によるビデオデモンストレーションが行われた.

〔第1例〕54歳,男性.胃MALTリンパ腫(症例提供:新潟市民病院消化器科 何汝朝).

 X線,内視鏡ともに川口(東京医大4内)が読影した.初回の内視鏡では胃体下部前壁に活動性潰瘍が認められるが,蚕喰像はみられないため,岡崎(周東総合病院)の批判のとおり十分な内視鏡像ではないこともあり,良性潰瘍と読影された.X線では前壁の不整な陥凹性病変と集中するひだの途絶がみられることによりⅡcと読影された.follow-up endoscopyでは不整形の陥凹性病変とひだの集中を認め,ひだの先端は丸まって中断,陥凹内は白苔と顆粒状の変化により,Ⅱc型早期胃癌が最も考えやすいが,悪性リンパ腫も否定できないとのことであった.

レベルアップ講座 診断困難例から消化管診断学のあり方を問う

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症例 患者は62歳,男性・徐々に進行した下腹部痛,交代性便通異常を訴え近医を訪れ,注腸造影検査で異常を指摘されたため,当科に紹介された.

 当科で施行した下部消化管X線検査では,S状結腸に約25cmにわたる全周性狭窄を認め,健常部と病変部の境界は明瞭だった.病変部の壁は鋸歯状であり,内面には細い横皺襞が密に認められた.しかし,粘膜の破壊像はなかった(Fig. 1a, b).

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要旨 患者は52歳の男性.検診で胃の異常を指摘された.胃X線検査では前庭部の大彎側に約4cmの陰影欠損像を認めた.内視鏡検査では,同部位になだらかな隆起の上に更に一段と高い隆起を伴う腫瘍性病変を認めた.隆起の本体は大小不整な粗大結節で,結節と結節の間が薄い白苔に覆われ,びらんと出血を伴っていた.隆起とびらん部からの生検は高分化型から中分化型管状腺癌であった.摘出標本の病理診断では0-Ⅰ+Ⅱc+Ⅱa,大きさ30×25×6mm,腺扁平上皮癌で深達度はsmであった.早期の胃腺扁平上皮癌はまれで,わが国では4例の報告があるにすぎない.早期症例の集計および組織分類の問題点について文献的考察を行い報告した.

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要旨 患者は58歳,男性.下行結腸に表面結節状変化を伴う有茎性ポリープが認められ,その茎部は比較的太く,軽い捻転を呈していた.腺腫内癌が疑われ,ポリペクトミーも困難と思われたことから腹腔鏡下結腸部分切除術が行われた.腫瘤は20×18×30(高さ)mmの大きさであり,頂部の結節様部分と基部の粘膜下腫瘍様部分から成っていた.組織学的に頂部は主に中等度異型を伴う腺管腺腫であり,一部p53陽性の微小粘膜内癌が散在していた.一方,基部には粘膜筋板の異常な樹枝状増生があり,それに取り囲まれた粘液貯溜および頂部とほぼ同程度の異型性腺腫様組織を認め,周囲に出血を伴うことなどからも大腸腺腫のpseudocarcinomatous invasionと診断された.

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要旨 患者は64歳,男性.胃潰瘍の経過観察中,胃体下部小彎にⅡc様病変を認め,胃癌の診断で胃亜全摘術を施行した.病理組織検査の結果,この病変(3.5×1.8cm)は,ほぼ中央部で相接した進行癌(tub2,ss)とB-cell系悪性リンパ腫(follicular lymphoma,partially follicular,mixed type,sm)との衝突腫瘍と診断された,また,この腫瘍より幽門側にRLHが広範囲に散在していた.リンパ節は1群③の3/7個に癌の転移が認められた.術後3年10か月で残胃にリンパ腫が再発し,化学療法中である.

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欧文目次

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 生活様式の西欧化に伴いやや減少傾向にあるとはいえ,胃癌はいまだに日本人の死因のうちトップクラスにある.その成因として萎縮性胃炎-腸上皮化生-胃癌というsequenceが推定されてはきたものの,その前提となる萎縮性胃炎の原因すらいまだ明らかではない.

 ところが,1983年,オーストラリアのWarrenとMarshallにより,胃内に棲息するHelicobacter pylori(H. pylori)が発見され,消化性潰瘍,慢性胃炎との関連性が提案された結果,これらの疾患の研究は革命的転換を遂げることになった.更に1994年,WHOではH. pylori感染を胃癌のdefinite carcinogen(group 1)と判定し,H. pyloriと胃癌との関連を積極的に認定した.これらの世界的動向の中で,いまやわが国でもH. pyloriは消化性潰瘍のみならず,慢性胃炎,胃癌の原因であるとの認識が深まりつつある.しかしながら,このような結論に至るためにはまだまだ多くの克服すべき問題点が横たわっている.すなわち,H. pyloriの細菌学的特徴,胃炎,胃癌とH. pyloriとの疫学的因果関係,病理学的,遺伝子学的検討,そして何よりもその発生のメカニズムの研究など膨大な内容であり,巨大なジグソーパズルを前にした当惑に似たものを感じる.

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 本書は,白壁先生の弟子にあたる多くの先生方が,その献辞に“白壁彦夫先生への尽きせぬ感謝を込めて”とのみ書いたように,白壁先生の指導を求めてはせ参じた多くの先生の思慕が成し遂げたものである.しかしただそれだけではない.そこには感情を昇華し,白壁先生が真に求められた学問,特に比較診断学,比較形態学に基づいた理論の統一化を,多くの炎症性疾患,腫瘍性疾患を通して読者の眼と心に訴えている.その意味において,白壁診断学とも言うべき消化管の形態学の真髄を述べたものである.本書を読めばこの白壁フォーラムの歴史が,X線二重造影法による診断学の歴史であるとともに,戦後の荒廃から見事に立ち直り,医学の中で世界をリードするようになった,わが国の形態診断学の歴史でもあることがよく理解できよう.

 西沢護先生,中村恭一先生をはじめとする編集委員会のメンバーは,北海道から九州にわたる多くの病院・施設から,それこそ貴重な症例を集め,炎症性疾患,腫瘍性疾患の診断理論を示している.その中には白壁理論に立脚した,またその理論を生み出した多くの代表的な症例がおさめられている。しかし,ただX線像や内視鏡が美麗で,切除標本や病理組織像と所見の1対1の対応がなされた典型的な症例を示しただけではない.この本は実際の臨床の場で,患者を前にして,シャーカステンやプロジェクターを前にして,どのように所見を読むか,どのように診断したらよいか,がわからないとき,また学問の方向性に迷いが生じたとき,燈台の灯が船を導くようにわれわれを導いてくれる本でもあり,発想の転換を導く名著である.

「胃と腸」質問箱 大倉 康男
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特異な肉眼形態を示した有茎性大腸ポリープの成因

質問 血便を主訴とした67歳の男性に対する大腸内視鏡検査中に,S状結腸にFig. Aのような隆起性変病が発見されました.軟らかい有茎性ポリープの形態を呈していますが,先端部のみが発赤し,基部は正常粘膜調で特異な形態の病変でした.ポリープの周辺には憩室が多発しており,出血の原因はこのポリープか憩室かは断定できませんでしたが,とりあえずポリペクトミーを試みました.切除標本ではポリープの先端部には小さい腺管腺腫の成分がみられましたが,基部に相当する部位は健常粘膜でした.

 このような病理組織学的所見から,われわれは,①大きい腺腫が存在したが大部分は脱落した,②近傍に憩室が存在することから,S状結腸の蠕動運動が亢進しており,小さい腺腫を核にして一種の粘膜脱症候群のようなメカニズムで発生した(清水論文,胃と腸27:1089,1992)のいずれかを考えていますがいかがでしょうか?(東京TK生)

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 日本では本書のようなmonographは書く人がなく,したがって読む人もないだろう.しかし,それではよくないと思うので,この欄を借りて本書の重要性を述べたい.sigmoidoscopeとは,大腸の一部である直腸・S状結腸を見る,あるいはそこだけしか見ることのできない内視鏡であるのは言うまでもない.日本人(と一般化してよいかどうかは別として)は,医者も患者も大腸全体を見るcolonoscopeがあるのに,なぜ,半分しか見ることのできないsigmoidoscopeを使うのか,と本気でも,まして建て前では,考えるタイプの人種である.完全主義と言えば聞こえはよいが,全体の利害得失を考えることを潔しとしない傾向がある.

 大腸癌の2/3が直腸・S状結腸にある.colonoscopyは1日10人に施行でき,sigmoidoscopyは1日30人に施行できるとすると,日本人はsigmoidoscopyでカバーできなかった部分のことが異常に気になり,sigmoidoscopyのほうがよいと主張できる人は極めて少ないか,主張しても元気がない.アメリカの医師の中には単位期間により多く大腸癌が診断できるのならsigmoidoscopyのほうがよい,と堂々と主張する人がいるようだ.現にこういう本が書かれているのだから.これから医療費が大きな社会問題になろうとしているとき,われわれもよく考えなければいけない.

編集後記 大倉 康男
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 遺伝性非ポリポーシス大腸癌(HNPCC)は比較的なじみの少ない疾患である.そのような疾患を本誌のテーマとしたのは,第43回大腸癌研究会(浜松,1995年7月)において本疾患が主題の1つに取り上げられ,その認識が全国的なレベルで高まりつつあることが確認されたためである.その統計的事項は当番世話人である馬塲論文の中にまとめがなされている.

 本号には歴史的事項,自然史,癌および腺腫の特徴,サーベイランスの方法ならびにその問題点,最近の遺伝子学的研究という要点が専門とする先生方によって記述されており,HNPCCについての知識を十分に得ることができるものである.また,数多くの症例が画像を主体として記載されていることから,本疾患が認識しやすいものになっていると言える.現時点におけるHNPCCの教科書にもなりうるものである.

基本情報

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胃と腸
31巻7号 (1996年6月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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