胃と腸 31巻6号 (1996年5月)

今月の主題 食道dysplasia―経過観察例の検討

序説

食道dysplasia 吉田 操
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 食道の異形成(dysplasia)は,繰り返し研究対象にされてきた.それでも万人の認める結論に到達することはなかったようである.食道の異形成に関する考え方として,①前癌病変,②生検組織診断の便宜上必要な概念,③癌である,とする3者が存在する.

 しかし最近になって変化の機運が兆してきた.まず,臨床の場では,内視鏡的ヨード染色法の出現により上皮内癌・粘膜癌の発見が確実かつ容易となり,多数の症例を経験し,その臨床病理学的知識を蓄積することができた.食道の上皮内癌にも分化の良いものが少なくないこともわかった.これと並行して,確実に異形があるが生検組織診断上,癌とも言い難い病変がたくさん存在することも判明した.このような症例をどのように取り扱うか,臨床医は決めなくてはならないのである.しかし,狙撃生検標本という極めて限られた情報しかない条件下で判断しなくてはならないという病理側の困難も存在する.しかも生検は組織欠損を生じ,これに起因する組織反応が避けられない.経過を追及するに従って病理学的判断の困難が増強することはしばしばあり,臨床も病理も悩む結果となった.また食道癌手術に伴う侵襲の過大さ,リスクの大きさを知る病理医は,大胆な判定を自然と避ける傾向があった.すなわち,食道異形成と呼ばれる症例の中には,いろいろな要因でそうせざるを得なかったものが混在していたのである.食道の異形成は同じ言葉を用いていても,同じ施設でも病理医が違うと内容が異なっている可能性があった.臨床医はこのような事情も加味して症例の取り扱いを考えなければならなかった.これまでは病理診断を臨床側が“正しく”翻訳しなければならなかった.しかし,この混乱はむだではなかったようである.

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要旨 食道異形成(dysplasia)の実体を知るために,経過追跡した食道異形成の症例を用いて検討した.生検診断では,提示施設の組織診断と消化器専門病理医あるいは専門病理医間での診断の乖離が大であった.また癌抑制遺伝子産物p53あるいは増殖能の指標となるKi-67の染色は癌診断に有用であり,境界領域病変の診断には参考になると思われた.今回の検討では,25例の経過追跡例中1例のみが種々の面から経過中に異形成から癌に変化した可能性があるとされ,本来の意味での前癌病変としての食道異形成と言える可能性のある病変はごく限られた症例であると思われた.一方,p53,Ki-67の免疫染色の結果からは,組織学的に非腫瘍性と思われる病変でも軽度ながら異常がみられ,遺伝子の面では組織学的に癌と診断できない病変でも遺伝子の異常が起こっている可能性があり,その意味での異形成の存在の可能性が示唆された.

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企画の背景と目的

 食道を含む扁平上皮のdysplasiaは“従来の癌組織診断基準(粘膜固有層や粘膜下層へ浸潤したもの,ないし未分化異型細胞が上皮全層を占めるもの)からみて,扁平上皮癌と判定できない腫瘍性病変を表現する用語”として今日でも世界的によく用いられている1)~6).しかし,初期浸潤扁平上皮癌や上皮内癌病変の集積と分析,分子生物学の導入などにより,従来“dysplasia”とされる病変のほとんどは上皮内扁平上皮癌であるとの意見も提唱されてきた7)8).このため,同一病変に対して異なった組織診断が下されることも生じてきた.

 したがって,本企画の目的は,個々の症例で,dysplasiaないし上皮内扁平上皮癌と診断される病変は具体的にどのような組織所見を有しているのか,両診断の間で,組織所見に本質的な差があるのかを明らかにすることにある.

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 幕内(司会) 本日はお忙しいところ,お集まりいただきありがとうございます.“食道dysplasiaを考える”という題で座談会をさせていただくわけです.石黒信吾先生と幕内博康が司会をさせていただきます.

 食道のdysplasiaに関しては,食道色素研究会で過去3回取り上げられており,最初が第10回の1982年,“食道異型上皮の診断基準”というテーマで岡川和弘先生がなさいました.第2回目が第21回の1989年に西澤護先生がdysplasiaを中心とする“ルゴール染色不染の非癌性病変について”,そして第3回目が第33回の1995年,“食道dysplasiaを考える”というテーマで,石黒信吾先生がまとめられました.その間食道dysplasiaに関する概念も歴史的にだいぶ変わってきていると思います.

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〔患者〕40歳,男性,両性愛者.輸血歴なし.1994年2月ごろから高熱,全身倦怠感を認め近医を受診した.HIV抗体陽性で,カリニ肺炎の診断で3月28日当科紹介入院となった,入院時,右耳介後部・顎下・頸部リンパ節を触知した.歯肉に径8mm大の暗赤色の腫瘤あり.頭頸・鼻翼・前額・前胸部・両下肢および両足底に黒紫色の皮疹を認め,CD4細胞数は130/μlと低下していた.3月31日,激しい上腹部痛および吐血がみられ内視鏡検査を施行した.胃体部・噴門部・十二指腸に多発性の発赤した隆起性病変を認め,噴門部の隆起の一部から出血がみられたため,エタノール注入による止血処理を行った.

〔上部消化管X線所見〕体部を中心に胃全体にわたってbridging foldを伴う多数の大小不同の隆起性病変を認めた(Fig.1a, b).

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 4月18日~20日の3日間,神戸市で開催されるDDW-Japanに出席のため,4月17日夜半,関西国際空港からジェットシャトル・バスでポートアイランドのK-CATに到着した.桟橋周辺にはコンクリートの砕片を覆う青いビニールシートがあちこちにみられ大震災の名残が垣間みられた.

 1日目の午前中は樋渡先生(東北大3内)の宿題講演「クローン病の内視鏡的重症度と治療法の選択」を聞いた.代表的なクローン病の内視鏡所見を病期別に分け,更に病変部位の占拠率とを掛け合わせて内視鏡的活動指数を求め,その有用性を発表された.多数の材料を膨大な時間をかけて分析されたと想像される労作であったが,日常診療で用いるにはやや面倒だなとの印象を受けた.

早期胃癌研究会

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 1996年3月の早期胃癌研究会は,3月27日,牛尾恭輔(国立がんセンター中央病院放射線診断部)と伊藤誠(名古屋市立大学第1内科)の司会で開催され,6例が供覧された.

〔第1例〕55歳,男性.虫垂口原発の杯細胞カルチノイド(症例提供;福岡大学筑紫病院消化器科 和田陽子).

 X線と内視鏡(Fig.1a, b)の読影は,ともに斉藤(旭川医大3内)が担当した.虫垂入口部の潰瘍および盲腸の浅い陥凹性病変を数個指摘した.病変が陥凹を主体とし,しかも多発していたことから,炎症性病変と診断したが,会場の出席者を含め,病名を挙げることはできなかった.生検で腫瘍性の異型細胞が認められ,福岡大での術前診断は上皮性の悪性腫瘍と発表され,会場がざわついた.病理の説明は山田(福岡大筑紫病院病理)が行った.虫垂口原発の杯細胞様の腫瘍細胞が充実性,蜂巣状に固有筋層から漿膜下層に浸潤していた.粘膜面よりもそれ以下に多量に浸潤しており,画像で指摘された盲腸の散在性の浅い陥凹性病変は,腫瘍が粘膜面に“顔を出した”所見であった.最後に杯細胞カルチノイドについて,わが国の36例のまとめが示された.本研究会では初めて提示された症例と考えられ,出席者に強い印象を与えた貴重な症例であった.

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要旨 患者は45歳,男性.ペースメーカー挿入後に発熱・腹痛・下痢が出現.胆嚢炎の診断にて術前に注腸バリウム・大腸内視鏡を施行したところ,横行結腸中部に皺襞のひきつれと片側性狭窄を伴う円~卵円形潰瘍を認めた.びまん浸潤型大腸癌を否定できず胆嚢摘出術とともに横行結腸切除術を行った.切除標本において,結腸間膜紐および対側紐上に並ぶ5個のUl-Ⅳの円~卵円形潰瘍を認め,鉄染色で多数の陽性細胞がみられた.以上から,虚血性大腸病変,潰瘍型,治癒進行期と診断された.成因としては,血栓もしくは塞栓による複数の直動脈あるいは辺縁動脈の閉塞と推察された.

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要旨 S状結腸に限局した,結節集簇様の形態を呈した原発性悪性リンパ腫を経験した.患者は71歳,男性.血便を主訴に,1993年3月某医を受診し,早期直腸癌を発見され,4月1日当科に紹介入院となった.入院後の大腸内視鏡検査および注腸X線検査で,S状結腸に表面平滑な結節が集簇した隆起性病変を認めた.生検診断で悪性リンパ腫と診断し,表在リンパ節,肺門部,他の臓器などに病変を認めないことからS状結腸切除を行った.腫瘍径は13×10mmで,病理組織学的検索では,non-Hodgkin's lymphoma,medium-sized cell type(LSG)であり,深達度はsmで,リンパ節転移は認めなかった.

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要旨 患者は64歳,男性.食思不振と心窩部痛を訴えて来院した.胃X線・内視鏡検査で,胃前庭部前壁に2型様の腫瘤を認め,周堤内に大小2個の陥凹を有し,また,周堤から伸びる数本のbridgng foldに類似したひだを認めた.生検組織診断は小細胞癌で,一部に中分化型腺癌を併存していた.小細胞癌の腫瘍細胞は,Grimelius染色陽性で,免疫組織化学的にはNSE陽性,CEA,UCHL-1,L26陰性であった.血清NSE値は増加していた.腹部CT,超音波内視鏡で著明な腹腔内リンパ節腫大があり,進行期と診断,化学療法(carboplatin+etoposide)を施行した.一時期,腫瘍の縮小効果を認めたが,7か月後に死亡した.胃小細胞癌の報告は少なく,文献的に考察を加えた.

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要旨 患者は72歳,男性,動悸,労作時息切れを主訴に来院した.著明な貧血を認め,胃内視鏡検査を施行したところ,幽門輪から前庭部にかけて放射状に拡がる数条の発赤粘膜を認め,生検結果と合わせ胃幽門前庭部毛細血管拡張症(watermelon stomach)と診断した.輪血,鉄剤投与などの保存的療法にヒートプローブによる熱凝固療法を併用し,貧血の改善および病変の消失を認めた.

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欧文目次

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 白壁彦夫先生のご業績,人徳,人脈の大きさなどについては広く世の中に知れわたっており,今更触れる必要はあるまい.「胃と腸」でも一回忌にあたる第30巻13号において特集記事を組み,ご縁の深かった方々からお言葉を頂戴したばかりである.先生は大腸疾患にも情熱を燃やされ,若い学徒の先頭に立って,診断学の向上と普及,IBDの病態の解明のために,あえて旗手としての役割をかって出られた.その20年間の集大成がまさに本書である.それだけに研究会の重厚な歴史に圧倒され,先生への惜別の感慨を新たにしながら分厚い本書を通読した.

 本書が刊行されるきっかけとなった大腸疾患研究会の生い立ちについては,西澤護先生の序文,中村恭一先生の“フォーラムの歴史”などの項に詳細に述べられている.白壁先生個人と白壁診断学への思いを込めた,卓越した内容の序文,追悼文であり,本書を一刻も早く世に出したいというフォーラム編集委員メンバーの熱い想いを感じとることができる.

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 臨床各科のうちで,この20年間で最も進歩の著しかったのは放射線科領域ではなかろうか.CTに始まったコンピューターを駆使してのデジタル画像は,それまで想像しなかったような断面を見ることを可能としてきた.

 従来のX線写真で読影していた像をデジタル化し画像処理して,得ようとする所見をいかにクローズアップさせるかというのがComputed Radiography(CR)であろう.われわれ診断に携わってはいても放射線科医でないものとしてはCRの画像で“なるほど,これならよく解る”と納得したり“おっ,ここまで解るぞ”と感心したりすることはあっても,CRによってどのような画像を出したいのか,というよりどのような画像を生むことができるのかという知識も薄く,またその種の本を見ても新しい用語や略語に阻まれ,なかなか身近なものとしえなかったのも事実である.

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質問 最近時々,大腸内視鏡で成人の回腸末端のリンパ濾胞過形成と直腸の良性リンパ濾胞性ポリープを認めます.この2者の本質的な違いと望ましい呼び方(特に前者)についてご教示下さい.

 回腸末端のリンパ濾胞形成と直腸リンパ濾胞性ポリープ(またはポリポーシス)は,病理学的にlymphoid hyperplasiaであり,同一の病態と考えてよいのでしょうか.また,前者では臨床的にbenign lymphoma,polypoid lymphomatous hyperplasia,benign giant follicle lymphoma,lymphadenoma,ileitis follicularis(Golden病),benign lymphoid polyp(polyposis)など,多数の名称がありますが,どのように呼ぶのが正しいのでしょうか.

(高知N.T.)

編集後記 神津 照雄
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 本号を拝読させていただき,いかに正しい病理診断をつけることが難しいかがわかった.一般読者は白か黒か決めてほしいと要望している.しかし灰色の病変が存在し,その定義が個々の病理医で異なる.その理由の1つにはその病理医の育ってきた過程が異なる点,更に消化器病を専門にしているか否か,更に検体のみで診断しているか,あるいは臨床経過を十分に把握したうえで診断しているかなどが根本原因であろう.この点を理解していないと,おそらく今回の座談会の内容を読み返しても十分に理解できないと思われる.石黒論文をみても確かに前癌病変としてのdysplasiaは存在する.しかも消化器専門の病理医の集団の結果からはごくわずかの症例である.

基本情報

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胃と腸
31巻6号 (1996年5月)
電子版ISSN:1882-1219 印刷版ISSN:0536-2180 医学書院

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