臨床検査 33巻13号 (1989年12月)

今月の主題 精神疾患をめぐる臨床検査

カラーグラフ

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 脳の標本は,他の臓器と異なり神経細胞,グリア,神経線維(軸索,髄鞘)が主体であるために,特殊な染色法が開発されている.もちろん,血管やその周囲の結合組織あるいは脈絡叢は他の組織の染色と同じである.したがって,病的変化をキャッチするには,この特殊染色が必須といえる.最近では,このような脳の構成成分に対するいろいろな抗体が作られ,また異常構造や沈着物に対する抗体がほぼ市販されているので,これらを用いた免疫組織化学がしだいにルチン化されつつある.これらの比較により,今まで染色していたものがどういう物質であったか,どういう意義があったかわかるようになった.これには最近の分子生物学の進歩がある.しかし,免疫組織化学は大量の標本の処理には経済的な面からもあまり向かない.この点は古典的方法の方が有利である.今後は両者をうまく併用することが重要であろう.

巻頭言

精神疾患の生化学的研究の動向 融 道男
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 精神疾患の代表は精神分裂病と躁うつ病(感情病)である.これらの原因不明の内因性精神病について生化学的な病因探究が考えられる理由は,第一に脳に器質的な異常が見いだされないこと,第二に躁うつ病やある種の分裂病では,一旦病期がおさまるとすっかり元の人格に復帰すること,第三にレセルピンをはじめとする降圧剤でうつ病が生じ,メタンフェタミン(ヒロポン)で分裂病と区別できない幻覚妄想状態が生ずることである.最後に分裂病に対して抗精神病薬(神経遮断薬),うつ病に抗うつ薬,躁病に抗躁病薬など,それぞれの病態に有効な薬物が登場してきていることである.以下,分裂病の生化学的研究について述べる.

 分裂病は,一般成員中の発現率が0.8%前後で,非常に多い精神疾患である.思春期から40歳ぐらいの間に,幻聴,被害妄想,思考障害,興奮などで発病し,対人関係が困難になり,日常の社会生活ができなくなってしまう.クロルプロマジンやハロペリドールなどの抗精神病薬はこの状態を速やかに改善する.

総説

神経化学序説 塚田 裕三
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 神経系の生化学的特質を明らかにし,それらの神経機能との関連を探求しようとするのが神経化学と呼ばれる研究領域である.最近では分子生物学的技術を用い,一連の神経特異蛋白の遺伝子クローニングが進み,神経系の発生と分化の解明に大きく貢献しているし,またヒトの遺伝性の精神神経疾患の病因遺伝子の解析も進展している.一方では,学習・記憶など脳の高次機能を支える物質系の探究のためには丸ごとの動物を用いた研究も重要であり,今後,神経化学研究が多面的に進展することが脳研究に必須であることを概説した.

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精神疾患の診断,とりわけアルツハイマー病などの痴呆性疾患の鑑別ならびに早期診断をめざす近年の動向を概観しながら,誘発電位ならびに事象関連電位の基礎と臨床的利用について述べた.精神科領域における誘発電位の利用についての全体像を把握することを目標として,聴性脳幹反応,視覚誘発電位,体性感覚誘発電位などの外因性誘発電位に加えて,P300およびCNVなどの事象関連電位について触れ,臨床的応用という点から見た今後の問題についても述べてみた.

髄液中の神経伝達物質 中村 重信
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 患者の腰椎穿針を行い,得られた髄液を用いて,神経伝達に関連する物質の検索が行われている.アルツハイマー型痴呆患者の髄液ではアセチルコリン・エステレース,ドパミン—β—水酸化酵素活性が低下し,5—HIAA,ソマトスタチン,バゾプレッシン濃度が減少する.病的泣き・笑いを呈する脳血管障害患者では髄液HVA濃度が低下し,L-DOPA投与により症状の改善をみることがある.髄液神経伝達物質の検索が治療の指針となることがある.

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はじめに

 ここでは老人に多い痴呆を来す精神疾患,特に器質性の病理変化を示す疾患(表1)で,われわれの研究室で日常用いている染色法を紹介する.脳の染色は他臓器の染色法とはかなり独自のものがある.これは神経細胞,神経線維,グリアなど脳に特異な構造があることによる.最近,重要な染色法になってきた免疫組織化学についてはアミロイドの項で述べられると思うので割愛し,古典的方法に限った.

脳内アミロイド物質 北本 哲之
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 高齢化社会へ向け,痴呆疾患への関心が高まってきつつある.痴呆をきたす疾患の中で代表的なAlzheimer病とCreutzfeldt-Jakob病には,それぞれ特異的なアミロイド物質が沈着する.近年,生化学的手法の進歩により,それぞれのアミロイド蛋白が分離され,β蛋白,プリオン蛋白と命名された.ここでは,これらのアミロイド蛋白に関し,現在どのようなアプローチが可能であるかを述べた.

話題の病気

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 初老期(50〜64歳)に発症するアルツハイマー病と老年期(65歳以上)の発症である老年痴呆とは,いずれも進行性痴呆を主症状とする脳変性疾患であり,形態学的に同質の所見をもつことからアルツハイマー型痴呆と総称される.種々の基礎的な病態所見が解明されつつあるが,病因はなお不明であり,客観的マーカーの解明や原因療法の開発は今後の研究にまたねばならない.本症の臨床特徴につき,経過と予後を含めて概述した.

精神分裂病 増井 晃 , 加藤 進昌
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 精神分裂病は代表的な精神疾患でありながら,病因や病態生理については不明な点が多い.1952年に抗精神病薬が臨床に登場してからは,ドパミン神経系を中心として基礎的な研究がなされ,脳内での異常が明らかにされつつある.それに伴い,古典的な精神分裂病の診断概念も見直しが必要となってくるかもしれない.死後脳やモデル動物の研究からPETや新しい方法での体液の研究へと進んでおり,その臨床への適応が待たれる.

躁うつ病 北山 功
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 躁うつ病およびうつ病を診断するための臨床検査は現在のところないが,これらの精神疾患に比較的異常のみられる生物学的指標がしだいに明らかにされてきている.内分泌学的検査では,デキサメサゾン抑制試験,CRH試験,TRH試験,インスリンまたはクロニジン負荷による成長ホルモンの反応が主なものである.生化学的な指標としては,モノアミン代謝の異常を示唆するような体液中MHPG,5-HIAA,チロシン,トリプトファン,ビオプテリン,アミン受容体の変動が報告されている.生理学的な指標には,睡眠パターン,大脳誘発電位,さらに今後有望なポジトロンCTがある.

ストレスと心身症 兜 真徳
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 最近,ストレス反応におけるHPA-axisの機能が「脳神経・内分泌・免疫系」ネットワークの中で再整理されつつある.その背景として,①CRFの視床下部外の存在を想定される作用,②HPA-axisの抑制中枢としての海馬の機能,③免疫系物質IL−1のHPA-axis刺激を初めとする多彩な作用,④副腎皮質ステロイドであるFの免疫抑制作用,DHEA-sの抗発癌作用などに関する知見が重要と思われる.従来,高F血症,DST抵抗性を示すことが知られている内因性うつ病の病態像が,こうしたストレス反応機構の障害という角度から再検討されていることについても触れた.

画像診断

精神疾患とMRI 青木 茂樹
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 MRIは,水素原子の核磁気共鳴現象を用いた断層画像装置で’80年代後半に急速に普及し,国内でも1000台の大台に乗るのもまもなくである.MRIの特長は,X線被曝がない,任意の断層面が得られる,空間および組織分解能がよいことなどで,CTスキャンと比較するとほとんどの点で優れているが,PETのような定量的情報は得にくく,基本的には解剖学的情報を得る装置と言えよう.

 精神疾患でMRIの有用性が検討されているのは,てんかん,痴呆などであり,分裂病,躁うつ病などの報告はまだない.CTスキャンと同様に,MRIの主な役割は器質的疾患の除外となるわけであるが,MRIはほとんどの頭蓋内病変に,より敏感であり,また常磁性体である鉄イオンの変化を知ることができる特徴を持つ.

精神疾患とPET 山﨑 統四郎
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 PET (Positron Emission Tomography)は陽電子を放出する特殊なアイソトープ(RI)を種々の化合物にラベルして,これを患者に投与した後PET装置でその分布を断層像として表示する技術である.これはポジトロンCTとも呼ばれる.PETで使われるRIは15O,13N,11C,13Fなどであり,その物理半減期はそれぞれ2,10,20,110分と短く,検査による放射線被曝はあまり問題にならない.放射薬剤として投与される物質としての量も,トレーサ量であるから無視できる.例えばレセプター測定に使われる放射薬剤としての標識リガンドは,数μg程度のものである.精神疾患を対象としたものとしては,脳内局所の血流やエネルギー代謝の測定が行われてきたが,最近では神経情報伝達に直接かかわる伝達物質やそのレセプターの測定も始められている.このうち精神疾患との関連で特に重要なものとして,精神分裂病におけるドーパミン,不安神経症とてんかんにおけるベンゾディアゼピン(BDZ),アルツハイマー病でのアセチルコリンの各レセプターなどが考えられる.ここでは著者らが行ってきた11C-Ro15—1788による中枢性BDZレセプターイメージと11C-Nメチルスピペロン(NMSP)による脳内ドーパミンD2レセプターイメージを示す.図1は健常男性において経時的に撮ったOMライン上46mmでの脳PET像であり,図2は同一例での4つのスライスレベルにおけるPET像である.図3,4はアルツハイマー病でのそれぞれのBDZレセプターイメージで,図4はより重症例を示す(CDR 3).図5は11C-Ro15-1788静注後これが脳内に分布した時点で非放射性のRo15-1788を大量に静注することにより脳内放射能が急激に減衰することからレセプター結合の特異性を示したものである.図6は11C-NMSPによる健常男子の脳内ドーパミンD、レセプターイメージであるが,Ro15ー1788によるものと比べてその分布の差が明瞭である.

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やせ,肺機能

1.目的

 やせた人の肺機能は,標準体重の人の肺機能と異なるか否かを検討した.

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 顕微蛍光測光装置は細胞および組織のDNA,RNA,カルシウム,pH,蛍光抗体反応の定性および定量には欠かせない機器となっている.しかし,市販の機器はたいへん高価なので気軽に購入するのは難しい.そこで,臨床検査室や臨床病理室には欠かすことのできない顕微鏡と顕微鏡撮影装置を利用した簡易な顕微蛍光測定を検討した.その原理は写真撮影時の露出時間と蛍光強度は逆比例することを利用した.

学会印象記 第29回日本臨床化学会年会

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 第29回日本臨床化学会年会が9月16日,17日の両日,昭和大学において同大学薬学部辻章夫教授のもとに開催された.臨床化学会は旧臨床化学シンポジウム,旧分析談話会と旧臨床化学研究会が合併した学会であり,臨床化学会の中に分析部会を設置し,実学的な活動を行ってきた.また,雑誌「臨床化学」の発刊のため雑誌刊行部会が設置され活動を続けてきた.昭和61年11月,学会組織および機構の検討を目的とし,組織機構検討委員会(屋形稔委員長)が発足した.その主旨は,部会の発展的解消により学会を一本化することであった.臨床化学とは「臨床」という実践に立脚した学問領域であり,学術的な側面から実践的な側面まで広く包括される.現実にこの分野には数多くの人々が,大学,研究機関に限らず病院検査部,臨床各科,産業系研究機関に広く分布している.これらの人々が医療サービスの実践と病因,病態の解明や治療,予防に寄与するため「垣根を取り払ってまじめに学問をする」場である.本年8月の理事会において審議され,本年会の評議委員会および総会において新しい会則が審議され決定された.平成2年1月より新しい会則による「日本臨床化学会」が発足する.本年会はこれが決定された記念すべき年会となった.

 本年会においてシンポジウムは病態生化学的テーマとして「細胞情報伝達機構とその異常」の発表がなされた.8年前このテーマに関連した研究をしていた私にとって,本シンポジウムにおいて発表された内容は懐かしさで感激したのはもちろん,多くの新しい知見が盛り込まれていることに大変な驚きを覚えた.さらに発展が予感される最もホットな研究分野である.

生体の物理量計測・12

生体物理量計測の展望 斎藤 正男
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はじめに

 これまで11回にわたって,生体の物理量の代表的な計測技術について,諸先生に解説をしていただいた.11回の解説ですべてがカバーされているわけではないが,だいたいの様子は理解できたと思う.

 一般の工業技術の中では,計測技術は非常に重要な立場にあり,熱心に研究開発がされてきた.現在では,「これを測りたい」と思えば,そのための技術がすでに提供されている.

ME機器と安全・6

医用レーザ安全の基礎 福本 一朗
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医用レーザの原理と現状

 レーザとはLight Amplification by StimulatedEmission of Radiationの頭文字LASERのことであり,「誘導放出による光増幅」を意味している.したがって本来は光の増幅とその仕方を表すことばであったが,今日では品質のよい特定の周波数の電磁波(光)を出す発振器という意味で使われている.「誘導放出」とは1917年にアインシュタインが理論的証明を行った光の増幅現象でありレーザ光発生の基本原理である(図1).原子核の周囲を回っている電子は,ある特定の強度のエネルギーを受けると励起され,一段階上のエネルギー順位に移る(ポンピング).その逆に励起状態から基底状態に戻るときには特定の周波数の電磁波(光子)を放出する(自然放射).一方,予め励起されていた電子が特定の周波数を持った光子に衝突されるとその光子自身は消失せずに,電子はその影響で基底状態に落ち,その際自然放射の時と同じく光子を放出する(誘導放出).つまり1個の光子が入ると2個の光子が同じ位相で放出され,光の増幅が行われることになる.

 誘導放射が行われるためには電子が予め励起されていなければならないが,その励起方法としては次の4つの方法が使用されている.①光を用いる光励起.②自由電子による電子励起.③少数キャリア注入による電流励起.④物質の化学反応による化学反応励起.また発振を生じるためには増幅器とともに共振器が必要であるが,これには通常鏡を組み合わせたファブリ・ベロー共振器が用いられている(図2).この方法を「集中フィードバック法」と呼ぶが,そのほかに固体増幅媒質中の屈折率をBragg条件に適するように光の伝搬方向に周期的に変化させることにより,反射を分布させて行う「分布フィードバック法」もある.

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 細胞診における乳腺,体腔液などの各種臨床材料を用い,1—ステップのAg-NORs染色を行い核内の陽性ドット数をカウントした.その結果,良性細胞は平均値1.8〜2.8,標準偏差0.8〜0.9,悪性細胞は平均値3.8〜5.8,標準偏差1.5〜2.7であり,平均値および標準偏差において良性,悪性の間に有意差(p<0.05)を認め,今後の指標となりうる可能性が示唆され,細胞診材料におけるAg-NORs染色の有用性が確認できた.

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 著者らは,メタノールの添加によってグロブリン分画にも反応性の高いブロムクレゾールグリーン呈色試薬を用いた血清総蛋白測定法を設定した.本法は,γ—グロブリンの反応性がアルブミンに比べ若干低いが,標準液にアルブミンとγ—グロブリンの混合液(混合比4:5)を用いることによりビウレット法に近似する値を示した.ビウレット法と本法との相関関係は,γ=0.930,y=0.989x+0.196であり,色素法による血清総蛋白量の測定が可能であると考えられた.

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 FEV1.0%70%以上を示す気管支喘息患者の発作寛解期の肺機能検査の特徴を,気管支拡張剤吸入試験を用いて検討を行った結果,発作寛解期においては,従来より気道閉塞の可逆性の指標として用いられているFEV1.0の改善率20%以上という基準よりも10%以上を基準としたほうが診断精度が高く,臨床的実用性が高いと考えられた.また,この基準に加えMMF25%以上,V5025%以上,V2540%以上の基準を用いた場合,さらに診断精度を高めることが可能であると考えられた.

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 各種悪性腫瘍610例を対象として血中CEAとTPAを測定し,両者の相互関係につき検討を行った.その結果いずれの腫瘍マーカーとも初発例よりは再発例で高値を示した.また,一部の臓器の悪性腫瘍では両者間に有意の相関関係が認められたが,個々の症例をみると両者の所見が一致しない場合も認められた.以上より両者は別個の腫瘍マーカーであり,CEAのみならずTPAを同時に測定することが診断上意義あるものと考えらる.

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 〔問〕赤血球膜リン脂質分画測定の具体的なやり方と,その臨床的意義についてご教示ください.

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 〔問〕特発性血小板減少性紫斑病において自己抗体の対応抗原の検索が進められているとのことですが,現在,対応抗原としてどのような蛋白が知られているのでしょうか.また,その頻度・意義などについてもご教示ください.

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 〔問〕脳波の周波数スペクトル圧縮連続記録が基礎波の経時的変化を観察するのに有用とされていますが,携帯用長時間脳波記録装置においても同様にそれを評価することができるのでしょうか,ご教示ください.

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 〔問〕胸水・腹水の中に含まれる細胞の臨床的意義,および胸水・腹水で有用な検査項目について,ご教示ください.

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 〔問〕非A非B型肝炎の診断法の新知見についてご教示ください.また,検査法はいつ頃一般化される見通しでしょうか.

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基本情報

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臨床検査
33巻13号 (1989年12月)
電子版ISSN:1882-1367 印刷版ISSN:0485-1420 医学書院

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