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人間社会において,われわれは多くの人々と直接的に,あるいは間接的にかかわりながら人生を送っている。阪神ファン同士で連帯感を感じながら大いに盛り上がったり,体調が悪いときに優しい隣人に助けてもらったり,海外の共同研究者とauthorshipについてシビアなディスカッションをしたり,あるいは協調性に乏しい職場の同僚に強いストレスを感じたり。多くのインプットを受け取り,多くのアウトプットを吐き出すことによって,調和のとれた社会の一員としてなんとか生きている。人間関係はとても複雑で,奥が深い。一方,多細胞生命体を構成する細胞社会においても同じように,細胞同士が様々な情報のやり取りをし,それに呼応することによって,ときには支え合いながら(細胞協調),また,あるときはいがみ合いながら(細胞競合),恒常性ある細胞社会を形成・維持している。そこでは,同種の細胞間,あるいは異種の細胞間で互いのシグナル伝達経路や細胞内プロセスに影響を与え合うことによって,増殖,分化,運動,生死など多彩な細胞現象を制御している。
様々なシグナル伝達経路や細胞間コミュニケーション制御因子の解明と共に,まず初めに研究が進展してきたのが細胞協調現象である。例を挙げると,細胞間接着による細胞増殖の接触阻害,神経細胞とグリア細胞の相互作用,膵ランゲルハンス島β細胞から分泌されたインスリンに肝細胞が反応,線維芽細胞から分泌される成長因子によって上皮細胞が増殖など,細胞同士が互いの機能を様々な形で協調的に制御していることが認められてきた。一方,性質の異なる同種の細胞間で,互いに生存を争う細胞競合現象が起こることが,Morataらによってショウジョウバエ上皮組織において最初に報告された(Morata G, Ripoll P:Dev Biol. 42:211-221, 1975)。その後の研究によって,細胞競合が以前に考えられていた以上に多彩なプロセスであり,ショウジョウバエだけでなく哺乳類でも生じる普遍的な生命現象であることが明らかになってきた。細胞競合については,平成26年度に新学術領域「細胞競合─細胞社会を支える適者生存システム」が発足し,現在わが国で精力的に研究が行われている。今はまだ多くが謎に包まれている細胞競合現象の全貌の解明が大いに期待される。
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